019 ハイド・アンド・シーク

「一人ですか?」

 リンが出てきた通路の後ろを覗き込みながらラースが訊く。


「ええ……そーデス。上の階にて卑劣で狡猾なトラップに引っかかってしまいマシテ……」


 ……あのチョロいトラップに引っかかる奴がここにもいたか……。


 鮮やかな萌葱色の髪をポニーテイルに編み、実用的とは言えない露出過多な(おそらく)アセット品のプレートメイル。剣と盾はそれなりに使えそうなものを装備しているようだが、それもどこまで使えるのかはわかったものではない。


「卑劣で狡猾かどうかは置いといて、あの程度のトラップなら用心棒の人が助けてくれてもよさそうなもんなのに」

「ぷぷプ……あの程度と言ってますケド、あなたも落ちてきたのでわないデスカナ?」とリンが忍び笑いを漏らしながら言う。


「いや、俺はね……」と説明しかけて思い直す。「……ま、いいや。説明するほど大した話じゃないし、君の言う通り落ちてしまったのも事実だしね」


 ラースはそこまで言って彼女の瞳とその周囲を見回す。もし彼女がまだ配信しているのなら、迂闊にバーナデットのことを話すべきではない。


 その視線を察してリンは両手を広げて見せる。

「あ、もう今日の配信は止めてマス。ボクひとりじゃクリアなんて夢のまた夢ですカラ。デスリターンするか、一発逆転の上り階段を見つけてみるかを考えていたところデス」


 彼女の視覚情報をそのまま反映させて動画配信する『アイ・カメラ』システム。この配信システムが盗撮などに使われないよう、アバターの肩上くらいに表示される、『LIVE』の点滅文字が消えていた。


「ひとりって……誰も助けに来てくれないの?」


「んー、どうでしょうネ」と腕を組むリン。「ヘルプを頼んだ傭兵ギルドの皆さんワ、ボクが配信を止めた時点で契約完了と思って帰ってるでショウ。残るは身内の二人なんですガ……こちらはボクよりレベルが低いのデス。たぶん諦めて引き換えしてるでショウ。完全に詰みゲーなのデスヨ」


「詰んでるかどうかはまだ分からないさ」とラースは言った。「君のレベルは六十五、俺は八十。平均値で考えれば二人である程度は進んでいけるはずだ。この先の、どこかの階層で仲間と合流できれば、まだデス・ペナルティは回避できる」


「ホントですか? ボクも一緒に連れてってくれるんデスカ?」とリンの目が輝き出す。


「この状況で、そんじゃこれで失礼します、とも言えないだろ……というか、まさか同じダンジョンに入っていたとはね。けっこう時間あけたつもりだったんだけど、まだ甘かったか」


「おかげで助かりマスデス……えー、ソノー……」

「ラースだ。ラース・ウリエライト」


「変なセカンド・ネームですネ」とリンが手を差し出す。


「ランダムで付けちゃったからね」とラースが応えて握手する。「今ではわりと気に入っているんだ」


 ラースが広間を見回して、それぞれの通路を見比べる。

「とりあえずこのフロアのマップを探すのが先決だ。なるべく戦闘は避けて、不必要な音を立てないよう気をつけていこう」


「了解でありマス。 隊長ドノ!」と少し声を潜めて敬礼するリン。


「地味な行軍さ。アイドル向きじゃないけどね」とラースが言う。「あっ……そういえばリンさんは『潜伏』スキル持ってる?」


「さん付けは不要なのデス」とリンが言う。「使ったことはないけど持ってマスヨ」


「使ったことないの?」と言ってからラースは気づく。「ああ、そりゃそうか。目立つのが仕事のアイドル稼業だもんな」


「デスネ!」と笑顔でステータス画面を操作するリン。「はい『潜伏』装備完了しまシタ!」


「それじゃあ出発だ。この階層からナイト・ウォーカーの出現数が桁違いに増えてくる。暗がりではその数が脅威になる。なるべく光源が確保されている通路から探索していこう」


「ラジャー! 隠れんぼうハイド・アンド・シークというわけデスネ」



■廃坑

■地下三階

■バーナデット側


「ラース……ヨハン……」

 自分の不注意で落とし穴に落ちていった二人の安否を確かめる間もなく、穴が空いていた床が自動的に塞がっていく。


「バーナデット……」とミアが心配そうにバーナデットの肩に手を触れる。「大丈夫だよ。あの二人ならなんとかなるって」


「そうでしょうか……」

 バーナデットは不安そうに『白樺の聖なるロッド』を抱きかかえる。


「んっ! そうか……」

 突然、ヴィノが顎髭を触りながら呟いた。


「どうしたん?」


「いや……いまこの状況っていうのは――」


「いうのは?」


「俺のハーレム展開ということだな。ようやっとラースのモテ期が終わり、俺の絶頂期に突入したということだ! いやっほう!」

 ヴィノは高らかに宣言すると、派手にリュートをかき鳴らす。


「ヴィノうるさい。敵が寄ってきちゃうでしょ。リュートはいいからアンタは警戒してなさい」

 ミアはヴィノの軽口に慣れっこのため、派手にリアクションせずに淡々と指摘するほうが彼には効き目があることを知っていて、わざと冷静に指示する。


「……はぁ~い」とヴィノが悲しそうにリュートを仕舞う。


「なるべく早く次の階層へ下れば問題ない」トラコが気落ちしているバーナデットへ向けて続ける。「合流する可能性はまだ充分に残っている。あの二人がたかが落とし穴でデスるとは思えん」


