014 謎めいたキャラとして

■西暦二〇五二年 四月二十三日

■ヴァシラ帝国 帝都ヴァンシア

■かささぎ亭


「つまり本日のトラブルさんはこちらでーす……ってことだな」

 ヨハンが腕を広げて、まるで司会者がスターを紹介するかのように、その手の平を相手へと向ける。


 いつもの席には、ラースと仲間たちの他に昨日バーナデットに挑んで敗れたサムライ・ガールが背筋を伸ばして威風堂々座っていた。


「まったく。どうしてこう、矢継ぎ早にあれこれ問題が起きるかねえ」とミアが呆れたようにぼやく。


「ミアの言う通りだ」とヨハンが言った。「麗しの美人サムライじゃなかったらカムナ騎士団に突き出しているところだ」


「まあまあ。とりあえず誰もどんな実害も受けてないだろ?」とラースがなだめる。「出会い頭の事故だと思って穏便にな」


「お人好しにも限度があるぜラース」とヨハンはサムライ・ガールのプロフィールを確認する。「さすがにしおらしく情報を開示してるじゃあないか……トラコ・ヤッハさん」


 表示枠にはフルネームが表示されていて、レベルは上限である八〇であること、職業は――とうぜん――サムライであることが明示されていた。


「流派は?」とヨハンが訊く。

奏剣そうけん流」

 目を閉じ、姿勢を正したまま、そっけなくトラコが呟く。

「新しい流派だね。今回のアップデートで実装された、居合いと流麗な剣技が特徴……だったかな」

 ラースが補足するように話す。


「騎士の最上位には聖、黒、竜、とバリエーションがあるのに、サムライは何もないのは不公平だってことで流派が誕生したんだよね? これで三つ目だっけ?」

 ミアの質問にラースが肯く。


修道兵モンクも、新しい流派ができないかなぁ。空林寺拳法は性に合ってるけど、もっとド派手なエフェクトがあるのもいいよね。せっかくのゲームなんだからさあ」


「ミア流・ガチムチ脳筋派とかな」とヨハンが意地悪く言う。

「そうね。ヨハン流・口だけ達者派とかさ」

 負けじと返すミア。


「おいおい、美女を放っといて漫談するな。困ってるじゃあないか」とヴィノがいい男ぶって話を止める。


 どうだい? 君のためにくだらない話をとめてあげたぜ……という感じでトラコに流し目を送ってみせるが、もともと目を瞑っているトラコには何も見えていなかった。


「くっ……やるなっ! 俺の『優しいけどちょっと下心あるってことを相手にわからせる絶妙・流し目ビーム』をバリアするとはっ!」


「漫談やってるのはどっちだよ」とヨハンが突っ込む。「まったく話がちっとも進まない」


 お前もな、とラースが心で突っ込む。


「なにはともあれ、だ」

 ヨハンはテーブルにひじを乗せてトラコの方へ身を乗り出す。

「昨日は、まるで親の仇を見つけたかのごとくバーナデットを追いかけ回していたのに、今日になったらお友達だって? なんですか、強敵と書いて友と読む的なアレですか? 負けたライバルはどんどん主人公側のチームに入っていくパワーインフレ確定なバトル漫画のノリですか?」


「負けたのは事実であるが、ここにいるのは私の意思ではない」とトラコは目を閉じたまま言った。「勝者であるこの女神神官の希望だ。理由なら彼女に聞くがよかろう。私も知りたいところだ」


 みんながなんとなくバーナデットの方へと向き直る。


 トラブルの張本人であるトラコもそうだが、それ以上に不思議なのはバーナデットがこの実力者に『決闘』デュエルで勝ったという事実である。


 レベルマックスのサムライ相手に、レベル四〇にも満たない初心者が、非戦闘系職業である女神神官ディータ・プリーストで競り勝ったのである。


 いったいどうやって? と疑問に思うのも無理はない。


 そんな皆の気持ちを察したのか、バーナデットはひとつ小さな咳払いをすると、こちらもまた淡々とした口調で説明しだした。


「私の持っている固有ユニークスキルは、どんな攻撃であれ一撃だけ――あるいは一連のモーションがスキルとしてワンセットになっている連撃に対して、一切のダメージを負わない、というものです」


「それってかなりレアなスキルじゃない?」とミアが感心する。


「はい。たぶんレアなのでしょう。ですが、大きな欠点があります。再始動待機時間リキャストタイムが長いんです。だから通常の平均的な戦闘で使用できるのは現実的に考えて一回です。レイドボスなどの長期戦でも二回出せるかどうか、といった代物です」


