第94話 監督の胃が痛い

 大本命と言われている、勇名館との試合が始まった。

 そして開始早々に、北村は判断を迫られている。

 先頭打者が粘った末のフォアボールで出塁。

 つまり強豪相手にノーアウトからのランナーが出たのである。


 昭和ではなく平成の高校野球ですら、ここは送りバントを選択することが多いであろう。

 だが白富東は二番打者に、小技の得意なバッターを置いていない。

 上位打線に必要なのは得点力。

 もちろんバントの練習も、最低限は行っている。

 しかし出会いがしらのヒットではなく、粘って奪ったフォアボールだ。

 ここは相手のピッチャーとすれば、当然ながら初球はストライクを取りたいと思っている。


 そこまでを逆に、向こうも読んでいるだろうな、とは北村も思う。

 下手に打ち頃と思ったら、変化球で引っ掛ける、という可能性もある。

 だがそういったことを考えても、ここは好球必打。

「力むなよ~!」

 北村の言いたいことは、ベンチからチームメイトが声をかけてくれる。


 外に外されたボールを、冷静に見送る。

 ここでさすがに次は、ストライクを入れてくるだろう。

 力強く腕を振ってくるか、それとも変化球でカウントを取りに来るか。

(狙うのはストレートだぞ)

 ここで変化球を使ってくるなら、それはひよったことになる。ならば恐れることはない。

 直史のような変態を除けば。


 確実にここはストライクに投げるために、強くストレートが投げられる。

 高めのボールを打ったが、フライは微妙な感じで上がった。

(これは……)

 セカンドの後退と、ライトの前進が間に合うかどうかの中間地点。

 逆に進塁の判断も難しいが、ここでしっかりと先を狙っていく。


 ボールが落ちた。

 ランナーは走り、一塁は余裕でセーフ。

 二塁はぎりぎりであったが、それでもこちらもセーフとなった。




 野球は運が左右するスポーツである。

 ただその運の総量を、自分たちに都合よく考えていると負ける。

 ノーアウト一二塁というこの場面、イケイケで押していくべきか。

(内野ゴロでも、せいぜいダブルプレイといったところかな)

 そうは思うが北村は、ここでは進塁打をサインに出した。

 バントをしようが、あるいはボテボテのゴロを右に打とうが、それは構わない。

 とにかくランナーを進めて、アウトは一つまでとする。

 言うのは簡単であるが、実際に成すのは難しい。


 先頭打者が粘っていったので、試合の展開が早いとは感じない。

 だが状況の変遷は、明らかに白富東の有利である。

 粘られてランナーを出し、次のバッターにも微妙な当たりのヒット。

 ピッチャーはさぞかし頭にきているであろう。

 これをあっさりと、仕方がないと割り切るのが、佐藤兄弟などであった。


 キャッチャーがピッチャーに声をかけているが、ここでメンタルコントロールをしっかりと出来るのか。

 高校生にそれを期待するのは難しい。

 だが出来るやつは出来るのである。

(さあ、どっちだ?)

 ピッチャーはランナーをさほど警戒せず、内野守備もさほど前には出ていない。

 投げられた瞬間に、バットを寝かせて送りバントを選択する。


 上手く殺した打球が、三塁側に転がった。

 ランナーは素早く進塁していたので、フォースアウトは難しい。

 サードはボールを素手のままで捕ったが、それでもサードカバーで三塁に入るショートには投げない。

 無難にファーストに投げて、これでワンナウト二三塁。

 あとは四番に期待するだけである。




 四番は長打を狙えるバッターを置く。

 白富東の場合は、そうとは限らなかったりもする。

 選手層によって、また対戦相手によって、直近の調子によってそれは変わる。

 プロなら調子の波を考えて、あえて固定するということもあるだろう。

 だが高校野球で、ましてや白富東での野球は、そういうものではないのだ。


 本日の四番は、外野フライが確実に打てる、というバッターを用意してある。

 また下手にボールが高めに浮いたら、それも打ってしまえるというオーダーだ。

 過去のチームにも、そういったバッターはいたりした。

(長打が出れば一番いいが、外野フライでも一点は取れて、得点圏内にランナーが残る)

