第45話 春近し

 春というのはこういう季節だったな、と直史は今更ながら思い出してくる。

 この数年はフロリダで過ごすことが多く、徐々に暖かくなっていく気候とは無縁であったからだ。

 体を芯から冷やす寒さが、どんどんと和らいでいく。

 高校野球ならもうすぐ練習試合も解禁だな、と思いつつ、プロ野球でもオープン戦が始まってくる。


 直史は今年、レックスの臨時コーチを頼まれている。

 正直なところ、いいですよと安易に決めてしまったな、と今では思っている。

 だがアマチュア指導資格の回復によって、今後は頼まれることはない。

 しかしそれも春以降となる予定だが。


 オープン戦の様子を、日本のチャンネルではそれなりに放送している。

 だがMLBのスプリングトレーニングまでは、さすがに注目されることは少ない。

 それでも大介と武史は、順調に調整を行っているようである。

 メトロズは日本人選手が三人も活躍しているから、日本でも注目度は高い。

 直史が抜けたアナハイムは、それでもまだ樋口とアレクがいるが、これからはどうなるか分からない。


 日本に戻ってはきたが、直史の心はまだ、アメリカに残っている気がする。

 この五年間はそういう生活だったので、無理もないことなのだろうが。

 思えば日本には二年だけで、アメリカには五年もいたのだ。

 こんな割合でプロ生活を過ごした選手は、他にはいないであろう。

 もしも故障していなかったらというのは、そもそもの約束があるので成立しない過程である。

 しかし多くのファンは、ずっと想像し続けるのだろう。

 もしも直史が、故障していなかったらと。それは今までの多くの、短く輝いた名選手に言えることだ。

 七年間を、最も鮮烈に生きた。

 大介もたいがいセンセーショナルな生き方をしているが、直史の場合はそれに、奇妙さが付け加わっている。




 神宮にやってくるのは久しぶりの直史である。

 もう同年代の選手も、かなりは引退してしまっている。

 引退してもコーチになっている選手などもいて、たとえば村岡は守備コーチになっていたりする。

 肝心な場面でのやらかしがあったが、基本的に村岡の守備失策率は低い。

 現役の晩年になっても終盤の守備固めの場面や、代打などでの出場はあったのだ。

 もうすぐ40歳にもなるがコーチとしては若手であり、まだまだ元気であったりする。


 直史がコーチを頼まれたのは、もちろんバッテリーの方である。

 ユニフォームはないのでジャージ姿で現れた直史を、同じプロ野球選手でさえ、二度見して確認する。

 そのほっそりとした体躯は、テレビなどと現実の目視とでは、かなり印象が変わるのだ。

 これで150km/hを投げていたのか、と不思議に思う者もいるだろう。


 高卒でプロ入りした中で、直史と同年代のピッチャーとなると、金原が現役である。

 彼もFA権獲得の前後に故障があり、MLB挑戦を断念した一人だ。

 先発として投げる場合と、リリーフで投げる場合があり、100勝は軽く突破したが、おそらく200勝には届かない。

 こういった超ベテランに対して、直史が言うことは何もない。


 直史が期待されたのは、まだ若手のピッチャーたちである。

 特に高卒で獲得した、育成枠の二人のピッチャーだ。

 とにかくスピードはあるのだが、コントロールが微妙である。

 それでも地方大会でぽんぽんと、三振を奪っていたのが印象に残ったらしい。

 レックスは基本的に、あまり育成は取らない球団である。

 この間の番組では言わなかったが、直史は育成枠というのも、微妙な存在だなと思っている。

 自分だったら絶対にそんな選択はしないが、野球で食っていくということに、夢があるのであろう。

 そのあたり直史は、現実に確実な保証があったため、プロの世界に飛び込めたとも言える。


 そんな直史も目から見て、果たして二人のボールはどうであったのか。

「この二人ひょっとして、バッティングも良かったんじゃないですか?」

 直史に問われたのは、二人を拾ってきたレックスのスカウトだ。鉄也ではない。

「二人とも東北のエリアでね。確かにチームでは四番でピッチャーだった」

 野球というのは基本的に、高校生までは一番才能がある選手は、ピッチャーをするものなのだ。

 アレクなども公式戦で投げたし、大介が投げたこともある。

