第67話 日本シリーズ開幕
日本シリーズが開幕される。
勝ち上がったのはタイタンズと千葉で、地元の千葉ファンはそれなりに盛り上がっている。
直史には解説のオファーがあったりしたが、タイタンズ寄りの解説をしてほしいと言われても、別にタイタンズに愛着などない直史である。
むしろ同じ東京にある球団ながら、レックスよりもよほど大きく報道されたりなどして、現役時代からあまり好きではなかった。
ユニフォームのデザインぐらいは、レックスよりも好きだったとは、今更言えないことである。
そもそも千葉が勝ったなら、素直に鬼塚や哲平を祝福してやりたい。
そんなこともあって、直史が受けることはない仕事であった。
タイタンズのホームゲームから始まる、今年の日本シリーズ。
両チームのエースである、小川と黒崎の投げあいから、ロースコアゲームでのスタートとなった。
思えば両チームを合わせて、スタメンに四人も白富東の選手が揃っている。
ただし日本一の味を知っているのは、埼玉時代に優勝した悟のみ。
他は長らく、日本一からは遠ざかっているチームなのである。
圧倒的なセ・リーグ優位の時代が、ようやく終わろうとしている。
それでも全体的に、セ・リーグの方にスタープレイヤーが多く出た時代ではある。
もっともパ・リーグが強かった時代でも、注目度はセ・リーグの方が高かったのだ。
テレビ放送が地上波では少なくなり、ネット中継が主流となった現代、ようやく全てのチームのファンは、公平に試合を楽しむことが出来るようになったと言える。
わざわざスタジアムには行かず、テレビで中継を見る。
直史と瑞希は普通に観戦であるが、真琴が一番わくわくとしていた。
投げるボールの一球ごとに、興奮して呼吸が荒くなる。
両投手の好投で、六回までスコアは1-1というロースコア。
そしてここから、継投が始まっていく。
「お、ここで出てきたか」
直史がそう声に出したのは、かつての戦友を見たからである。
七回の表、タイタンズはセットアッパーとして、岩崎をマウンドに送る。
ここ数年は、先発のローテーションからは外れていることが多い。
そして今シーズン中の使われ方としては、勝ちパターンでのリリーフとして投げることが多くなっていた。
先発として投げるのは、体力的に苦しくなってきたのか。
ただ技巧派となるには、技術が足りなかった。
おそらくこの先数年で、限界を迎えて引退することになるだろう。
だがそれでも、ここで優勝することが出来たら、人生の収支は大きくプラスになるはずだ。
任された1イニングを、全力で抑える。
それに成功してこそ、リリーフとしての価値を示すことになる。
ただこの試合は、リードした場面での起用ではない。
もっとも両チームエースを先発させたため、どうしても取りたい試合ではあるのだろう。
「真琴、このピッチャーも、お父さんと一緒に甲子園で一緒に試合をしたんだぞ」
直史が真琴に語りかける思い出話は、本人が自覚しているかどうかは分からないが、ほとんどが高校時代のことである。
大学時代はもちろん、NPB時代のこともあまり話さない。
そして真琴が物心ついたのは、もうアメリカに行った後のことである。
直史が損得を考えず、純粋に野球を楽しんでいた頃。
勝利のために戦いながら、しかし敗北を知っていた頃。
高校時代が直史にとって、一番楽しい野球であったのは間違いないだろう。
甲子園はもちろん、ワールドカップもあった。
子供たちに伝えるのは、生まれる前の自分の姿だ。
「岩崎君、頑張ってるね」
「ああ。あと何年頑張れるか」
体のあちこちを故障しながらも、限界まで投げ続ける。
プロスポーツの世界というのは、ほとんどの選手にとって、故障と隣り合わせのものなのだ。
スポーツが体にいいというのは、あくまでも趣味の範囲内。
ほとんど怪我をせずに選手生活を終えるというのは、おおよその人間にとって不可能なのだ。
