五章 野球の季節

第80話 訪問

 直史と大介は義理の兄弟であり、甲子園時代はSSコンビなどと言われたし、毎回のように国際大会の代表になっているので、多くの人は勘違いしている。

 直史と大介が、同じチームでプレイした期間は、けっこう短い。

 高校時代を三年と数えても、プロではMLBで三ヶ月トレードによって一緒になったぐらいである。

 直史と一番長い付き合いであるのは、大学で四年間、NPBで二年間、MLBで四年近く同じチームであった、樋口であると言っていい。

 また意外なところに、その次ぐらいに長い付き合いの選手がいる。

 それが星である。


 大学時代は四年間、プロでは二年間、同じチームであった星。

 高校時代まで遡れば、千葉県で甲子園出場を賭けて、最後の夏を戦っている。

 また少し遠い縁ではあるが、直史の実弟の武史の妻と、星の妻は同じ高校の出身。

 そして同じく高校で、女子野球をしていた。兼任であったが。

 さらに共通点を挙げるとすれば、長子である長女が同い年。

 小学校は学区が違うが、中学では一緒になる予定である。


 そんなわけで直史は、普通にそれなりに星と連絡は取っている。

 年賀状が毎年届くのは、そのあたりの事情である。

 なので今回も向こうの予定を聞いてから、普通に訪問した。

 星の家は子供が、女の子二人なので、ケーキなどを何種類かお土産に持っていく。

 このあたりちゃんと、リサーチ済みなのが直史である。


(それにしても娘さん、奥さんに似て良かったな)

