第104話 人々の営み

 佐藤家の一族が集まっている。

 ただし瑞希はマンションに、実母と一緒にいるので、関係者全員が集まったわけではない。

 直史の家は直史の家で、明史の件について問題を抱えてはいる。

 ただその中心である明史を、この場に連れてくることはない。

 彼は長男であるが、まだ子供である。

 直史自身は子供の頃から、大人扱いされていたというか、長男扱いされていたものだが。

 それでもいつ死ぬか分からないという話題について、子供自身を一緒にして話し合うのは無茶であろう。


 そしてもう一つの議題は、恵美理の症状である。

 分かりやすいPTSDを発症しており、それは完全に原因がはっきりしていて、自覚もある。

 桜があと一分どころか、五秒でも遅かったら、死んでいたかもしれないのだ。

 これは日本の帰国してから、そして佐藤家の実家という分かりやすい田舎に来てから、急激に改善されている。

 今後の彼女をどうするか、というのも問題であるのだ。


 明史の件については、まず詳しい報告をするのみである。

 ただ医師の話を詳しく聞く限り、やはりどこかで手術をする必要があるのだろうとは思う。

 現時点でそれをするのは、かなりリスクが高い。

 だが成長したときに、そのリスクが低くなっているか、というのは微妙なところなのである。

 穴がある程度塞がるということも、確かにあるらしい。

 しかしそれを期待するほど、直史は楽観主義者ではない。


 このままでは、やがて明史は死ぬ。

 親の自分よりも、まず早く死ぬ。

 それを無策で許容するのかと言えば、そんなはずもない。

 今は定期的な検診を受けて、心臓の状態が良化しているのか悪化しているのか、それを確認している。

 悪化の傾向が著しく見られるなら、もう手術するしかない。

 しかし良化しているなら、リスクが低くなるところまでは、その決断を伸ばすべきだ。

 一応は自然治癒の可能性も残ってはいる。

 だが現実的なところは、それは期待すべきではない。




 明史の症状の詳細な報告は、改めて空気を重いものにさせた。

 これに比べたら恵美理のトラウマなどは、まだマシなものと思ってしまうかもしれない。

 だが軽々しく扱っていいものでもない。

「恵美理さん、君はしばらく東京の実家に戻った方がいい」

 言いにくいことを平然とした様子で言ってのけるあたり、やはり直史は家長である。


 恵美理の表情が強張って、直史への視線が鋭くなる。

 美人が怒ると迫力がある。

「君は日本に帰ってきて、今は容態が安定している。だがニューヨークに行けばまた調子が悪くなるかもしれない」

「その可能性はありますが、お義兄さんの指図を受けることではありません」

 直史は落ち着いた声音で言っているが、恵美理も負けてはいない。

 普段はあまりそうとは見せないが、本来は恵美理もかなり、自己主張は強いタイプであるのだ。


 直史は指図をしたいわけではない。

 ただこの提案に強硬に反対するのは、恵美理も内心で恐れているのではないか、と想像をしてみるのだ。

「このオフシーズン、こちらと実家で、ゆっくりと休んでみて、こちらの医師にも診てもらった方がいい。アメリカ人と日本人は、なんだかんだいって感性が違うところもあるから」

 直史がしたいのは、あくまでも恵美理の完治である。

 もちろん直史自身が、それを出来るわけではない。


 人の心の中に切り込んでいく。

(あいつだったら、出来たのかもな)

