006 バーナデット・B・セブン
■時間経過
■ヴァシラ帝国 帝都ヴァンシア
■
西門から駆け込むように帝都ヴァンシアへ戻ってきたラースたちはそのまま、この街一番の目抜き通りである
人混みの中に紛れ込み、ようやく一息つく。
中央を突っ切って西から北へ大きく移動してくると、この街の中央に位置する巨大な赤き城――通称
貴重な紅レンガをあしらった威風堂々たる城を背にして、ラースとヴィノ、それにバーナデットの三人は駆け足をやめて歩きはじめた。
「私が言うのもなんですけど、あんなことして大丈夫なんですか?」
「確かに君が言うのもなんだよね」とラースが困ったように呟く。「でもまあ、揉め事になる前に自分の情報はすべて
そこまで言うと、ヴィノが驚いたようにラースへ顔を向ける。
「あのぅ……ラース」
「ん? どうした?」
「……俺、
……なん……だと?
思わずラースは目が点になる。
「いやさ、女性と仲良しになろうとしたら、まずは自分がオープンになるべきでしょ? だからフィールドにいる間は基本、プロフを全部見せてるのが俺の流儀なんだよね」
「いや、まあ、それはどうでもいいけど……」とラースは続ける。ホントにどうでもいいことだ。「さっきの戦闘前にちょちょっと隠しておけばいいじゃん。明らかにトラブルだって言ったのはお前だろ?」
「だってラースたん、急にケンカはじめちゃうんだもーん」
「なにが、ラースたんだ。『鎖縛の
「いやあ、愛のために戦う男には上がるBGMが必要かなあ、と思ってねえ」
全くほんとにコイツは女の子のことに関してはアレだけど、他のことに関してはホントにアレだな。
ラースは肩の力が抜けたように、がっくりと
バーナデットが急に吹き出すように笑い出した。
もう少しヴィノに文句を言ってやろうと思って口を開きかけたラースが、思わずバーナデットを見る。
「……ご、ごめんなさい、笑ったりして。私のせいなのに、不謹慎でした」
作り笑いではない。彼女の本当の笑顔。
「なるほど……こいつは朴念仁のラースでさえ堕ちるわけだげふっ!」
ラースが咳払いと共にヴィノに肘鉄を食らわせる。
「ところで」とラースは何食わぬ顔で続ける。「なんだかんだと、自己紹介する暇もなかったね」
そう言って、自分の右手を差し出す。
「俺はラース。ラース・ウリエライト。んで、こっちの吟遊詩人が――」
「ヴィーノ・ソルベリー」とヴィノがラースを押し出すように手を差し出す。「ヴィノと呼んでくれていい。友だちはみんなそう呼ぶんだ」
「わかりましたヴィノさん。よろしくお願いします」
バーナデットはそう言うとヴィノと握手をする。
空振りした右手をニギニギさせながらヴィノを睨むラース。
その手持ち無沙汰なラースの右手を、バーナデットは笑いながら優しく握り返す。
「まだお礼を言っていませんでした。ありがとうラース。私の名前はバーナデットです……って、もうすでに知ってますよね」
「え、あ……そ、そうだね。ウィンドウで確認しているから」
ラースは彼女の笑顔に見惚れてしまい、うまく言葉が出てこなかった。
「ラストネームは?」とヴィノが訊く。
このゲームの不思議なこだわりのひとつに、かならずファーストネームとラストネームをつけなければいけない、という決まりがある。
ファーストネーム、つまり一般的にはハンドルネームと同じ役割を担うネーミングは、誰もがこだわりを持って考えるのだが、名字まで考えるのがめんどくさい、という人にはランダムで適当なものがつけられてしまう。
なので、ラストネームは隠したままプレイしている人も多い。
ヴィノの屈託のない自然な聞き方のせいか、バーナデットは一瞬躊躇したものの、すぐに観念したように口を開いた。
「バーナデット・B・セブン……。変な名前だから内緒にしてくださいね」
「確かに変わった名前だ」とヴィノも遠慮なく言う。「ランダムなの? ミドルネームまでつけてるのに?」
「え? ……そ、そうですね」とバーナデットは少し戸惑いながら続ける。「その……名前をつけるときに、あまりよく分かっていなかったので……」
さり気なく女性から話を聞き取っていくヴィノの話術。ラースは呆気にとられたまま二人の会話を聞いていた。
ヨハンが言っていた、天賦の才、という意味がなんとなくわかった気がした。
……とりあえず、目立った追跡者はいないか。
帝都の中こそ、カムナ騎士団の庭も同然である。もしかしたら追われることになるかもしれないと心配していたが、どうやら杞憂に終わったようだ。
「とりあえず一息つきますか。さっきはハム串も食べ損ねたしな」とヴィノが親指で<かささぎ亭>を指し示す。
バーナデットはラースの方へ振り返る。
……いいのかな? と不安そうな表情で訊ねられている気がした。
青銀の騎士、それにカムナ騎士団。不安材料は多々あるものの、何にせよ互いに話をする時間は必要だとラースは思った。
「ちょっとゆっくり話す時間が欲しいかな。君がよかったらだけど」
ラースが笑顔でそう言うと、バーナデットも嬉しそうに顔を綻ばせて肯いた。
■時間経過