直史も肘をやって、引退することになった。
大介も骨折して、休んでいたことがある。
上杉にしろ真田にしろ、そういった人間がほとんどだ。
武史も故障と言うよりは怪我であるが、試合に出られなかったことは何度かある。
人間の肉体の出す力というのは、年々その限界が上昇している。
ただ昔と違って、鉄人と呼ばれる怪我知らずは、少なくなってきていると思う。
それは肉体の限界を求めれば、むしろ当然のことなのであろう。
その自分自身の限界に挑むからこそ、スポーツは素晴らしいパフォーマンスを見せてくれる。
もっとも直史などは、今回の故障がなければ、まだまだ投げられたであろうが。
岩崎は七回の1イニングを封じて、後ろにつなぐことが出来た。
だがこの試合、勝ったのは千葉である。
九回の表に、泥臭いポテンヒットを、レフト前に運んだ鬼塚。
その一打によって、決勝点を取り千葉は勝利した。
アウェイのゲームではあるが、千葉からならば応援団もそれなりにドームに向かっている。
声援を受けて決めてしまうあたり、鬼塚も劇場型の人間であるなと思う、さらに劇場型の人間である直史であった。
やはり知り合いが出ている試合は、見ていて面白いものである。
どちらにもそれなりに交流のある人間がいるので、どちらが勝っても悔しくはない。
第一戦で勝利した千葉であったが、第二戦のタイタンズは、左の島が先発してきた。
島もFAで北海道からタイタンズに移籍してきたピッチャーで、白富東と似たような感じの、公立進学校を甲子園に導いたエースであった。
タイタンズは昔ほどではないが、今でもFAでいい選手が宣言すると、とりあえず交渉はしてみるというチームだ。
もっとも島は、勝ち星などはそれほど伸びてはいなかったが、北海道が貧打であった時、エースクラスであったサウスポーである。
そしてタイタンズでも、右の小川に左の島と、まだローテーションを守っている。
彼もまたMLBから目をつけられていたピッチャーではあった。
だがほぼ同世代に、彼を上回るサウスポーがいたために、海を渡る決心がつかなかったのか。
北海道は比較的、ポスティングに寛容な球団であったのだが。
圧倒的な自信がなければ、やはりMLBに挑戦するということは難しいのだろう。
NPBであればやはりいまだに、タイタンズが移籍先としては、かなり魅力的に映っているのか。
昔ほどは引退後のポストもないと言われているが、それでもタイタンズは球界内外に、コネクションがあるチームだ。
悟も理由は違うが、タイタンズを移籍先へと決めたのだから。
この第二戦はタイタンズが、終始リードして試合を終えた。
しっかりと勝ち星は島についたが、千葉も先に一勝しているため、無理に勝ちパターンのリリーフは使っていかなかった。
短期決戦はピッチャーの継投が重要となる。
初戦こそ落としたものの、タイタンズの方がやはり、選手の平均的なレベルは高い。
ただ単純に戦力を足し算しただけでは、勝てないのが野球であるが。
一勝一敗となった。
そして舞台は、千葉のマリスタへと移ってくる。
その気になれば観戦にも行けるであろうが、この時期直史は、時間のかかる案件を抱えていた。
真琴が行きたいとでも言ったら、あるいは義父母に頼んで、どうにかしたかもしれない。
だが真琴はテレビでおとなしく観戦しながら、直史や瑞希の解説を聞きたがるのだ。
第三戦は乱打戦になった。
両チームの先発が不調で、初回から三点と四点を失う。
つまるところ、見ていて楽しい試合であったのだが、単純にホームランが出て点が入るのを、喜ぶ佐藤家ではない。
「今のは一塁ランナーと二塁ランナーで一二塁間を空けた?」
「そうかもしれないが、映像でリプレイしてくれないな」
観点がマニアックになってくる。
野球の目立つ点は、当然ながらボールの行方である。
だが実際のところは、ボールがないところの動きに、選手の理解度が表れると言ってもいい。
