008 初心者テンプレ持ち物リスト

 普段、最大でも四人しか座らない、いつものテーブル。


 だが今は六人でぎっちりと座っている。


 定員が六名で設定されているテーブルなので、椅子の数は問題ないのだが、基本的に広々と使っているせいか、やはり六人で座ると狭く感じられる。


 その中にフル装備の甲冑で身を固めた騎士がいればなおさら狭く感じるし、その騎士が、自分の所属している帝国において最強騎士団の団長ともなれば、その『圧』は半端ではない。


『圧』の塊と言ってもいいくらいだ、とラースは思った。


「ねえ……ラース君と団長って知り合いなの?」

 ラースが団長に経緯を説明している間、耐えかねたように小声でミアがヨハンに訊く。

「俺だって初耳だよ」とヨハンが小声で返す。「まあ、ラースも今じゃ古参に入るからなあ……俺もだけど。初期の頃に誰と何してたかなんて、いちいち聞かな――」


「なるほど。<開かずの門ゲート>でのトラブルに関しては了解した」

 よく響く野太い声。ラースが説明を終えるとほぼ同時に団長――カムナ・リーヴが言った。


 ミアとヨハンの背筋がラースと同じタイミングで、すっくと伸びる。


「正直、俺が末端の奴らまで目が届かなくなったのも事実だしな。まさか、ここまで騎士団が大きくなるとは予想していなかったからよ。……これはまあ、いま外で待たせている副団長の手腕が見事といったところなんだが……」

 カムナはそこまで言って、つまらなそうに後頭部を掻く仕草をする。


「団長が、この帝国に所属している冒険者プレイヤーたちを保護し、ヘルプを求める者に対してレイドにも協力したりして、誰もが安心して楽しめるゲームにしようと活動しているのは知っていますし、その理念が形骸化したとも思ってません」とラースは続けた。「けど、やっぱり僕にはすべてを受け入れることができそうもないんです。ポール……と言いましたか? ゲートで彼女に絡んできた騎士は。ああいう物言いをする人間がいるというのもまた、悲しい事実です。騎士団が強力になり、人が増えればそれだけ、増長する人も出てきてしまう」


 ラースも、別に団長であるカムナに責任があるとは思っていない。

 そもそもゲームなのだ。

 他人にルールを作られないと遊べないというのなら、メタバース系のゲームなんてやらなければいい、というのがラースのスタンスである。


「まあな。騎士団の資格を得た新人たちは、どうしたってその『力』の程度を知りたくなっちまって、勇み足がすぎちまう。そういう奴らを抑えるためにも、お前を参謀に迎えたかったんだけどな」


「団長……」とラースが困ったように眉を寄せる。


「悪い悪い」とカムナは苦笑する。「もう済んだ話だったな。忘れてくれ」


 ミアが声を出さずに口の動きだけで「参謀? なにそれ?」とヨハンに訊く。

 ヨハンもミアを真似て「だから、俺が知るわけ無いだろ!」と口パクする。


「副団長から聞いた話じゃ、そのポールって野郎と連れ立っていた奴らは全員、入団間もない新人ペーペーだったらしい。功を焦ったばかりに、あんなことになったんだろうな。俺からの命令は『監視』。対象に危険があると判断した場合に限り、これを保護。所在が常に把握できていればいい、というものだった」


 カムナがそこまで言うと、給仕の娘がタイミングよく目の前にジョッキを置く。

 置かれた瞬間にそれを手にとって、カムナは一気に喉を鳴らして流し込んでいった。


「……ふぅ。それがなんだって本部まで連行しての事情聴取になっちまったのか……なにか手柄になりそうな情報を聞き出して、貢献度を上げようとでも考えたんだろうな。さもしい連中だ。まあ、もう破門したがね」

