どうした、鳩が豆大福を食らったような顔をして

 厚い雲がミルフィーユのように重なった日曜日の昼下がり、遊馬さんから召集を受けた俺は、寒さに体を震わせながらも指定された場所へと向かう。

 送られてきた住所を元に辿り着いたのは、遊馬さんのアパートからバス停一個分くらい離れた場所にある和風喫茶だった。


 古民家を改装した造りの店内は、パーテーションと長めの暖簾で区切られたテーブル席が並んでいて、意識の高さと上品さをひしひしと感じる。

 連絡をくれたのは遊馬さんでも、店をチョイスしたのが彼女ではないということは確実だろう。何故なら酒の取り扱いがなさそうだから。

 俺が到着した頃には既に二人の姿があった。


 「すみません、遅くなりました」

 「いきなり呼び出して御免なさいね、八雲くん。進捗の纏めと今後について話しておきたくて」

 「いえいえ。どうせ暇ですし、一度話し合っておくには良いタイミングだと思います。それにしても――素敵なお店ですよね。ホノさんチョイスですか?」

 「ふふ、前からちょっと気になってて……一度来てみたかったの」


 ニットのカーディガンの袖で、口元を隠して笑うホノさん。暖色系のロングスカートを合わせた割とカジュアルめなコーディネイトは、むつみの私服だと推測出来るが、ホノさんが着ているだけで大人っぽさが三倍増しになる。不思議だ。


 「八雲くん、店のチョイスが私の提案によるものだという可能性も」

 「アルコールが提供されないのに? もしそうなら遊馬さんまで雷神に憑りつかれたのかと身構えてしまいますね」

 「こりゃまた辛辣な」

 「日頃の言動が如何に大事か、よく分かりますよね」


 割とオサレ度高めの店だというのに、スウェットにパーカーといったラフにも程がある装いの遊馬さん。それでも変に浮かないのは、元々が整った顔立ちをしているからだろうか。美人ってズルい。

 血液の代わりに、アルコールが体内を循環しているようなダメ人間なのにな。

 酒好きかつ世捨て人的な雰囲気は、人間社会に順応してきた雷神たちと比べ、遊馬さんの方が神様っぽい雰囲気すら感じてしまう。

 メニューを流し見して各々オーダーを済ませると、遊馬さんが切り出した。


 「さて――早速だが本題に入ろうか。まずは八雲くんも忘れているであろう、あの件について」

 「あの件?」

 「オオカムヅミ――桃の件だよ」

 「あ」


 そうだ。

 むつみの体から、八色雷神を追い出す為に必要なのは内と外、大きく分けて二つ。

 内からの働きかけとして、俺は雷神たちとネゴシエーションの日々を繰り広げてきた訳だが、夢中になるあまり外からの働きかけに必要なオオカムヅミ――桃についてはすっかり忘れてしまっていた。

 遊馬さんに一任したは良いものの、状況確認すら抜け落ちていたのは実にお恥ずかしい話で。


 「すみません……完全に忘れてました」

 「別に良いさ、元から私の担当だった訳だしね」


 イザナギが神話の中で、イザナミと八色雷神から逃げる際に桃の実を投げつけて難を逃れた事から、遊馬さんはむつみの体を取り戻す為に有効だと推測した。前例など当然ないし、史実に則ったプランでしかないが、何よりもホノさんが賛同してくれているので間違いはないはずだ。

 しかし桃の旬は夏であるため、冬も真っ只中に入手するのは難しいと踏んでいた。なおかつ神話と同じ効力を望むのであれば、加工品は不可と縛りも付いている。


 「桃の入手について進展があったってことですか」

 「ああ、近年の栽培技術の進化と、ネットの進歩に感謝だね。時に八雲くん、桃の産地と聞いてどこを思い浮かべるかな?」


 運ばれてきた白玉クリームあんみつと抹茶のセットを受け取りつつ、遊馬さんが質問してくる。


 「桃の産地ですか……山梨、とか?」

 「ほほう、なるほど。百点だ――地理のテストならね。でも桃と言えばあの土地を忘れちゃいけない」


 俺は以前、遊馬さんと交わした会話を思い返す。

 そうだ、確か――


 「桃太郎――岡山ですね」

 「正解。やるじゃないか八雲くん、私の講釈がしっかりと血肉になっているようだね」

 「はは……お褒めに預かり光栄です」


 割とストレートに褒められてしまったので、少し気恥ずかしい。

 厚手で口が広い茶碗に注がれた抹茶で喉を潤しながら、遊馬さんの言葉を待つ。


 「何でも岡山には冬桃ふゆももと呼ばれる、十二月に収穫が行われる桃が存在するらしい……ちょっとお高いけどね」

 「……おいくら程ですか?」

 「ズバリ、一個で千円くらいするらしい」

 「……マジすか」


 本来であれば季節外れの品だし、イレギュラーな値段には目を瞑るしかないだろう。むつみの体を取り戻す為なら、痛くも痒くもない。


 「いわゆる晩生種おくてしゅ、というものでね。八重奏オクテットの雷神に挑む奥手おくてな君にはピッタリじゃないか」

 「駄洒落じゃないですか」

 「前にも言っただろう? 日本の文化や風習なんてものは、ほとんどが駄洒落や当て字やこじ付けで成り立っているんだよ」


 相変わらず民俗学を学ぶ大学生とは思えない発言をする遊馬さん。いやむしろ、学問を深く学んでいるからこそ辿り着いた結論だと言われれば、こちらとしては黙るしかないのだけれど。

 駄洒落や当て字にこじ付け……か。確かに日本の文化や風習は、その手の言葉遊びが散りばめられている気が――

 

 不意に、俺の頭に雷にも似た衝撃が走る。

 ちょっと待て。

 まさか、まさか。

 記憶のデータフォルダをスマホのようにスワイプしていくと、辿り着く一つの会話。

 神社以来、初めて交わした大雷さんとの会話だ。


 八色雷神がむつみに憑りついた理由。

 答えは俺自身で辿り着かなければならない――と大雷さんは言い、イザナギとイザナミの神話にも言及した。


 雷神たちとのやり取りを経て、俺は過去の自分の愚かさとダメさ加減を見つめ直すこととなり、僅かながら変われた自覚はある。だからこそ――気づけた。

 今までの俺の言動、イザナギとイザナミの神話、八色雷神、むつみのこと、そして今しがた遊馬さんと交わした会話。


 バラバラに散らばっていたピースが、一つ二つと加速度的に組み上がっていく。

 だが、まだ結論を出すには早計だ。現段階では俺の想像の域を出ないし、決定付ける為には歴史のお勉強と八色雷神について知る必要がある。


 「……八雲くん、どうした? 鳩が豆大福を食らったような顔をして」

 「俺の知ってる鳩は甘味に舌鼓は打ちませんね……ちょっと考え事をしてました、すみません」


 遊馬さんは首を傾げつつ、あんみつに向き直って頬張り始めた。

 俺は忘れない内にお願いをしておく事にする。


 「遊馬さん、イザナギとイザナミの神話について調べたいんで、何冊か本を貸して頂けます?」


 神社での出来事から二か月が経とうとしている。

 俺とむつみの、ヘビィで八重奏な恋物語にも次第に、ゆっくりと――終わりが近づいてきていた。

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