第52話 縁

 野球こそわが人生、などという大げさなことは言わないが、野球をやっていて良かったなと直史が思うのは、そうでなければ知り合いもしなかった人々と、交流が出来たということである。 

 甲子園まで進めば、沖縄から北海道まで、日本中の学生がやってくる。

 もちろん野球留学をしていて、実際には違う場所からやってきている選手も多かったりするのだが。

 ワールドカップはカナダで、そしてMLBはアメリカ各所で、直史は多くの土地を巡ることになった。

 ただそれ以前の問題として、野球をやらなかったとしたら、本当に限られた範囲の交友しかなかったと思うのだ。


 その日、午前中から始まる、三回戦。

 試合よりもかなり前から、双方のチームメンバーは球場入りしている。

 出来れば星とも話してみたかった直史であるが、試合の前にそういうことをするのは良くないとなんとなく思った。


 先日北村と確認した、三里の試合。

 白富東と違って、エース格と呼べるピッチャーが確かにいた。

 本日スタジアムに入って確認すると、三里はそのエースを先発に出してきていない。

「温存というわけでもないのかな……」

 そして瑞希の持ってきたタブレットで確認し、星も勝ちに来ているな、と感じたのだ。


 白富東は打順が、一番から三番までは左打者。

 これは三里のエースが右投手なので、それを想定してのものだ。

 だがピッチング練習をしている先発は、サウスポーである。

 なるほどこれだけのために、わざわざエースを待機させたのか。

(エースの性格にもよるけど、そこはホッシーが納得させたのかな)

 星は強権的な人間ではないので、どういう説得をしたのかは興味がある。


 一方の白富東は、変に動揺などしていないだろうか。

 ピッチャーはエースばかりではなく、他のピッチャーも予想はしていたはずだ。

 なので普通に、エースより落ちるピッチャーを持ってきたと考えるなら、それで心理的な優位は保てる。

 継投をしてくるのは間違いない。

 おそらくはエースをリリーフで持ってきて、二回か三回までは、サウスポーでどうにかさせるということだろうか。

 ノックが終わり、礼が終わり、試合が始まる。

 瑞希はそれを見つつ、タブレットにつけたキーボードを叩いていた。




 指揮官の試合中の態度は、泰然自若が一番いい。

 それは負けている時も勝っている時も、チャンスの時もピンチの時も、いついかなる時でもだ。

 練習中なら士気を上げる必要はあるだろう。

 だがこと試合になっては、声を出していくのは選手たちである。


 ピンチを上手くしのいだら、あるいはチャンスを首尾よくものにしたら、その時は笑顔で迎えてやればいい。

 だが監督が諦めたり、不貞腐れたりした態度を取るのは、ショック療法としても大変に難易度が高い。

 これぐらいは計算の範囲内だ、と点差をつけられても慌てたりしない。

 まして向こうの先発が想定と違ったぐらいでは、動揺してはいけないのだ。


 北村は冷静に考える。

「エースを投入していないのは、確かなことだ」

 こちらが左打者を並べると、見抜かれたということはある。

「左右の相性はあったとしても、エースとそれ以外の力の差を考えれば、これは悪いことばかりじゃない」

 むしろエースよりは打てる、ということさえあるだろう。

 継投自体は最初から想定内であったのだ。


 先攻を取れた時点で、白富東は一歩リードしている。

 とにかく先取点を取れれば、それでいいのだ。

 先頭打者がバッターボックスに入り、いよいよ試合が始まる。




 事前に直史は、北村から作戦の相談などは受けていた。

 だが高校野球は事態が急変することが多いのが特徴だ。

 変化する状況に、いかに冷静に対応していくか。

 そのあたり野球が、メンタルスポーツと言われるゆえんである。


 スタンドから見物する直史たちであるが、それぞれの応援には100人以上は集まっているだろう。

 バックネット裏には双方の偵察班だか研究班だかが、カメラを準備して回している。

 お互いに夏に当たる可能性も大きな相手だ。

 それに自分たちのチームのデータも、しっかりと取ってあるのだろう。


 春季大会は夏に比べれば、まだしも露出が少ない。 

 それでも直史が現役の時などは、明らかにプロと分かるスカウトが、鋭い目つきで選手を見ていたものだ。

 ただ今の2チームには、プロのスカウトが注目するような選手は、一人もいないということだろう。

 直史もそう思う。


 ここで直史が見つめるのは、双方のベンチの監督たちである。

 バックネット裏からなので、少し距離はある。

 だが二人の動きなどは、しっかりと見えるのだ。


 まずは攻撃ということで、白富東のバッターから動いていく。

(相手はサウスポーだし、いきなりセーフティとかもいいかもな)