 失われた才能を、直史はやはり思い出した。




 オフシーズンの間に、やることは色々とある。

 とりあえず武史がNPBに戻る、という路線は発表しない。

 一応直史としては、この方法も考えてはいる。

 ただ当の恵美理が、武史の才能に執着しているのだ。


 彼女は誰かの才能が、無為に消費されていくことが許せない。

 爪が割れるほどの努力をして、頂点を取ったと思ったら、あっさりと抜き去っていく。

 異次元の領域の才能。

 それは確かに妬ましくもあったが、ただそれに終わるわけではない。

 才能が埋もれてしまうよりは、凡人の屍の上に咲く方がよほどマシだ。

 そんな覚悟が、恵美理の根底にはある。

 もっともそういった執着を吹き飛ばしてしまう、明日美のような存在もいたのだが。


 このオフには、恵美理は明日美と会う約束も作っていた。

 基本的に毎年、二人は必ず会ってはいる。

 だが今年は特に、恵美理の事件を知っているだけに、明日美からも多くの連絡があったのだ。

 そして彼女と会うだけで、恵美理の抱えているものは軽くなっていく。


 ある意味では恵美理にとって、明日美は夫である武史よりも大切な存在だ。

 音楽の道からは完全に逃げ出したはずの自分が、また音楽に関わるようになった。

 客観的に見て、いや聞き比べてみれば、自分にだって充分に才能はある。

 そもそも才能だけで、音楽という表現の世界が成立するわけではない。


 確かにイリヤは天才であった。

 そして次々と、名曲と言われる楽曲を発表していった。

 ただその過程において、苦しみがなかったはずもない。

 それに気づいてようやく、恵美理はまた、自分が単純に音楽が好きで、それと関わって生きていくことを認められたのだ。




 天才という存在はなんだろう。

 そもそも才能というものはなんであるのか。

 恵美理が初めて出会った天才は、既に天才ではなく巨匠と呼ばれている者たちであった。

 そんな巨匠たちの間に父もいて、その影響を育った恵美理は、はっきりと言って早熟ではあったのだ。


 彼女が本当の意味での天才、まだ磨かれていない巨大な原石と出会ったのは、イリヤが初めてである。

 同じ世界で、同じ年齢で、そして圧倒的に才能が違う。

 後から思えばあの年齢でイリヤのような人間はいなかったのだから、本当に巡り合わせが悪かったとも言えるのだが。

 そして次に会った天才が明日美である。


 イリヤと違い、彼女の才能に対しては、絶望することもなかった。

 それは共有する才能のジャンルが違うということもあったが、明日美の才能がもっと純粋に、前向きのものであったと言うべきであろうか。

 才能にも性質があり、イリヤの才能は攻撃的であった。

 天才の創作というのは、既存の秩序を破壊し、新たなるものを生み出すことにある。

 クラシックという世界からイリヤが飛び出したのは、後から思えば当たり前のことであったのだろう。

 しかしクラシックの厳格な素養は、間違いなくイリヤの基礎を作り出した。


 そんなイリヤに比べると、明日美の才能は優しいものであった。

 他人を暖かくし、輝けるような生命の躍動を感じさせながらも、同時に限りない包容力も感じる。

 同じクラスの友人たちは、おそらく全員が明日美を愛していた。

 ただ動いているだけで、目が離せない存在。

 静止していてもなんだか、騒々しい存在でもあったが。

 彼女の引力によって、恵美理は切り捨てた道を再び歩くこととなった。

 彼女は恵美理にとってそれぐらいの存在であり、人生への影響はおそらく他の誰よりも大きい。




 明日美と共に行動するようになって、恵美理は他の分野の天才とも出会うようになった。

 スポーツ選手というのは、実は幼少期に音楽以外の習い事もやっていた恵美理には、それほど遠い存在でもなかったのだ。

 ただ、野球というのはちょっと毛色が違った。

 それでも明日美と組むために、一番専門性の高いキャッチャーなどをすることになったのだが。


 音楽と野球の試合とは、かなり才能の質が違う。

 またそこには感動があるが、その種類も全く違う。

 音楽には定められたストーリーがあり、それをどう解釈するかというのが重要になる。

 特にクラシックなどはその傾向が強い。

 しかし野球の試合に筋書きなどはない。

 そこにあるのは観衆の期待だけだ。

 瞬間的な感動の爆発力は、あるいは音楽よりも大きい。

 そんな舞台で恵美理は、様々な才能と出会った。


 正直なところ恵美理は、才能に恋してしまったと言える。

 上杉や武史のような、一球投げるごとに球場を沸かせる才能。

 はたまた大介のように、巨大な花火を打ち上げる、瞬間最大風速が強大な才能。

 その中では直史のような才能は、かなり異質であった。

 しかし恵美理の素養からすると、直史の才能が一番分かりやすく、そして自分でも共感しやすかったのだが。

 直史のピッチングは、完成されて計算されたオーケストラの演奏に似ていた。


 尊敬という意味では、夫よりもすごい才能を感じる。

 だが人間としては、距離感を保っていないと上手くいかないだろう。

 あちらもそう思っているのではないかと思うが、距離を詰めすぎることもなく、お互いを尊重できる。

 男女の人間関係としては、かなり最良に近いものだと思ったりもした。

 ただお互いに理性的すぎるあたり、恵美理は本来苦手なタイプで、実は直史も完全に外見で、恵美理のことは苦手であったりする。



 