「そゆこと」とミアも同意する。


「どうやらあの二人との距離が開きすぎたな。パーティから外れちまった」

 ヴィノがステータス・ウィンドウを操作しながら言う。


『アストラ・ブリンガー』ではダンジョン内でプレイヤー同士の距離が開きすぎてしまうと、強制的にパーティから外れるようになっている。そうすることによって、パーティ・メンバーから外れた者同士が協力できるようにしている。

 さらに、フィールドや街中ではいつでも使用できる機能『念話(ボイスチャット)』やメッセージ機能も制限される。

 それでも、どうしても離れた者同士で会話をしながらプレイしたければ、別種のコミュニケーション・アプリを開いてリアルタイムに会話しながらプレイすることは可能である。

 とはいえゲームシステムとは関係のない方法での連絡は没入感が削がれるため、その手段は好き嫌いが分かれるところである。


「なんにせよ」とヴィノがウィンドウを閉じながら言う。「こういうゲーム上のトラブルってのは純粋に楽しむもんだ。失敗するたびにそんな真剣に落ち込んでたら、この先ずっと落ち込みっぱなしだぜ?」


「はいヴィノ、いま良いこと言った」とミアが指をさす。「ここんところゲームと関係ないトラブルばっかりだったからねえ。なんか久しぶりに楽しいトラブルだよ」


「ゲーム以外のトラブルばかりだと? 忙しない連中だな」トラコが呆れたように言う。


「あーのーね、街中で空から降ってきたクイーン・オブ・ザ・トラブルのくせに、なに他人事みたいに言ってんのよ」


 思わずバーナデットが吹き出す。


 その笑顔をみて、三人も顔を綻ばす。


「大丈夫だよバーナデット」とミアが言った。「私達といれば落ち込む暇なんてないでしょ?」


「そうみたいね、ミア」と笑顔でバーナデットが言った。



■廃坑

■地下四階

■ラース側


 ラースは新たにグループ作成メニューを開いて、フレンド登録したリン・ケージを招待する。

 パーティとして一緒に行動すると、メンバーのHPとSPスキルポイントがゲージとして可視化され、情報の共有が可能になる。また戦闘中においては互いの発動させているスキルが頭上にアイコンや文字となって表示されるため、戦略を立てやすくなるというメリットがある。


「これでよし」とラースがパーティを組み終えてウィンドウを閉じる。「それにしても、飽きさせないためのランダム生成ダンジョンっていうのは、仲間とはぐれてしまうと厄介なもんだな」


 <廃坑>は入るたびにダンジョンが生成され、同じ構造のダンジョンへ入ることは二度とできない。あるいは、何十種類かのローテーションで生成されているのかもしれないが、それを全て調べ上げているフリークな攻略サイトは未だ誕生していない。つまり、無限に生成されていると考えるのが妥当だろう。


 だが、<廃坑>において唯一変化しない階がある。最下層である地下七階だ。この階はボスのいる部屋までの直線しかなく、パーティ全体が態勢を整えるのに必要な時間が与えられる。だからこそ、最終的な合流地点として叫んだのだ。


 バーナデットのことが気にかかる。だが、向こうにはミアとヴィノ、さらに戦力として大いに頼りにできるトラコがいる。よほどの凡ミスをしでかさない限り、問題はないだろう。


 ……というか、人の心配をしている場合じゃないよな。


 魔導術での攻撃を封じている自分と、クリア推奨レベルすれすれの自称アイドル騎士だけでは、正攻法での攻略はまず不可能だ。


 ……攻略なんて大層な話じゃない。ほとんど運ゲーにしかならない。


 露出過多な装備を身にまとっているアイドル騎士、リン・ケージと目が合う。

「どうしましたカナ? ボクの魅力に目が釘付けですカ?」と身体をくねらせてポージングするリン。


 ……やれやれ。


 ラースは首を振ってから口を開いた。


「当面は闇鬼ナイト・ウォーカーを躱しつつ、このフロアの地図を探す。あるいは下へ降りる階段をみつける」とラースは続ける。「それと、一緒に落ちてしまった仲間がひとりいるので、可能な範囲でそいつとの合流も目指す。その方が攻略できる可能性が上がるからね」


「異議なしデス。いいパーティですネ♪」


「もしかしたら君の仲間だって、どこかで待っているかもしれないだろう?」


「アー、それはないですネ」とリンは自分の顔の前で手をひらひらさせる。「さっき別アプリで連絡がきましタ。みんな先に上がってマース」


「淡白な連中だなあ……」とラースは自分の髪の毛を軽く掻き上げる。


「でもまア、普通そうだヨネ。やり直せば済む話だシ。むしろラースたんはどうしてそんなに頑張るのカナ?」


 レベルマックスの熟練プレイヤーなら、もっと効率のいい方法でプレイするんじゃないの? と暗に言われている気がした。


「このゲームは、移動に関してはあらゆる面でリアルによせたこだわりがある」とラースは続ける。「一瞬で転送されたり、迷ったダンジョンから瞬時に脱出できたりする術やアイテムは何一つ無い。イベントの演出などでダンジョンからワープして帰ってくるようなことはあるが、プレイヤーが任意で瞬間移動できる手段はない」


「だから死に戻りデス・リターンくらいしか脱出方法がないデス」


「そうだね。でもそうすると、おそらくもうこのダンジョンに入ることはできない。すでに新たなダンジョンが生成されている頃だろうし」


「そうデスネ」


「それじゃダメなんだ」とラースは言う。「仲間の一人がさ、初めての六人フルパーティプレイなんだ。だから、できれば全員一緒に楽しくクリアさせてあげたい。彼女が俺たちのお荷物じゃないってことを教えてあげたいんだ」


「いや~ン」とリンが照れたように身悶える。「やっぱりステキないいパーティじゃないデスカー☆」

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