 口にはしない直史である。

 星の家はだいたい、奥さんの権限の方が普段は強い。

 ただいざという時は、星の方が素早く動くらしい。

 昔から思っていたことだが、星は危険察知の能力が高いのだ。

 そのあたりが身体能力は低くても、プロで通用した理由の一つだと言えよう。


 考えてみれば現役終盤で、直史がやったフォームの変化は、星がずっとやっていたことである。

 そういう意味では彼も、直史に影響を与えている。

「そんなわけで、三里の次、白富東を希望しないか?」

「え、でも、白富東、敵」

 相変わらず咄嗟であると、文章が単語になりがちな星である。




 来年であると星も、異動のシーズンに入ってはくる。

 そしてここから白富東は、それなりに近いのである。

 なので白富東に赴任しても、別におかしな話ではない。

 ただ星の中には、やはり白富東を倒したいという、積年の敵愾心があるのかもしれない。


 もっとも今の白富東と三里は、特に選手同士もライバル視などはしていない。

 むしろどちらも進学校なので、選手同士では話が合うのだ。

 そもそもこの数年は、また私立が千葉県内でも強い時代である。

「次はどこに行くつもりだったんだ?」

「自分で決められることじゃないけど、上総総合あたりがいいかな」

「遠いだろ」

 ただ上総総合なら、確かにそれなりに強い公立ではある。


 難しそうな話をしている父親の下へ、下の子がやってくる。

 まとわりついて、直史のことを見上げてくる。

「ほら、話の邪魔せんと」

 瑠璃が抱えてあちらに行くのだが、その視線はずっと直史に向けられている。

 なんだか悪い印象を与えてしまっただろうか。


「考えてみれば、異動を好きに出来るなら、問答無用で白富東にすればよかったんちゃうの?」

 瑠璃の言葉であるが、それこそ直史は訊いてもらいたかったことである。

「出来たけど、それはアンフェアな気がして」 

 星にはあえて、これを直接は言わない。

「せっかくここまで言われてるんやし、行ったらええんちゃう?」

 瑠璃からの援護射撃であるが、ここは当然ながら打算もあるだろう。

 単純に通勤にかかる時間が減れば、それだけ家族の時間も増えるだろう。

 あまりそうとは見せないが、星の家庭もいまだにラブラブである。


 ともあれこれは、直史としても決められることではない。

「まあ、他の人間にもちょっと、声はかけてるから」

 そこで一拍置いて、直史はその名を告げる。

「国立監督にも、お願いする予定だし」

 星にとって、まさに恩師とも言うべき存在。

 そして白富東に、頂点を経験させている。


 星が果たして、どう判断をするか。

 それは直史としても、最終的にはあちらの意向に従うしかないのだ。




 なんだか面倒なことをしているな、と直史は自分でも思っている。

 だが白富東が甲子園に行こうと思うなら、おそらく北村よりも星の方がいいと思うのだ。

 特に今の白富東であるならば。


 北村は本来、甲子園を目指す人間ではない。

 目標はあくまでも自分の中に持っていて、甲子園というとはただの結果でしかないのだ。

 だから結果が全てというプロの世界に行くことはなかった。

 その点では星の、あの執念というのは北村にはないものだ。


 刑部が本気でプロを目指しているというなら、星からは多くのことを学べるだろう。

 直史はひどく冷徹に物事を考えるため、尊敬する先輩であっても、その能力や性質は間違えずに評価する。

 今年の白富東では、まだ甲子園には届かないと思う。

 もちろん高校生は、急激に成長するものではあるが。

 星ならば化学変化を起こさせるかもしれない。

 そう思いながらも、次の予定を考えている直史であった。




 高校野球史上最強のチームは、どの年のどのチームか。

 この質問に対する答えは、おおよそ直史の最後の一年が上げられる。

 国体から次の国体まで、春夏の甲子園と神宮まで五連覇。

 何よりプロ野球選手やメジャーリーガーを、何人も輩出している。

 白富東のこの年のチーム力で、プロと戦ったらどうなるか。

 少なくとも短期決戦であれば、五分以上の戦いが出来たであろうとまで言われている。


 実際のところ後に、日本代表を相手に大学選抜が勝ったことを思えば、その評価はそれなりに妥当なところであろう。

 直史と大介の存在があって、そしておおよそ直史がどんな試合でも完封してしまうのだ。

 ただその最後の一年、嫌な感じだなと思ったチームがないわけではない。

 直史としては、甲子園では対戦しなかったが、瑞雲とは当たりたくはないと思っていた。

 また甲子園以前の段階で少しでも危険を感じたのは、星のいた三里であったのだ。


 春のセンバツに出場した三里は、確かに強いのは間違いなかった。

 だが星という謎の執念を持つ選手に加えて、国立という理想的な指揮官が配属。

 そして古田という転校生を合法的に獲得したあたり、何かを持っているような、嫌な感じはしたのだ。


 その嫌な感じを味あわせた国立は、直史の卒業後に白富東にやってきた。

 白富東が春夏連覇を果たしたのは、国立が移動した後のことである。

 だがそこまで鍛えていたのは、間違いなく国立ではあったのだ。

 それから国立は千葉県の全体的な強化を謳い、公立校を中堅以上に育てるという選択肢を進んでいる。

 実際に公立校が強くなり、私立もそれに尻を叩かれている、という側面はなくもない。


 星と違って国立には、弱小校の底上げという哲学がある。

 そのままプロに進んだ選手はいないが、大学に進学した後に、プロに進んだという選手を育てている。

 ある意味においては国立も、北村と似たようなタイプではあるのだ。

 だが直史は詳しく知らないことだが、国立には北村にはない、厳しさというものがある。




 国立と会ったのは、彼の家ではない。

