017 女神隠し

「じゃあ……これは運営が絡んでいることなんでしょうか?」

「どうでしょう……。運営が関係しているとなれば、せめてカムナ騎士団にはなんらかの通達があるはずです。公式ギルドである我々に秘匿したままで、このようなNPCをこの世界に野放しにするなんてことがあるとは思えません。もし、このことが公に露見しはじめたら、それこそ大問題となりますからね。運営だけが特別な無敵装備で歩いているなんてことが知れたら、誰もが興ざめしてゲームから離れていくでしょう」


「確かにそうでしょうね……とすると」

 ラースは腕を組んで夕刻の美しい茜色の空を見上げた。

「NPC……アストラリアン……そして」


 ふと、バーナデットが口にした言葉を思い出す。


 ……あなたはこのゲームをクリアしたいと望んでいますか?


「ゲームをクリアするために必要なもの……」とラースが呟く。「フリトトの祝福」


「あるいは破滅へ導く者ども、という可能性もあります」

「破滅、ですか? 物騒ですね」とラースは苦笑いして肩をすくめる。


「ラースさん、ケイン・シバナンというプレイヤーを覚えていますか?」

「もちろん覚えています」とラースは言った。「伝説的な超級プレイヤーだった人でしょう? そして『女神隠し』にあった人でもある」


「その通りです。ある日を境にして、とつぜん行方不明となってしまったプレイヤーのひとり。このゲームがローンチされてから、現在まで、確認できるだけでも五人の関係者が行方不明になっています」


「しかも、現実の世界で行方不明になっていると警察に通報があってから、ニュースとして取り上げられた数日後まで、そのプレイヤーのアバターがゲーム内で確認されているという、不可思議な現象が起きていた。『アストラ・ブリンガー』の世界には男の神様がいないから皮肉を込めて『神隠し』ならぬ『女神隠し』として騒がれたことがある」


「幽霊のように出没していた行方不明者のアバターたち。彼らが実際にはどうなってしまったのかは分かりません。ですが、バージョン5『東方黄金録』にてクリア目前だと噂されていたケイン・シバナンの突然の失踪は、このゲームの中でかなり大きな事件として騒がれましたね」


 ラースは黙って肯き、タチアナの次の言葉を待った。


「ここから先は偶然の発見なのですが、私はこのゲームのクリア条件の見直しと、エグゼ狩りに類似する行為の有無、<ゲート>やその他の初期設定にまつわる情報をネット上で調べて回りました。そして、ひとつのサルベージ・サイトへ行き当たりました」


 サルベージ・サイト。

 ネットの世界で生まれては消えていくあらゆるサイトを救済サルベージし、データ圧縮してその膨大な量のサイトを保存し、アーカイブズとすることを目的に活動しているサイトのことである。


「アメリカのサーバーで運営されいるそのサルベージ・サイトで発見したのが、ケイン・シバナンの個人サイトの断片だったのです」


 タチアナがレポートのページを進める。


 圧縮されていたデータを復元しているせいで、画像データとしてのテキストは粗い。

 ラースは目を細めるようにして、その滲んだ文字を読んでみる。


「日付は去年の十一月ですね」とラースが文字を辿りながら言う。

 現行バージョンである『蛮神割拠』にアップデートする直前。まさにケイン・シバナンが失踪する数日前の攻略記録ログであった。


 ――B5と共に、テホームへ。ゲートのキーを地下神殿で探すが見つからず。鍵はさらなる深淵にあるのかもしれない。クリアする理由を問われる。もたらす者との邂逅こそクリアへの道筋。ナンセンスだ。――


「なんですこれ? B5とかテホームとか何を指しているんですかね?」


「それはよくわかりません」とタチアナはきっぱりと断言する。「おそらく本人と協力者だけに伝わる符丁のようなものでしょう。私が引っかかるのはその先の一文です」


「クリアする理由を問われる」


「そこです。ラースさん……


 一瞬、何を言われているのか意味を飲み込めなかったが、すぐにバーナデットとの会話のことだということに思い当たる。


「バーナデットが『女神隠し』に関係していると思っているんですか? まさか……」

 タチアナの大胆な想像力に、ラースは思考が追いついてこなかった。


「奇妙な類似から得られた類推……といった程度の仮説です」

 タチアナは滲んでいる粗いテキストの画像を指でなぞるようにして話を続ける。

「彼女、バーナデットさんはどうして<開かずのゲート>の前にいたのでしょうか。誰と待ち合わせをしているわけでもなく、なんの目的もなくあの場所にいたのでしょうか? あるいは誰かを待っていたのかも知れません」


