004 開かずの門

■時間経過

■ヴァシラ帝国 

■罪人窟 周辺


 あれからさらに数回、獰猛な野犬サベージ・ドッグ相手に戦闘を繰り返してみた。

 その結果、やはり魔導術の威力が跳ね上がっていることを確認する。

 しかし、その他のステータスについては何一つ変化しているところはない。


 ラースはこの原因不明のパワーアップを素直に喜ぶことができず、その後の野犬討伐クエストについては杖による物理攻撃で対処することにした。


 原因が分からない上、このまま単なるラッキー・バグとして使い続けていたらプログラムへの不正介入の疑いすらかけられてしまうかもしれない。最悪な事態として、それによってゲーム内の最強モンスターである地獄の管理人『執行者』エグゼキューターによるペナルティ攻撃を受ける可能性だってある。


 ラースもヴィノも、獰猛な野犬サベージ・ドッグ相手に戦うのであれば素手ですら倒せるくらいの実力差がある。


 とはいえ、さすがに前衛職ではない二人で複数の敵を相手にするのは時間がかかった。


 獰猛な野犬サベージ・ドッグ――と、女の子――を探し歩いているうちに、二人は常設クエスト用のダンジョンである<罪人窟ざいにんくつ>の近くまで来てしまっていた。


「……全然ついてないじゃあないか! ラース、お前の力はこんなものか?」

 野犬もなかなか『牙』をドロップしないし、女の子はまったく釣れないしで、ヴィノはすっかりふてくされてしまった。


「勝手に勘違いして連れてきたのはヴィノだろ。恨まれる筋合いはないよ」

 気楽な会話をしながら、さらに数頭の野犬を退治する。


 光の破片となって宙空へ霧散していく獰猛な野犬サベージ・ドッグの亡骸から、牙の形をしたアイテムが現れる。


「やれやれ。これでようやく二十個。二人分の稼ぎが終わったな」


 レンジャーであるヨハンならば、ものの数分で終わるクエストだったが、二人分の数量と幸運の女神に見放されたかのようなドロップ率の低さのせいで、思わぬ長期戦となってしまった。


「なんだかずいぶん時間がかかった気がするぜ」とヴィノが疲れたように肩をポキポキと鳴らす。

「じっさい、かなり時間くってるよ。誰かさんが途中でナンパばっかりしてるからな」


「俺の計算じゃあ、お前さんの女運にあやかって、も早々に片が付くはずだったんだが……残念ながら美少女神官とハグできたってところでお前の女運はすべて使い果たしたようだな」


 ……大きなお世話だ。


「ちょっと冷たい飲み物でも一杯飲んでから帰るか?」とヴィノが言った。


 このまま少し歩いていけば、<罪人窟>の麓へ出る。

 ダンジョンである<罪人窟>へは、さらに小高い山を登っていく必要があるのだが、そこへ至るルートの麓には、商業ギルド系のプレイヤーが何人か屋台を立てて物品の販売や飲食店を開いている。


 常設ダンジョンの付近には大体、この手の屋台がちょっとした市場のように並んでいることが多い。商魂たくましい商人系プレイヤーたちが、明日の大富豪を夢見てせっせと商いを営んでいるのだ。


「たしかに、一息つきたいね」

「よし。決まりだ」

 そう言うと、ヴィノはさっそく飲み物と簡単な串料理を提供している屋台へと向かっていった。

「エール・スカッシュと極厚ハムの串揚げがあったらよろしく。あとでお金は払う」

「たまには奢るよ。お前を引っ張り出してきたのは俺だしな」とヴィノは振り向かずに手を上げて言った。


 ヴィノが屋台に並んでいる間、ラースは座るのに手頃な朽ちた丸太をみつけて、そこに腰を下ろした。


 これから<罪人窟>へ挑む冒険者たち、あるいは首尾よくダンジョンを攻略して満足顔で帰路につく者たち。あるいは屋台で品物を熱心に眺めている者もいる。屋台を開いているプレイヤーを含め、それぞれがそれぞれの楽しみ方でこの『アストラ・ブリンガー』というゲームを楽しんでいる。


 ラースは、そんな人達をぼんやりと眺めるのが好きだ。

 自分の行きつけの店を<かささぎ亭>にしたのも、帝都ヴァンシアにおいて最も人通りの多い<職人通り>スミス・ストリートに面して窓が開いているからである。


「……なあ、ついさっき<開かずの門ゲート>前でカムナ騎士団とトラブってる女の子がいたけど……あれってなにやらかしたんだろうな?」


 誰が発した声かわからないが、自分の耳に入ってきた会話にラースは思わず立ち上がる。


 なぜその会話が耳に入ってきたのかわからない。だが、他の会話はほとんど聞き取れないノイズのように心地よく耳を流れていったというのに、なぜかその声だけが刺さるように鼓膜を震わせた。まるでアンテナに偶然引っかかった未知の惑星からのメッセージのように。


