シリアスっぽく決める流れだったから

 バス車内での質疑応答は残念ながら時間切れを迎えたため、仕方なく仕切り直しとなった。

 昼休みのランチを屋上で――食べるのは流石に時期的に厳しいので、扉一枚隔てた踊り場で済ませ、今は食後のトークを屋上で交わしている。風はなく日差しも温かく照り付けているため、長居しなければ凍える心配もなさそうだ。


 「……サク、朝の話の続きだけどさ」

 「大雷が人間を好きになったことがあるんじゃね? ってヤツね。んー……ぶっちゃけ分からん」


 フェンスを掴んで揺らしながら、サクが言う。カシャン、と軽やかな音が屋上に小さく響く。


 「言うまでもなくアタシたちってさ、途方もない年月を生きてきてる訳よ。年がら年中一緒にはいないし、数十年、数百年単位で顔合わせないことだってザラだしね。だから、その間何処で何をしてたかなんて分かんなけりゃ、敢えて聞くような関係でもないし」

 「……そっか」


 早々に答えに辿り着けるとは思っていなかったので、サクの返答によるダメージは想像よりも小さかった。

 人間と古の神、同様のスケールで比較し考えようとするのも、お門違いだろうか。


 「あの大雷が人間とラブとか、想像しただけでウケんだけど。なんか理由でもあるん?」

 「……八色雷神とのネゴシエーションも終盤に差し掛かっててさ、ラスボス的な大雷さんを崩そうと、あれこれ策を練ってる訳だ。さっきの質問もその一つだよ」


 確証はない。けれど俺の中で組み上げた推論が間違いでなければ、彼女は過去に人間と恋に落ちた経験がある――はずだ。

 俺に向けられた言葉はどれも刺々しくて、初めは胸を痛めるばかりだったが、大雷さんはずっと俺に対してヒントを与えてくれていたようにも感じる。

 厳しい口調でコーティングしていたのは、あの人なりの照れ隠しなのかもしれない。

 推論の根幹を成す事柄である以上、確証が得られれば大雷さんからの質問に胸を張って返答できる……のに。

 一点、その一点だけが途方もなく遠かった。

 まさか本人に聞けないし、もしそんな真似をしたら消し炭にされそうだ。


 「人間を好きになる――か」


 ボソリ、と独り言に近い声量でサクが呟いた。

 反応するべきか否か俺が惑っていると、彼女の方から尋ねてくる。


 「……八雲っちはさ、神様と人間の恋ってどう思う?」

 「どう――って言われても。抽象的過ぎて分かんねぇよ」

 「んじゃ二択で言うね? 上手くいくか、いかないか」


 神様と人間の恋――か。

 神話や昔話を紐解けば、その手の話はゴロゴロ転がっている。

 偏見に凝り固まった意見を口にするならば、ほとんどが悲恋直結のバッドエンドだ。

 住む世界が違えば、常識もルールもしきたりも――何もかも。とりわけ日本は周囲の顔色を窺う前倣え主義で、異端な存在を徹底的に排除しようとする。

 身分違いの恋がまかり通る土壌は、皆無といっても過言ではないだろう。


 「冷たいようだけど――上手くいくとは思えないな」

 「…………」

 「でも――神様でも人間でもさ、相手を想う気持ちに変わりはないよな。容姿や身分が違っても、不定形で不変なもの――それが愛ってもんじゃないのか」


 神様でも、人間でも。

 お互いを愛しく想い、一緒にいたいと願う気持ちがあれば、自身の立ち位置など些末な問題なのかもしれない。

 サクは口を開けて固まったまま何も言おうとせず、時間が流れていく。

 程なくして発した言葉は――


 「想像以上にクッサい発言が飛び出して、聞いてるアタシの方がハズかった……」

 「いやヒドくない!? 割と良いこと言ったつもりだったんだけど!」


 裏切られた気分でサクを睨みつけてみれば、人の気も知らずに大口を開けて笑っている。

 ちくしょう、今のはシリアスっぽく決める流れだったじゃないか。

 唯一の救いは、遊馬さんやツチちゃんがこの場にいなかったこと。やつらが同席していたら、確実に向こう一週間は弄り倒されるに決まっている。


 「いやー、ゴメンゴメン。人に虐待されて人間不信になった猫みたいな目ぇしないでよ」

 「…………」


 死角から予期せぬ弄りをされた俺の心は、完全に野生に帰っていた。サクを見る目はさぞかし不審に塗れているのだろう。


 「……やっぱり八雲っちは八雲っちだなぁ」


 ヘラリと困ったようにサクが笑う。

 俺の先ほどの醜態がツボった訳ではないだろうが、何に由来する笑みなのかは判断がつかなかった。

 すると予鈴のチャイムが鳴り、昼休み終了を告げ始める。


 「やば。教室戻るぜぃ、八雲っち」

 「お、おう」


 軽やかな声で告げるサクに促され、屋上の入り口である鉄扉まで駆け足で急ぐ様は、とても青春っぽくて俺は少し感動していた。

 扉を閉めようと後ろ手でドアノブを掴んだ瞬間、数メートル先にいるサクが呟いた。


 「……あのさ」


 サクの声――には違いないはずなのに、今まで耳にしたものとは全く違う、か細くて泣き出してしまいそうな声色。

 問い掛ける俺の声も、自然と弱々しくなる。


 「どう――した?」


 目に飛び込んできたサクの表情を形容する言葉が、俺には浮かばなかった。

 笑っているのか、泣いているのか、怒っているのか、どれでもない複雑な煌めき。


 「…………ん、何でもない」


 キィィィ――バタン!

 鉄扉が重苦しい音と一緒に閉じる。

 光源がなくなった踊り場は、ひどく暗い。

 故に――今サクがどんな表情を浮かべているのか、分からない。

 俺の脳内を埋め尽くしていく疑問符を掻き消すくらいに、サクの床を蹴る音が軽快に響く。


 「教室まで競争ねー、負けたらジュース驕りってことで」

 「ちょ、いきなりそれは卑怯だろ! おいサク!」


 既にサクの姿は廊下の角を曲がって見えなくなっていた。

 別ルートで階段を下りれば、逆転の可能性はあるが――職員室の延長線上にあるため、教師との遭遇率が格段に上昇する。

 どうするか――と下らない思考を巡らせる頭の片隅で、俺はサクの言葉を反芻していた。


 あの『何でもない』に似た言葉を、俺はどこかで耳にした気がする。

 一体どこで――

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