第二章 廃坑探査

015 アイドル騎士

■二〇五二年四月二十四日

■帝都ヴァンシア 近郊フィールド

■廃坑へ至る道


 事の発端は、ミアが身に着けている『エメラルドの腕輪』であった。


 付帯効果はなにもない。物理防御と魔法防御が少しだけ上昇するが、はっきり言って戦闘用で装備するのであれば、もっと能力的に優れている腕輪は山ほどある。

 装備品としての性能は低いが、売値が高額のため普通はクリア後に売り払って、それを山分けするためのアイテムである。


 常設されているミッション『廃坑探査』において、レベル・ハードでクリアすると報奨として手に入れることができる。

 ミアは、ラースとヨハンと初めて出会ったのがこの『廃坑探査』であり、他の希少ドロップアイテムを譲ったため、お返しとして『エメラルドの腕輪』を一人で受け取ることになり、以来、お気に入りの可愛いアクセサリーとして身につけている。


「なんてことを説明してたら、バーナデットが『私も欲しいです』って、興奮気味に言い出してねえ」とミアが苦笑する。


 念願の、六人フルパーティでしか挑戦できない場所での戦利品ということもあり、バーナデットの中で『エメラルドの腕輪』を欲しい熱がヒートアップしていた。


 <廃坑>のダンジョンは、難易度がイージー、ノーマル、ハードと分かれている。

 ダンジョン内は毎回ランダム生成されるため、同じマップで再チャレンジすることはできない。

 そしてダンジョンの階層はレベルごとに異なり、イージーで二層、ノーマルで四層、ハードでは七層となっている。


 バーナデットのレベルであれば本来はノーマルでの挑戦が適当なのだが『エメラルドの腕輪』が欲しいことと、他のメンバーがレベルマックスであることを考慮して、問題なくクリアできるだろうと考えての挑戦であった。


 新規でパーティに加わったトラコ・ヤッハも、渋々ながら律儀に参加してくれている。出会い方こそ最悪だったものの、本来は真面目で誠実な性格なのだろう。


「どうやら先客がいるみたいだな」

 ラースは<廃坑>の入り口手前で立ち止まる。

 目を細め、右手で視界に影を作りながら様子を見る。

 <廃坑>の入口には、同じように六人編成で佇んでいるパーティがいた。


「リン・ケージだな。こりゃ眼福だ」とヴィノが嬉しそうに言う。

「あ、ホントだ。リンちゃんだ! 生で観るのはじめてかも!」とミアが言った。


「リンちゃん?」とラースが首を傾げる。

「誰ですか?」とバーナデットも同じ仕草をする。


「さすがの朴念仁だラース君」とヨハンが指をさして言う。「巷で人気急上昇中の自称アイドル騎士ナイトのリン・ケージ嬢を知らんとはな!」


 ……いや、だからなんでお前が勝ち誇ってるんだ?


「彼女が主催するギルドがあるけど、実質ファンクラブらしいからねぇ」とミアが言った。

「へえー。そんなに人気があるんだ」と素直に感心するラース。


 どうやらダンジョンでの様子を生配信するのだろう。

 萌葱色の長い髪を弾ませながら、その女騎士が大袈裟な身振り手振りで何事か話している。

 その動きに合わせて装甲プレート面積の少ない鎧からは、柔らかそうな素肌が見え隠れしていた。


 騎士本来の役目は敵の攻撃に耐えることなのに、あんな薄い装甲で大丈夫なのだろうかと、ラースは他人事ながら心配になった。


 とりあえずやや離れた位置で、リン・ケージのパーティがダンジョンへ入るのを待つことにした。


「……と、言うわけデ! 今回のダンジョン攻略企画は<廃坑>デス! しかーモ! 難易度は激ムズなハードでチャレンジなのだヨ!」


「あのぅ……ハードってやっぱり激ムズなんですか?」

 バーナデットがおそらく収録中だということを察したのか、気遣って小声で話す。

「挑戦する人のレベルによるけどね」とラースが言う。「それと編成かな。<廃坑>はダンジョン自体はランダムで生成されるけど、中で出現するモンスターやトラップの種類は確定しているから、それに対応できるメンバーで挑めば、大丈夫だと思うけど」


 ヨハンが目を細めて小さく唸る。

 レンジャーが持つスキル『千里眼』によって、多少距離のある相手でも任意でプロフィール・ウィンドウを見ることができる。


「彼女のレベルは六十五だな。ちょっと厳しいかも知れないが……ま、取り巻きの中に何人か手練れがいるようだし、問題ないだろう」とヨハンが品定めを終える。


 リン・ケージのパーティには、明らかに彼女のファンであり、ギルドメンバー――つまりファンクラブの会員――である戦士と女神神官が付き従っている。肩や胸元に揃いのピンク色で鮮やかに描かれているギルドのロゴをペイントしていることからもそれが分かる。


