005 立派なトラブルメイカー

 カムナ騎士団。


 それはヴァシラ帝国が誇る最強の騎士団ギルドである。

 光沢のある真紅の甲冑を身に纏うことを許された者たちは、その誰もが強力な実力者であることを物語っている。

 そんな一騎当千の猛者が、バーナデットひとりに対して四人。突撃型の騎士アサルト・ナイトが三人に、重甲冑型の騎士ガーディアン・ナイトが一人。


 <開かずの門>を背にして後退あとずさるバーナデットを取り囲むようにして、にじり寄っていく騎士たち。


 それを遠巻きに見物している群衆の最前列まで辿り着くと、ラースは思わずため息をつく。

「あれかい? 例のバーナデットちゃんってのは」

 ヴィノが楽しそうに弾んだ声で言う。


「そのようだ」とラースは応える。「どうしてこうなったのか分からないけど、とんでもなく面倒な状況になってるな」

「まったくだ」と悪びれた様子もなくヴィノが言う。「ああいうタイプの美少女ってのは、決まってトラブルが多いもんさ」

 そう言って肩をすくめる。


 ヴィノが言うと、変に説得力があるから不思議だ。


「どうしてヴィノにはそういうことが分かるんだ?」と素直な気持ちでラースが訊く。


 ヴィノは、どうしてお前は分からないんだ? と言いたげに目を見開く。


「お前に抱きついて、そんでもってお前が恋しちゃって、今まさにトラブルを承知で助けようとしてるだろうが! 立派なトラブルメイカーだ!」


 ……ああ、もう返す言葉もない。


 ヴィノの言う通りだ、とラースは思った。

 俺はいったい、これから何をしようとしているんだろう……。


「できれば、穏便に済ませたいのだが」

 大声でそう言うと、カムナ騎士団の一人がバーナデットへ詰め寄る。

「どうだろう? おとなしく我々にご同行願えないだろうか?」

「お断りします」

 バーナデットはきっぱりと言う。

「なぜかな?」

 騎士は努めて優しく振るまっているようにみえるが、決して彼女を見逃したりはしないという圧力のようなものを声に込めて言った。


「あなた達に連れて行かれる理由がありません」


 真紅の騎士たちはアーメット型のかぶとを装着しているが、目元のバイザーは上げている。彼らは互いの顔を見合わせ、リーダー格らしい先頭の騎士が困ったように肩を竦めて、もう一度バーナデットへ向き直る。


「いいかな、女神神官のお嬢さん。我々はその気になれば多少強引にでも君を連行することができる。そのための専用アイテムもあるくらいだ。あるいは、我々の組織力を持ってすれば、君のログイン中に終始つきまとって、その動向を監視することだってできる。でも、そんな面倒なことは互いにしたくないだろう?」


 なんて奴らだ、とラースは思った。

 自分の力ではなく、自分の所属する組織の力をひけらかして、相手を脅すなんて。いつからあの勇猛果敢なカムナ騎士団がここまで陳腐に成り下がったのだろうか。


 とはいえ、カムナ騎士団に入団できるということは、それなりに手練であることは間違いない。相手のプロフィールを確認してみると、名前と所属ギルド――つまりカムナ騎士団であること――を誇らしげに見せつけている。もちろんレベルは上限いっぱいの八〇。