 ただ全国区の甲子園ともなると、ピッチャーとしての根本的な才能が関わってくる。

 だが奪三振能力に優れたピッチャーというのは、ロマンではあるのだ。


 直史のいなかった間に、レックスの設備も新しくなっている。

 野球は分析のスポーツであるが、その中でもっとも分析が重要なのは、ピッチングだと直史は思っている。

 バッティングの分析を軽視するわけではないが、バッティングはまず相手のピッチャーが、どういう球を投げてくるかというところから、その分析が始まるのだ。

 なので順番的に、まずピッチャーの分析から始まるのだ。


「体が少し硬いんじゃないかなあ……」

 190cmを超える長身選手の方は、直史にはそう見える。

 二軍キャンプでも特筆した結果を残したわけではなく、一軍に合流ということはなかった。

 高卒で育成から取っているのだから、今年はまだ体作りでいいのではないか。

 むしろこれなら、大学野球かノンプロの道はなかったのか。

 直史の選手を見る視点は、厳しいものがあった。




 佐藤直史というピッチャーは、同時代のプロ野球選手と比べた場合、身体能力ではむしろ平均以下であったりする。

 だがそれでもストレートは最速150km/hオーバーであり、これはNPBなら充分な球速と言えた。

 もっとも直史としては、球速は重要な要素ではない、ということになるのだが。


 直史のピッチングフォームを詳細に分析すると、己の力の97%をしっかりと、ボールに伝わるように投げている。

 これは一流のメジャーリーガーのピッチャーでも、90%をようやく超えるかというぐらいであるので、それだけ力のロスがないのである。

 もっとも直史はその選手生活の最晩年には、さらにその常識をも打ち破った。

 力はいかに使うかが重要であって、最大限に使う必要はないのだ。

 ストレートでも何種類も投げ分ければ、充分に棒玉のストレートでも意味がある。

 それが直史の考え方だ。


 そして直史は自分の目よりも、機械による計測を信頼する。

 自分自身に関しては、機械よりも自分の感覚を信頼するのだが。

「コントロールはこんなに悪かったんですか?」

「元々ムラはあったが、ずっと悪いということはなかったな」

 直史はトレーナーたちと一緒に、解析動画を見ている。

 それから高校時代にスカウトの撮影した画像と見比べる。

「……フォームが微妙に変わってるかな? 今のピッチングコーチは……」

 二軍の一年目ピッチングコーチの名前を聞いて、直史はため息をついた。


 名選手が名監督になるとは限らない。

 同じことは名選手が名コーチになるとは限らないとも言えるのだ。

 感性型選手はコーチになっても、技術を言語化出来ないので、人を育てられない、などと言われたりもする。

 だがそれは正しくはない。感性型でも間違ってさえいなければ、上手くトレーナーがそれを伝えるなり、あるいはピッチャーも感性型であれば、上手くはまることもあるのだ。


 現在の二軍のピッチングコーチは、理論派のコーチであった。

 理論派と言うと、誰にでも共通の強化事項を見出し、適正なフォームを発見することが出来る、などと普通は思うかもしれない。

 だが直史は理論派であっても、あまり信用してはいけないことを知っている。

 MLBのコーチやトレーナーを見ても分かるのだが、あちらは本当にピッチャーに数人のトレーナーがつき、分析をするのだ。


 大前提として、コントロールの悪いピッチャーは使えない。

 そしてフォームにまだ安定感がない。

「もう少しデータを取らないと分からないかな」

 そう言いつつも直史は、おおよそこの問題については解決したと思っていた。




 佐藤直史という選手は、成績を見たらはっきりと分かるのだが、野球史上に残るレジェンドである。

 そんな人間がマスクを被って、ブルペンキャッチャーのすぐ後ろに立つ。

 より自分の球をしっかり見るためなのだろうが、それでも緊張する。

 巨体から投げ下ろすピッチングを、直史はまた少しだけ見た。

 それからマウンドに近寄って、緊張したピッチャーに話しかける。

「高校時代から、コントロールが悪化してるのは分かってるかな?」

「はい、けれどそれはフォームを固めている途中だから」

「それ、一度忘れよう」

 今年に入って新人合同自主トレからここまで、二ヶ月以上をかけてきた新しいフォームへの調整。