 初回の攻撃で、確実に先制点を取る。

 三番の送りバントは、北村ではなく選手たちが選択したものだ。


 現在は送りバントは、得点の効率からは悪いと考えられている。

 だがそれは統計的な話であり、一点の価値はそれぞれの場面で変わってくるのだ。

 ここでの送りバントは、一点ではなく二点の確率を高めたものだ。

 戦力差はあるのだから、初回に二点ぐらいは取っておきたい。

 そこでようやく互角に近い、と北村は判断している。


 ここいらからはようやく、相手のピッチャーも集中力が増してくる。

 確かに立ち上がりが悪いという、事前の情報は嘘ではない。

 ここは意外と、フォアボールで満塁になったりすると、逆に点が入りにくくなる場合もある。

 もちろん大量点を願うなら、それの方がいいのだが。

 上手く外野フライを、タッチアップが出来るところに。

 そしてこういった場面で、確実に外野フライで打点を増やすから、クリーンナップに入れているのだ。

 白富東、先制す。




 ライト方向の、かなりラインに近い場所へのフライであった。

 距離は充分で、サードランナーと共にセカンドランナーもタッチアップをしている。

 強肩のライトは最初からホームではなく、三塁ベースへと投げていた。

 ただここでもアウトは奪えず、ツーアウトランナー三塁となる。


 三塁ベースでアウトになっていても、ホームインは認められるタイミングではあった。

 だがランナーが残って、しかもそれが三塁にいる。

 綺麗なヒットではなくても、なんらかのエラーがあればそれで一点。

 一点だけならばまだ互角にはならないが、あと一点あれば。


 五番に置いているのは、強い打球を打てるバッターだ。

 ただし打率はそこまでよくはない。

 ここで器用にぽんと、タイムリーを簡単そうに打ってくれるなら。

 そう思うと北村が思い出すのは、大学時代の樋口のことだ。

 三年目まではさほど、打撃での活躍はなかったというのが一般の樋口批評。

 ただしその相棒の直史と仲が良かった北村は知っている。

 樋口は打たなければいけない時に勝負を避けられないよう、わざと普段はあまり打っていなかったのだと。


 後にキャッチャーのポジションでトリプルスリーを達成するという、離れ業を決めた樋口。

 それに甲子園でも、最終回の逆転サヨナラホームランで、春日山に念願の大優勝旗をもたらした。

 上杉がいたのに、一年の夏から四番を打っていたのだ。

 そんな男が大学に来てから、さほど打てなくなっていた。

 金属バットと木製バットの違いに、なかなか慣れることが出来なかった、というのが今の定説だ。

 しかし真実は、ただの本人のモチベーションだ。


 ここでそんな、都合のいいヒットが打てるのか。

 もちろん打てるわけがない。

 だが食らいついていくバッティングをすれば、何かが起こる。

 どうにかバットに当てた球は、サード方向に飛ぶ。

 ほぼ真正面であるが、これは面白い。

 着地した瞬間に、イレギュラーバウンドしてサードのグラブを嫌う。

 弾かれたボールを投げる間に、サードランナーはホームを踏むことに成功。

 そしてバッターも一塁を駆け抜けていた。




 初回に二点を先制した。

 だがこれは本当に、偶然がかなり作用した結果である。

「ツキがあったことは確かだが、強い打球を打てていなければ、そのツキも回ってこなかったんだ」

 最初の守備に入るナインに、北村は檄を飛ばす。

「相手がこれで動揺しているとは限らないが、分かっているのはここで点を取られなければ、一気に勝率は上がるということだ」

 せっかく点を取っても、すぐに取り返されたのでは、流れがこちらに来ているとは言えない。


 選手たちが守備位置に散っていく。

 それを見つめる北村は、ベンチ前に立って、相手のベンチを眺めていた。

 ここで重要なのは、相手が何を考えているか、を正しく推測すること。

 あとはツキがまだ、こちらに残っているかだ。


 運の総量というのは、偏りがあるものである。

 ただこの偏りは、確実に今はこちらを利している。

 しかし最初の発端は、あくまでも先頭が粘って、出塁したことにある。

 そこからのポテンヒットは運であるとしても、あとは送りバントにタッチアップと、こちらの判断は最適であったと言えるだろう。

 イレギュラーまであったのは、これまた運が良かったが。


 自分があそこでサードなら、前に出ていただろう。

 バウンドした瞬間を狙って捕れば、イレギュラーも最低限。

 グラブを弾いた後も、体で前に落としたのはいいが、サードの反応は消極的であった。

 打球の強さが、その弱気を引き出したとも言える。

(それを打ったバッターが、良かったんだよな)