■ヴァシラ帝国 帝都ヴァンシア
■<かささぎ亭>
ラースとヴィノの前にはいつものペール・エール酒。バーナデットの前にはクランベリージュースのソーダ割りが置かれている。
「それにしても、あのカムナ騎士団と揉めるなんて、大したレディだよ」
無事生還したことを祝して乾杯したあと、ヴィノはエール酒を呷ると、息を吐くようにそう言った。「いったい何をやらかして目をつけられたんだい?」
「何もやらかしていません」とバーナデットは憤慨してストローから一気にジュースを流し込む。
「それよりも気になっていたのは、最初にこの店で出会ったとき、君を追っていた連中の方だ」とラースが言った。「どちらかといえば、カムナ騎士団より厄介な相手のように感じられるんだけど」
『
「彼らに関して言えば、しばらくは何も起きないと思います」とバーナデットは自分が飲んでいる赤紫色の液体を珍しそうに眺めながら言った。「……まあ、あくまで確率論の問題ですが」
「その根拠は?」
バーナデットはストローから口唇を離し、天井を眺める。まるでそこに質問に対する答えがあるかのように。
「簡単に言うと、彼らの捜し物が、私の手元から離れたから……ですかね」
「捜し物? いったい奴らが捜している物ってなんなんだ?」とラースが訊き返す。
バーナデットはまじまじとラースを見つめる。次いでヴィノを一瞥し、視線をクランベリージュースへ戻すと、ストローに口をつけて再び飲みはじめる。
……口に出して言えないような理由があるのだろうか。
ラースは訊き方を変えてもう一度質問しようと口を開きかけた矢先、彼女が先に口火を切った。
「ラース。あなたにひとつ質問したいことがあります」
「え……あ、ど、どうぞ」
出鼻をくじかれたラースはもぞもぞと姿勢を正す。
「ラース」とバーナデットは少し間を空ける。「あなたはこのゲームをクリアしたいと望んでいますか?」
「えっ?」
まったく意表をついた質問に、思わず言葉が出てこない。
何かのジョークでもはじまるのかと思ったが、バーナデットの表情は真剣だった。少なくとも、ジョークで返していい雰囲気ではなさそうだ。
……本気でクリアを望んでいるか……この『アストラ・ブリンガー』を……。
バーナデットの真剣さを感じ取ったヴィノが、思わず口笛を吹く。
『アストラ・ブリンガー』はゲームである。
当たり前だが、ゲームである以上、ゴールとなる目標設定がなされている。
この世界における請願成就の万能器たる神剣、
この剣を手にした者は、どのような願いでも叶えてもらえるとされている。
莫大な報奨金であれ――未だゲーム内で所持金をカンストした者はいない――、世界最強の装備であれ、あるいは大陸まるごとひとつの支配権を欲しいとリクエストしたとしても、それすらも叶えてもらえるだろう……と噂されている。
ゲームの掲示板には『欲望のクリア報酬』というスレッドがあり、そこにはプレイヤーたちのありとあらゆる願望が常に書き込まれている。
それはもはや宝くじのようなものであり、クリアするために日々プレイしているというよりも、もしクリアしたらどうする? という妄想をして楽しむためのものであった。
一方で、二〇五二年現在、半没入型
だから、ゲームクリアを目指すことよりも、友達と合流してマイルーム――買ったり借りたりできる――や街中の飲食店などで、お喋りやミニゲームをしながら楽しんだり、商人や起業家となって町の発展や、不動産を運営するなんていう楽しみ方だってできる。
換金率は低いが、アストラリアの通貨と現実の貨幣とは換金可能であり、商取引や世界に数本しかないレアレティの高い超伝説級の武具を売って、かなりの財産を築く者もいる。
アイデア次第ではゲームだけで現実世界での生活費を賄うことも決して絵空事ではない。
『アストラ・ブリンガー』を入手するという最難関へ挑まなくても、日々新しく生成されていく多種多様なクエストのおかげで、ゲームとして退屈することもない。
実際問題として本気でクリアするために研鑽し、研究している人々の方が少数派になりつつある。
はじめてこのゲームにログインしたとき、この広大に広がるアストラリアという世界に魅了され、すべての謎を解き明かしてやると息巻いていた時期もあった……とラースは数年前のことを思い返してみる。
……だが……。
「今現在、クリアすることを考えているかどうかと言われれば、そこまで熱心には考えていないな」とラースは正直に言った。「誰かがグランド・クエスト……つまり『アストラ・ブリンガー』に関するミッションやクエストを進めていることに対する情報くらいは仕入れるけど……。そうだね、そういう話を聞いたところで、自分が先んじてクリアしようという気持ちは無いね」
「そうですか」
バーナデットの返事は、非難も肯定もない、ニュートラルな言い方であった。
「では質問を変えます」と彼女はさらに続けて言った。「このゲームは本当にクリアできると思いますか?」
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