016 タチアナ・レポート

■前日(回想)

■ヴァシラ帝国 帝都ヴァンシア

■勝利の広場


「お呼び立てして申し訳ありません。ラースさん」

 夕刻。

 城門前にある<勝利の広場>は雑多な人々が行き交い、いつも通り活気に溢れていた。


「いいえ。こちらこそ」とラースが立ち上がる。「まさか本当にあれこれ調べてくれていたなんて、ありがとうございます。タチアナ副団長さん」

「ただのタチアナで結構ですよ」と微笑む。「どうということもありません。プレイヤーが安心して楽しめる環境を維持するのも公式ギルドの誓約のひとつですからね」


 カムナ騎士団のシンボルカラーである真紅の鎧。弓騎士ヘビィ・アーチャーらしい軽量型の装甲が、均整の取れた肢体をより美しく際立たせている。

 目元にかかる髪をすくい上げ、眼鏡の位置を調整すると、ラースへ座るように促す。


 タチアナはしばらく無言で周囲の雑踏を見回し、特別こちらを注視している人物がいないことを確認する。


「普段親交のない者同士が店の中で顔を突き合わせていると、それだけで注意を引く可能性があります。私とあなたであれば、街中の雑踏に紛れて話した方が良いと判断しました」

「木を隠すなら森ですね」


「まさしく」とタチアナが目を細める。「ラースさん。あなたがカムナ騎士団本部にて団長と私にお話してくれたことを参考に、ゲーム内の出来事と、ネット上に書き込まれていることを調べてみました」


 タチアナがアイテム・ウィンドウから書類一式でまとめられたファイルを開き、それを二人が座っている手前の空間にホログラムのように表示させる。


「タチアナ・レポート」とラースが書類の表紙を読む。

「そこは口に出して読まないでください。恥ずかしいです」とタチアナが頬をうっすら赤く染める。

「す、すいません」

 急に照れだしたタチアナにラースも慌てて、つい謝罪してしまう。


 ……この人のスイッチがよくわからないな。


 ラースは苦笑しつつ、彼女が作成してくれた報告書に目を通す。


 表紙をめくった最初のページに、青銀の騎士の画像が貼り付けられていた。

「この者たちに間違いはありませんか?」

 ラースが画像を凝視しているのをみて、タチアナが訊ねる。

「間違いありません」


「そうですか。それでは決定的ですね」とタチアナは続ける。「結果から話しますと、青銀の騎士の目撃情報と、ラースさんが魔導術を使用した場所が重なることがわかりました」


「え? そうなんですか?」とラースは驚く。

 タチアナは無言で肯き、さらに話を進めるために資料にある赤い点で印をつけた地図のページへスライドする。


「以前話してもらった魔導術を使用した場所がこちらです。日替わりクエストにて<罪人窟>周辺のフィールドでの使用。その後に<開かずのゲート>付近でうちの団員と揉めたとき。そして先日の<罪人窟>内部での使用」

 タチアナがその場所に、青い点を追加したレイヤーを重ねる。


「この三ヶ所で、ラースさんが使用した数分後に青銀の騎士を見かけたというプレイヤーの証言が得られています」


 ラースは無言で続きを促すようにタチアナをみつめる。


「最初のフィールド上の目撃情報は……まあ、あまり褒められたものではないのですが、珍しい装備を身に着けている青銀の騎士を不意打ちして装備を強奪しようとしたプレイヤーからの通報でした」


「……強奪者が通報って……平和ですね」

「まったくもって」とタチアナも苦笑する。「強奪者は全部で四名。『潜伏』と『不意打ち』スキルを使用して青銀の騎士二名へ襲いかかったそうです。ですが、彼らの攻撃はまったく青銀の騎士に対して有効打にならなかった。強奪者の言葉をそのまま引用するならば、攻撃を受け付けなかったと表現しています」