 直史と国立は、もちろん面識はあるし、練習試合などもやったものである。

 ただそこまで親しいというわけでもないのだが、ここのところの直史の働きによって、普通にコネクションがつながっていたりする。

 直史にとって国立は、天才の技術を凡人に教えることが出来る人間、というものであった。

 なので今の白富東には、まさに必要な技術は持っている。


 そんな国立であったが、返事はにべもないものであった。

 ただ簡単に断る前には、少し難しい顔はしたのだが。

「来年、息子が入学を希望しているからね。私立ならともかく公立だと、ちょっと難しいだろう」

 なるほど、それはどうにもならない。


 公立高校においては基本的に、生徒の身内が入学する場合、教師の方が異動をするということがある。

 これが私立であれば、親子鷹などといって美談になったりもするのだが、その場合は雇われ監督である場合が多い。

 単純に生徒の評価に関わらないよう、学年を調整したりする必要がある。

 まして同じく野球部に入るなら、指導も難しくなるであろう。


「ポジションはどこですか?」

「ピッチャーもするけど、基本はショートだよ。鷺北シニアでやっていて、ちょっとは声をかけられることもあるんだが」

「私立には行かないので?」

「なんというか、ちょっと頑固でね」

 国立が頑固というのだから、星のような頑固さであるのだろうか。

 それはそれで、入学が楽しみではある。




 そこからはある程度、今の千葉の高校野球について話すこととなった。

 白富東はせっかく体育科があるのに、それを有効活用しきれていない。

 ただ皮肉なことに、体育科から他の部活では結果を残している生徒が出てきてはいる。

 国立などは、それはそれでいいではないか、とも言ってしまうのだ。

 直史としても、学生スポーツで野球ばかりが持て囃されるのは、あまり健全ではないとは思っていた。


 結局本命どころの二人には断られてしまった。

 外部から招聘するとしたら、給与の面で私立には大きく劣る。

 鶴橋がまだ現役であったなら、最初に頼みにいっただろう。

 また高校野球の監督というのは特別なもので、シニアの監督や元プロであろうと、名指導者になるとは限らない。

 北村なども最初は、部長として国立の背中から学んだのだ。

 損得抜きで監督をやるという点では、セイバー以上の人材はいないだろう。


 仕事をしていても、ある程度時間の融通が利いて、上手く指導が出来そうな人間。

 それこそ直史になってしまうのだが、直史は本業の弁護士の他に、企業顧問としての法務問題を処理するので忙しい。

 あと一年は時間はあるが、本当に実力のある監督など、予定は既に詰まっているはずだ。

 資金援助などを直史がするにしても、それはあまり健全なことにはならないのではないか。

 これまで指導経験のない人間に頼むのは、さすがに直史の手からは離れすぎていることになる。


 引退して一年、結局自分は野球という世界との関わりを断ち切れない。

 そもそも大学で引退というつもりであったのに、クラブチームにも入って活動はしていたのだ。

 死ぬまでやる、という大介の言葉を笑えない。

 少し頭を冷やして、他の適任者を考える直史であった。




 なにも毎日、監督探しをしているわけではない。

 ただ去年から白富東に関わっていて、郷愁を感じていたのは確かだ。

「やらないか?」

「え、何を?」

「監督」

「いやいやいや」

 直史が次に話を持っていったのは、後輩ながらも直史とは、プレイした期間が違う、白富東のOBである百間町耕作であった。


 現在彼は法人化した農家の代表、つまり社長をやっている。

 直史はここの顧問をしているので、とりあえず話を持ってきた。

「そう言っていただけるのは光栄ですけどね。俺は指導者なんて出来ませんよ」

 そもそも耕作が忙しい身であることは、直史もよく知っているのだ。

「まあたまにノックしに行くぐらいならいいですけど、それなら俺よりもっと上手い人いるでしょ」

 それも確かにそうなのである。


 直史が耕作に話を持っていったのは、彼自身が目当てというわけではない。

 社長というからには色々と、耕作は顔が広いのは間違いない。

 直史の場合は、相手が一方的に知っていることが多いが。

 そんな中で監督をしたいという意欲と、選手を伸ばす指導力を兼ね備えている人間がいるのか。

「俺は知らないけど、知ってそうな人はいるじゃないですか?」

「知り合いでか?」

「大田鉄也さん、そういうのに詳しいと思いません?」

「なるほど」

「あと鶴橋さんとかも」

「ああ、それはそうか」


 鉄也はそもそも、セイバーを白富東に紹介した人間である。

 つまり彼がいなければ、その後の白富東がなかったことは確かだ。

 また鶴橋などとも、直接の面識はそれなりにある。

 彼が指導した数多くの選手の中には、監督をしたがっている元高校球児は多いだろう。

 ただ困ったところは、やはり報酬の問題であるが。

 しかしこれで、新たな方針が立てられた。

 探すべきは指導者ではなく、指導者が出来る人間を知っている人物なのだ。




 ジンが東京で暮らしている今も、その両親は千葉に居を構えている。

 そして鉄也は、直史との付き合いは長い。

 普通に連絡して、焼肉などを奢りながら、話題として出してみた。

「難しいな」

 鉄也としては率直に、直史にも意見が出来る。

 なにしろ最初に、その才能を見出したのは、息子であるジンであるからだ。


 高校野球の指導者というのは、野球人であれば誰もが、一度はやってみたいと思うものであるらしい。

 ただやってみたいのと、出来るのとでは全く話が違う。

 そしてやってみたいし出来る指導者であれば、より良い環境を望む。

 公立高校でも外部指導者に給与のような形で金銭を渡すシステムはあるが、それほど高給なものではない。

 