 責任のない直史は、ギャンブルなことも考える。

 しかし北村には、そこまでの飛躍した選択は取れないだろう。

 ただ選手自身が、いきなりそんなことをするとしたら、それは大きく試合を動かすことになるかもしれない。


 先発を外したことで、ほんの少しだが白富東は動揺しただろう。

 ならば失敗したとしても、いきなりの初球セーフティで、そのお返しをするべきではないか。

 だが一番は、じっくりと球を見極めていこうと思ったらしい。

 堅実でつまらない入り方で、試合は始まった。




 星は工夫の人間である。

 決して目立つ体格ではなく、むしろプロまで進んだ選手としては、小柄な部類に入るであろう。

 大学時代もさほどの活躍を見せず、それでも難しい場面で使われては、粘り強く結果を残していた。

 一応はスカウトから声をかけられたので、志望届も出したものだ。

 まさか本当に指名されるとは思っていなかった。なにせ本命の就職先は、高校の教師であったのだから。


 プロの野球選手というのは、どれもこれも化物ぞろい。

 その言葉は正しいのであるが、星は奇妙な成績を残していた。

 二軍戦で目立った成績を出すわけではないが、一軍戦でもそれなりに通用する。

 そして何よりも秀でていたのは、そのメンタルであろうか。


 強打者と対戦した時も、臆することなく、いや臆したとしても、それが体を縛ることなく、目的のコースに投げ込む強さ。

 二桁以上の勝利と、二桁以上のホールドを記録し、故障によって潔くプロから引退した星。

 そして改めて、本来の自分が目指していた、教職に就いたのである。


 経歴からすると驚きのものであろうが、星の当たりは柔らかい。

 とても名門大学からプロ入りし、それなりの活躍をした選手とは思えないものだ。

 その指導方法も柔らかく、だがそれだけに強く反発も出来ない。

 結局はその望んでいた方向に、物事が進んでいく。

 それが星の指導方法であった。




 今日の試合について、星は全く油断していない。油断など出来るはずもない。

 星は高校時代は北村とは対戦はなく、大学では同じチームの先輩であった。

 チームを牽引する選手の一人であり、プロ志望届を出すのか注目された選手でもあったのだ。

 だが星と違って迷わず、そちらの道は選択しなかった。

 同じチームに直史や武史がいたことで、プロであれと対決するのが、現実的ではないと思ったからであろう。

 星たちの前後の学年で、同じ理由でプロを諦めた人間は多い。

 そんな中で星は、諦めなかった人間なのだ。


 ここまでの白富東は、打順がコロコロと変わっているし、ピッチャーも大量に使う継投策で勝ってきた。

 それを逆に読めば、こちらのエースに合わせて左打者を多く出すかな、と星は思ったのだ。

 リスクが大きすぎるということもなく、星はこの作戦を考えた。

 エースに対する説得は、相手の打順が二巡目に入れば、交代してマウンドに立ってもらう、というものであった。


 抜いて投げることが難しい、下位打線でも出塁に集中する白富東打線。

 つまりエースが、下位打線でもあまり休めない。

 短いイニングを全力で投げてもらうため、先発は二番手以下に任せる。

 三人ぐらいはピッチャーを使って勝つことになるかな、と星は判断している。


 出来れば二回までは先発に任せたい。

 左バッターを三人も先頭から揃えるというのは、ちょっと星が想定していたより、思い切りが良すぎた。

 おかげで打率や出塁率のいいバッターが、そこそこ下位打線にもいる。

 こちらはある程度、点を取られることを覚悟していかなければいけない。

 そしてこちらからは、どれぐらいの点が取れるか。

 白富東のピッチャーは、一試合に五人以上使うこともあるため、万全の対策というのが立てにくいのだ。




 星は国立の采配の下、甲子園にも行った選手である。

 それもかなり勝って、主力である星の怪我が主な原因となって負けた。

 甲子園で勝つための嗅覚を、星はある程度備えている。

 そして彼がどうにかプロで数年通用した最大の要因は、来年のことなど考えず、目の前の試合に全てを賭けてきたからだ。

 だから20代で故障し、引退という結果にもなったのだが。


 悔いはない。

 他ではとても経験できないことを、あの数年間で学ぶことが出来た。

 そして一つの確信も得た。

 プロ野球の世界は、怪物でなくてもある程度、活躍することは出来るのだと。

 おそらくあの時代、プロ野球の二軍までも含めて、最も身体能力の低いのは、自分であったと思っている。

 それでも結果を残したのは、自分が平均値から色々と離れた選手であったからだ。


 大学の同学年であった樋口が、一番それを分かってくれていた。

 彼の口利きで大学時代の登板がなければ、星はほとんど機会にも恵まれず、さすがにドラフト指名もなかったであろう。

 つまり高校生レベルならばなおさら、何か一つの武器があれば、それを使ってチームに貢献することが出来る。

 エースと四番だけでは、高校野球は勝てないのだ。

 三里もまた守備の練習を、一番しっかりとやっている。

 ただ白富東とは、違う点が一つ。

 三里はバッティング練習で、かなりスイングスピードを上げることを意識している。


 頭を使って勝つという野球は、短期決戦のトーナメントでは重要なことだ。

 甲子園を狙えるのは夏と秋、三年間で五回しかない。

 その中でも完全にトーナメントであるのは、夏の三回だけ。

 星は短期決戦用の作戦をいくつも考えるということは、三里の選手たちには課していない。

 基本的には地力で上回って勝つのが望ましい。

 指揮官の判断が冷静で、油断さえしなければ、立て直せるのが高校野球だ。

 士気の低下だけは注意することで、ビッグイニングで心が折れないことが大事。

 この白富東戦では、かなりの策略も使っていく必要があるだろうが。

 目指すはベスト4。

 夏のためのシードを取りにいくのだ。

 



