第66話 暮れる日々
まったく、昨今はインターネットの発達によって、遠隔地との会議もスムーズに済むのが便利である。
直史は会議というわけではないが、武史ともネット回線で話すことが出来た。
あちらはあちらでシーズン中なので忙しいが、ローテーションのピッチャーはある意味、本拠地にいる間は暇であることも多いのは、当然ながら知っている直史である。
そして一つ、武史のみならず、恵美理にも確認することがあった。
武史は神崎家の方に、養子に行かさなくてもいいのか、ということだ。
別に感傷的になっているわけではないが、祖父の死というのは直史にとって、身の回りのことをある程度整理することがに、重要なことだと思わせたのだ。
『うちはそういうことは何も気にしないのだけど……』
一緒に画面に映っている恵美理は、困惑したようにそう言っている。
実際、彼女は家が続いていく、ということにあまり意義を見出していない。
そもそもそれが気になるなら、結婚の時に話し合っていた。
クォーターである恵美理であるが、その精神性は日本とヨーロッパが複雑に絡み合っている。
そしてイギリスの血を引いて日本の血も引いているが、基本的には貴族階級の出なのである。
さすがに現代において、しかも日本において階級などというものは時代錯誤で、別に恵美理の結婚にも反対はされなかった。
実のところ佐藤家は、男系をたどっていくならば、普通に源氏にまでたどっていける血筋なのだが。
それが本当かどうかは別として。
神崎家は一応、確かに日本にも墓がある。
ただ父親はクリスチャンであり、死亡したらどうすればいいのか。
まだそんなことを、考えなくてもいいからこそ、冷静に考えておこう。
直史の言いたいのは、そういうことであった。
九月も末になると、さすがに夏の熱気は薄れていく。
あれだけ熱狂した甲子園にしても、既に遠い昔のよう。
ただこの時期からは、プロ野球が騒がしくなる。
NPBではクライマックスシリーズに向けて、そしてMLBではポストシーズンに向けて、最後の争いが繰り広げられる。
MLBの方に、直史の注意は向いている。
大介と武史が同じチームにいて、ワールドチャンピオンの最有力候補であるからだ。
ただし投手力にやや不安が残るため、武史が無理をするかもしれない。
武史は頑丈であるし、それに無理をするタイプでもないため、故障するようなことは心配していない。
ただ嫁や子供の前では、少しだけ無理をしてしまう危険性がある。
それよりも今年は、NPBの方が白熱している。
直史の古巣のレックスなどの属するセ・リーグは、久しぶりにタイタンズがペナントレースは制する勢いである。
だが地元千葉が、福岡とパ・リーグの首位争いをしている。
そちらの方が今の直史としては、セ・リーグの行方よりは関心がある。
地元で行われる試合について、解説者として出てくれないか。
そんな依頼が来たりもするのだが、直史としては迷うところである。
直史は地元の千葉に、プロ野球に関してはさほどの関心もない。
ただ後輩がいるので、そこは応援したいところである。
なんだかんだと今年は戦力も揃っているので、主力に怪我人でも出なければ、日本一は目指せるのではないか。
それぐらいは思うが、もし解説などをするとしたら、また瑞希からデータ提供を受けなければいけない。
この時期には高校野球も、秋季大会が佳境に入りつつある。
白富東はまだ残っているが、ベスト8あたりから上が厳しいのである。
そういえばプロ野球もシーズンが終われば、またドラフトがやってくる。
直史としてはもう、後からちょっと確認する程度で、特に気にもしないが。
引退してからむしろ気づいたのは、瑞希の方がそういった野球関連のイベントに、注目しているということだ。
NPBだけではなく、MLBの情報にも、彼女はそれなりに精通している。
ただ白富東の記録を取る、ということだけを考えていた彼女が、普通にスポーツ紙にコラムなどを掲載出来るようになったのは、人生のいたずらと言えようか。
ほとんど忘れていたが、大学野球も秋のリーグが始まっている。
直史にとっては本当に、あまり思い出のない時代である。
ただ爆発的に成長したのは、大学時代であったことは間違いない。
単純に球速もアップしたのだ。
プロ野球が終わってからも、神宮大会というものがある。
それが終わってようやく、野球のシーズンは終わったと言えるだろう。
ただし今年はMLBのオフシーズンは、ストーブリーグが佳境を迎える。
武史の契約が切れて、FAとなるからだ。
武史は恵美理の仕事の関係上、ニューヨークを離れる意思がない。
なのでメトロズもそれなりの金額で、契約することは出来る。
だがあまりに安い契約では、選手の年俸のバランスが崩れる。
そのためおそらく、オフには同じニューヨークの、ラッキーズに移籍することが有力視されているが。
同じニューヨークのチームに移籍すること。
ファンのブーイングを受けるかもしれないが、武史は幸いにも、そういうことには鈍い。
今年は直史も鬼塚に頼まれているので、オフには忙しいことになるのが決まっているのである。
そして高校野球の秋季県大会が終わる前に、NPBのレギュラーシーズンが終わった。