「なるほどね。つまりは初心者クラスの女神神官だと侮ったトラコ嬢の油断が敗因だってわけだ」

 なぜかヨハンが勝ち誇ったように腕を組んでふんぞり返る。


 ……実際はそんな単純な話じゃないんだが、おそらくヨハンもそれを承知で挑発しているのだろう。


 事の始終を見届けていたラースは、<見晴らしの丘>での決闘を振り返る。


 レベルを最大まで上げたサムライが、最も使い込んだ愛刀とも呼べる武器を持って臨んだ勝負である。しかもその刀はゲーム内屈指の威力を持つ『退魔刀・叢雲むらくも』。


 『決闘』デュエルにおいて、それが魔導術や法術同士であろうと、あるいは物理系の武器同士であろうと、相手が何らかの防御策を講じていると考えるのは当然である。


 トラコにしてみれば、自分の固有スキル、あるいは『叢雲』の付帯効果……。そのどちらかで相手のダメージ遮断策を突破できる自信があるからこその決闘のはずだ。


「私は……」と、トラコが少しだけ瞼を持ち上げて話しはじめた。

 どうやらヨハンの煽りが功を奏したようだ。

「……私は……以前に『エグゼ狩り』を試したことがある」


 ヴィノが口笛を吹き、ヨハンが肩をすくめる。

「ホントに狩りをやった人って、はじめて見たよぉ」とミアも驚きを隠せなかった。


「まだバグが修正される前の話だ」とトラコは続ける。「相手は『執行者』エグゼキューター一体。こちらは六人。全員が万全の態勢で挑んだのだが、それでも『執行者』のヒットポイントを一ミリも削れず、タイムアウトになってしまった」


「修正後に挑戦していたら、今頃呑気にここで語り合っていられないからな。このゲームにもう未練が一切ない、という奴くらいじゃないと挑めなくなっちまった」

 ヨハンが付け足すように言う。


「もうやるつもりはないさ。だが……」とトラコはゆっくりとバーナデットへ視線を送る。「だが、私にはどうしても試したいことがあった」


「試したいこと?」とミアが続きを促す。


「今回のバージョンアップで得た新しい流派。そして『エグゼ狩り』の頃には持っていなかった伝説級の武器『退魔刀・叢雲』。さらに自身の固有スキルを上乗せした流派の最大奥義。これにステータス強化系のアイテムを重ね掛けして必要な能力値の限界突破を試みる……。これだけの条件を揃えても、はたして本当に『執行者』エグゼキューターに傷一つ付けられないのだろうか……と」


 絶対無敵の『執行者』エグゼキューターにダメージを通す方法。


 それはすでに『エグゼ狩り』が横行した時期に考え尽くされた感はある。

 しかし、トラコが言うように、あの時代よりも武器もスキルも増えている。新たな組み合わせを考え出して、『執行者』エグゼキューターの装甲を貫く抜け道が開ける可能性があるかもしれない。


 表立って誰も挑戦していないだけで、もしかしたら思わぬ組み合わせで、運営が見落としているような、小さい針の穴くらいのバグに対してヒットする方法があれば……。

 その可能性を想像して試行錯誤すること自体は、別に悪いことでもなんでもない。


「しかし、今エグゼ狩りなどを実行しようものなら、そこのお喋り男が言うように、大事に育ててきたこのキャラクターを失うことになる」

 トラコは自分の胸元に手を添えて言う。自分のキャラクター、そのアバターに愛着を持ってゲームを楽しんでいるのだろう。


「お喋り男って! ヨハンです。ヨハン・リップストーンと言いますぅ」


「と、まあそんな悶々とした日々の中で、ある連中が私にコンタクトしてきた」

 ヨハンを無視したままトラコは話し続ける。


「ある連中?」とラースが訊くと、トラコはしっかり肯いてから話を続けた。


「顔はフルフェイスの西洋兜。素性を知れるものは何も開示していなかった。しかしその鎧兜は見慣れぬ青魔合銀ブルーミスリルの装備であった」


 ラースはバーナデットと視線を交わす。

 おそらく彼女を追っている連中に違いない。


 ……あいつらが他のプレイヤーに接触してきた?


 話ができるのなら、なぜ最初に出会ったとき、バーナデットに対して話しかけなかったのだろう? 


