023 強化剤併用(ドーピング)の代償
■同時刻
■<廃坑>地下四階
■バーナデット側
「なるほど……今回のダンジョンは中々に厄介だな」
今開けたばかりの宝箱に入っていた地下四階の地図を眺めながら、トラコは口元に指を添えて唸るように言った。
「どうゆうこと?」とミアが表示されているマップを覗き込む。
「ダンジョン内部が二分されているんだ。我々がいるのはこの左側」と指で指し示す。「ここまで来る間に、大半の通路と部屋は見てきた。それでも、まったく鉢合わせすることがなかったということは、おそらくラースたちは反対側のエリアにいる可能性が高い」
「と、いうことは……先に進まなきゃ合流できないってことだな」
いつの間にか覗き込んでいたヴィノが言う。
「そういうことだな」とトラコがマップを表示させているウィンドウを閉じた。「下に降りる階段の位置も知れた。先を急ごう」
「……ラース」
バーナデットが心配そうに自分の杖を握りしめる。
その手に優しく触れるミア。
「心配ないよ。ラースとヨハンなら、どんな手を使ってでも必ず七階まで辿り着いてくるから」
「……はい」とバーナデットも気丈に笑みで返す。
……あらやだ、ホントに可愛い、この子ったら。
ミアはまるで世話好きのおばさんみたいなことを思ってしまい、首を振る。
……ダメダメ! まだまだ降参するには早すぎる! ……私にだってまだ振り向いてもらえるチャンスはあるんだから。
「……? ミア? どうしましたか?」
突如として硬直したミアを心配するように見上げるバーナデット。
「え!? あ、うん、なんでもないよ!」と激しく両手を振るミア。「とりあえず先へ進もう! しゅっぱーつ!」
……確かにバーナデットは可愛い。素直で誠実で、誰に対しても分け隔てなく優しく接してくる。でも……。
ミアは先を歩きながら自分の胸に手を当てて、静かに深呼吸する。
……でも、こればっかりは譲れない……。ラースくんと出会ったのは……私の方が先なんだから……。
初めてラースと出会ったときにもらった『エメラルドの腕輪』をそっと指でなぞるミア。
彼女にとってそのアイテムの存在こそが、彼との出会いが特別なものだという証であるかのように。
■同時刻
■<廃坑>地下五階
■ラース側
ヨハンの『
まるで悪役のモブキャラのように見事な「ヒャッハー!」という雄叫びを上げて地下五階へと舞い降りたヨハン。
だが……彼の快進撃は、そこから数十歩までで終わりを告げる。
階段を降りて、その通路から最初の扉を開ける。そこが何もない小部屋だと確認するや、彼は突然、全身の力が抜けていくように座り込んでいく。
「あ゛あ゛あぁぁぁ……もうダメ……ムリ……死にたい……」
「効果が切れたか」
さっきまでのハイテンションが嘘のように、その場にしゃがみ込んで、がっくりと頭を垂れるヨハン。
「アレレ? どうしたのデスカー?」
「
「ハァ……それはなんとなく知識としては知っていましたケド、こんなに
「能力値のマイナス補正は、上昇した数値に比例する。ヨハンはレンジャーだから
「ナ、ナルホドォ……」
年末年始の飲み会続きで体力の限界に達したサラリーマンが繁華街の路地で潰れてしまっているかのごとく、ヨハンはもはや何もかもが嫌になってしまうほどの倦怠感を味わっていることだろう。
「くはあぁぁ……もうムリだぁ……一ミリも動きたくねえよぉ……」
「すっかり飲んだくれのダメおやじ化してマスネ!」とリンは面白そうにヨハンを突っつく。
先程までだったら、彼女からちょっかいを出されたら嬉しそうにしていたのに、いまは全くの無反応である。
……いや、彼女……ではないんだったな。
ラースは、リンから聞いた衝撃の事実を思い出して苦笑する。
「それにしてもラースよぉ」とヨハンがのっそりと顔をあげる。その表情に生気は全くなかった。「お前、なんかの縛りプレイでもしてるわけ? なんで魔導術を使わないんだ?」
……やっぱりバレてたか。
あれだけテンションアゲアゲで動いていたくせに、こちらの動向をちゃんと把握しているところがヨハンの凄いところである。
この場にリンがいなければ、その理由を話しても良かったのだが、彼女――ということにしておく――には無関係の話であって、巻き込みたくはない。
「……縛りプレイか……そうだな。そんなところだ。ちょっと訳あって今はできれば魔導術を使いたくない」
「そうかよ……。ま、どうでもいいけどねぇ……だりぃからさぁぁ」
ヨハンはとうとう寝そべって、自分の腕を枕に完全に休憩モードになってしまった。
「これは……しばらく回復に時間がかかるな」
「デスネ。どうしまショウ?」
「とりあえず、俺とリンだけで戦闘は極力避けながらこの階層の地図を探そう。ヨハンはそのままペナルティが解けるまでこの場で待機。『潜伏』スキルをつけるの忘れるなよ」
ヨハンは声を出すのも億劫そうに、力なく片手を上げて同意する。
「それと、これも変則的だけど、敵とエンカするまでは俺が先頭を歩く。リンは俺の後ろで、決して余計なものには手を触れないこと。いいね?」
「ウゥ……はぁ~いデスゥ」とリンがしょんぼりしながら敬礼する。
……とはいえ、リンの無茶な行動のおかげでヨハンとの合流を果たせたって事実もあるんだが。