今年のペナントレースを制したのは、セ・リーグは東京タイタンズ、パ・リーグは福岡コンコルズ。
そしてクライマックスシリーズに進むのは、セは神奈川グローリースターズに大阪ライガーズ、パは千葉マリンズに北海道ウォリアーズということになった。
セはおおよその予想通りであったが、パの方は混戦模様であったと言っていい。
特に三位争いは、どちらのリーグもぎりぎりまで決まらなかった。
千葉はこの数年、Aクラス入りがかなりの年で続いている。
だがクライマックスシリーズを勝ち抜くことが、どうにも出来ていない。
パは福岡が制することが多いが、ここのところ日本シリーズではほとんどセに負けてしまっている。
かつては人気のセ、実力のパ、などと言われたこともあるが、それも隔世の観が強いであろう。
優勝争いについて何か、という取材が直史のところにもきた。
ただこれにコメントするのは、直史としては抵抗がある。
おそらく普通に、タイタンズと福岡が勝ち残るだろうな、とは思っている。
だが今年から千葉の鬼塚の代理人となる直史としては、千葉は勝てないだろうな、などとはちょっと言いにくいのだ。
もしも他のチームにチャンスがあるとすれば、スターズが勝ち上がるかどうかだ。
ライガースは今年、真田を欠いた状態で戦ってきたため、ポストシーズンでも勝ち抜くのは難しいだろう。
タイタンズも小川が、FAになったらどうなるのか、という問題はあったりする。
ただ一緒にWBCに出た直史は、小川が大の高所恐怖症であることを知っている。
飛行機での移動も苦手であり、日本と違って飛行機移動がかなりを占めるアメリカでは、野球の実力以前の部分で通用しないのではないか。
それならタイタンズにずっといれば、将来のポストも準備してもらえるであろう。
MLBではメトロズが相変わらず強かった。
ナ・リーグでは他に、トローリーズが続くぐらいの成績を残している。
ア・リーグではヒューストンとミネソタが勝率は突出。
ただミネソタは、そろそろ結果を残さないと、若手の有力株がFAを取得して他のチームに行ってしまう。
アナハイムとメトロズの時代であった。
それが直史の引退により、一気にパワーバランスが変わった。
たった一人のピッチャーが、これほどまでにチームの強弱を帰るとは。
アナハイムもポストシーズン進出は決めたが、ワールドチャンピオンに届くかは微妙なところである。
同じ地区ではヒューストンに地区優勝を決められたため、組み合わせでは多少は不利か。
だがMLBのポストシーズンに進出するようなチームは、そもそもさほどの戦力差はない……はずなのだ。
おおよそ毎年強いチームと、数年間をかけて短期間強いチーム。
そういった多様性があるからこそ、MLBは楽しいとも言える。
その様相はNPBに比べたら、むしろ日本ならJリーグの方が近いだろうか。
下部組織の豊富さという点では、そうとも言えるのだ。
日本のプロ野球というのは、良くも悪くも固定化している。
ただ資金力の違いによって、三軍を上手く使っているチームが、平均していい選手を育てられている。
年々MLBのように、育成選手の移籍や、支配下登録されなかった選手の移籍もあるため、昔に比べれば選手の流動性は高まっていると言えるだろう。
いい選手がいつMLBに行くのか、という注目のされ方をしているのは、NPB全体にとっては問題かもしれないが。
日米のポストシーズンが進んでいく。
ついででもないが、高校野球の秋季大会も進んでいく。
白富東は残念ながら、この年も関東大会進出はならなかった。
そんなところで直史は、星から連絡を受けた。
ドラフト指名で育成契約を受けたら、それは選手にとっていいことなのか、という問題であった。
なんでそんなことを俺に、というのが直史の正直な気持ちである。
だがどうやら三里でエースをしていた彼に、NPB球団のスカウトが目をつけているらしい。
直史としては彼の力は、少なくとも今はプロの支配下登録されるものではないと思っている。
だがプロから指名されるということで、ちょっと目がくらんでいるらしい。
「そもそもドラフトなんて、本当に指名されるかどうかも分からないもんだろ」
直史がそれを言ってはいけない。
今は選手の育成契約というのも、それなりに育つようにはなってきている。
ただ三里はそれなりの進学校で、あのピッチャーなら大学のセレクションに受かることも出来るだろう。
もっとも大学野球は、三里のような環境で育った選手には、生きづらい場所であるかもしれないが。
一番昭和の空気が残っているのが、大学野球だと直史は思っている。
星などは下手にプロで成功しただけに、強く止めるのが難しい。
もっともそれなりに成功した星であっても、大学を経由したからこそ、今はこうやって指導者をすることが出来ている。
高卒から育成契約でプロ入り。
そもそも今の時点では、プロでは通用しないと分かっているだろうに。
ただ大学野球を経由すれば、それでいいとも限らない。
人生に正解の選択などはないのであるから。
野球は偶然性が高く、そしてポストシーズンは基本的に短期決戦である。
チーム全体の力よりも、傑出したプレイヤーが数人いた方が、この短期決戦では強い。
