ファナティックなクラスメイト

 予想通りというべきか、サクの擬態っぷりは見事なもので、懸念していたチャラめのオーラを上手いこと隠し、朝一の挨拶を始め世間話の類も男子女子ともに分け隔てなく交わしていた。

 幼い頃からむつみを見続けてきた俺の目から見ても、違和感など数える程……少しストーカー染みた物言いになってしまったのは勘弁して貰いたい。


 二時間目の古文、定年間近のおじいちゃん教師が唱える睡眠効果を付与した全体攻撃を、何とか乗り切った俺が自席でだらけていると、サクが現れる。

 さり気なく周囲の人の有無を確認している手際の良さにも、感服してしまう。


 「おっす、だいぶお疲れじゃん?」

 「眠気と必死に戦いつつ、辛くも勝利を収めたところだからな」

 「授業くらい真面目に受けろし」

 「まさか雷神様に諭されるとは夢にも思わなかったよ……もしかして俺は夢の中にいたりして」

 「あっはっは、知らねー!」


 サクは口を開けて楽しそうに笑いつつ、右手で俺の脇腹を突いてくる。

 会話のラリーを二、三回繰り返したタイミングで、むつみと仲の良い女子が声を掛けてきた。


 「むつみー、ちょっといい?」

 「ん、ちょっと待って――それじゃね、『八雲』」


 まるでスイッチが切り替わったかのように、サクは雰囲気と声色を瞬時に変えて応対する。同じ爬虫類、カメレオンのお株を奪う変幻自在っぷりだった。あの演技力はオスカーも狙えるかもしれない。


 「いやいやいや、それにしても八雲くん」 「今の今まで八重垣さんとは微妙な感じでの交流だったのに」 「ここ最近の急接近はどういう訳だ?」 「まさかアレか、敢えて距離を取ることで愛しさと切なさを募らせる策士的演出――」 「外道なり」 「外道だな」 「でも、もしコツとかあったら――」 「聞いてあげないことも、ないんだからねっ?」


 わらわらと級友たちの群れが現れ、逃げる間もなく取り囲まれた俺は、野太い声で詰問されて泣きそうになってしまう。


 「あ、あのなお前ら。盛大な誤解があるようだから訂正しておくが――俺とむつみは別にそんなんじゃ」


 即座に弁明した俺を嘲笑うかのように、一人残らず両手を上向けて肩をすくめる。欧米の通販番組さながらのリアクションにイラっときてしまう。


 「どんな命乞い――いや言い訳が飛び出すのかと思ったら」 「今更そんなふざけた主張が通じるとでも?」 「笑止千万」 「選ばれし者しか引けぬ幼馴染ガチャ……更にはSSRを引き当てる豪運……」 「口惜しや」 「口惜しや」


 どうしてこいつら、ちょいちょい口調が古めかしくなるのか。まさかとは思うが、先ほどまでの古文の授業をリアルタイムで復習しているとでも。どれだけ学習意欲に満ち溢れているのだ。


 異常な空気を感じ取ったのか、遠くでガールズトークに興じていたサクがこちらに視線をよこす。口元を歪めて悪戯っぽく微笑んだかと思うと、右手を顔の横に掲げて威嚇のようなポーズを取る。

 その光景を目撃した級友たちは、奇声を発し胸を抑えながら床に倒れ込んでいく。

 何だ、このコントは。

 冷静に考えると、サクの取ったポーズの意味も不明だった。蛇が鎌首をもたげた様を表現しているのだろうか。


 「――まあ実際、二人の変わりようについては俺も聞きたいと思ってたんだよね」


 死屍累々の間を縫うようにして現れたのは、同じクラスメイトの中でも仲の良い福原ふくはらだった。男子にしては小柄で人懐っこい小型犬のような風貌が特徴である。


 「……別に何もねぇって」

 「本当に? 隣りのクラスの超絶イケメン岩瀬が、この前八重垣さんに告白したらしいって人づてに聞いたんだけど――八雲は知らない?」

 「……さぁな」


 こいつが一体俺からどんな回答を引き出そうとしているのかは分からないが、迂闊に歩みを進めると痛い目を見そうだったので、慎重に返答する。人畜無害そうな外見に反して結構なゲス野郎であるのも理解しているので尚更だ。

 そういった点も踏まえて、卑屈な俺との相性も良かったのかもしれない。


 「今日もチラッと八重垣さんと話したけどさ――ちょっとだけキャラが変わったような」

 「……そうか?」


 平静を装いつつ投げ返したボールは、少々暴投気味に福原のミットに届く。

 感情の機微に敏いこいつのことだ、動揺をつぶさに感じ取られた可能性は十分にある。


 「やっぱり八雲が何かを隠してる、って俺のセンサーが告げてるんだけど……あんまり反応がないね」

 「そりゃセンサーの故障だな。人の噂ばっかり追いかけないで、女の子との出会いでも探してみては如何かね?」

 「……ふぅん?」

 「何なんだ、さっきから」


 探るような福原の目つきが一段と鋭くなり、俺の心臓の鼓動も早鐘を打つ。

 ついでに言うのならば、こいつの目的も動機も不透明なままで気味が悪い。

 警戒を解かない俺の気持ちを知ってか知らずか、福原は急に追及の手を緩めてヘラリと笑う。


 「……八雲も若干変わったなぁって思ってさ。確認だけど、八重垣さんと付き合ってるわけじゃ――」

 「しつけぇな、違うっての」

 「あはは、ゴメンゴメン。っていうのもさ、八重垣さんと岩瀬の告白イベントには続きがあってね」

 「……続き?」


 再び心臓がオバービートを刻み始める。

 告白イベントの続き。それは要するにむつみの返答の件だろう。

 俺がまさに答えを聞こうとした矢先に、八色雷神のいざこざに巻き込まれ、聞けず仕舞いだったもの。


 「八重垣さんさ、『好きな人がいるから』ってバッサリだったらしいよ? 岩瀬ならもしや……と期待してたオーディエンスも肩を落としたようで――って……八雲? おーい?」

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