 そして、トラブっている女の子というキーワードから、自分が想像したのは――


「ほい、おまたせ」

 ヴィノがドリンクと極厚ハムの串揚げをラースへ差し出す。

「あ……ああ。ありがとう」

 ラースは自分の思考を振り払ってヴィノから受け取る。

 ヴィノが乾杯しようと木製の杯を掲げるが、ラースはそれに気づかなかった。


「ラース、どうかしたのか?」

「え! あ、いや……なんだっけ? あ、お金か」

「いや、そうじゃない」とヴィノは苦笑した。「お前が惚けるなんて珍しいこともあるもんだ。どれだけぼーっとしていても周囲の状況をなによりも確認してクエストをするタイプなのにな」

「ああ……そうだな。たしかに、俺らしく……ないか」


 バーナデットの顔が浮かぶ。なぜだろう。もう二度と会うはずもないのに。

 

……偶然の一致だ。


 ヴァシラ帝国公認のギルドであるカムナ騎士団。運営側から公式に認められ、街の自警の一部を担っている集団に盾突くなんてこと、いくらなんでも彼女だってするわけがない。


 超初心者のプレイヤーが悪ノリして注意されているだけだ。俺が気にすることじゃない。


「おーい! なんか<開かずの門>で面白いことやってるぞー!」

 また別の誰かが、ラースのすぐ近くで仲間に知らせるために大声で話していた。

「なんだなんだ?」

「カムナ騎士団が捕物やってるぞ!」

「え! 誰か捕まっちゃうの? 何したらゲームで捕まるの? うけるんですけど」

「相手は大人しそうな女の子だったけどな。法衣を着てたから女神神官ディータ・プリーストだろう……」


 ……決定的だった。


「ヴィノ、ごめん」とラースは飲み物とハム串をヴィノへ返す。「行くところができた。ゆっくり休んでてくれ」

 そう言うとラースは<開かずの門ゲート>へと歩き出す。

「あ! ちょ、まてよ! 俺も行くって!」

 ヴィノも慌ててリュートを担ぎ直して後を追う。


 <罪人窟>の麓から南下すると、すぐ森の小道と合流する。そのまま森の中を突っ切ると、そこには巨大なリング状の石造建造物がある広場となっている。


 正式名称はただの<門>ゲートとなっている輪っか状の石造オブジェ。判別不能な紋様が随所に書き込まれ、大小様々な宝石が散りばめられている。

『アストラ・ブリンガー』がはじまった当初は、この<門>に重大な秘密が隠されていると噂されていたものだが、バージョン6となった現在でも、未だなんの説明もなく放置されている不思議なオブジェクトである。


 いつの間にかプレイヤーには<開かずの門>というネーミングで定着してしまい、<罪人窟>と帝都ヴァンシアを繋ぐ道の中間点ということから、初心者プレイヤー達の分かりやすい待ち合わせ場所となっている。


 なぜ<門>が放置されたままの、ただの置物と化しているのかは諸説ある。もっともポピュラーな説は、当初企画していた攻略ルートに重大な欠陥が発覚し、シナリオそのものを大幅に修正した結果、ゲームの進行に関係していたはずの<門>も不要になってしまったのだという説だ。

 この説には細部が違っている様々なバリエーションまであるのだが、どれをとっても真偽の程は定かではない。


 ゲームクリアを最優先に目指している一部のギルド――通称『探究系ギルド』――では、現在も<門>について、その利用方法を解明するための試行錯誤が続いているようだが、アストラリア全土に20ヶ所以上確認されているこれらの<門>が、ひとつでも起動したという報告はまだ上がってこなかった。


 形状、分布エリアなどを考えるに、ワープ系の移動ツールとして機能するだろうという予測はたつが、いつ稼働するのかは運営会社に直接問いただしても「ゲームの進行に関わることになる」ためノーコメントとされ、それ以上の情報が出てくることはなかった。


 しかし、この<開かずの門>の存在理由について知りたいと思っているのは、先述した『探究系ギルド』くらいのものであり、純粋に進行シナリオだけを追っている一般的なプレイヤーや、友人とのコミュニケーション・ツールとして活用している人々からすれば、さほど興味の対象となるほどのものでもない。


 ほぼ毎日、多種多様なクエストやミッションが生成されていき、それらをこなすだけでも一日のプレイ時間を潰せるほどのボリュームがあるこのゲームにおいて、<門>に固執するプレイヤーの方がもはやマイノリティであった。


「あれじゃねえか? 人だかりになってるぜ」

 ヴィノが指差す先。<門>の真下で、何か珍しい大道芸でも見物するかのように人々が集まっている。


 予感……というより確信があった。


 案の定、そこには真紅の鎧を着込んだ数名の騎士たちと対峙しているバーナデットの姿があった。

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