第62話 それぞれの物語

 夏がやってくる。

 アメリカにとっても夏は、比較的野球のシーズンと言ってもいいだろう。

 ちなみに冬は、屋内で行われるNBAの季節であったりする。

 実のところ、今年のシーズン序盤は調子がいまいちであった大介だが、気温が上がると共に復調。

 そして八月に入ってからは、毎試合のようにホームランを打っていた。

 それでも序盤の遅れがあって、今年は最後には70本を切るのではないか。

 普通はそもそも狙えないだろう、という数字が囁かれている。


 MLBに移籍してから、六年連続で70本以上を達成。

 日米通算1000本を昨年達成した怪物は、今年はMLB通算500本を期待されている。

 そしてその数字は、決して不可能な数字でもない。

 今年がおそらくメトロズでの最後のシーズンになるであろう武史と共に、ワールドチャンピオン奪還を目指す。


 直史が抜けたので、ア・リーグはヒューストンかミネソタが本命となっている。

 ただアナハイムはアナハイムで、それなりにまだ強いことは間違いない。

 ア・リーグで勝ち上がってくるのがどこのチームになるのか。

 気になることは気になるが、まずはメトロズがナ・リーグで優勝することが重要なのである。




 日本では甲子園が始まっている。

 この時期にようやく50本に到達というのは、大介の成績としては物足りない。

 だがそれとは別に、新しいスター候補が出てきたりもしている。

 もっとも大介ほどに、打撃、走塁、守備の全てを兼ね備えているわけではないのだが。


 34歳の誕生日を迎えた大介は、さすがに全盛期は過ぎたのか、とも思われた。

 だが全盛期が過ぎたとしてもなお、MLBの野手としてはナンバーワンであると、誰もが認めざるをえない。

 ショートという運動量の多いポジション。

 そこを守りながらも、パワーはMLB随一。

 たった一人で何人分の貢献度があるのか。

 それでもさすがに、全盛期は過ぎてしまったのか。


 大介にぶら下がっている記者は、何人か日本から派遣されている。

 ついでと言うわけではないが、坂本と武史もいるので、メトロズの番記者は色々と楽ではあるのだろう。

 チーム全体が、やや高齢化しつつあるのは確かだ。

 それでも大介と契約している間に、またワールドチャンピオンにはなっておきたい。


 オーナー権を半分手に入れたセイバーは、大々的にメトロズというチームによって宣伝を行っている。

 同じニューヨークにあるラッキーズは、伝統的な人気球団だが、それをどれだけ奪い取れるか、楽しみにしているらしい。

 彼女にとって金を稼ぐということは、息をするのと同じぐらいに当たり前のことであるらしい。

 なのでそれをどう使うかが、楽しみのうちなのだ。

 人生をかけて、それを行っていく。

 大介としても出来るだけ長く、野球はやっていたいものだ。




 武史が15勝目をあげたこの試合で、大介は打点を増やした。

 ただホームランは出ていない。

 それでもホームラン数はトップを走っており、調子が悪いというのはなんなのか、と大いに思われている。

 今年もおそらく、打撃部門は全て持っていく。

 打率も出塁率も、全てトップを走っている。


 これから勝負してくる相手には、もう上はいない。

 下から上がってくる者と、勝負していくことになるのだ。

 それも大介の性格からすると、バッターとしてホームラン王争いなどをするよりは、ピッチャーの個性のある球を打っていきたい。

 単純に数字と勝負するなら、過去の自分と勝負するのみだ。

 だが大介は、数字と勝負などしない人間である。


 地区は違うが同じナ・リーグに、105マイルを投げるピッチャーがまた上がってきた。

 一度目のカードでは当たらなかったが、二度目は当たるかもしれない。

 その対戦に向けて、今はまず考えている。

(まあレギュラーシーズン中はともかく、問題はポストシーズンか)