 それを完全に直史は否定したのだ。


 少し困ったような顔をする直史に、新人はこれまた困った顔をする。

 直史としては何も分からない新人に、いきなり上から言うのは厳しいと思う。

 だが育成で入ってきたような選手は、その心理状態までしっかり、把握しておかないといけないのだ。

「二軍の紅白戦でも、ぽんぽん長打を打たれてるね」

「……はい」

「打たれてるコースはどこか分かるかな?」

「コントロールを意識しすぎた低めと、それが浮いてしまった高めです」

「高校時代は力のあるストレートで空振りを取って、カッターでカウントを稼いでいた、と」

「はい、そうです」

「コーチからどうフォームを変えるように言われた?」

「身長を活かして、ボールに角度をつけて上から投げ込もうと」

 直史の予想通りである。


 根本的に間違っている。

 MLBの常識が、NPBにやってくるには、数年間の時差がある。

 そしてコーチ一年目という二軍の投手コーチは、それまでスカウトを数年間やってきていた。

 現場からは離れていたのだ。

「私の言うとおりにすれば、少なくともコントロールはよくなるけど、どうする?」

 臨時コーチの直史が、彼をずっと指導することは出来ない。

 そして直史の言っていることは、現在のコーチの言葉に反するものとなる。


 ここがプロとアマチュアの、精神の違いだ。

 己の選択に、己で責任を持たなければいけない。

 そしてコーチの言葉に反して、己を通す自分への自信。

 それがなければ結局は、何をどう選べばいいのかも分からない。

 育成選手にとってプロのコーチの言葉というのは、絶対的なものがある。

 おそらく新人合同自主トレではフリーバッティング対決などをして、ぽんぽんと打たれたのだろう。

 そんな自信が喪失したところに、一応は筋の通った理屈を聞かされれば、それにすがりつきたくなるのも無理はない。

 さて、この選手はどうだろう。

 直史は彼の迷いを、しばらくは黙って眺めていた。




 直史の指摘に従うのか、それともコーチの指示通りにフォームを新しく固めるのか。

 ぶっちゃけ直史としても、後者で結果が出ないとは限らないと思っている。

 技術が大きくものをいうスポーツにおいて、正解への道は一つとは限らないし、遠回りが実は一番近かった、ということもありえる。

 そして遠回りしたからこそ、より遠くへと到達できた、ということも充分にありうるのだ。

 直史の中学時代の苦労などは、その例の一つであろう。


「すみません、お話だけでも聞かせてもらっていいですか?」

「いいよ」

 プロ野球選手に必要なのは、常に疑問を持つことだ。

 たとえ話す相手が、完全なるレジェンドであったとしても。

 直史の軽い返答に、むしろあちらの方が驚いたようである。


 直史の指摘というのは簡単に言うと、フォームを戻してしまえ、ということである。

 一度ブルペンからクラブハウスに移動し、モニターやホワイトボードを用意する。

「君が高校時代に三振を取れていた理由は、球速もあるがリリースポイントも関係しているんだ」

 スカウトが撮影していた、高校時代のフォームと、現在の改造中のフォーム。

 それをスローで再生すれば、わずかながら違いは見えてくる。

「高い場所で低めに投げ込もうとして、ボールが浮いてしまっている。それを打たれるのを避けるために際どいところを狙ってゾーンを外す。これが今の君の状態」

 完全にその通りなので、何も反論の余地はない。

「高校時代はリリースポイントが低いから、そこからゾーンに投げられた場合、より地面と平行に近い軌道を取る」

 ホワイトボードにはその平行に近い線を引く。

「大して上から投げ込むのは、角度がついてしまって審判もボール判定しやすくなってしまう」

 カーブが明らかにゾーンを通っているのに、ボールと判定されるのと同じ理屈だ。


 ここからはデータにないが、推測は出来る。

「君は高校時代、三振を取れなかったときでも、フライを打たせることが多かったんじゃないかな?」

「はい、内野フライは多かったです」

「それがこの理屈だな。投げ下ろすとそのボールは、比較的ゴロになるから、これも間違いではない。けれど今はアッパースイング全盛の時代だから、低めに投げても掬われてホームランとかないかい?」