「……誰かとは?」


「問うことができる相手、というのはどうでしょう?」


「そんな……」とラースが首を振る。「バーナデットが『女神隠し』に関与しているだなんて有り得ない」


「元老院が我々カムナ騎士団に彼女の監視と護衛を内密に依頼してきたことを考えると、あながちふざけた仮説ではないのかもしれない、と思いませんか?」


 ……そうだった。新人騎士であったポールなにがしの勇み足とカムナ団長の鶴の一声で有耶無耶になってはいたが、そもそもバーナデットはカムナ騎士団に監視されていたのだ。


「運営が気にかけはするが『執行者エグゼキューター』が出張るような不正ではない何か……」とラースは、カムナ騎士団本部で口にした言葉を思い返す。


「まあ、これらの情報はあくまで推測ですし、あまりにも断片化しすぎていて、なかなか一枚絵になりません」

 タチアナはそう言うと、最後のページであったケインのサイト画像をめくり終えて、資料を表示していたウィンドウを閉じた。


「真相を確かめるためにはもっと古いケインのサイトのログが必要なのですが、残念ながらこれ以上のデータはどこにも残っていないようです。サルベージ・サイトはあくまで『こんなサイトが過去にありました』という程度の情報を保存するだけであって、すべてのログを網羅するほどの容量はありませんからね。最終更新されたこのコメントだけが唯一の遺産です」


「この話は団長には?」


「これから報告します。ラースさんから、何がしかの追加情報を得られるかもしれないと思い、先にお話したまでです」


「……そうですか……ありがとうございます」


 バーナデットがプレイヤーの失踪事件と関係している? 本当にそんなことがあり得るのだろうか……。だが、あらゆる状況証拠が、彼女が事件に関与していることを仄めかしているようにも映る。


 だが、それと自分のパワーアップに、どのような関連性があるのだろう?


 それに、その魔導術を追跡するように動いている青銀の騎士の動向も気になる。

 さらに言えば、トラコが接触した喋るタイプの青銀の騎士もいる。


「どうかされましたか?」

 考えがまとまらず、自分の世界に入り込んでいたラースを心配そうに見つめるタチアナ。


「正直に言ってかなり混乱しています」とラースは吐息とともに言葉を吐き出す。

 それから、トラコが接触した会話をする青銀の騎士の情報を彼女に伝えると、今度はタチアナが考え込む番となった。


「……それは想定外の事態ですね。青銀の騎士がNPCではないということか……あるいはアストラリアンとして、何がしかの役割ロールが割り当てられている……」

「そうすると、それは公式に存在しているということになるんでしょうか……。もしそうなら、シークレットなイベントだとしても、ちょっと悪ふざけがすぎている」


「公式ではないことは請け負います。ですが……一歩進んで二歩下がる、ですね。皆目検討もつかない」

 タチアナは眼鏡を外すと、目頭をつまむようにして揉みほぐしている。

 アバターとしてのキャラクターなのだから、目頭が疲れることはないのだが、おそらく現実世界で彼女がやっている癖なのだろう。


「なにはともあれ」とラースは立ち上がって軽く伸びをする。「感謝します。こんなにたくさんの情報と、それに基づくタチアナさんの仮説はそれだけで大きな意義があると思います」


「そんな……大したことはありませんよ」と照れたように首を振るタチアナ。


「一度ゆっくりと情報を整理してみます。そこから何か新しい事柄が見えてきたら、真っ先にお伝えします」


「ええ。私の考え過ぎであってくれることを祈っていますよ」


 ラースはタチアナにもう一度丁寧に礼を言うと、その場を立ち去ろうと歩きはじめた。


「ラースさん」とタチアナが思い出したように呼び止める。「失礼ですが、この先バーナデットさんとどこかへ行かれる予定はありますか? クエストとか」


 ラースは『廃坑探査』のクエストを受けて、明日みんなで挑戦することを伝えた。


「そうですか……」とタチアナが少し考えてから続けた。「逃走経路が限定されている場所で魔導術を使うのはやめておいた方がいいでしょうね。少なくとも、その因果関係がはっきりするまでは」


 青銀の騎士がどれほどの速度で追跡してくるかわからないが、確かに不要な接触は控えるべきだろう。何が目的なのかわからないし『女神隠し』と関連しているのなら、それこそ冗談では済まない事態となりかねない。


「ありがとうございます。もともと魔導術を使うつもりはなかったのですが、決心がつきました。ダンジョンクリアまでアイテムでの支援に徹します」


「それがいいでしょう」とタチアナが続ける。「お気をつけて。無理をしないでくださいね」


 タチアナが手を振る。ラースも感謝の気持を込めて大きく手を振り返した。

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