 ジョッキを勢いよくテーブルに置くと、その衝撃で全員が飛び跳ねそうになる気がした。


「そもそも、どうしてバーナデットを監視する必要があるんです? 彼らは上層部と言っていましたが、命令を下したのは団長なんですよね?」


「……まあ、半分正解ってところだな」


 沈黙。


 ラースは目をそらさずに団長を凝視し続ける。


 その顔を横目でチラ見すると、観念したように咳払いして、顔を寄せるように指先で自分の方へと招く。

 ラースだけではなく全員が顔を近づけてくる。カムナは他の者に対して獰猛な睨みをきかせる。


「団長、彼らは頼りになる俺の友人です」

 ラースがそう言うと、観念したように軽く吐息を漏らした。


「詳しいことは言えない。だから、質問はなしだ。いいな」


 全員が肯く。


「今回の件……バーナデットの監視を依頼してきたのは……ヴァシラ帝国の元老院だ」

「元老院……」とラースが言う。「それって、つまり――」

「そう。このゲームの運営そのものだ」


 アストラリアの三大陸、それに各諸島に存在する『国家』と名の付くコミュニティには必ずヘルプとサポートを目的とした運営会社が所属する部署が存在する。

 その国ごとに『政府』であったり、『内宮』であったり名称は異なるが、どれも運営がゲームの不正や不備に対して迅速に内側から行動できるために設けた部門セグメントである。


 ゲームの没入感を損なう可能性が大きいので、よほどのことがない限り内部に干渉することはない。明らかな不正行為に関しては監視ボットである『執行者』エグゼキューターが慈悲も情けもなく無敵の攻撃力と耐久力をもって対処することになっている。

 ヴァシラ帝国における元老院も、そのものがゲームの中で動きを見せることはほとんどない。それだけに、ラースの驚きも当然のものだった。


「どういうことです――」

 ラースが続けて質問しようとしたのをカムナが指を立てて制する。


「言われたことを正確に言えば、対象の監視。対象そのものにゲーム内で命の危険――つまりライフがゼロになりそうな場合に限り対象を保護すること。そして、もし冒険者との取引のような行為を目撃した場合は、その取引された品を確保すること。この際の手段は問わない」


 最後の一言はかなり物騒な物言いに聞こえる。


 ……何を持っている? 彼女の意味深な質問を思い返す。


 彼女は何かを知っているし、何かを持っているということか。『アストラ・ブリンガー』へと至る何かを。


「でだ」とカムナは少し声を張って、近づけている顔を遠ざけようにふんぞり返る。「ここからは俺からの提案なんだがな」


 カムナが、改めて全員を値踏みするように眺める。そして最後にバーナデットを一瞥して、ラースへと向き直る。


「いちいち騎士団が付きまとっているのも目立ちすぎる。この国で純粋にゲームを楽しんでいるプレイヤーにあらぬ噂が立ってしまう可能性もある。俺がここで座っているだけでも、すでに掲示板じゃその一報でスレッドが立ってる」


「それは、そうですよねえ」とラースも納得する。


 席に座っての会話は、オープンにするかプライベートにするか選択できるが、たいていはプライベートにして気ままに話している。

 とはいえ、座っている人物が有名人であれば一目見ただけでわかるし、思わず興味本位でテーブルを見に来る連中だって普通にいる。


「というわけで、お前なら安心だラース」と豪快にラースの肩を叩く。

「げふっ! ……あ、安心? 何がです?」


「悪いが、しばらくの間、彼女を守ってやってくれねえか」

「守るって……何からです?」


 不穏な奴らは確かにいるが……とラースは青銀の騎士を思い起こす。


「守るって言い方は大げさだな、確かに」とカムナは続ける。「そんな難しい話じゃない。ただ普通にパーティ組んで、こいつらと一緒に楽しくやってくれていればそれでいい。俺らが視界の片隅でウロウロするよりアンタだって気が楽だろう?」

 カムナは全員に言い聞かせるようにして、最後にバーナデットで視線を止める。


「俺はそれで構いませんけど」とラースが言う。「あくまで彼女が良ければ、ですが」


 そう。問題なのは彼女の意思なのだ。

『アストラ・ブリンガー』を共に探す相手を求めているような口ぶりからして、彼女にとっての目指すべき場所というものは、ここではないはずだ。


「どうだいバーナデットさん? 俺はもう腹を割って話をしたつもりだぜ。どんな事情があるのか知らないし、知るつもりもねえが、アンタは運営に軽く目をつけられている。少しの間、おとなしくコイツらと一緒に普通に遊んでてくれねえか? そうすりゃ、余計な波風も立たねえと思うんだが」