「受け付けない?」


「ええ。ダメージがゼロだとか、特別な障壁シールドがあるとか、そういうレベルの話ではない、と彼らは言っていました。明らかにインチキをしている仕様だということでした。青銀の騎士への攻撃は、ヒットしたエフェクトなどは出るものの、攻撃を受けたときに必ず生じるわずかなノックバックすらなく、攻撃そのものをまったく無視して歩き去っていったそうです」


「攻撃判定としては命中しているのに、ダメージとして換算されない。たしかにそれは不正改造イリーガル・モッドの可能性がありますね。しかもかなりシステムに詳しい者の仕業……」


「そうなりますね」とタチアナが眼鏡を指先で直す。「どのような方法かは分かりませんが『執行者』の監視網をかい潜るほど巧妙なコード変更となると、そのハッキングの腕前は超魔法使いスーパー・ウィザード級でしょう」


 ……そんなことが本当に可能なのだろうか。


 三機の高性能AIである自立型思考演算回路――通称AIBSアイビス――によって維持管理が徹底されている『アストラ・ブリンガー』というゲームは、言い換えれば二十四時間いつでも不正行為を即座に発見して強制的に修正することを可能にしたシステムだということでもある。

 もし、AIBSが、不正だと感知できない方法で、無敵とも言えるダメージを受け付けないキャラクターを作り出せたのなら、なぜもっと直接的に動かないのだろうか。


 ……派手に動かない、あるいは動けない理由がある、か……。


 考え込むラースの様子を伺いつつも、タチアナは話を続けた。

「その後の<ゲート>付近での目撃情報と、<罪人窟>での情報は、我々の聞き込みによって、それらしい騎士がいたという他プレイヤーからの証言を得ました。最初に見せた青銀の騎士の画像は、通報してきた強奪者が撮影した画像をコピーしたものですが、確認を取った証言者の誰もが、この見かけない青銀の騎士の装備を覚えていました」


「カムナ団長があなたを信頼する理由がよくわかります。丁寧な裏付け調査に、騎士団という組織力を有効に活用しての情報収集。無駄なく仕事を効率化しているのはさすがです」


「あまり褒めないでください」と頬を桃色に染めて目をそらすタチアナ。「わ、わたしは、余計な仕事がどんどん増えていくのが嫌なだけなんですよ」


「す、すいません」

 ……なんか謝ってばかりだな、とラースは思った。


 本来なら好き勝手に遊んでいいはずのゲームの世界で、ここまで自分の時間を使って調べてくれているんだと思うと、どうしたって申し訳なく感じてしまう。


 ……しかも、たぶん団長に頼まれて断れずにやっているんだろうし……。


 かしこまっているラースを見かねて、タチアナは咳払いをする。

「で、ですが、この問題は調べれば調べるほど興味が湧いてきます。半分は個人的な趣味でもあるのでお気になさらずに」


「そ、そうですか……」とラースは上目遣いにタチアナを見る。

 確かに、この美しく整理された報告書レポートには、仕事以上のこだわりが見て取れる。


「話を戻します。青銀の騎士たちの目撃情報から得た行動パターンから、おそらくラースさんの原因不明のパワーアップに対して反応しているということは推察できました。では、なぜ彼らはラースさんを探すような動きをしているのだろうか? ということに注目してみます」


 ……なるほど。


 ラースにしてみれば、追われているのはバーナデットであるという認識があるが、彼らの目撃情報は、確かに自分を追跡していると見るほうが正しいだろう。


「ここまでの話を聞いてみて、ラースさんは青銀の騎士に対してどんなイメージを持たれましたか?」


 唐突な質問。

 ラースは口元に手を添えて、軽く唸りながら整理してみる。

 チート行為だと認定されても不思議ではない、謎のパワーアップ。

 なぜか知らないが、自分が術を使った場所へ現れては消えていく青銀の騎士。まるでこちらの足跡そくせきを辿るかのように……。


 チート行為に、追跡……なるほど。


「……『執行者エグゼキューター』のようだ……」

「さすがです」とタチアナが目を丸くする。「まだ私自身が直接に青銀の騎士を目撃していないので結論とまではいきませんが、その振る舞いは明らかに『執行者』と酷似しています」

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