「その通りなんです」

 やはり選択肢を、現時点では間違っているようだ。


 直史の指摘は完全に正しいと、トレーナーなども思っている。

 だが今年から新任のピッチングコーチに遠慮して、発言できていない。

 そういう人間関係がややこしいんだな、と想像する程度には、直史も人間である。

 しかしコーチの自己満足のために、若手が潰れるのを見逃してはいけないだろう。




「今の私が言ったのは、あくまでも君の今までのピッチングを元にして、さらに上を目指すためのものだ。ただ今は体作りに専念するなら、完全にスタイルを変えるのも悪くはない」

 直史は違うが、基本的にピッチャーというのは、三振を奪えるのが偉いピッチャーなのである。

 よって本来ならば、奪三振率が高かった、前のフォームに戻すほうがいい。

 実際に今は、ゴロを打たせるはずのフォームにしていて、長打を打たれているのだから。


 ブルペンに戻ってきた直史は、彼に対して前のフォームで投げてみることを勧める。

 二軍のピッチングコーチが睨んできているが、今後の人間関係に響かないのが、臨時コーチのいいところである。

「試しに投げてみなさい」

 ボールを受け取ったピッチャーは、それまでとは違った感じで、ボールを投げた。

 動きの躍動感が、これまでとは違う。

 やはりこちらの方が、彼の肉体には合っているのだろう。


 コーチは基本的に、修正するタイプと伸ばすタイプがいる。

 修正するタイプが悪いわけではない。負荷の高い投げ方をしていれば、いずれは故障してしまうからだ。

 だが今回の場合は、おそらくこちらの方が正しい。

 経歴を見るに、ピッチングの指導については、それほど専門的なことは学んでいない。

 その上で今のスタイルにたどり着いたのだから、体がそれを望んでいると思えるのだ。


 合理的だから、とフォームを矯正する。

 それが逆に、非合理である場合がある。

 人間の体はそれぞれ、別のものであるからだ。

 もちろん最低限共通している、という部分もそれなりに多いが。


 ただこれだけであれば、ピッチングコーチと対立する可能性がある。

 そうなった時でも最悪、試合でチャンスをもらえるように、道をつけておかなければいけない。

 直史などはチームが勝てばよく、自分の出番にはこだわらなかった時代が長かった。

 だが高校一年の夏からは、基本的にチームの最大戦力は直史であった。

 大学時代も、使いたければ使えというスタンスであった。

 そこで結果を残したからこそ、使われ続けたという歴史がある。


 二軍の監督やコーチ陣の力関係は、普通ならば監督が一番強い。

 だが専門的なことに関しては、それぞれのコーチの発言権が強かったりはする。

 もっとも幸いなことに、今のコーチはまだコーチとしての実績がない。

 なので監督が使うとなれば、そちらにさえ話を通していればいい。

 それでもこの一年目などは、やはり体作りがメインになるだろうが。


 股関節をもっと柔らかくして、深く低いところから投げられるようになれば、さらに奪三振能力は上がるだろう。

 また投げるのもオーバーすローより、スリークォーターにやや傾けた方がいいかもしれない。

 そのあたりの相談に、二軍のコーチは乗ってくれるだろうか。

 現役時代はサイドスローであったので、専門分野では頼りになるかもしれないのだが。




 一人だけを見て、それで終わりというはずもない。

 主に二軍の若手に、直史は指導していく。

 もっとも二軍であっても、調整のために落ちている、という選手もいる。

 そういったものには、積極的に教えたりはしない。


 直史の教えを乞いたいもう一人の育成選手は、対照的に背が低かった。

 おそらく170cmちょっとであり、プロ野球の平均からはかなり下ではあろう。

 こちらも体格からは想像できないが、三振を奪うスタイルが地方大会で注目されていた。

 結局は甲子園には届かなかったのだが。


 球速にしても、それほど速くはない。140km/h台半ばのストレートが、決め球である。

 ただこのストレートが決め球になる理由も、先ほどとは似たようなものである。

 低い位置からリリースすることにより、ボールの軌道はホップするように見える。

 入団後に計測してみれば、回転数がかなり高かったのだ。


 こちらはフリーバッティングでも、ある程度は通用していた。

 だが長いイニングを投げさせると、終盤に捕まってしまうのだ。