 残りの三人は恐らく傭兵ギルドで契約した助っ人だろう。装備している品々から推察するに、重騎士と盗賊、魔導術師といったところか。


 盛り上がっているアイドル騎士たちと必要以上に馴れ合おうとしていない彼らの距離の取り方で、この六人が傭兵ギルドとの混成パーティであることは、おおよそ見当がつく。


「果たしテ、可憐なるアイドル騎士リン・ケージはダンジョン攻略なるカ? 見事クリアしたときワ、な、なんと! 『エメラルドの腕輪』を視聴者プレゼントしますヨー!」


 取り巻きの戦士と女神神官が指笛や喝采で盛り上げようと頑張っている。


「いよ! さすがアイドル騎士のリンお嬢! 素敵ぃ!」とヨハンがつられて叫びだす。


 その声に気づいたリンは、動きを止めてこちらへ視線を向けた。


「ちょっとぉ! やめてよねヨハン! 恥ずかしいっ」とミアが腕を引っ張り制止する。


「これワ、これワ。お待たせしてしまっテ申し訳ありませン」

 リンがこちらに近づいて、軽く頭を下げる。


「あ、いいえ。別に急いでいるわけでもないですし、お構いなく」とラースが言う。


「もうオープニングは撮り終えましタ。すぐ出発しますのでお待ち下さイ」とリンが続ける。「あ、ちなみに今もアイカメラで実況配信中デス! 映っても構いませんカナ?」

 リンはそう言って自分の緑色の瞳を指差す。


 プライバシーに配慮していることをアピールするため、右肩の中空に『LIVE』のアイコンが明滅していた。


「あの、みんな照れ屋なんで、お手柔らかに」


 ラースは苦笑しながらそう言って、さりげなくリンの視界からバーナデットを隠すように移動する。リアルタイムで配信されているとなると、誰が見ているかわかったもんじゃない。バーナデットの素性は、なるべく隠しておいた方がいい。


「シャイな人って可愛いですニャ~。それジャ、お先にいってきまース!」

 取り巻きと助っ人を引き連れたリン・ケージは、あっさりと引き下がり、そのまま<廃坑>の入り口へと歩いて行く。


 ふざけたナリをしているが、相手が嫌がりそうなことを察して、大人しく引き下がる。

 なるほど。破天荒な言動のわりに、ちゃんと周囲を観察しているわけだ。動画配信者ストリーマーとして人気があるのも不思議ではない。


 リンが<廃坑>へ入る直前、こちらを振り返って投げキッスをしてきた。


 ヨハンがそれをキャッチして、口の中へ飲み込む仕草をしたときには、さすがのトラコでさえドン引きしていた。



■時間経過

■廃坑

■地下一階


 リン・ケージ一行がダンジョンへ入ってから、たっぷり十分待ち、ダンジョン内へ突入する。

 モンスターの再出現リスポーンによるタイミングの悪い鉢合わせや、アイテムを取られてしまって空の宝箱だらけで収穫がないという事態にもなり得る。

「パーティ同士がかち合って、アイテムの奪い合いとかも面倒くさいしね」とミアがバーナデットへ説明する。「いわゆるエチケットのひとつだよ」


 <廃坑>内部はランダム生成型のダンジョンのため、同じ構造のダンジョンに入れるパーティ数に上限がある。さらに時間によっても制限されるため、同じ構造のダンジョンに複数のパーティが入りすぎると宝箱や狩りやすいモンスターの争奪戦となってしまう。


 それらのトラブルを避けるためにも、本来ならたっぷり時間を置いてダンジョンが新たに生成された頃に入るほうが有意義である。

 しかし、今回はそこまで時間を空けるわけにもいかない。それぞれのプレイ時間を考慮して考えると、十分が限界であった。


「それから<廃坑>で一番気をつけないといけないのは、常に通路の幅を把握しておくこと、かな」


 <廃坑>の中は広間のような大通りから、一列で進まなければいけないほど細い通路まで、じつに様々な作りとなっている。

 しっかりとレンガが敷き詰められている場所から、今にも崩れそうな切り出したままの土壁。さらにトロッコのレールがやたらと敷設されている道や、ぬかるんでいる足元などは、それだけで移動速度や戦闘における行動力にも制限がかかる。


 敵と遭遇したとき、その場所の特性を把握しながら戦わないと、いかにレベルの高いプレイヤーでも連携を乱されて、うっかり教会送りゲームオーバーになることも珍しくない。


 バーナデットは初めての六人フルパーティでのクエストのせいか、やや緊張した面持ちで真摯にミアのアドバイスを聞いていた。


 <廃坑>内は、天然の魔光石が壁に埋もれたままになっていて、深い青色の輝きでダンジョン内を仄かに照らしている。また各階の中央部分のエリアはレンガで覆われた歩きやすい通路となっている。昔、炭鉱であった名残として人が生活していた面影を残しているエリアとなっている。こちらは壁面に等間隔で据え付けられた魔光石のランタンが掛けられている。どちらも隅々まで見渡せるほど明るいわけではないが、松明や術によって光源を確保しなければいけないほどではない。


