第16話 巽淑妃(美娘)side

 困った事になってしまったわ。

 何故か皇帝陛下が杏樹を自分付きの侍女にしたいと言ってきた。


「一体何処で杏樹を見初めたというのかしら?」


「淑妃様……陛下が杏樹様を見初めたというのは早計ではありませんか」


「夏葉、それ以外に考えられないわ」


 私付きの侍女と分かった上で召し上げたいというのだから「侍妾じしょう」にするつもりなのでしょう。


「陛下は……その……御存知なのでしょうか」


「杏樹が巽家の三女だという事は知らせしていないわ。それが、まさかこんな事態になるなんて」


 妹とは知らせていない。と言うよりも、わざわざ知らせる必要はなかった。そのような取り決めは元々ないのだから。杏樹の身分を隠していたのは、あの子が穏やかに過ごせるためのもの。巽家の三女だと公表すればあらぬ誤解を招いてしまいかねなかったから。それが仇になるなんて思いもしなかった。


「如何なさいますか」


「断るしかないでしょう。皇帝付きの侍女になってしまえば何時手を出されるか分かったものではないわ!」


 そんな事は絶対に許さない。

 杏樹を皇帝の妾になどさせないわ。

 例え陛下であろうとも杏樹には指一本触れさせはしない!


「大丈夫でしょうか?」


「私は杏樹を『正室』以外に嫁がせる気は毛頭ありません。その他大勢の『側室』や慰め者に過ぎない『妾』など以ての外!! 断じて許しません。陛下には私直々に断りの文を出します。二度とこのような愚かな事を話題に出さないようにさせなければ!!」


 夏葉は随分と心配していたけれど、こういう事ははっきりとさせておかなければ後々の憂いになるのよ。曖昧な態度では杏樹を守り切れない。


 断りの文を陛下に送って以降、暫くは何事もなく過ごせた けれど、陛下は諦めてはいなかった。


 



 

 

 数日後――


 

「淑妃よ、そちの処には随分と美しい花杏樹が居るそうだな」


「まぁ……陛下。美しい花は後宮には何百、何千と咲き誇っておいでですわ」


「いやいや、その中でも特に珍しい花が淑妃の庭に咲いている」


「さて?どの様な花でしょう?私の庭には季節を問わず様々な花が咲き乱れておりますので……」


 惚けておくしか無いわ。まさかこんな早く杏樹の事を突き止められるとは思ってもいなかったもの。どう切り抜けるべきか……。何か策は無いかしら。


「独り占めはいけないと思わないか。その花を朕にも見せてくれないか」

 

「陛下……」


 この場に居ないとはいえ皇帝に杏樹を見せる訳にはいかないわ。それにしてもどうしたらいいのかしら。

 

「おや、どうかしたかな?顔色が悪いぞ。淑妃とも在ろうものが体調でも悪いのではないか?」

 

 白々しい事を仰る。陛下は一体何を企んでいるのかしら。

 

「いえ、大丈夫ですわ。少し気分が悪くなりました故、御前失礼致しますわ」

 

 一刻も早くその場を離れようと立ち上がろうとした時だった。陛下は私の手首を掴み、そのまま腕を引き抱き寄せてきた。抵抗しようとしたものの強い力で引き寄せられて身動きが取れずそのまま陛下の腕の中に収まってしまった。

 

「意地悪はいけないな。勅命をくだす。そなたの愛しい花は本日をもって『才人』といたす。これは命令だ」

 

 はっ!?

 一体どういう事なのかしら。まさかこんな事になるなんて思いも寄らなかったわ! 一体どうしてこうなったというの?

 

「陛下……一体何故このような仕打ちをするのです!」


 皇帝陛下に抗議を申し立てたものの一向に聞き入れてもらえず、挙げ句の果てに『勅命』を下されてしまった。これでは杏樹を助けるどころか逆に窮地に追い込んでしまったようなものだわ。

 そしてもう一つ気掛かりなのは皇帝が放った言葉。


 才人――

 

 それは遥か昔に廃止された位。

 皇帝陛下はそれを復活させようとしていた。


 何を考えていらっしゃるの!?






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