 恵美理以上に子沢山な明日美は、毎日育児に追われているらしい。

 上杉家ならそのあたり、ホームヘルパーなり、または使用人なりがいて、そのあたりはやってくれそうなものだが。

「家事はともかく、育児は自分でやりたいの~」

 それでも疲れていることは疲れているので、一方的に恵美理が話を聞いてもらう、というわけではない。

 彼女とは対等でありたい。


 恵美理の直史に対する愚痴を、明日美はしっかりと聞いてくれる。

 ただ聞いてもらうだけで、恵美理の中の感情は整理されていった。

 なので最後には、こんな言葉も出る。

「私のことを考えてくれているのは分かるんだけど」

 そう、恵美理もまた直史にとっては家族だ。

 家族を守るのが、長男の役目なのである。


 このあたり同じく、長男と結婚している明日美としては、なんとなく直史のことも分かってくる。

 直史は田舎の長男であり、跡取りでもある。

 上杉もまた、地元の長男であり、跡取りでもある。

 二人の守る手の長さは、まず家族が第一である。

 上杉の場合は、故郷の土地の人々をも、その対象にしているようだが。

 今では神奈川の人間も、ファン以外ですら相当にその枠の中に入れている。

 おそらく引退後は出身地ではなく、神奈川から代議士に立候補するのではないか。

 そのあたり新潟県民は、上杉を神奈川に取られた、とでも思ってしまうかもしれないが。

 直史は息子のことがありながらも、他の家族のことまで考えている。

 いいお兄さんだな、と明日美はその本質を正しく理解していた。




 明日美のその圧倒的なまでの善性は、悪意を蒸発させる。

 そして恵美理の歪んだ認知を正しくさせる働きもあった。

 今ならニューヨークに戻っても、トラウマを刺激されないかもしれない。

 そう思えるほどに。

 つまり今までは内心で、トラウマが蘇るのを恐れていたのを、はっきりと認識したと言える。


 恵美理が武史を残し、武史だけが渡米する。

 実のところ武史でさえ、これは嫌がっていたのだが。

 そもそも契約の問題で、あっさりとNPBに戻ってくるのは難しい。

 ただ直史は契約の条項の中に、本人または家族の病気療養のための契約破棄という文章を見つけて、そこから契約を穏便に破棄することは可能だと考えたのだ。

 ただ、そこが恵美理とは考えが違う、

 恵美理は武史には、MLBで活躍していてほしいのだ。


 WBCでいくら日本が優勝したとしても、その中心戦力はかなりの部分が、メジャーリーガーである。

 またアメリカはもちろんであるが、各国の代表にしても、野球強国のチームはその編成が、半分以上はメジャーリーガーであることがほとんどだ。

 東アジア圏の三国は別として、北中米はほとんどがそう。

 MLBの影響圏というのは、アメリカだけに収まっているものではない。


 つまり世界一の舞台は、やはりMLBと言えるのであり、ワールドシリーズというのはその名前に相応しい決戦なのだ。

 才能を愛する恵美理としては、自分自身よりも武史を優先する。

 才能を持ってしまった人間が運命的にそれに振り回されるのと同じように、才能に魅入られてしまった人間は、その才能をバックアップせずにはいられない。

 ただ今のままでは、足でまといになるかもしれないが。


 さすがに離婚などは考えられない。

 恵美理の武史に対する愛情は、年月を重ねて蓄積されたものであり、風化するようなものではない。

 刺激的な愛情というのは薄れたかもしれないが、熟成されたものがそこにある。

 また現実的に考えて、両親の離婚というのは、子供たちの育成においても、あまりいいものではない。

 癪なことであるが、直史の言っていた恵美理が日本に残るというのは、現実的な対応の一つだと言えるだろう。

 もっとも一度はやはり、ニューヨークに戻ってみたい。

 試してみようという気持ちが、恵美理にはあるのだ。




 10代の頃を思えば、自分が30代になった今、果たして何をしているのか。

 あの頃は思い描いていた理想と、現実はかなり離れているように思う。

 理想と言うよりはあれは、現実的な予想であったと言えようか。

 しかし巨大な才能に出会ってしまって、人生は変わってしまったと思える。

 自分が自分を主体として生きていくのは、実は人生としては難しい。

 そもそも人間もまた動物的である以上、ある一定の期間は自分ではなく、子供を最優先にすることが、普通なのだから。


 恵美理もそうだが他の多くの人間は、誰かのために生きている。

 あるいは何かのために生きていると言うべきか。

 もちろん子供たちのために、今は生きているのは間違いない。

 親元から離れるまでは、子供を育てるのは親の、人間としてと言うよりは、生物としての当然の役目である。


 恵美理はそれを、武史の才能のために使っている。

 プロ野球選手の現役は、スポーツ選手の現役期間の例に洩れず、さほど長いものではない。

 武史のようなパワーピッチャーは、40歳を過ぎて現役であるということは、おそらく難しいだろう。

 ランディ・ジョンソンのような例外はあるが、あれはパワーピッチャーであると同時に、左のサイドスロー、しかも長身という特徴があった。

 武史はそれに対して、サウスポーではあるがオーバースロー。

 肩が弱くなった時に、技巧派に転身するということは、難しいように思える。


 あと五年ほどが、武史がMLBで活躍出来る期間だと思うのだ。

 それぐらいの期間であれば、恵美理は武史のために人生を捧げることが出来る。

 引退後に何をしたいのか。

 それこそ武史は、全く考えていないようだが。

 今回の話し合いにおいても、武史が、離婚するぐらいなら引退するというか、離婚してしまうならわざわざMLBになどいない、というのは実のところ、伴侶としてはキュンキュンさせられてしまうところではあった。


 どちらにしろこの30代の半ばというのは、スポーツ選手であれば、セカンドキャリアが普通に現実的になってくる。

 恵美理としては武史の精神の柔軟さから、今度は自分の仕事のサポートをしてもらえたらな、などと考えたりもする。

 それなりにイケメンで、性格に嫌味のない武史ならば、テレビなどのメディアに出る仕事なども、それなりにこなしてしまいそうだ。

 そうなるとやはり、東京の恵美理の実家などは、活動の拠点としては相応しい。

 今は海外で働くことが多い父に、母も付き添っていることが多い。

 そのためあの広大な屋敷は、使用人ばかりが住んでいるという、ちょっともったいない使い方もされているわけであるし。


 未来はそれほど暗くない。

 それにつながる現在も、そんなに暗くはないと思いたい。

 恵美理は明日美と話していて、そんな気分になってくるのであった。

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