 大介の体の中の熱量は、明らかに減少している。

 それはやはり、直史の存在が大きかったからだ。


 どれだけのスタープレイヤーがいたとしても、野球というスポーツには一対一の個人競技の部分がある。

 そこで大介と戦ってくれるピッチャーが、果たしてどれだけいるか。

 単純に勝負してくれるだけではなく、大介の力をどれだけ引き出してくれるか。

 正直なところ、その高めあいがあるからこそ、大介はここまで上がってこれたのだと思う。

 それはNPB時代からも、ずっと同じである。


 大介は常に挑戦者である。

 三十路になっても常に、ただの野球小僧であるにすぎないのだ。

 だから新しい景色を見るために、どんどんと進んでいった。

 高校からプロへ、そして日本からアメリカへ。

 アメリカではあの事件がなかったら、挑戦一年目が一番成績が良かった可能性すらある。

 そして二年目以降は、直史がやってきた。

 直史は淡々と、当たり前のように勝利を積み重ねていった。

 どうにかあがいて苦しんで、ようやく一度は勝ったとしても、次にはまた上回ってくる。

 そんなピッチャーがもっとどんどんと出てこなければ、大介もここからは落ちていくだけだろう。

(タケのやつが他のチームに行っても、あんまり面白くないと思うんだよな)

 武史はとんでもないピッチャーであることは間違いない。

 だが大介とは共鳴しない。

 この道の先に誰が待っていて、何があるのか。

 大介はそれを知らない。




 甲子園が始まって、優勝候補の一角にも挙げられる、帝都一は一回戦を突破した。

 選手時代も含めて、何度も来ている甲子園だが、やはり一回戦が一番難しいと思うジンである。

 慣れている三年生であっても、これが最後の大会となる。

 また下級生であれば、初めての甲子園であったり、初めてのベンチメンバーであったりと、これまたプレッシャーが多い。


 そういえば自分の時はそんなこともなかったな、と思い出すジンである。

 セイバーは選手のプレッシャーを、上手く抜いてくれる指揮官であった。

 いやあれは指揮官と言うよりは、もっと違う何かであったか。

 強いて言うなら、プロデューサーのようなものであろうか。監督とはまた違った意識があったと思う。

(あの人みたいにはなれないなあ)

 ただジンが目指すのは、秦野のような分かりやすい勝負師とも違うのだ。


 今年の埼玉代表は、その秦野が率いている春日部光栄である。

 埼玉御三家と呼ばれる私立の強豪であるが、春季大会では一応勝っている。

 トーナメントの組み分けからも、ベスト8までは当たることはない。

 だがこちらの手の内を知っている人間が相手だと、なかなか迷うところであるのだ。


 一回戦がようやく終わっても、油断などは全く出来ない。

 だが選手たちは次からは、もっとリラックスして試合に挑めるはずだ。

 今年は充分に、頂点を狙える戦力が揃った。

 春季大会では不調であった選手も、上手く練習試合での調整に成功している。

(それでも怖いのが、夏なんだよなあ)