 一回の表、白富東はランナーを二人出しながらも、得点には至らなかった。

 ヒットから進塁したのだが、空いた一塁に敬遠で四番を歩かせることになったからだ。

 エースでなければ、平気でこういうことが出来る。

 直史は、星が上手くチームを掌握しているな、と思った限りである。


 ツーアウト二塁になったところで、四番を躊躇なく敬遠。

 確かに二塁ランナーには足があったし、四番は長打力はともかく、打率はかなり高かった。

 ワンヒットで先取点が取れるというところで、ピンチをさらに拡大させたように見えたが、どこでもアウトを取れるという状況を重視した。

 初回なら勝負してもいいだろうに、というのが一般的な見方であろう。

 エースが登板しているなら、その選択もあっただろう。

 だが星は、ここで無難に勝負してきた。


 結果論だが白富東は、バント代わりのゴロでランナーを進めただけである。

 そして最初にフォアボールで出したピッチャーも、最初のイニングが終わったことで、落ち着きを取り戻すだろう。

 先頭打者が出たところで、白富東はどうするべきであったか。

「送りバントは難しかったかな」

 直史はそう話すが、瑞希としては作戦までは思い至らない。

「ヒッティング!」

 真琴は積極的に攻撃、というのが正しいと思っている。

 確かにこれがMLBであったら、樋口は間違いなくヒッティングを考えていただろう。


 だがこれは高校野球だ。

 シーズンの中の一点と、トーナメントの一点では、その重さが違う。

 進塁させるのは最低限の役割であるが、送りバントは三里の守備の前には微妙。

 またこの試合は、ロースコアで終わるかもしれないが、1-0で終わる試合でもないだろう。

 どちらが正しかったのかは、直史も分からない。




 双方の攻撃でランナーは出るが、得点には至らない。

 先取点を取りたい両チームだが、どちらの優勢ともまだ分からない。

 ただ三回の表から、三里はピッチャーを代えてきた。

 エースの投入である。


 控えが上手く抑えている間に、一点も取ることが出来なかった。

 ここは白富東にとって、望ましい展開ではなかっただろう。

 先取点とはいかなくても、双方に点が入らなかったという状況。

 やや三里が有利かな、と直史は思わないでもない。


 まだ7イニングもあるのに、ここでエースを登板なのか。

 一応三里は、終盤を投げるピッチャーも用意している。

 終盤まで試合がもつれれば、三里の優位と言えよう。 

 そして三回の表、エースはリリーフとしての立ち上がり、三者凡退で白富東の打線を抑えた。

 かなり力の入った、ペース配分はあまり考えていないようなピッチングだ。


 魔の七回、という言葉があるように、ピッチャーの球威はおよそ、七回ほどで落ちてくる。

 実際に高校野球では完投したピッチャーであっても、七回から八回の失点が多くなっているのだ。

 九回が少なく見えたりするのは、九回の裏がない試合があるので、統計でそう見えるというだけである。

 それも考慮に入れれば、やはり終盤になればなるほど、ピッチャーは球威が衰えるのは当たり前だろう。


 プロではもう、六回で先発が降りるのは、当たり前のことになっている。

 あるいは五回までを投げれば、それで充分とも言われたりするのだ。

 だが高校野球では、リリーフピッチャーとの力の差が大きすぎたりする。

 つまりリリーフに任せるよりは、球威が衰えてもエースに投げさせたほうが、失点する確率は減るということだ。


 三里のエースはそれを分かっているのだろうか。

 7イニングを一人で抑えきるのは、それも白富東のような球数を投げさせるチームが相手であると、難しいのは当たり前である。