「……そうですね」とバーナデットは暫く考え込んでから呟いた。「少し心外な気持ちはありますが、その提案には乗りましょう」


「よし! 万事これで解決だな」とヴィノが言う。「なんなら景気づけに一曲弾こうか?」


「いや、まだだ」とカムナは声の調子を崩さず、冷徹に言う。「最後にひとつだけ俺らの監視を解くための条件がある。さっきの元老院からの依頼内容と関係することだ。つまり、アンタの持ち物だけは、直接調べておかないといけない」


「……わかりました」


 元老院からの最後の文言。取引を云々……というやつか、とラースは思った。

 おそらくその疑いのせいで、ポールなにがしたちに絡まれていたわけだから、当然のことだろう。

 そして、やましい事がないのであれば今、騎士団の最高責任者にすべてを確認してもらってお墨付きを貰うほうが手っ取り早い。


 バーナデットとカムナの間で宙空に表示されるウィンドウでのやりとりが行われる。

 バーナデットが彼にプレゼントするというメニューで、アイテムは相手が選べるという設定にする。これによって、カムナはバーナデットが現在保有しているすべてのアイテムを閲覧することができる。


 当人同士しか見ることができないので、ラースたちはただ待っているだけだった。


「あずかり屋に入れているアイテムは?」

「なにもありません」


 一緒にあずかり屋へ同行し、同じようにプレゼント画面でチェックすれば、嘘を言っているかどうかわかることだ。しかし、カムナは軽く目を閉じて肩を竦めただけだった。


「すぐにバレる嘘をつくタイプじゃなさそうだから、俺はアンタを信じるぜ、バーナデットさん」


 二人の間で開いていたウィンドウが閉じられる。

 ラースは何も見えていなかったが、とにかくこれで疑いが晴れたのであれば結構なことだ。

 張り詰めていた空気を払うように、安堵の吐息を漏らす。


「それにしてもだ」と呆れたようにカムナが呟いた。「所持品がグリーン・ポーション、毒消し、各三個づつだけって……絵に描いたような初心者テンプレ持ち物リストだな」


「ほっといてください」とバーナデットが少し膨れて言った。


「だな……」とカムナがその巨体をのっそりと立ち上がらせる。「ラースと連れのみんなも邪魔して悪かったな。協力に感謝する。じゃあ、俺らはこれで引き上げるわ。あとはよろしくな」


 カムナが席を立つと、音もなく後ろに控えていた従者も慌てて団長の後を追う。

 ラースは見送るために外まで一緒に歩いていく。


「ご苦労さまです」

 真紅の甲冑を着た、スマートな女性。髪はグレイアッシュのショートボブ。メガネを装着しているが右側は髪に隠れてあまり良く見えなかった。団長に対して気をつけの姿勢で出迎えると、その後ろに控えていた更に数名の騎士団員たちも一斉に気をつけの姿勢をとる。

「ご苦労さん。用事は済んだ。撤収だ」

「了解しました」と女性の団員が向き直り「撤収!」と指示をだす。


「彼女がさっき話した敏腕副団長様だ。キレたら俺よりおっかねえから気をつけな」とカムナがラースへ向かって言った。

「なにかおっしゃいましたか?」と眼鏡をキリッと持ち上げる。


 確かに怖そうだ……。きれいな人だけど。


 カムナは歩き出すついでに、ラースの肩へ腕を回して引き寄せた。

「俺も俺で調べてみるが、気をつけろよ。彼女……バーナデットがどうこうというより、どうもその周りがキナ臭い」

 カムナは声を潜めて言った。


「……そのことで、また日を改めて相談があります」


「わかった。何かあったらいつでも呼んでくれて構わないぜ。帝国公認騎士ギルドの団長様なんぞと言われているが、俺だってプレイヤーだ。暴れたいときだってある」

 そういってラースの背中を豪快に叩くと、先を行く副団長たちと合流するために早足で去っていった。


 カムナの豪腕で背中を叩かれたラースは軽くむせる。


 むせながらも、その背中を見送りながらラースは苦笑する。

 ……ヴァシラ帝国の最強騎士をそうそう軽々しく呼び出せるわけないじゃないか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る