 気持ちの悪い違和感。ラースは不吉な予感しかしなかった。


「奴らが私に言ったのは『執行者エグゼキューターと同等の障壁スキルを有する者がいる』という情報だった」


 ……なるほど。それで競り負けたときに「本物だ……」という声が漏れたわけだ。

 ラースが得心すると同時に、今度はミアが乗り出してくる。


「その情報の見返りは? そいつらだってロハで教えてくれたわけじゃないんだろ?」

 ヨハンが片眉を吊り上げて問いただす。


「勝利の暁には、相手の所持しているアイテムをすべて没収し、自分に渡してほしいと言っていた」


「物取りか……それも妙な話だな」とヨハンが顎に手を添える。


「なにが?」とラース。


「いや、バーナデットの固有スキルまで把握している連中がさ、初心者テンプレ持ち物リスト的な物しか持っていないバーナデットのアイテムの何を欲しがっていたのかってね。固有スキルまで知ってる連中が、彼女の持ち物を把握していないとは考えにくい」


「確かに」とラースも唸る。


 彼女が特殊なレアアイテムを持っているとは思えない。そもそも、そんなにこのゲームを熱狂的にプレイしているとも思えない。それこそ、本当に初心者としか思えない装備品しかなかったのだ。


「それはまあともかくとしてさ」とミアが割って入る。「なんにせよ、決闘したいならしたいで、ちゃんと事情を話してから実験としてバーナデットに付き合ってもらえばいいじゃない? どうして不意打ちするワケ?」


 確かにその通りだ。レベルマックスで『叢雲』を所持しているのだから、実力は達人クラスのはずだ。街中での奇襲なんてまずほとんど成功しないことくらい承知のはずである。


「っ! ……それは……」


 トラコは急に動揺し、下を向いてしまう。


「ブルーミスリルの連中との間で、まだ何か隠していることが?」とヨハンが鋭く問う。


「いや……そういうことではない……ただ……」


 ……ただ? 全員がその言葉の先を聞き逃すまいと身を乗り出す。


「つまり、その……ちょっと謎めいたキャラとして登場して……こう、気分的に盛り上がろうかな、みたいな、その……役作りと言うか……」


 俯いたトラコの顔が尋常じゃない赤さで紅潮している。よほど自分が演じていこうと思ったキャラを説明するのが恥ずかしいのだろう。


 ……ああ、この人は……と、ミアは思った。

 ……確かに造形としては麗しの美女ではあるが……と、ヨハンが思った。

 ……中身はある意味ヴィノと一緒だな。自分大好きで、演じる自分がまた素敵だと思ってしまうタイプ、とラースは思った。


 言い方を変えれば、彼女はこの『アストラ・ブリンガー』というゲームの世界を全力で堪能しているのだ。自分が設定したキャラになりきることで、アストラリアと呼ばれているこの幻想世界を存分に楽しんでいるのだ。


 トラコからしてみれば、青銀の騎士たちもまた同様にキャラになりきっているプレイヤーであり、自分に有益な情報をくれた良い人たち……くらいにしか映っていないだろう。


 謎めいているという意味においては、青銀の奴らのほうが格段に謎めいている。

 それに触発されて、今回の奇行に及んだということも、この性格なら十二分に有り得る……。


 全員の空気が、一気に白けていくのが感じられた。

 トラコはまだ頬を紅潮させたまま項垂うなだれている。


「バーナデットもバーナデットだよ」とミアが気持ちを切り替えて言う。「どうしてそんな簡単にこの人を仲間にしちゃうわけ? もしかしたらこれも演技で、もっと悪いことを企んでるかもしれないじゃない」


 ……あの赤面が演技だったら、誰も嘘を見抜くことなんてできないけどな、とラースは苦笑する。


「トラコさんは悪い人ではないですよ」とバーナデットが言う。「挑み方は最悪ですけど、勝敗が着いた時点で、こうして私のお願いを聞き届けてくれています。本当に悪い人ならここに一緒にいないと思います」


「確かにな。バーナデットに何かをする気なら、また姿を隠していたって不思議じゃあない」とヨハンも気が抜けたようにエール酒をあおる。


「それに、これでようやく……」


「ようやく?」とラースが聞き返す。


「ようやく<廃坑>のダンジョンへ探検に行けるじゃないですか!」


「あ、うん……え? なんだって?」

 全員がバーナデットの方を向く。もちろんトラコも意味がわからず彼女へ視線を向けていた。

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