「でも、場所によってはまったく魔光石の壁がなくって真っ暗な場所もあるから、最低限の光源は準備しておくこと」とミアの説明が続く。


「講義はちょっとお預けだ、ミア」と先頭を行くヨハンが立ち止まり剣を抜く。「さっそくのおでましだぜ。<廃坑>名物の闇鬼……ナイト・ウォーカーだ」

 前衛三人が余裕を持って広がれる、丁度よい横幅の通路。少し先には行き先を分かつ三叉路が見て取れるが、その道を塞ぐように全身漆黒に塗りたくられたような背の低い人型のモンスター、ナイト・ウォーカーが、魔光石の作り出す岩影の中から音もなく出現してくる。


「一、二、三……七匹」とバーナデットが怯んだ声を出す。

「臆することはない。この程度の雑魚、何ほどのこともない」とトラコが前へ一歩踏み出す。

「ここはまだ地下一階。相手のレベルも低い。ナイト・ウォーカーは数で押してくるモンスターだから、この程度なら今のところ前衛に任せておけばいいよ」

 ラースはバーナデットへ笑顔を向ける。


「下に行くほど、気持ち悪いくらい数が増えるからお楽しみにな」とヴィノが意地悪くウィンクする。


「それじゃあ、イッチョはじめますかぁ!」

 ミアは自分の両拳を派手に撃ち合わせてから、空林寺拳法の構えをとり、突進していく。


 それに呼応するようにヨハンとトラコが左右に展開。初めて一緒に戦うトラコであったが、戦い慣れている者同士であれば、コンセンサスの取れた一般的な戦術というものを互いに知っている。

 それは、一度でも一緒に戦闘してみれば、相手の力量が分かるのと同じ理屈であった。


 中央でミアが突出する。敵を分断するためだ。その動きを察知したトラコは次いでヨハンの動きを確認し、自分が右側の敵を相手にしてミアを囲ませないように動くことに決める。

 ヨハンも同様に左側でナイト・ウォーカーの相手をし、ミアが敵の中央を突破する時間を稼ぐ。

 ミアが中央の三匹を軽々と倒していく。正面から対峙することにおいて、無類の強さを発揮する近接戦闘に特化した修道兵モンクの特性をよく理解した動きである。分断された左右二匹の背後に回る形となったミアが、ヨハンとトラコの攻撃を支援して、呆気なく七匹の討伐が完了する。


「すごい……。なんの打ち合わせもしていないのに」

 バーナデットはその華麗な三人の動きに感嘆の声を上げた。


「トラコはやっぱり熟練者だったってことだね」とラースも感心して腕を組む。「バーナデットの固有スキルが激レアな防御耐性だったから勝てたけど、普通に挑んで勝てる相手は、そうそういないだろうな」


 ミアもヨハンも、トラコの実力を知っていたわけではない。地下一階の雑魚モンスター相手であれば、たとえ連携がうまくいかなくても誰かが大ダメージを負うほどの危険はないからこそ、いきなり戦いはじめたのだ。


「ちょっと意地の悪いテストみたいになっちまったけど」とヨハンが剣を収めて言う。「さすがだね。『叢雲むらくも』を持ってるのは伊達じゃないってところだ」


「ふん」トラコも愛刀を鞘に納める。「貴様も口先だけではないようで安心したぞ。それだけ破廉恥漢はれんちかんな存在で腕前が並以下だったら目も当てられん」


「ええ! なんか俺への風当たり強くなぁい? 風速四十メートルは軽くある感じなんですけどぉ!」


「日頃の行いが悪いからでしょ」とミアが笑う。


 ……よかった。トラコが入ってくれたおかげで前衛だけで押し切れる場面がかなり増える。

 ラースは安堵の吐息を漏らす。

 これなら今回はアイテムによるサポートに徹しても問題はないだろう。前衛の三人に、中堅のヴィノが支援と防衛行動を担い、バーナデットが回復と法力付与エンチャントの全てを引き受ける。


 ラースは、今回のミッションで一切の魔導術を使用しないと決めていた。

 

 たとえ普通に魔導術が使える状態だとしても、回復主体の女神神官を育てるのに、強力な術で敵を一掃していたら、仲間を回復する機会を奪うことになり、結果として成長を遅らせることになる。


「大丈夫そうだな」

「なにがです?」

 ラースは無意識に言葉に出していた。隣りにいたバーナデットが不思議そうに見上げてくる。

「ああ、なんでもないんだ。独り言」と慌てるラース。


 ……逃走経路が限定されている場所で魔導術を使うのはやめておいた方がいい。少なくとも、その因果関係がはっきりするまではね。


 昨日、タチアナ・ストロギュースに言われた言葉である。


 ラースは昨日、<廃坑>へ行くことをみんなで決めたあと、ログアウト直前にカムナ騎士団の副団長であるタチアナ・ストロギュースに呼び出された。


 彼女の卓越した調査能力による報告は実に綿密であり、それゆえにさらなる不吉な事実を突きつけてくるものでもあった。


 ……『女神隠し』とはね。


 笑顔で進んでいくパーティの面々を眺めるラース。


「せめてこのクエストを無事クリアできますように……」


 昨日のタチアナとの会話を思い出しながら、ラースはひっそりと小声で呟いた。

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