「エースの意地がどこまで通じるかな?」

 三里はここまで、かなりエースに頼った試合で勝ってきている。


 白富東の長所は、まさにそこにある。

 エースがいないがゆえに、体調や体力の消耗を考えて、負担を分散させるのだ。

 これこそまさに全員野球。

 根性論とは無縁であるが、本当のチームワークがあってこそ、成立する試合だ。




 エースを投入したのは、攻撃面にも効果が出た。

 三回の裏、白富東もピッチャーを代えているが、そこで三里が連打。

 そして送りバントを見事に決めてから、内野ゴロの間に一点。

 まだ序盤ということもあるが、ホームで刺すのを諦めて、確実にアウトを一つ取りにいった。


 観戦する直史からしても、悪い判断ではない。

 おそらく白富東の打線を考えれば、試合の終盤には三里のエースも、息が切れてくるはずだ。

 ロースコアゲームにはなるだろうが、1-0の試合にはならないであろう。

 まだランナーが残っているので、これをしっかりと抑えれば問題ない。

 そして実際、白富東は抑え切った。


 序盤の3イニングが終わって、1-0というスコア。

 緊張感のある試合に、スタンドからも声援が飛ぶ。

 白富東は前のイニングで、三者凡退している。

 ここは手段はなんでもいいから、ランナーを出して二塁まで進めておきたい。

 直史の見る限り、三里のエースは球威もコントロールもあるが、絶対に打てそうもないというほどのスペックではない。

「ここは待球策かな?」

「試合の終盤に向けて?」

 直史の呟きに、瑞希は問いかける。

 確かにここは、まだ試合のターニングポイントではない。

 これまでの試合を見てきても、三里はそれなりにピッチャーを交代させるのだ。


 白富東の打線や守備が、いかに集中力を保っていけるか、

 この試合の肝はそこになるであろう。




 白富東も三里も、ロースコアゲームが得意なところは共通している。

 それは高校野球らしく、守備をしっかりと鍛えていれば、よほど打撃の強力なチーム以外は、五点以内には抑えられるからだ。

 ただ五回が終了してグラウンド整備が入り、まだ1-0というスコアは変わらない。

 これは両チーム共に、つまり勝っている三里であっても、計算外のことである。


 1-0の試合というのは、終盤にエラーが出やすいのだ。

 なぜかと言うとそれもメンタルの問題で、エラーからの得点機会が、重要なものだと思われるからだ。

 実際に九回ツーアウトからエラー、という例は確かにある。

 だが別にそのシーンに限らず、エラーなどはいつでも起こりうるのだ。

 ただそれが記憶されるのは、重要な場面であるからだ。


「おとーさんのチーム、負ける?」

「いや、ここからだろうな」

 相手のエースも既に一巡は経験しているので、ここからが逆転の機会となるだろう。

 それは北村も星も、分かっていることのはずだ。


 六回の表、白富東は先頭打者の出塁に成功。

 ヒットではなく、粘った末のフォアボールであった。

 さすがにここで追いついておきたいと、北村も考えているかもしれない。

 送りバントを仕掛けてくるだろうか。

「打てー!」

 真琴の言葉が聞こえたわけでもなかろうに、バッターはミートしてセンター前にボールを運ぶ。

 これで無死一二塁の、絶好のチャンスが巡ってきた。


 野球というスポーツはおおよそ、二回か三回は得点のチャンスが巡ってくるスポーツだ。

 直史がそれを言うと、また例のごとく「お前が言うな」がネットの海に氾濫するのだが。

 ここで確実に一点は取らなければ、心理的にも三里が有利になる。

 高校生のメンタルであれば、一度傾いた天秤は、そうそう戻せるものではない。