 とは言っても今年は、今のところ番狂わせは、さほど起こっていない。




 関東のチームで有力とされるのは、帝都一以外には前述の春日部光栄の他に、春季大会で良成績を残した、東名大相模原と、勇名館が挙げられるだろう。

 ただやはり大阪光陰は、今年も優勝候補ではある。

 帝都一は関東の強豪であるだけに、他の地方から遠征でやってくるチームも多い。

 それらと練習試合をして、どこが強いかというのはおおよそ見当がついている。


 重要なのは情報をどれだけ入手するかだ。

 プロと違って蓄積された情報は少ないが、今の時代はその気になれば、都道府県大会の試合は三つぐらい、確実に手に入れることが出来る。

 それに同じ帝都大系列から、近畿や九州、東北といったあたりも、おおよそカバーは出来ているのだ。

 これこそまさに、全国に付属校を持っている、私学の強みと言えようか。


 そして本日、二回戦が開始される。

 対戦相手は相変わらず大味な打撃戦を期待する、鹿児島代表桜島実業。

 現役時代に選手として対決はしたものだが、キャッチャーとしてはこのチームとは、もう当たりたくないと思ったものだ。

 さすがに西郷のようなバッターはいないが、チームの長打力では今年も、出場校中ナンバーワンではないかと言われている。

 ただ県大会の打率や得点力は、その県によって差があると言っていい。

 一回戦も11点を取っているので、もちろん油断してはいけない。

 しかし八点も取られているので、ハイスコアゲームにはなりそうなのだ。


 桜島のような相手には、軟投派を使っていけばいい。

 ただ桜島も、脳筋打線を脳筋なりに、バージョンアップはさせているのだ。

 アッパースイングではなく、バレルで捉えることを第一にしている。

 もちろんアッパースイングが減っているという意味ではないのだが。




 普段は先攻を取りたいな、と思っているジンであるが、この試合に限っては後攻がいいかなと思っていた。

 桜島相手に先制するというのは、あまり効果がないのである。

 むしろそこから爆発して、点の取り合いに持ち込む。

 そんな桜島に対して、まずは一回の表をどうにか抑えるのだ。


 あるいは一点ぐらいなら、別にいくらでも取り返しがきく。

 なのでサイドスローの三番手などというのを、先発に持ってきた。

 入学当初はともかく、身長が急激に伸びたことによって、ストライクが入らなくなった。

 それをどうにかしたのが、サイドスローである。

 ただこれでストレートの球速自体は落ちている。

 もっとも意外と三振は取れるのだが。


 サイドスローからのシンカーを決め球としながらも、右打者には大きなスライダーも使っていく。

 変化球主体と言うか、ストレートがナチュラルに変化しているというのが、このピッチャーの特徴なのだ。

 上を目指していくなら、サイドスローになどしない方が良かった。

 あるいは大学で改めて鍛えても、それでいいはずであったのだ。


 しかし選手も甲子園には行きたいし、そしてベンチには入りたい。

 ジンはピッチャーは全員使っていくような采配なので、一度ぐらいは登板のチャンスが出てくる。

 一回戦はエースからの継投で、終始リードして試合を終わらせることが出来た。

 だがこの桜島との試合は、継投が重要な判断となるだろう。


 軟投派のピッチャーに対して、桜島がどう対応してくるか。

 その対応が早いかどうか、また対応できるかによって、どこまで先発を引っ張っていくかが決まる。

 あるいは完投すら狙っていってもいい。

 この試合の行方を握るのは、鍛えられた内野の守備力ではないか、とジンなどは思っているのだ。


 サイドスローからのゴロを打たせるボールに、桜島はどうコンタクトしてくるか。

 上手く早打ちしてくれれば、球数を減らすことも出来るだろう。

 こういったボールの軌道が一般的なピッチャーと違うのは、短いイニングを投げるリリーフとしても、それなりに使えるのだ。

 頂点に立つために、どれだけのことが出来るか。

 まずはホームランさえ打たれなければ、それでかなり勝算が高くなってくるだろう。




 東京ドームは今日も熱気にあふれている。

 長く球界の盟主などと言われていたタイタンズであるが、時代の移り変わりと共に、その重みは軽くなってはいる。

 セ・リーグの優勝から遠ざかって、もう何年になるだろうか。

 だが今年はペナントレースもトップを走り、16年ぶりのリーグ優勝が現実味を帯びてきている。


 その理由としては、主軸の三番と四番が、今季は開幕から絶好調ということもあろう。

 三番の悟と、四番の正志。

 ただ正志は今季終了後、ポスティングでMLB挑戦なのでは、とも言われている。


 悟にしてもMLBに行かないのか、という話は出たりした。