ランナーが出た場合、守備シフトが少し変わる。
そしてランナーはどれだけベースからリードを取るか。
走塁の技術というのは、かなりセンスと経験が両立するところである。
乱打戦になると、打率も高くて足も速い、それでいて出塁する悟のような選手が活躍する。
正志もそうであるが、タイタンズは三番と四番が、長打も打てるのに走力がかなり高い。
ここでタイタンズが優勝すれば、正志は本当にMLBに行くのだろうか。
外野手で打率も高めの強打者というのは、MLBでもそれなりに通用するタイプの選手ではある。
現在の野球、特にMLBにおいては、長打と奪三振の数字が、大きく評価されている。
だが実際のところ、WBCなどを見てみても、重要なのはそこばかりではない。
ランナーに出たことで、ピッチャーにどうプレッシャーを与えていくか。
悟のセンスというのはそういうところにあるのだ。でなければトリプルスリーを何度も達成していたりはしない。
彼がMLBに行かなかったのは、女を選んだからだ、というのを直史は聞いた。
埼玉は過去に多くのポスティングを容認しているので、そのつもりであればMLBにも来れたとは思う。
実際、セイバーなどは悟に対する評価は高かった。
直史としても、女を自分に合わせるぐらいのことが出来ないのかな、とナチュラルに家父長権的に考えたりもしたが、相手が芸能人であったとなると、そういうこともあるのかと思ったりもした。
しかも白い軌跡に出演した女優であったのだから、なんとも面白い奇縁と言えよう。
乱打戦となると、いかにランナーを上手く使うか。
ホームランによる一点よりも、ビッグイニングを作るためのきっかけが、重要な試合となる。
ホームランでランナーがリセットされてしまえば、そこでピッチャー交代なりをして、流れを止めることが出来るのだ。
もちろんホームランで一気に、勢いが傾くこともある。
だがポストシーズンの試合においては、それは難しい。
また千葉はホームゲームであるので、そもそもの流れはこちらにある。
それでも悟は、三出塁でチャンスを拡大していった。
ガンガン点を取り合う試合は、観戦者としても見てて面白いものではある。
この流れを止めてしまうような、強力なリリーフがいれば。
タイタンズなどはそれを、外国人に頼ったりしている。
一戦目は同点の場面から、失敗したクローザー。
それがこの試合は機能して、タイタンズは二勝目を上げた。
今年の日本シリーズ、タイタンズからホームゲームが始まるので、そもそも有利ではあると言われていた。
もし三勝三敗のタイで最終戦までもつれこんだとしても、その最終戦はホームゲームになるからだ。
そして先に二勝目を上げた。
この時点で少なくとも、もう一度ホームの東京ドームで試合が出来ることは決まった。
もっとも千葉県民としても、東京ドームは比較的応援遠征には向かいやすい場所ではある。
しかし応援うんぬんを言うのであれば、地元の千葉であってもタイタンズのファンはそれなりにいるのだ。
ここで負けたらリーチをかけられる。
そんな第四戦は、双方の好守備が連発する、これまた見ごたえのある試合にはなった。
特に鬼塚などは、ファールフライを必死で追いかけ、フェンスに激突しながらもキャッチアウト。
お前はもうちょっと、年齢を考えろと言いたくなるプレイである。
しかし短期決戦の日本シリーズでは、クライマックスシリーズを勝ち上がってきた千葉は、疲労度はタイタンズよりも蓄積している。
なので気持ちで負けたら、そこで一気に押し切られる可能性はあった。
鬼塚は思えば、同学年の白富東の主力四人の中では、一番根性にあふれていた選手ではあった。
倉田は温和な調整型の人間であったし、武史は完全にマイペース。そしてアレクもまた、武史とは違う方向にマイペースであった。
天才二人が同学年にいて、上にも下にもとんでもない才能がいた鬼塚は、一番必死で練習などをしていたとも言える。
