レコメンド・オーダー

 「みんなから聞いたよ? あと少しで全員説得出来そうなんだってね」


 お互いの距離感の把握が済んだのか、俺とナルの会話は当初の停滞具合が嘘に思えるほど滞りなく弾む。

 サクのように陽キャ過ぎず、ツチちゃんのように隠キャ過ぎない、絶妙な性格のナルとの語らいは、お世辞ではなく心地良いものだった。


 「サクも説得出来たし、あとはナルと大雷さん――だな」

 「ほほぅ、厄介なのが残りましたなぁ」


 下校時間のピークが落ち着いた谷間の時間帯、バスの待合室は閑散としていて、寂れた造りの室内に俺とナルの声が響く。


 「え、大雷さんはともかく――ナルも厄介なの?」

 「さぁ、どうでしょうかねぇ」


 ニヤニヤと口を歪めて、俺をからかうナル。

 言葉や表情とは裏腹に、不快感を感じさせない態度は本人の性格に起因するものなのだろう。交わす会話の一つ一つが小気味いいテンポで形を成していく。


 「八雲は見るからに鈍感そうだからなぁ」

 「唐突な悪口」

 「私が何を考えてるか、なんてのも分からないでしょ」


 言い放つナルの顔を注視してみるも、薄い微笑みを貼り付けたポーカーフェイスから読み取れる情報は、皆無に等しかった。

 整った目鼻立ち、大きく形の良い双眸は、見つめていると吸い込まれてしまいそうだ。

 むつみの容姿が魅力的であると改めて感じるくらいで、気恥ずかしさで目を逸らしかけてしまう。

 苦し紛れに捻り出したセリフは、自分でもどうかと思うチョイスだった。


 「俺と話してると楽しい――とか」

 「えっ」

 「……当たりだ?」

 「過剰な自己評価に感情が迷子になっちゃった。お巡りさん、ここです。ていうかこの人です」

 「ドサマギで通報されてるんだが。事案扱いなの?」


 確かに自己陶酔が極まった発言だったと猛省する。でも通報は勘弁してくれ。

 お巡りさん、俺は無実です。


 「はい時間切れ。正解は『クレープってやつを食べてみたい』でした」

 「俺は神様じゃないからさ、読心術は専門外なんだわ」

 「女の子を的確にエスコートすることで将来的に習得できる技術――脱・独身術」

 「かっけぇ……けど別に上手くはない」

 「何だって? やんのかコラ」


 バチバチ――と小さく雷が轟き、ナルの髪の毛が逆立つ。

 俺はドキリとして平身低頭、謝罪に徹する。


 「なんてな、嘘だよ。ウィットに富んだ実に秀逸な表現だった。マジ神っす。否、マジ雷神っす」


 彼女自身笑いながらの行動だったため、おふざけレベルの威嚇だと気づきはしたが、どうにもクロの一件でトラウマが刻まれているのは疑いようがなかった。

 それに遊馬さんが準備してくれた卯槌だって俺を守ってくれるはずだし。

 ……今の今まで忘れていたのは内緒だ。


 「ってことで、私はここに行ってみたい」


 ナルは自分のスマホを手際よく操作して、地図アプリの画面を俺に見せつけてくる。

 表示されていた地点は、この辺で一番大きなハブ駅として認知されている場所だった。


 「ちょっくら回り道――ってか帰り道とは逆方向だが……ご希望に沿おうじゃないか」

 「寄り道と道草こそが、学生の醍醐味ってね」

 「なんか名言っぽいな」

 「今私が作った。後世に伝えても良いよ」


 遊馬さんのアパートとは別方向のバスに揺られ、俺とナルはお目当ての駅へと到着する。

 流石に地元とは違う市の中心部。そびえる建物の高さも、行き交う人々の数も桁が違う。

 人込みに不慣れであろうナルとはぐれてはマズいと思い、俺は彼女の右手を握る。

 初めは驚いて照れた様子を見せていたが、やがて空いた左手でスマホを使って店までのナビゲーションをしてくれた。


 辿り着いたクレープ屋は、繁華街に位置する雑居ビルの一階に店を構えていた。平日だというのに学生風の客でそこそこの列を成している。


 「オスとメスのつがいが多い」

 「つがいって言うな」

 「私と八雲も、そう見られてたりするのかな」

 「……かもな」


 顔を綻ばせたナルが、繋いだ手に力を込めてくる。

 目的地に辿り着いた訳だから、手を繋ぐ必要性はないのかもしれない。

 それでも彼女が手を離そうとしないのであれば、俺としても従うのはやぶさかではなかった。

 言い訳染みた自己弁護を並べている内に、列が消化し俺たちの順番が回ってくる。


 「ねえ八雲、おススメは?」

 「初めての店だから断定は出来ないけど……チョコ系にイチゴやバナナなら外れないんじゃないか」

 「保守的なチョイス……言い方を変えれば面白味のない安定志向」

 「アドバイスに返答しただけなのに、正面きってディスられる不憫さったらないな」


 俺もナルも初見で冒険する気概はなく、結局イチゴチョコクリームというベタかつベターな選択に落ち着いた。


 冬の風を浴びながらクレープを頬張るのは苦行に近い行為のため、駅ビル内に設置された手頃なベンチに腰を下ろす。

 しばらく無言でクレープを咀嚼していたナルが、驚嘆の声を漏らした。


 「話には聞いてたけど……クレープ、ここまで美味しいとは……!」

 「そうかい。ご満足頂けたようで何よりだよ」

 「……私のワガママ聞いてくれてありがとね、八雲」


 僅かばかりの照れを滲ませながら、ナルがお礼を述べた。赤く染まった頬は、冷たい外気温に起因するものではないはずだ。

 駅構内の喧騒にも似たざわつきが、胸の内を満たしていく。

 言語化できない感情から逃げるようにして、俺はクレープを大仰に頬張る。口の中に広がる暴力的なまでの甘さは、舌触りの良い麻酔に思えたのだった。


 「あはは、八雲ってばがっつき過ぎでしょ」


 ナルが楽し気に笑いながら、俺の鼻を人差し指でなぞる。ほっそりとした長い指に付着した生クリームを、彼女は舐めとる。


 「――――甘い」


 小首を傾げて微笑む彼女の姿を見た瞬間、先ほどまでのざわつきが一層大きくなっていく。


 むつみの体を取り戻す為に身を投じたネゴシエーションの日々の中で、俺は幾人もの雷神たちと相対してきた。

 目まぐるしく変化する人格に比例して、俺自身も忙しなく心を動かされ続けたのは言うまでもない。

 命の危険を感じたり、からかい過多で赤面したり、突飛な言動に振り回されたり、ぐうの音も出ない程に打ちのめされたりもした。


 でも。

 それでも。

 俺の胸中を支配しているのは、これまで雷神に抱いたどの感情とも違っていて。


 ――この感情は……何だ?

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