双眸に覇気はなく、雰囲気はダウナー

 季節の巡りは早いもので、波乱の十一月が過ぎ今は十二月。吹き付ける風は冷たく、澄んだ空気は冬としての実力を大仰にアピールしてくる。

 上がり切らない朝の気温に体を震わせ、日差しよ途切れるなと胸中で呟きながら歩を進める。日陰に入ったり雲で太陽が隠れたりすると、三倍増しで寒さを感じてしまう法則が発動している。


 白い息を吐きながら待ち合わせのバス停に辿り着くと、むつみの姿をした雷神が先に待っていた。今日は誰だろうか、とちょっとしたクイズを脳内で繰り広げながら、挨拶を切り出す。


 「おっす、おはよう」

 「……おはよう」

 「今日も寒いよな、すっかり冬だ」

 「……うん」


 おっと。会話のキャッチボールが続かない。

 ブレザーの下にパーカーを着込み、首にはチェックのマフラーを巻いた防寒使用の装いから、あまりの寒さに会話が億劫なのかと推測したが、そんな津軽弁の成り立ちみたいな理由があってたまるかと思い留まる。

 となると、次に有力なのは――


 「……もしかしなくても、初めて合う雷神かな?」

 「……うん、伏雷ふしいかづち。よろしく」

 「ああ、よろしく。それにしても暖かそうだな、その格好」

 「……うん」

 「…………」

 「…………」


 なるほど、こういうパターンか。

 ホノさん曰く、何を考えているか分からないとのことだった。恐らくは口数が少なすぎて真意も感情も読み取れないタイプと見た。


 マフラーで顔半分は窺えないが、露わになっている双眸は覇気がなく、今にも眠りに落ちそうな気配すら漂っている。


 立ち上るダウナーな雰囲気には若干の見覚えがあり、俺の記憶が確かならばあの日神社で最初に登場した大雷さんの次に出てきたのが、伏雷だったと思う。

 ホノさんの話ぶりからするに、意思疎通が図りづらいだけで危険はないはず。しかし自慢ではないが俺だってコミュニケーション能力に長けた性格ではない。

 むしろツチちゃんと一緒に『過去の自分と決別しましょうキャンペーン』に絶賛邁進中の隠キャなのだ。


 雷神たちののネゴシエーションを経て少しずつ、自分の性格にも変化が訪れた自覚はありはしても、いざ口数の少ない相手を前にして会話をリード出来る程の研鑽を積めたか、と問われれば断じて否である。

 つらつらと考えた所で、まずは正攻法で挑むしかない。俺は意を決して伏雷に話し掛けてみる。


 「バスまでまだ少しあるから、伏雷のこと教えてくれよ」

 「…………」

 「人間の世界は初めてなのかな? 何か見てみたいものとか行ってみたいところ、食べてみたいものとかあったりするかな?」

 「…………」


 ジャブめいたクエスチョンを軽く投げてみたものの、手ごたえは皆無に近かった。

 ひょっとして第一印象が最悪で無視を決め込まれているのか、とネガティブ思考に苛まれそうになるも、どうやらそれは無さそうだ。


 質問を投げ掛けられた伏雷は、挙動不審になりながら必死に答えを考えているようにも見えた。瞳をひっきりなしにバシャバシャ泳がせている姿は、少し身に覚えがある。キャパオーバーの質問を延々と続けられた時の俺だ。


 ここはツチちゃんとの交渉で学んだ経験を生かす時かもしれない。

 同じ属性と対峙した際には、己が掛けられて嬉しい言葉を用いるのだ。

 伏雷に対する応対での最適解は――ステイ。ひたすら待つしかない。

 追加の質問や『俺だったら何々かなぁ』といった解答例を挙げたりすれば、この手のタイプは確実に、忖度そんたく気味のお利口な意見を準備してしまう。


 本心を隠した会話のやり取りは、もはやコミュニケーションとは呼べはしない。気長に待つしか方法は無いのだ。

 たっぷりと一分ほどの待ち時間を経て、伏雷がボソボソと答えた。


 「……まだ……よく分かんない」

 「そっか、んじゃ気長に探そうぜ」

 「…………」


 声には出さず、コクリと頷く伏雷。

 程なくしてバスがやって来て、俺と彼女は乗り込む。

 今日も乗客はまばらで、席は空き放題。廃線間近なのでは、と運営会社の行く先を案じてしまうが、余計なお世話かもしれない。


 ボックス席に身を預ける俺と伏雷。

 窓際の彼女は初めてのバスにテンションが上がっているのだろうか、ガラスにへばりついたまま、こちらに目もくれず流れていく景色に没頭している。

 微笑ましい光景ではあったけれど、俺の心に去来したのは針の先ほどの僅かな懸念だった。


 曲がりなりにも今までのネゴシエーションは、俺の心の内を残さず曝けして雷神たちと心を通わせてきた。

 ところが伏雷とは会話での交流が容易ではなさそうだ。仮に打ち解けられたとしても、相当な時間を要してしまうのでは。


 つらつらと、らしくもない真面目な考え事をしている内に、降りるバス停の名前がアナウンスされる。

 降車ボタンを押そうと手を伸ばす俺だったが、伏雷に叩き落されてしまう。


 「おい、伏雷……?」


 戸惑う俺に向かって彼女は言う。


 「……やだ、降りたくない」


 短く、消え入りそうなボリュームでも。俺は伏雷の気持ちが込められた言葉を、初めて耳にした気がした。

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