スターズが強いのは、このクライマックスシリーズで上杉が無茶をするからだ。
ただし上杉もさすがに今年で36歳。
レギュラーシーズンの衰えはそれほど見られないが、回復力などは若い頃とは違うであろう。
よって直史としては、今年はタイタンズかな、と思っている。
何よりスターズは、クライマックスシリーズのファーストステージから戦う必要もあるからだ。
高校野球はとりあえず、県大会が終わった。
おおよそ10月の下旬に、関東大会が行われる。
その後の神宮大会は、ほとんどのチームには関係のないことである。
夏の甲子園を除けば、野球は秋こそがシーズンクライマックスと言えるだろう。
出来ればWBCなどもこの時期にやった方がいいのかもしれないが、レギュラーシーズンを戦ってきたプロにとっては、やっと一年が終わったという感じで、改めて戦うのは精神的に厳しいだろう。
直史は仕事としては企業法務の案件を行っており、これはほとんど手弁当になっている。
ただ誰かがここで、法人化はしておかなければいけないことだ。
なので野球に関しても、あまり見ている余裕などはない。
せいぜいが試合結果をニュースで見る程度だが、だいたい予想通りの結果となっている。
高校野球のほうは、白富東が負けた時点で、興味を失った。
練習試合を少しした後、練習試合禁止期間に入ることとなる。
直史としてはこの、完全にトレーニングに使える季節にこそ、フィジカルのパワーアップが可能だと考えている。
高校野球は確かに、戦術が重要なトーナメントだ。
だがフィジカルの底上げによって、少しでも数字の速さが積み重なれば、総量としてはとんでもないものとなる。
もっともこれは、プロの方により言えることだ。
コンマ一秒のスピードの変化で、アウトとセーフが変わるのは、シーズンを通せば何度もあることだろう。
高校野球でもそれをやるのは、一つにはやれるだけやって後悔を残さないため。
そしてもう一つは、相手に与えるプレッシャーを増やすためだ。
アマチュアの高校野球では、出来ることは限られている。
だからこそ取捨選択し、やらなければいけないことを、適切に見分けなければいけない。
もっとも人生に完全な正解がないように、この取捨選択も必ずしも正解とは限らない。
そして回り道に見えたものが、実は最短距離であったということも、よくあることであるのだ。
たとえば直史は、高卒後も大卒後も、プロには行かなかった。
だがレックスに入団してわずか二年で、MLBに移籍している。
これは大介との対決のためであり、相当に早いMLBへの移籍と言える。
様々な事象によって、未来というのは変わっていくものなのだ。
朝起きれば、試合結果を確認する、という日々になってきた。
もう秋が本格的となり、どんどんと日没が早くなってくる。
そんな中でも普通に、野球は行われている。
千葉は福岡に勝利し、なんと日本シリーズへ進出。
一方のセ・リーグはタイタンズがペナントレースの結果のまま、日本シリーズでの対決となったのだ。
MLBでもポストシーズンは、無事に進捗している。
ナ・リーグはメトロズとトローリーズ、ア・リーグはミネソタとヒューストンが、ワールドシリーズ進出をかけて争うことになる。
ミネソタとしては今年のうちに、どうにかワールドチャンピオンになっておきたいところだろう。
まだ中心選手の契約は切れないが、年俸調停は入ってくる。
するとある程度は、使える資金が限られるのだから。
本当ならミネソタの選手も、今のうちに成績を残すのは悪いことではない。
だがそれよりも重要なのは、故障をしないことだ。
MLBは年俸調停権を得ることと、FAを得ることで、一気に年俸は跳ね上がる。
それまでにしっかりと結果を残さないといけないが、逆に怪我でパフォーマンスを落としても身も蓋もない。
またMLBのチームの中には、とにかく若手だけを集めて、安い戦力で戦うというチームもいるのだ。
NPBもそうだがMLBも、同じ実力なら若い方を取る。
伸び代を考えれば、その方が得であるからだ。
一方で安定した実績を残していれば、40歳を過ぎても第一線で活躍する選手もいる。
野手よりは投手の方が、その数はわずかに多いかもしれない。
大介などは今年から、四年契約をメトロズと結んでいる。
四年二億ドルであり、インセンティブが最大で、毎年2000万ドルずつつく。
つまり年間に換算すれば、最大で7000万ドル。
今年34歳の野手に対しては、かなりの大盤振る舞いだ。
それでも少なくとも今年、大介の年俸は高いとは言われなかった。
ホームランの数は惜しくも70本に届かなかったが、それでも打撃タイトルは独占。
新たに登場してきた若手選手も、それを上回ることは出来ていない。
本当ならもっと、長い契約を結んでも良かったのか。
ただ大介自身は、むしろ単年契約でも結んで、毎年のモチベーションを維持したかったのだろうが。
ポストシーズンが加熱していく中、既に直史はその後に意識がいっている。
引退したのだな、と改めて深く感じたのであった。
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