 そしてこの裏、果たして向こうはどういう采配を振るってくるか。




 マウンド上の細川。

 先頭打者への初球が重要だ。

 内角への厳しい球。これをわずかにのけぞってよける。

 勇名館を倒すことは、白富東の戦力では難しい。

 正面から戦ったのでは、勝率はかなり低い。

 だが強いチームが勝つのが高校野球ではない。


 二球目は横の変化量の多いカーブ。

 内角に入ってきたそのボールを、バッターは恐れることなく振り切る。

 ファーストの頭を越えて、ライト前へのクリーンヒット。

 ライトが上手く回り込んだので、長打にならなかったのは幸いであった。


 白富東は先頭打者をフォアボールで出した。

 しかし勇名館はクリーンヒット。

 このあたりにチームの間の差があるのか。

 とにかく出したくない先頭打者を出してしまったのは間違いない。


 二点差があるとはいえ、まだ一回の裏。

 一点ずつ返していけば、それで問題はないはず。

 ならば送りバントなのか、というとそれは違う。

 勇名館もまた、二番につなぐ小器用なバッターは置いていないからだ。


 ポジションのトレンドというのは、必ず変わっていく。

 バッティングにしても、今は上位に強打者をそろえていっているが、それが上手くあてはまるのは、本当なら試合数の多いプロの試合である。

 統計をどこまで当てはめていくかというのは、まさにこれも監督の采配によるだろう。

 そして北村の分析した結果では、勇名館もここで送りバントはない。

 真っ向勝負が予想されていた。




 最低でも右方向に打って進塁打。

 それがセオリーであり、実際に勇名館はそれを意識していた。

 だが手元で少しだけ落ちる細川のボールは、実はチェンジアップ。

 痛烈な当たりであるが、セカンドのほぼ真正面である。


 ここからは微妙な判断だが、キャッチャーの指示は二塁。

 セカンドカバーに入ったショートに、ボールが送られてフォースアウト。

 ダブルプレイはいけるか、と思ったがタイミングが微妙でファーストには投げず。 

 挑戦してもいい場面であったが、ショートがボールに握った時、グリップがしっかりと握れなかった。

 ランナーはまだ一塁に。しかしアウトカウントは増えた。

 最高ではないが、確実にプラスのプレイである。


 まだ微妙に白富東の方に運が偏っている。

 ミートポイントがあとわずかに違えば、打球は一二塁間か二遊間を抜いていっただろう。

 そんな強い打球が、野手の正面に飛ぶ。

 野球あるあるである。

(下手をしたらノーアウト一三塁)