 だが結局はFAで、タイタンズに移籍した。

 野手がMLBで成功するというのは、今でもそれなりに少ない。

 なのでこれはこれで、成功であったろうと言われている。


 大介を別とすれば、日本人野手で成功と言われるのは、体格がMLB基準に達していること。

 それも背が高いだけではなく、敏捷性を兼ね備えていなければいけない。

 パワーだけであれば、通用しないのだ。

 瞬発力があれば、大介の体格でも通用する。


 ただ悟は自分なら、おそらく通用しただろうな、と考えることはある。

 NPBとMLBの大きな違いは、そのチーム数。

 たとえばNPBであれば同じリーグのチーム相手であれば、年間に25試合の勝負がある。

 対してMLBは、同じリーグの同じ地区で19試合、そして同じリーグの違う地区で六試合から七試合。

 そして選手の入れ替わりが激しい。




 ピッチャーとバッターの、対決における特徴。

 それはおおよそ対戦が積み重なるほど、バッター側に有利になっていくということである。

 もちろん中には、特に相性のいい悪いはある。

 だが基本的に、初見はピッチャー有利なのだ。


 この事情を考えれば、同じバッターと何度も対戦しなければいけない、日本のピッチャーの方が、原則有利だということは分かるだろう。

 そして逆に日本のバッターは、対応力が求められる。

 初見のピッチャーと対決し、そして結果を残す。

 これはトーナメントで高校まで野球をしている、日本のバッターの方が有利になりうるのではないか。

 だが実際はピッチャー有利という結果が出ている。

 これはNPBを経由している弊害ではないのか。


 どのみちNPBで結果が出ていない選手がMLBに行っても、さほど活躍出来ていないという現状はある。

 特に内野手などはいまだに、大介以外にはまともに活躍した選手がいない。

 現在の織田、アレク、井口、柿谷といったあたりも外野手であるし、正志も外野手だ。

 大介だけが特別であり、それに悟が続かなかったのが、MLBへの挑戦という意味では惜しかったのか。


 他にもホームランバッターである西郷なども、ほぼファースト固定であるため、注目度は低かった。

 だが去年のWBCでは日本が完全にピッチャーも一流であったアメリカに勝っているし、このところのMLBでの主力選手に、日本人選手はかなり多い。

「アメリカってそんないいもんかね?」

 悟としては同じ高校の後輩でもある正志が、そんなにもMLBにこだわる理由がいまいち分からない。

「年俸が全然違うじゃないですか」

「そりゃそうか」

 おそらく正志の成績であると、これまでの前例からかんがみて、複数年契約で一気に20億円だとかの年俸になるだろう。

 こればかりは市場の違うNPBでは、とても競えるものではない。


 MLBは一年間で、NPB通算の年俸を稼げたりもする。

 実際に歴代の日本人で、どれだけ稼いだかのランキングを作れば、MLB経験者で上位が埋まっていく。

 その中にたった七年の稼動で、ランクインしている直史はおかしいが。

 正志は野球に対して、求道的に取り組んでいるように見えるが、現実的でもあるらしい。


 悟はどうであったか。

 今更である。MLBでバッターが成功するなら、出来るだけ早いうちに挑戦した方がいい。

 なぜなら若ければ若いほど、新たなるステージに慣れることが出来るからだ。

 日本とは違う、天然芝がそれなりに多い球場。

 使っているボールも違うので、日本のボールとは違った変化を見せてくる。

 そういったものに対応するためには、挑戦は早ければ早いほどいい。

 もっとも最初はある程度、生活やトレーニングのために金が必要になる。

 なのでNPBで活躍してから、というコースは今後も変わらないであろう。


 正志はそれこそ悟が、MLBに挑戦しなかったのが不思議ではあった。

 ただ芸能人と結婚して、奥さんもまだ芸能界で働いていたので、そのあたりの問題があったとは聞く。

 正志としてもアメリカでプレイするには、家族のフォローが絶対に必要だとは思う。

 単身赴任で成功するというのは無理だろう。それならまだ独身で行ったほうが成功の可能性は高いと思う。


 どこのチームがいいか、というのはまだ決めていない。

 だが最初はやはり、見知った顔がいるチームに行くべきだろう、とは考えている。

 すると高校時代の先輩がいるチームか、あるいはタイタンズ出身の選手がいるチームか、そこまでではなくとも日本人選手への対応に慣れたチームか。

 だがそれは、全てオフに考えること。

 今の目の前には、ペナントレースを制することが、最重要課題となっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る