 四人か……時間を伸ばされて援軍を呼ばれたら無理ゲーだな……。


 ざっと見たところ、四人の中に見覚えのある名前はなかった。


 ……まあ、成るように成れだ。


「さあ、悪いようにはしない。嫌疑を晴らしてサッパリしたほうが君のためでもある」

 そう言いながら、さらに詰め寄る真紅の騎士。

「嫌疑って……いったい何の嫌疑ですか?」とバーナデットも言い返す。

「ここでは詳しく言えない。だから、同行をお願いしている!」

 騎士たちもさすがに業を煮やしてきたのか、声の調子に荒々しさが目立ってきていた。


 ラースが音もなく前へ歩き出す。一瞬止めようと手を上げたヴィノだったが、すぐに諦めて首を振りながら彼のあとについていった。


「バーナデットさん」とラースがカムナ騎士団越しに声をかける。

「あなたは――」

「なんだ君たちは?」

 バーナデットの声と、彼女の姿を遮るようにリーダーと思しき騎士が間に割って入る。


「彼女とは知り合いなんですよ。お勤めご苦労さまです」と愛想よく振る舞うラース。「彼女、なにかしましたか?」

「君には関係のないことだ」

「えぇ! 知り合いだと言っているのに関係ない?」と周囲の見物人たちに聞こえるよう、かなり大げさに言う。「まさかヴァシラ帝国最強の栄光あるカムナ騎士団様が、はっきりとした理由も告げずに天下の往来でプレイヤーを束縛したり連行したりするわけがないですよねえ! 何があったんですか?」


 ――え? なに? やだ騎士団の嫌がらせなの?

 ――うっそ、マジ? あんな可愛い子いじめて楽しんでるわけ? 最悪じゃね?


 小さな声で群衆がざわめき、カムナ騎士団に対する疑いの声が上がりはじめる。


「さ、騒ぎにするつもりはないっ!」

 リーダー格の男が周囲の見物人に聞こえるように大声で言った。

「これは……っ! そうっ! こ、これは上層部からの命令だ! わ、 我々もすべてを知らされているわけではない! も、もしそれでも、文句があるというのならば、直接カムナ騎士団の本部にて直訴するがいいっ!」

 最後の部分は、ラースへ向けて言った言葉だ。


 さも今考えついたような慌てふためく物言いといい、自分のやっていることを他人のせいにして、その行いの善悪の区別さえ組織におもねるという、その態度がさらにラースの癇に障った。


「……気に入らないな」

 そう呟くと、ラースは少し強引に、そして素早くバーナデットの手首を握り、自分の方へと引き寄せた。

「あっ……」

 バーナデットはラースの胸元に額が触れるほど引き寄せられて、思わず頬が赤くなる。


「上層部からの命令? なにも理由を言わず有耶無耶にして連行? そんなふざけた理屈で友達を渡すわけにはいかない」


 切れたラースの大胆な言動に、思わずヴィノが口笛を吹く。


 その口笛を咎めるようにリーダー格の騎士がヴィノを睨む。

 プロフィール・ウィンドウがポップアップして、騎士の名前が表示された。


 ポール・バラッセ。それがこの騎士の名前であった。


 ポールに睨まれたヴィノは肩をすくめると、担いでいたリュートを両手で構える。そしてあるひとつのフレーズを弾き始めた。

 その音色は、対象の行動力を阻害する効果を持つ『鎖縛の行進曲マーチ』と同じフレーズであった。


 しかし、それは単に楽曲として弾いているだけであり、戦闘スキルとして行っているわけではない。なのでとうぜんだが、効力はなにも発動しない。


 街中や、指定されている戦闘禁止区域――この場所がそうである――では、決闘申込みが受理されない限りプレイヤー同士の戦闘は行えない。

 このゲームには『不意打ち』スキルなども存在するが、これも多人数同士での戦いである『紛争コンフリクト』などで使用するためのものであり、街中ではその成功率が格段に低く設定されている。相手が『警戒』アビリティを装備していたら、まず間違いなく失敗する。