 そんな場面にもなっていただろう。

 だが現実はこうである。


 流れとか勢いとか、そういうものではない。

 これはまだ、単なる偏りだ。

 運の偏りで、こうなっている。

 だがこの幸運の総量が、一試合の中で釣りあうとは限らないのも、野球というスポーツではあるのだ。

 果たしてこの試合のポイントがどこにあるのか。


 三番こそ内野ゴロで凡退させたものの、四番にはかなり高く上がったフライを打たれる。

 これまた外野の定位置近くであったが、タッチアップの出来る状況であれば一点にはなっていただろう。

 それでもとにかく、一回の裏は0に抑えることが出来たのであった。




 流れが悪い、と勇名館側は思ったかもしれない。

 だが指揮官である東郷は、しっかりとこの結果が、実力差ではないことを分かっていた。

「いいか、単純に今は運が悪かっただけだ」

 そうフォローするが、一つだけ注意することも忘れない。

 フォアボールで先頭のランナーを出したことである。


 ピッチャーの価値は、三振、四球、ホームランで計算すればいい。

 MLBなどはそんな極端な計算を行っている。もちろん実際は、もっと精密な分析を行っているのだが。

 だが高校野球でも、同じことが一つだけ言える。

 フォアボールを出すピッチャーは自滅しやすい。

 高校生なのだから、一度ストライクが入らなくなれば、一気に崩れてしまうこともあるのだ。

 そんな時に、自分を信じられるかどうかが、ピッチャーの資質である。


 二回以降、勇名館の先発は持ち直してきた。

 元々クリーンヒットと言えるようなものは、打たれていなかったのだが。

 三振も奪って、球威だけで押してきた。

 これはまた球威が落ちるまで、粘っていくしかないかな、と北村は判断する。


 膠着状態に入った。

 だがそうなると、イニングの内容を見ていけば、押しているのはリードされている勇名館である。

 毎回ヒットでランナーは出すのだが、上手く打たされて三塁まで進むことが難しい。

 対戦する勇名館としては、あと一歩押し切れないと言うか、わずかに何かが足りないと感じてしまう。

 指揮官である東郷は、下手に変則的な攻撃は仕掛けない。

 何か流れが変わるとしたら、それはグラウンド整備が入るあたりであろう、と考えている。




 北村としては、どこまで細川を引っ張るか、ということをずっと考えている。

 ほぼゾーン内で勝負出来て、しかも変に浮いたり甘く入ったりしていない、今日の細川の出来はいい。

 ほぼ満点の出来であり、WHIPであれば1をほんの少し超えたあたりか。

 ランナーは出すが、三塁まではそう行かせない。

 これが重要な失点を防ぐポイントなのだ。

 もっとも本人は、かなり集中しているため、疲労も激しそうだが。


 継投は絶対に必要である。それは最初からの予定だ。

 だがどういう順番で使っていくか。

 内田と刑部、二人のメンタルや、スタイルも考えていく。

 細川がその腕の長さを利用したピッチングをしているのだから、どちらを使ってもギャップは出てくるだろう。

 試合の終盤は、どちらかに任せたいが。


「細川、次は準備しておくから、全力で投げていいからな」

 そう声をかけて、北村は刑部に肩を作るように指示する。

「内田も、他のピッチャーもいつでもいける覚悟はしておけ」

 別に主力三人だけではなく、一人一殺でもいいのだ。

 そうやって贅沢にピッチャーを使ってきて、白富東はここまで勝ちあがってきたのだから。


 ピッチャーの運用方針はそうなる。

 あとは追加点を、どう取っていくかだ。

 勇名館もおそらく、継投はしてくるはずだ。

 実際にブルペンで準備は始めているが、まだエースは出してくる様子はない。

 東郷としては逆転するか、せめて追いついたところで使いたいのだろう。


 まだ勇名館は、横綱相撲を取っている。

 この間に白富東は、もっと場を乱すべきか。

 しかし今はまだリードしているのだ。

 有利な流れを、あえて乱していくのには勇気がいる。

(とはいっても、リスクを恐れていては、リターンを取れないのも確かなわけで)

