ラスト、二人

 週が明けた月曜日。

 今にも雪が降り出しそうな薄曇りの中、寒さに顔をしかめてバス停まで足を運ぶ俺を待っていたのは、久しぶりの雷神だった。


 「おっすー八雲っち。なんか久しぶりじゃね?」

 「確かにそうだな、おはようサク」


 ヘラヘラと軽妙な笑顔のサク。今更ながら彼女が表に出ている際は若干ではあるが、制服のスカート丈が短い気が。普通であれば気づかないギリギリのライン、しかし俺には分かる。

 ……いや、待ってほしい。違うんだ、まるで俺が常時スカート丈の長さに熱視線を注いでいる変態みたいじゃないか。ただ単に、寒い中でもオシャレに気を遣う根性が凄いなと思っただけなんです。本当ですよ?


 「……八雲っちの視線からやらしい波動を感じる」

 「へぁ!? ししし失敬だな、そんなに足を露出して寒くないのかとあくまでも紳士的な目線で見守っていただけで、やらしい気持ちなんて微塵もなく――」

 「黙ってりゃ良いのに言っちゃうもんなぁ、そういうトコがマジで八雲っちだわ」

 「マジで八雲っちかぁ……」


 確実に広辞苑には載ってないサク用語。

 意味を知りたいような知りたくないような。ほぼ確実に良い意味では無いと推測出来てしまうのが悲しいところ。


 「でも実際問題、寒くないのか? 雷神様である前に蛇神様でもある訳だし、寒いのは苦手だろ?」


 神様であっても基本的な特徴は蛇と大差ないと、遊馬さんのアパート初訪問時に確認している。

 あの時は遊馬さんが煙草の匂いでそれを証明してくれた。ホノさんも心底嫌がっていたし。単純にアパートの散らかり具合に顔をしかめていただけの可能性も……あり得るけれど。


 「確かに寒いのは苦手だけどさー、よく言うじゃん? オシャレは我慢だって」

 「言うけどさ……」

 「それにスカートは短い方が、八雲っち的には嬉しいんじゃね?」


 サクはニヤニヤしながら、スカートの裾を摘んで持ち上げる。

 白い太ももが一層露わになって、俺は目を背けそうになってしまう。

 目を背け「そうに」なってしまう。


 「お、おいサク――そういうのは、よくないと思うな、うん」

 「とか言いつつ目は離さない矛盾」

 「サクが魅力的だから仕方ないよな……」

 「このタイミングで褒めても薄っぺら過ぎるっしょ」


 サクの手の平の上で、良いように転がされている感が否めない。

 他の雷神たちと違い男のツボを意図的に的確に穿ってくる節があり、なかなかに侮れないのだ。

 手玉に取られている度で言えば、サクは上位にランクインする気がする。後は誰だろう――大雷さんとクロも接戦だ。

 逆はチョロ雷ことツチちゃんで決まりなんだけれど。彼女は本当に良いリアクションをしてくれる。


 「でもマジであんまり――」

 「……八雲っちに喜んで貰いたかっただけだし」

 「……えっ」


 唇を尖らせていじけるサクの姿に、俺は少しドキッとしてしまう。

 しかし敵もさるもの、即座にカウンターを食らわせてくる。


 「とかなんとか言って、戸惑う八雲っちの顔が見たかったのが本音」

 「おい」


 顔を綻ばせて、ケラケラと笑い転げるサクは実に楽しそうだった。

 朝イチのテンションとは思えない快活さに、俺も毒気を抜かれてしまい苦笑を返す。

 ウダウダと取り留めもない会話を続けている内に、重低音を響かせながらバスが到着する。

 乗り込んだ車内は温度センサーがイカれているのでは、と思うほどに暖房が効いていて、座席に身を預けただけで眠りに落ちそうになってしまう。


 弛緩していく思考を無理やりに奮い立たせ、現状を整理する。

 残るネゴシエーションは三人。

 大雷、鳴雷――そして、右隣りでスマホをいじる析雷もそうである。


 振り返ってみれば、サクとは早い段階から顔を合わせているのに、未だ踏み込んだ会話を出来ていない。

 やたらと勘の鋭い相手である以上、迂闊な会話の運びは避けたいところ。それとない切り口で上手く誘導していって――


 「どしたん八雲っち? なんかムズかしい顔してんね?」

 「え……」


 比喩表現ではなく、ゾクリとした。

 スマホと睨めっこをしていたはずのサクの顔が、すぐ近くにあったのだ。目と鼻の先、バスが大きく揺れればキスしてしまいそうな距離で。

 驚きと衝撃のダブルパンチで、手札から切ろうとしていたカードたちは、一切合切宙に舞い、拾い上げるタイミングを失ってしまう。


 「わかった、アレっしょ? まだアタシを説得出来てないって思ってんじゃん?」

 「――っ、ああ……バレてたか……」


 不敵な笑みを貼り付けたサクに先手を取られ続ける俺は、ひたすら頷くしかなかった。


 「あはは、言ってくれれば協力すんのにー。大雷のバカみたいに話の分かんないオンナじゃないかんね、アタシは」

 「え、あ、マジで?」


 拍子抜けと、肩透かし。思ってもみない返答に、間抜けな声が零れてしまう。

 アッサリと六人目のネゴシエーションが幕を閉じ、残るは二人となる。

 湧き上がってくる高揚感が胸を満たしていたが、ひと呼吸おいて俺はサクへと話し掛けた。焦らず、ゆっくりと。


 「なあサク――ちょっと聞きたいんだけど」

 「なんじゃらほい」

 「――先に謝らせてくれ……俺はまた、別の雷神の話を切り出そうとしてる。何なら無視してくれても構わない」


 以前の轍を踏まないよう、慎重に歩みを進めていく。

 屋上でサクに凄まれた時はビビり散らかしていたものである。

 面食らって数秒フリーズしたサクは、しばらくして嬉しそうに頬を緩めた。


 「八雲っちってば律儀。良いよー、言ってみんさい」

 「サクと大雷さんって仲悪いのか?」

 「えー、別に悪くはないけど良くもないって感じかな?」

 「そっか……もし知ってたらなんだけど――大雷さんって、過去に人間を好きになったことがあるんじゃないか?」

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