 白富東に関しても、強い時はかなり寄付金などが集まっていた。

 大介なども甲子園行きが決まったときは、かなりの金額を出していたし、セイバーは長らくコーチを一人出向させてくれていた。

 それに比べると今は、まず指導者に対する環境すら充分ではないだろう。

 ただ他の公立校に比べると、ずっと恵まれているのも確かなのだ。


 高校野球の監督というのは、間違いなく激務ではあるのだ。

 もっとも自分で勝手に、激務にしてしまっているというところもある。

 無償でやってしまうような人間も確かにいるのだが、それはそれで問題だと直史は思っている。

 金をもらうということは、その仕事に責任を持つということなのだ。

 ラーメンハゲもそう言っているではないか。




 鶴橋は現在、シニアのチームで監督をしている。

 勝利が重要な高校野球と違い、中学生は育成が重要だ。

 ただ本当のところは、高校野球もまた、勝利よりも育成を重要視するべきなのだ。

 ここは高校野球が、甲子園の存在によって、価値が歪になっている部分ではある。


 高校球児たちは、無料で野球をやっている。

 もちろんその育成には金がかかっているが、彼らが金を受け取っているわけではないし、むしろその親は金を出して野球をやらせているのだ。

 そのくせ甲子園という舞台は、あまりにも商品価値が高い。

 なので特に私立の学校であると、甲子園に出場するということが、野球部の至上命題になってしまったりもする。


 直史は勝利を重視することを、否定するわけではない。

 勝利することによってしか得られない、達成感というものはあるだろうからだ。

 しかし勝利至上主義にはならない。

 プロであれば確かに、勝利を目指してプレイするのが、ファンに対する最低限のサービスであろう。

 だが高校野球はまだ、アマチュアなのである。


 このアマチュアに対して、勝利至上主義でいるというのは、明らかにおかしなものだと直史は思うのだ。

 しかも未成年であり、なんらかの責任を持たせることすらおかしい。

 性的搾取が非難されるなら、甲子園という舞台で、実質的に経済的な搾取を受ける高校球児も、庇護の対象にすべきではないのだろうか。

 さすがにこれは考えすぎであろうが。


 なおアメリカの場合は、大きな経済効果のある、アメリカの学生スポーツなどは、その収益が学生の環境に回されるように、運動が起こったこともある。

 正直なところ甲子園による経済効果を考えれば、もっと高校スポーツ全体に、その収益を回すべきではないだろうか。

 そのあたり直史としては、選手の権利がどうも人権に反しているのでは、などとは思ったりする。

 さすがにそこにまで口を出すのは、もはや当事者でなくなった自分では、無粋だとも思わないでもないが。




 鶴橋とは、やはり外で会うことになった。

 食事をしながら話をするのだが、あちらの方から話し始めている。

「だからよ~、今はむしろ、二極化が問題なんだよな~」

 鶴橋の懸念していることは、甲子園を目指すのか、目指さないのかということ。

 単純に目指すのは構わないのだが、そのためにやっていいことの線引きを、もっと考えないといけない。

「そもそもお前さんたちが、盛り上げすぎたんだからよ~」

 鶴橋は鶴橋なりに、美学らしきものがあるのだろう。


 千葉県の公立高校で、妖怪とまで言われた鶴橋。

 さすがに70歳を過ぎてからは、体力的に高校野球の指導は出来なくなってきた。

 ただ人を育てるということは、教育者にとっては大きな喜びである。

「高校野球はつまり、三年間才能を預かって、どれだけ伸ばしてやれるかが重要なわけだ」

 私立からの招聘を受けながらも、公立にこだわったのは、このあたりが関係しているのだろう。

「球数制限のせいもあって、どの強豪も前よりずっと、ピッチャーを集めたがってたりするしな~」

 そのあたり、確かに言いたいことは分かる。


 国立は一人で、底辺を上げようとしている。

 だが私立は基本的に、上澄みだけを集めようとしているのだ。

「野球ばっかやらせておいて、卒業したら働けなんて時代でもないからよ~」

 そのあたりは直史も、昔とは時代が違うな、とは思っている。




 鶴橋の若い頃と比べれば、日本の大学進学率は上がっていた。