 二回以降は快音が聞かれない白富東。

 なんとか先頭のバッターを出して、点は取れなくても相手の意識を守備に割かせたい。

 北村はベンチで、奇襲戦法を色々と考えていくのであった。




 動いて後悔するか、動かずに後悔するか。

 基本的に人生であれば、動いて後悔する方がいい。失敗しても経験は積めるからだ。

 人間は元来保守的な存在ではあるが、その中の一部が率先して道を作り、そうやって良くも悪くも発展してきた。

 ただそれはあくまでも、人間の人生の話である。


 野球のような戦いの場合は、動かないことも大事なのだ。

 下手に動いていって、その動きが自らの動揺となり、かえって相手に付け込む隙を与えるのでは。

 戦いにおいては不動、待つことも重要なのである。

 あるいは耐える、と言った方が分かりやすいだろうか。


 相手ピッチャーのコントロールが乱れている時などは、甘い球以外は見逃せ、というのは立派な作戦である。

 積極性は基本的に重要であるが、常に攻撃的であれば、どこかで息切れしてしまうことも確かなのだ。

 本当に重要な場面で、全力を出すこと。

 これが重要なのだが、全力を出しても結果が伴わない確率性が、野球というスポーツにはある。


 白富東の選手は、とりあえず相手に流れを渡さない、ということを肝に命じている。

 つまるところ早打ち厳禁である。

 リードしている場面であるため、試合展開を早くしていってもいいのだが、相手はイニングごとにランナーを出している。

 つまり下手に試合展開を早めようとすると、相手の攻撃時間が長くなる。

 ピッチャーをしっかり休ませることが重要だ。

 ただ今日を勝ったとしたら、明日は一日休養日になるので、この試合にリソースを割いていく余裕はある。

 そもそも勇名館相手に、余裕を持って勝とうなどとは思っていない。

 ただ次の対戦相手も、それはそれで厄介そうではあるのだが。




 待つべきか動くべきか。

 勇名館の東郷も、内心では色々と悩んでいる。

 高校野球の監督というのは、ここまでも孤独な存在なのか。

 もちろん選手たちに、ある程度の連帯感はある。

 しかし彼らは選手であり、同時で教え子でもあるのだ。

 そこに最終意思決定の責任などを負わせるわけにはいかない。


 今年も勇名館は、甲子園に行けるだけの戦力は揃っている。

 だが確実に行けるか、などということは高校野球では断言できるはずもない。

 自らの最後の夏など、逆境からの大逆転で甲子園に行ったのだ。

 後の県内のチーム成績を見れば、あれは本当に奇跡的なことであったと言える。


 あの時の二年生エースであった吉村も、既にプロの舞台からは退いた。

 NPBで通算100勝以上もしたので、充分な成功者とは言えるだろう。

 球団職員として、今では時折勇名館を訪ねてくることもある。

 そんな吉村ほどのピッチャーは、今の勇名館にはいない。

 ただ白富東にも、佐藤直史のようなピッチャーはいないのだ。


 東郷もまた、白富東の先発細川を、細田に似ているな、とは思っていた。

 もちろん利き腕の違い以外にも、全体的に違うところは多い。

 細田はあれで、春季県大会を優勝したチームのエースであった。

 それほどの凄み、というのをまずは感じない。


 北村は春季大会で、勇名館を破った白富東のキャプテンであった。

 だがあの試合は白石大介がいたということと、勇名館の戦力温存が、直接的な敗因であった。

 ただその春の戦力は、夏にはほぼ対等か、むしろ白富東が優位なぐらいにまで変化していた。

 あの怪物のSSコンビは、当然ながらもうどこにもいない。

(SS世代のがいた白富東に勝った、数少ないチームがうちなんだ)

 これは今でも、東郷が弱気になりそうな時に、唱えるおまじないである。




 五回の攻防が終わった。

 二回以降の試合の流れを見れば、白富東が必死に、守備で勇名館を抑えている、という印象になるだろうか。

 得点差は変わらないものの、試合の勢いは何かがあれば、一気に勇名館に傾きそうではある。

 そして白富東のベンチでは、細川が肩で息をしていた。


 人一倍体力の必要なピッチャーであるが、北村は細川に無茶なメニューを課してはいない。

 まだ体が細いので、無理をさせれば壊れるだろう、と思っているからだ。

 本格化するのは、最後の夏であろう。

 二番手三番手のピッチャーも考えれば、来年こそ白富東は、夏の甲子園を狙っていける。

 その時にはもう、北村はいないのだが。


 細川はもう限界である。

 よってここから、誰に投げさせていくか。

「刑部、六回の頭からだ」

「うす」

 一年生ながらベンチに入っているピッチャーは、あの直史の指導をそこそこ受けている。


 夏の選手権は、甲子園もそうであるが、地方大会も精神力の強さが重要となる。

 そんなことを言うと根性論と思われるかもしれないが、実際にわずかなプレイが勝敗を左右するとすれば、実際の実力差よりも、それをしっかりと発揮出来るかの精神力が重要であるのだ。

 そういった点でのふてぶてしさは、刑部が白富東のピッチャーの中では、一番優れているとさえ言える。

 問題になるかもしれないのは、ここで気負いすぎることぐらいであろうか。

「バッターの左右によって、マウンドから一度降ろしたりもするからな。緊張感が途切れないよう、上手くコントロールするんだぞ」

 こんな指示を出す北村の方が、実際はずっと、緊張感を維持したままだけであるのだった。

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