かといって彼女の勘を頼りに進むのはかなりリスキーである。そうそう何度も都合よく仲間と合流して助かるというものでもない。
「この階からレベルも『ハード』になる。これまで遭遇してきたモンスターもレベルが上がって色々な攻撃パターンで襲ってくる。出会い頭の混戦に巻き込まれてあっという間に教会送りなんてことがないように気をつけよう」
「ラースたん、レベルが『ハード』ということは、お宝もそれなりにレアレティが高くなってるんデショ?」
「それな」とラースは扉を開ける前にリンの眼前で指先を立てる。「これ見よがしなドロップ・アイテムや宝箱なんか絶対に開けないこと。ここから先は全部罠が貼ってあると思ってくれよ」
「ぶぅ〜……。はいデスゥ~」
「口を尖らせるな。ダンジョンクリアしたらリンにもちゃんと獲得アイテムを当配分するから、それで我慢してくれ」
「さっすがラースたん♪ 期待しておりますヨォ」
「いま注意したことをちゃんと守れたら、だからな」とラースは念を押す。
……やれやれ。これじゃあ子供の引率みたいだな。
扉を開けて通路へと出る。周囲はレンガでしっかり造られていることから、ダンジョンの中心部分であることが推察できる。
……それにしても、誤算続きだ。
ラースは周囲を警戒しながらも、ここまでの軌跡を思い返してため息をつく。
今回は人数合わせくらいのつもりでパーティに加わった。
回復アイテムを投げる役と、パワーアップの影響がない支援魔導術での補助。
護身用に『ブリュシオン』も持ってきている。仲間も皆、頼りになる逸材ばかりだ。
魔導術を使わなくても、まったく何の問題もなくクリアできると思っていたのに……。
蓋を開けてみればピンチの連続であり、クリアできるか危ぶまれるほどの窮地に陥っている。
「こんなハズじゃなかったんだけどなあ……」
「エ? 何か言いマシタカ?」
思わずぼやきが口から出てしまった。ラースは力なく手をひらひらさせて「なんでもない」と呟く。
角を曲がると、見通しの良い一本道となっている。数メートル先からはレンガの壁がなくなり、掘り出したばかりのような土壁へと変わっている。そのちょうど境目に扉が設置されていた。
「あそこには、何かがある気がするな」とラースは言った。
「ウンウン。お宝の匂いがぷんぷんスルヨ」とリンも楽しそうに言う。
扉へ近づこうと歩を進めると、土壁の下側に穿たれている無数の掘削孔から巨大なトカゲのような生物が数匹躍り出てきた。
「ハウンド・リザードか。一、二……四匹くらいなら、いけるか?」
ラースはリンを振り向く。彼女もすでに抜剣して戦闘態勢を取っていた。
「ヘイトをこちらに集中させマス。その隙に背後からラースたんが仕留めてくだサイ」
ラースも『吹雪の短剣ブリュシオン』を抜き放つ。
「アクションゲームが苦手だから
「エエ? でもこのゲームの魔法使いとか神官職って、けっこう忙しいじゃないデスカ。色々な数値管理しないといけないカラ、どっちかというと反射神経必要なのは後衛職のような気がしますケド?」
「体感的な問題かな?」とラースは短剣を構えて続ける。「どうも剣を振るうっていう動きが馴染めないんだよね」
「ニャハハ。よければ手取り足取り、密着プレイで教えてあげマスデスヨ?」
ラースは思わず彼女の露出過多な甲冑姿を凝視して生唾を飲み込む。
だが、はっと思い直して首を激しく横に振った。
「でも君、男なんだよね?」
「イヤーン。これでも心は乙女なんデスゾ?」
先頭のハウンド・リザードが襲いかかってきた。リンがバックラーで攻撃を凌いで、反撃しながら敵の中へと切り込んでいく。リンをターゲッティングした先頭のハウンド・リザードが後ろを向いてリンを追撃しようとする。
「いただきます!」
完全に無防備となった巨大なトカゲの背にブリュシオンを突き立てるラース。
二度、三度と斬りつけるたびに、傷口に氷属性のダメージである凍傷のエフェクトが重なっていく。
五回ほど目一杯斬りつけて、ようやく一匹を仕留める。やはり後衛職。いくら魔剣とはいえ短剣であり、筋力値も低いわけで、倒すのに時間が掛かる。
「リン! あまり無茶をしなくていい! 適度に引き付けながら回避に専念してくれれば俺が仕留める……って、けっこう時間かかるけどな」
「ニャハハ。りょーかいデス。ボクもムチャしない範囲で倒していきマスヨ」
……ヨハンやミアと同じように鮮やかなコンビネーション、とはいかないが、不慣れな連携ながら、なんとかなりそうだ。
ピンチに変わりはないが、心持ちとしてこの状況を楽しむ余裕が生まれている。
それはもしかしたらリンの明るさのおかげかもしれない。
一度決めたら、どんなに過酷な状況でも笑顔を忘れないその姿勢は、アイドルと自称するにふさわしい特性ではないだろうか。
言動はハチャメチャだが、どこか憎みきれない性格というのも、その特性に一役買っているのかもしれない。
……いや、まあホントは男だとしても……だけどね。
今も戦いながら笑みを絶やさないリン。ラースは、彼女がジェンダーにとらわれることなく、すべての人に元気を与える存在なんだということに、遅まきながら気付かされたのであった。
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