第17話 巽淑妃(美娘)side


 陛下がお帰りになった。

 私に『勅命』を言い放って。断る事は決して出来ない命令。私から杏樹に伝えるべきなのでしょうね。杏樹には自由に生きて欲しいと願っていたというのに……。妃付きの侍女として連れてきた事が悔やまれるわ。


 

 

 

「杏樹がいない?」


「はい。昼餉を終えられた後は何時ものように書庫に行くと仰って出て行かれたのですが、書庫にはおられませんでした。菓子の準備が整いましたのでお呼びしに行ったのですが……どこにも杏樹様の姿がなく。方法に手をまわして探しているのですが……」


「見つかっていないのね」


「……はい。申し訳ございません」


 夏葉の額には汗が滲んでいた……それに呼吸も若干乱れている。今まで走り回ってくれていたのね。


「ここは後宮。外には出られないわ」


「ですが、淑妃様。この後宮は何かと血なまぐさい事件が多発しております。先日亡くなられた尚美人の件もございます」


「……杏樹がここ最近何かを探っていたのは知っているけれど……まさか、例の事件を調べていたという事は考えられないかしら?」


「それは!」


「もし、そうなら協力者がいる筈だわ。いいえ、杏樹が協力者になっているんだわ。それも後宮の内部に詳しい者。内侍省の誰かかもしれないわね。もしかすると陛下はその事を知っていて杏樹を保護しようとしていたのではないかしら……それなら辻褄があうわ。問題は、陛下が保護を考える程に杏樹の身に危険が迫っているという事ね」


「淑妃様、杏樹様の後宮での御立場は一介の侍女のままでございます」


「杏樹を巽家の三女だと公表しなさい」


「……宜しいのですか?」


「構いません。全ての責任は私が取ります」


「畏まりました」


 巽家の娘だと分かれば犯人も迂闊な真似はできない筈だわ。

 後宮での嫌な噂は聞いてはいたけれど、まさか杏樹が狙われる事になるなんて思いもしなかった。淑妃である私の傍近くにいれば安全だと考えていたけれど、どうやら読み間違えてしまったようだわ。

 後宮から杏樹を連れ出す事は不可能に近い。けれど、何らかの方法で連れ出されたらもはや手立てはない。


 ここは陛下の情けに縋るしか方法がない……。

 


 



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