 それだけ教育に力を入れていたということでもある。

 かつては野球部は部活で鍛えて、肉体労働にでも就けばいい。

 そう考えていたのだが、労働者の生産性は、専門知識などによって高くなると考えられるようになった。

 ただ直史からすると、それもまた微妙なところなのである。


 今はまだ少し良くなったが、出生率の低下による、労働人口の減少。

 それは人間という存在が、どれだけ柔軟に仕事を行えるかを、改めて社会に問いかけるものになった。

 いずれはロボットによって、代替されるであろうと思われていた、土木などの肉体労働。

 しかしそういったものは、人間が行う方が、ずっと早く正確であったりする。


 鶴橋の若い頃は、野球だけをやらせておけば良かった。

 それで鍛えておけば、他の仕事でも充分に役立つ人間になったのだ。

 しかし高等教育が叫ばれるようになると、野球部にも文武両道が求められるようになる。

 もっとも鶴橋からすると、中途半端な文武両道などよりも、限界まで挑戦した経験の方が、大きな学びになったのだが。


 ただ今の野球はもう、根性論が排除されすぎている。

 鶴橋が結局、高校野球から去ったのは、自分の力で選手の精神力を引き出すことに、疲れてしまったからとも言える。

 今、鶴橋が教え子などを紹介しても、現代の野球には対応しきれていない。

 そしてメンタルに関しても、今はもう科学的に、モチベーションを保って成長させるため、単なる根性論では通用しないと鶴橋は思っているのだ。

「それこそよ~、お前さんの、あの女監督、あっちに頼んだ方がいいんじゃねえのかよ~」

 鶴橋はそう言うが、セイバーが今から、日本の高校野球を指導することなどはないだろう。

 だがそれは、一つのヒントにはなったのだった。




 人生において深く、お互いの名前が刻まれている。

 直史とセイバーの関係性は、男と女の感情は全くなかったが、それでもお互いを大きな存在として意識はしていた。

 連絡先はずっと教えてもらっていたが、あえて電話をかけることなども、直史はしたことがなかった。

 ただここでふと、直史は思ったのだ。

 なぜセイバーは、日本の高校野球を選んだのかと。


 それについては既に何度も、言葉にはされていた。

 MLBに挑戦してくる日本人選手の中で、その多くは甲子園を経験している。

 高校野球の経験者ともなると、NPBの選手はほぼ全員だ。

 だからこそその高校野球を、セイバーも分析しにきた。

 それが彼女や、彼女を紹介した鉄也の言葉であった。


『珍しいわね』

 電話の向こうのセイバーは、懐かしい声でそう言った。

 実際のところは何度か、きっかけになるようなことがある時は、彼女と話していたことが多かったのだが。

「相談事というか、何か示唆してもらえることがあれば、と思いまして」

 そして直史のした説明を、セイバーは頷きながら聞き続けた。


 かつて自分が日本で感じた、高校球児たちの熱戦。

 セイバー自身は頂点に立つことはなかったが、頂点に立つチームを作り上げたのは、間違いなくセイバーであった。

 彼女の用意した環境は、間違いなく日本の他の強豪私立をも、上回るものであった。

 特にその中でも、コーチ陣はその後も長く白富東を強くするものであった。


 どうしてそこまでやったのか。

 たとえばコーチの手配などは、やろうと思えば直史も出来る。

 単純に金銭の問題であれば、それはまず可能なのだ。

 しかし直史としては、そこまで圧倒的に、資金力でチームを強くするということに、抵抗がある。

 そもそも白富東は、県外から選手を集めることがほぼ不可能な、公立校であるのだから。


 セイバーとしては、今自分が考えている、一つの選択の助けになりうる。

『こちらにいる私の知り合いのコーチで、日本の高校野球のFM、つまり監督をやりたいという人がいるのだけど……』

 MLBにおいては、日本の高校野球というのは、かなり注目しているものなのだ。

 多くのスター選手を輩出してきた、世界的に見ても過酷であろう大会。

 それを体験してみたいという人間は、確かにいるのかもしれない。

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