 そこで北村の選択したのは、送りバントであった。

 見事に送りバントを決めて、これでワンナウト二三塁。

 ダブルプレイになる可能性も低い状況に持ち込んだ。

「地味にしっかりしてるなあ」

 直史は感心するが、白富東はバッティング練習の最初に、まずバントの練習をするのだ。

 案外バントというのは、必要な場面でも失敗することが多い。




 かくしてほぼ確実に一点は手に入るだろうというシチュエーション。

 これを防ぐには、三振か内野フライ、かなり浅めの外野フライぐらいしかない。

 しかし三里のバックは、前進守備を取らない。

 内野は定位置で、外野はやや後退。

 一点までは仕方がない、という体勢となっている。


 ベンチの星からは、外野に向かってもサインが出ている。

 おそらくこれは、まず確実にワンナウトは取るというものと、二点目を防ぐというのとを、後者に重きを置いているのだろう。

 直史としては、自分が指揮官であったらどうするか、を考える。

 そして全く思いつかない。自分が指揮官であったらという以前に、自分が投げていたら、という想像になってしまうからだ。


 そもそも直史が投げていれば、こんな状況にはならないものだ。

 フォアボールでランナーを出したりはしないし、その後のランナーにヒットを許すこともない。

 自分で経験したことが、ほとんどないために適切な選択が出来ない。

 直史の意外な欠点である。


 白富東の攻撃は、ここはヒッティングであろう。

 そもそもスクイズというのは、失敗の確率もかなり高いのだ。

 そして失敗というのは即ち、三塁ランナーを殺してしまうということになる。

 普通にヒッティングして、ゴロを打たせた方がいいであろう。

「右方向狙いか」

「叩きつける!」

 どうやら真琴も、この場面の選択を理解しているらしい。


 バッターは特に緊張もなく、予想通りにボールをダウンスイングで叩きつけることに成功した。

 そのボールは高く跳ねて、定位置のセカンドがジャンプしてキャッチする。

 三塁ランナーはそのままホームへ走りこみ、無事にセーフ。

 そして三里は確実性を重視し、一塁でランナーをアウトにした。

 二塁ランナーは三塁へ進み、まだチャンスはなくなっていない。

 ただツーアウトからでは、かなり得点のパターンも限られる。




 1-1とスコアは追いつき、ツーアウトながらランナーはまだ三塁。

 ここで上手く相手を揺さぶるにはどうすればいいか。

「足があるならセーフティバントのふりを見せてもいいんだけどな」

 残念、現在のバッターボックスに立つのは、鈍足の選手である。


 クリーンヒットを打てば、それでも逆転打、というこの場面。 

 しかし三里も、エースを投げさせているだけはある。

 続くバッターをボール球で空振り三振に取る。

 こういったところで、フルカウントからボール球を投げられると、バッターは振らなければいけないと思ってしまう。


 そこはカットして、チャンスをつなぐべきであった。

 白富東は今、相手のエースの球数を、増やすことを戦術とも戦略ともしているのであるから。

 ようやく1-1と追いついたが、逆に考えればこのチャンスで、一点しか取れなかったわけである。

 それを双方のチームが、どう認識していることか。


 三里がここで三者凡退でもすれば、勢いは白富東側に傾く。

 重要なのは再び突き放すことまでは出来なくても、その勢いが傾くのを防ぐことなのだ。

(ようやく面白くなってきたなあ)

「頑張れー!」

 真琴の声援が、マウンドの三人目のピッチャーにまで届いた。

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