 レベルの格差によって一方的に弱者が搾取されないための配慮だ。


 ゆえに、双方の同意がない限り、プレイヤー同士の戦闘は行えない。

 だが、ヴィノがすでに戦闘で使用する楽曲を奏でているという事実は、相手に対して喧嘩を売っているに等しい行為である。


 ラースはコマンドを開いて騎士団に対して多人数戦である『戦闘バトル』の挑戦状を叩きつける。


 ……昨日今日はじめたばかりのいきがってる初心者でもないのに、こんなところで何やってんだ、俺……。


 ラースの中の冷めた自分が、いま、熱くなっている自分に対してそう言っているのが自覚できたが、もう止まらない。


 こいつら正気か? という風に互いに顔を見合わせて失笑する騎士たち。

 ラースから差し出された挑戦状。空間に半透明でポップアップした画面には返事をするためのタッチパネルがある。

 ポールは芝居がかって大きく首を振り、両手を上げて見せる。


 仕方がないから相手をしてやるか、とでも言いたげな身振り。


 そしてポールが選択した答えは、もちろん『イエス』である。


 ……ですよねえ、とラースは久しぶりに戦闘モードへと思考回路を切り替える。


 対峙する空間に『GO!』の赤い文字が現れ、稲妻のエフェクトで爆発する。それが戦闘開始の合図である。


 ヴィノは自分が保持している『速弾き』の常態技能アビリティにより、いち早く『鎖縛の行進曲マーチ』をスキルとして発動させる。


 騎士四人の行動力に負荷がかかり、行動速度が遅延する。


 だが、それでもなお、彼らの動きは早い。


「さすがはカムナ騎士団といったところか!」とヴィノも冷や汗をかく。


 しかし、その相手の一瞬の行動遅延を突いて、ラースは『閃光ランフィシィ』と『麻痺ファラリシィ』の魔導術を立て続けに詠唱する。


 ……なんだ、このスピード!


 それは自分が詠唱しようと意識した瞬間に術が発動するくらいの超スピードだった。 

 傍目には『閃光』と『麻痺』が同時に放たれたようにしか見えなかっただろう。

 どちらの魔導術も、低レベルで習得できる基本的な術である。


 上級職の大魔導術師アーク・ウィザードであるラースであれば――そして術の習熟度が百パーセントであれば――上級職のボーナス・アビリティ『短縮詠唱』によって、発動時間を早めることができる。


 それにしても、ほとんど同時に発動させることなど普通ではありえない。


 しかも、ご丁寧に初級魔導術とは思えない派手なエフェクトが追加され、それに見合う広範囲な効果判定も確認できた。


 唱えた本人が呆気にとられるほどの威力。


 まばゆい光が騎士たちを包み込む。視界が白一色に焼き付いてしまった騎士たちは、さらに身体の自由を瞬時に奪われ、麻痺状態となって倒れ込んでいく。


 真紅の騎士たちの哀れな悲鳴が折り重なって聞こえてきた。


 ある程度このゲームをやり込んでいけば、それなりに『抵抗力レジスト』を考慮したステータス値の割り振りや、武器防具による補完を考えるようになる。

 さらに魔導術師ウィザード女神神官ディータ・プリーストによる支援・能力付与によって、対策を講じるのが一般的な戦いのセオリーである。

 上級者同士の戦いになると、まず互いのヒットポイントを削る前に、それらの『抵抗力』を剥がしていくことが必要になってくる。


閃光ランフィシィ』と『麻痺ファラリシィ』で時間を稼いでいる間に、さらに行動阻害、攻撃力低下などの魔導術とヴィノの楽曲を重ね掛けして、確実に逃走できるくらいまで相手の能力値をダウンさせるのが目的であった。


 多人数対戦バトル決闘デュエルでは、相手が行動不能に近い状態にまでならないと逃走はほとんど成功しない。

 前衛職がいないラースとヴィノの戦法は、最初からバーナデットを確保してから逃走する、というものであった。なので初動でもたつき、仲間を呼ばれて『援軍』スキルで戦闘に途中参加されてしまうのが最も厄介なケースだと想定していた。


 ……時間との勝負だとは思っていたのだが、まさか最初の二撃で騎士四人が倒れ伏して悶絶してしまうとは……。


「すげえな! なにこれ? 新しい魔法か?」とヴィノが興奮して叫ぶ。

「魔法じゃなくて厳密には魔導術ね。そして、今のは誰でも習得できる初歩レベル……のハズなんだけど……」


 さっきのクエストといい、いったい自分の身になにが起きているのだろうか。


 だが、とラースは思った。これはチャンスだ。とりあえずこの場から離れることができる。


「とにかくここから退散しよう」

 プレイヤー同士の決闘や集団戦での逃走では所持金の一部が相手に渡ってしまうというペナルティが加算されるが、背に腹は代えられない。


「ちっきしょう! せっかく野犬の『牙』で貯めた分以上の金が飛ぶじゃねえか」

 ヴィノが泣きそうな声で言う。


 ラースとヴィノはバーナデットをかばうようにして、麻痺したまま動けなくなっている騎士たちを後目しりめに、その場を離れた。

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