見た目は一緒でも
雷神たちの入れ替わりの主導権は、表の人格が持っているらしい。つまり他の雷神たちがどれだけ内側から圧力を掛けようとも、強制的に入れ替わることはない――とはホノさんの言である。
曲者だらけの八色雷神――基本的にフロントマンは一番の常識人かつ友好的なホノさんが務めることになった。
では常にホノさんが表に出ていれば良いのでは、と安直な結論に至りそうになってしまうが、そうは問屋が卸さない。
朝の一件のようにホノさんの負担が尋常ではないし、加えて雷神たちの性質上、
ホノさんは全面的に雷神たちのコントロールを請け負うと言ってくれたが、一度表に出た人格に対しては内側から干渉が不可能なため、一番気を遣うのは学校で過ごす人格の選出だろう。
未だ人間としての生活に慣れ親しんでいない八色雷神たち――その中でも、学校生活を問題なく送れるだろうとホノさんのお墨付きを得たのは――
「八雲っちテンション低くない?」
「いや……別に」
四番目の雷神、
神社でのドタバタ以降ずっとホノさんが表に出てきていたため、安心感が半端ではなかった。しかし一度彼女が引っ込んでしまうと途端に不安が顔を覗かせる。
ホノさんの采配に間違いはないだろうと信用はしているものの、俺は生きた心地がしなかった。
が、しかし。
ホノさんの代わりに出現した析雷は思いの外フランクで接しやすく、バスの乗り降りも問題なくこなして俺を驚かせた。
今は二人で並んで高校までの道を歩いているのだが、敬語を使うなとか自分を『サク』と呼べとか、俺を『八雲っち』と呼び始めたりで、まるで同級生の女子と会話をしているのではと錯覚するくらいには違和感がない。
「テンションなんて言い回し、どこで覚えたんだ……」
「火雷に聞いてない? アタシたちは別に、人間の文化に触れずに生きてきた訳じゃないって。皆それぞれ気に入った喋り方があるんじゃね?」
「……そっか」
何だろうこれ。
見た目はむつみなのに、漂うギャル感。ホノさんとはまた違った変化っぷりに戸惑うばかりの俺である。
本人が意識しているのか無意識なのか、パーソナルスペースが近いし、やたらと俺を見つめてくるし、何か良い匂いがするし。
「……サク、前見て歩かないと危ないぞ」
「あっは。アタシの心配してくれてる? 八雲っちは優しいなぁ。ひょっとして見つめられて照れちゃってるとか?」
「…………」
「図星っしょ? かーわーいーいー」
うりうりと左肘で俺を小突いてくるサクはとても楽しそうで、俺としても嫌な気分ではないのが非常に複雑だった。
もしかしなくても、むつみともこんな距離感で話せたら――などと女々しくも情けない理想を抱いているのではと、自分自身に嫌気が差しそうになってしまう。
「んー? 八雲っちさぁ」
「どうした」
「なーんか心ここに有らずっていうか、別な女のこと考えてない?」
鋭すぎるサクの指摘に、俺は閉口してしまう。げに恐るべきは女の勘といったところか。
「蛇は執念深くて嫉妬深いんだぞぅ? そんなにノリ悪いと、説得になんて応じてやんないかんなー?」
「わ、悪かったよ。だからその――」
「あはは、超焦ってんじゃん。ウケる」
ケラケラと楽し気に笑うサクの笑顔は、ホノさんのものともまた違っていたし、言うまでもなく、むつみのものとも違う。
それにしても蛇は執念深くて嫉妬深い――か。
蛇を半殺しにすると祟られる……とは民間信仰のお約束、人間の感情や欲望を表した『七つの大罪』でも『嫉妬』は蛇と関連付けられ、海蛇の姿をしたリヴァイアサンとして描かれることもある――とは遊馬さんからの受け売りだ。
文化を超えて尚も引き合いに出される性質が、こうも似通っているのは偶然ではないのだろうし、蛇の本質を良く捉えているとも言えるのかもしれなかった。
「――他の雷神たちがどうなのか、詳しくは知らないけどさ。人間として人間の姿で、人間と触れ合うってのは……アタシは初めてなんだよね。だから――今が凄い楽しい」
今までのチャラい雰囲気は一気に消え失せ、俺に笑みを見せるサクの顔は晴れやかだった。
が――どこか陰りを感じる不思議で複雑なものに俺の瞳には映る。
「サク……」
「つまりアタシの初めては八雲っち」
「……サク、言い方に注意しようか。他意はなくても俺の命が脅かされる可能性がある」
今までとは違い、むつみと意図的に距離を置くのも難しい現状、必然的に一緒になる機会は増えるだろうと覚悟はしている。
だが誤解を招く発言は深川八雲の立ち位置、ひいては存在そのものにトドメを刺しかねない。
サクの発言が無自覚なものなら今の内に正しておかねばならないし、自覚的なものなら更に問題で、何としてでも矯正しておく必要がある。
「えー、事実じゃん? ガッコで言いふらそうと思ってたのに」
「言いふらすって言っちゃってんじゃねぇか、絶対やめろよ」
「アタシ知ってるよ、『振り』ってヤツっしょ?」
「違うっつの!」
ラーニングしなくても良いムダ知識を吸収あそばされた雷神様だった。厄介が過ぎる。しかし逆に言えば、本筋から外れた枝葉にまで手を伸ばす余裕があったということでもあるのか。
ギャアギャアと騒がしい通学路。俺が望んだか否かは別として、久しく味わっていなかった感覚のようにも思う。
「――あ、そうだ。俺と二人だけの時はともかく、周りに人がいる時は『八雲っち』ってのは控えろよ? あとギャルっぽい喋り方も」
「何でだし、気に入ってんのに」
「『八重垣むつみ』は割かし有名人なんだよ。気にし過ぎかもしれないが、余計な綻びは可能な限り見せたくない。サクならある程度の演じ分けも問題ないだろ? まだ出会って間もないけどさ、ここまでの会話でそれを確信した」
人間社会での基本となるルールに加え、ユーモアやからかいとしての会話のエッセンスも違和感なく繰り出してくる。ホノさんとはまた別ベクトルで馴染んでいるからだ。
更に――先ほどまでの会話の中に、サクとの交渉の仕方のヒントが散らばっていた。付け焼刃とはいえ、利用しない手はない。
サクは一瞬真顔になり、やがて嬉しそうに綻ばせる。
「あーあ、そんな絡め手を使うなんてズルくない? 『愛しのむつみちゃんの為にー』とか言い出してたらヘソ曲げるトコだったよ。形だけだとしても、アタシを信頼する素振りを見せられたら――キュンと来ちゃうじゃん」
ベロリ、と蛇のように舌を出すサク。
むつみ本人の舌の長さなんて詳細に知る由もないけれど、目の前のそれは常人よりも明らかに長く――二倍はなくとも近い値には違いない。
雷神たちが憑りついた事によって、肉体的な変化は見られないと思っていたが、舌の長さは唯一とも言える変化だった。
「やるじゃん八雲っち。しょーがないからお願いを聞いてあげるよ」
非公式とはいえ、初となるネゴシエーションの真似事は、どうやら上手くいったようだった。
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