全体的な貢献度で言うならば、投手力に優れた武史や、打撃と守備で評価の高かったアレクが、あの学年では目立っていた。
だが一番見た目で目立っていた鬼塚が、一番練習などでは真摯であったのだ。
それが白富東が、空前絶後の四連覇を成し遂げた、原動力になっていたとも思える。
甲子園に行くチームや、全国制覇をするチーム、またプロでもシーズン優勝をするチームなど。
そういったチームには必ず、強烈に勝利を志向する選手がいるはずなのだ。
あるいは監督が、そういったチームの空気を作る。
白富東などは、セイバーはそういう人間ではなかったが。
白富東の場合は、チームの意識変化はジンが入学してからだ。
そして鬼塚は戦力的にはユーティリティプレイヤーであったが、異質な化学反応を起こすという点では、それまでにいなかった存在ではあった。
もちろん鬼塚以外にも、部外の存在であるツインズや、イリヤという存在も大きな影響を与えた。
だがグラウンドの中では、プレイヤーが最大の力を持っているのは間違いない。
今年ここまで来れたから、来年もまた戦える。
そんなことのないのが、プロ野球である。
スターズとライガースの黄金期は、タイタンズと同じく珍しいものであるのだ。
支配的な選手がいても、一人では勝つことは出来ない。
それが本来の野球の姿である。
順調に戦力を強化していったタイタンズと違って、今年の千葉はどうして強いのか。
それはやはりエースの黒崎が、上杉と沢村賞を争うほどの、大ブレイクを果たしたからというのも大きいだろう。
だがチームが強くなるという、明確な原因がはっきりとしない。
なので今年を逃せば、来年もまた日本シリーズまで進めるとは限らない。
今年しかないのだ。
そんな覚悟で挑むのは、まさに高校野球といったところか。
そして今の千葉で、甲子園の頂点を知っているメンバーは、鬼塚しかいなかった。
日本シリーズの第四戦、千葉は堅守で守り勝った。
プロの試合としては、珍しい粘り勝ちと言えるかもしれない。
だがピッチャーをどんどんと継投させていく作戦は、上手くいったと言っていいだろう。
これにて勝敗は、二勝二敗へと変化する。
千葉のホームゲームの第五戦。
ここで負けたとしたら、タイタンズのホームゲーム二試合を、両方勝たなければいけなくなる。
この一年で紛れもない千葉のエースとなった黒埼が、中四日にて先発。
タイタンズは小川を、ここではまだ持ってこない。
ホームに戻った二戦で、小川と島を使えば、先発としては有利に戦える。
そんな計算があったのかもしれないし、それは決して間違ったものでもない。
だが千葉はそんな先のことは考えず、黒崎が全力投球。
そして打線もそれをよく援護して、ここで上手く噛み合った試合となった。
中盤で点差をつけられたので、黒崎を降ろしてそこからは継投。
わずかずつ点を返されたが、逆に千葉も追加点を取っていく。
最終的にリードを守って勝利して、これで三勝二敗。
日本一まであと一つ、という結果になったのであった。
拳を握り締めて観戦していた真琴は、いつの間にやら千葉のファンになっていたのであろうか。
直史と瑞希は、特にどちらを応援していたわけでもないのだが。
そもそもプロ野球というのは、今年が駄目でも来年があると、応援する側としてはあまり緊張感がない。
そのあたりも直史が、プロを魅力的だと思えなかった理由でもあるのだが。
プロになれば、優勝したいと思うのか。
直史自身は、自分の投げた試合では、絶対に勝つという意識が強かった。
ただ優勝したいのかというと、自分自身はそれほども思っていない。
だがMLBでは大介に勝とうと思うなら、自然とチームも勝たなくてはいけなかったわけである。
結局人間というのは、ある程度は矛盾した存在であるのだ。
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