 短いイニングは投げられて、奪三振能力があり、ストレートで勝負する。

 完全なリリーフ向けのピッチャーであろう。


 球種はストレートとスプリット、そしてスライダー。

 あと一つ何か、変化球があればどうだろうか。

「カーブはどうかな?」

「カーブですか」

 スプリットもスライダーも、あまり球速差がない。

 それは見極めがつきにくいのでいいことでもあるのだが、しかし緩急を使うピッチングが出来ていないことを意味する。


 別にチェンジアップでもいいのだ。

 重要なのは本当に、緩急という選択肢を入れるだけで。

「カーブを投げる時に必要なのは、上手くボールを抜くという感覚」

 マウンドに立ってブルペンのキャッチャーに向かって、直史はほとんど上半身だけの力で投げた。

 球速は全く出ないが、このスローカーブはキャッチャーのミットのど真ん中に来まる。

 本当にこの人は故障で引退したのか、という視線を浴びせられる直史。

 よせやい。




 直史が現役時代、一番得意とした変化球は何か。

 一応はカーブであろう。

 一応などと言われてしまうのは、その場面によって使う変化球が違うため、一つに絞るなど出来なかったからだ。

 決め球として使われることが多かったのはスルー。

 だがストレートでフライを打たせるというのも、相当に多かった。


 そう、ストレートを活かすために、カーブは必要なのである。

 他の全てのボールは、ストレートでさえも、落ちていくボールである。

 だがカーブの回転は、あえて落とすものなのだ。

 このカーブの落差を上手く使うと、バッターの目に錯覚が出来る。

 なのでストレートを活かすのに、一番いい変化球はカーブ、だと直史は考えている。


 とは言っても実際には、ピッチャーによって向いている変化球というのは変わる。

 だがこの小さなピッチャーは、今の球種では先発は出来ないであろう。

 カーブを投げることによって、抜いた球を投げられるようになった時、球数を減らすピッチングが出来るようになる。

 そこでようやく、先発への道が開けるだろう。


 直史は先発至上主義者ではない。

 実際に高校から大学、そしてNPBにMLBと、リリーフで投げていることがある。

 特にMLBでは、たったの二ヶ月で25セーブを記録した。

 これほど先発にもリリーフにも適性のあるピッチャーは、そうそう現れることはないだろう。


 先発で投げる上で大事なのは、どれだけ抜いて投げるかだ。

 変化球ばかりを使って、ゴロを打たせるというのも、充分に選択肢には入れるべきだ。

 結局のところ長く選手生活を送ろうとするなら、球数は減らすのが大前提なのである。

 そんな直史は一試合あたりの球数は少なくても、投げる試合がとにかく多い。

 それで勝ってしまうのだから、周囲から見れば訳が分からないのだ。




 二軍のピッチャーのボールを、半日ほどかけて直史は見ていった。

 レックスは直史がいた頃は、完全に投手王国と言われていた。

 佐藤兄弟、金原、佐竹あたりが先発の柱で、リリーフからクローザーまで、勝利の方程式が決まっていた。

 また樋口がいたため、よりピッチャーを育てることが出来ていた。

 しかし今のレックスはもう、かなり変わってしまっている。

 星のようなピッチャーが役目を果たしてくれていたのが、やはり黄金期ではあったのだろう。


 昨年は四位のBクラスで、今年はポストシーズン進出を目指す。

 だが今のレックスはバランス方ではあるが、外国人選手の当たり外れによって、その年の成績が左右されることが多い。

 一時期のレックスは本当に、ドラフトで獲得した選手が、大いに花開いたものであった。

 だが今ではスカウトの目による隠し玉というのが、なかなか出てこないのだ。

 この東北から引っ張ってきた育成二人とは、まさにその隠し玉なのだろう。

 もっとも球団の資金力があれば、育成でどんどんと選手を試していけるのだが。


 直史が思うに、今のレックスは戦力の更新が、上手くいっていないのだ。

 もちろんスター選手がそれなりに長く、チームの顔になっているのはいい。

 だがどんなスーパースターも、いずれは衰えて輝きを失い、この舞台からは去っていく。

 引退してようやく、直史はそれに気づいたと言っていいだろう。

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