第8話 イベ当日

 本日、会社のイベントに補助として初めて参加する五筒は少し緊張しつつ待ち合わせ場所に15分前に着いた。待ち合わせ場所は近くのコンビニにしていた。駐車場も広く、駐車しやすいからだ。

初めは職場で待ち合わせにすることも考えたのだが、イベント会場に向かうとなると、遠回りになってしまう為、一番良い場所が五筒の家に近いコンビニだった。自身の家は道が狭いのと、コンビニで買い物してから行きたいのがあり、コンビニ前でお願いした。

 コンビニにはまだ及川は到着していないようだ。トイレに行っておきたいので中に入る。入り口の外から見えるガラス面側には雑誌類と栄養ドリンク類を入れる小さめの冷蔵庫が置いてある。そのまま雑誌の並んでいるところを奥に進むと化粧品類が置かれている。一番奥にはコピー機があり、その奥は薄暗くなっておりトイレがあった。近づくと灯りがつくようになっているので、明るいと人が入ったばかりだと分かる。今は電気は付いておらず、薄暗いので、トイレは誰もいない可能性が高い。

 ここのトイレは新しく、綺麗に保たれているので安心して入れる。中はかなり広めに出来ていて少し落ち着かないが、おそらく、ベビーカーも一緒に入れることが出来るようにしているのだろう。住宅街に近いので、車も多いが、歩いて来る人も多い。立てる時にマーケティングして、トイレにも活かしているのだきっと。そんなことを考えながら用をすませ、飲み物と朝ご飯とお昼用のおにぎりを買ってコンビニの入り口横で待つことにした。

 朝のコンビニは人の出入りが多い。自動ドアが数分の内に何度も開く。一度店員さんが大きいごみを運びに出てきた。先ほどレジ打ちしていた店員さんだ。少ない人数でやらなくてはいけない仕事がこの時間に詰まっているのか、駆け足で店に入っていった。朝ごはん用に買ったサンドイッチを食べるか悩んでいると、立っているすぐそばの駐車スペースに一台止まった。

「おはよ。」

「おはようございます。」

 及川の車に近づくと、助手席に促された。入ろうと扉を開けると、及川が財布とスマホを取り出しているのが見えた。

「ご飯とタバコ買ってくるけど行く?」

「さっき行ったので大丈夫です。」

 及川はいつもの通り作業着だった。及川は何種類か作業着を持っていて、今回は動きやすい服装で、来るように言われている。今日はジーンズタイプを着てきた。細身で筋肉質の及川が着ると、シルエットが綺麗に見える。同性だとわかっているが、かっこ良くて惚れ惚れしてしまう。

 及川がコンビニの中に入るのを見送ると、忘れ物はないかふと心配になって鞄の中を再度みることにした。五筒はリュックが使いやすいので、リュックを常に使っている。黒の布タイプで大きめの物を今日は使っている。野外のイベントの為、体温調節しやすいように下はジーンズに上はオーバーサイズのフード付きファスナータイプのパーカーを着ているが、置き場所がなかったとしても、パーカーはリュックにしまう事が出来るし、中に一応タオルや、地べたに簡易的に物を置けるように2畳程のビニールシートも持ってきていた。

当日は飲みものとご飯と貴重品くらいしか要らないと言われたものの、言ったのが及川ではなく、急な変更の多い上司から言われた為、もしも変更があり、何かが必要になるかも分からないので、小さい鞄に納める事の出来る量にならなかったのが事実だった。昨日、及川に確認取ろうと思っておきながら、最終準備の中で疲れ切ってしまい、家に帰って一息ついてから気付いた為、仕方がなく自分が必要と考えうる物を詰めてきた。戻ってきたら、及川さんに一応確認しようと思い、及川が戻って来るのを待つことにした。



 及川はコンビニの中に入ると、辺りを見て、トイレの方に向かう。イベント会場は此処から車で約1時間かかるので行っておいた方がいい。まぁ、余裕を持った時間に待ち合わせしたので、道を間違えない限りイベント会場近くのコンビニにも寄ることは出来る。だが、近くのコンビニは、大体今日のイベントに来るスタッフ勢が朝使う可能性が高い。もしかしたら、買いたいものがない事もあり得るので、ある程度は買っておこう。他社との合同イベントの為、出店がいくつか出ているので、そこでも買えるらしいが、出店は割高だし、手でつまんで食べるものが忙しい時には重宝するので、やはり先に用意しておく方がいいと考え、少し見ることにした。

 トイレから出て自分の車の方に目を向けると五筒が下を向いて何かごそごそとやっている。おそらく、忘れ物がないか確認しているのだろう。車に乗る際に袋を持っていたのが見えて、中身も少し透けて見えたが、おにぎりと、飲み物が入っていたから、大丈夫か、とも考えたが、もしや朝ごはんしか買っていないのではないのだろうか。いつもの出勤時間より40分程早いので、朝ごはんを食べてくるのはなかなか大変だ。自分と同じく食べて来ていないのではないだろうか。コンビニ入る前に五筒に伝えておけば良かったな。と思ったが、とりあえず飲み物は1リットルのペットボトルで買っているようだったので、飲みものはまぁ心配いらないだろう。イベント会場付近のコンビニに必要なら寄ろう、と思いタバコとおにぎりを買って出てきた。


 コンビニの入り口近くに停めた為、自動ドアから出ると、車の中でも自動ドアを通ると入退店のチャイムが聞こえる。五筒がぱっと鞄のファスナーを閉めながら顔を上げて及川を見た。

 「早いですね。」

車のドアを開けると五筒が少し驚いて及川を見ていた。

 「え、そう?」

 「はい。買いたいものなかったんですか?」

 「いや。買えたよ。」

それならよかった。とシートベルトをしながら五筒は答えた。

 「あ、お昼用買った?ごはん。」

及川が財布とスマホを鞄にしまいながら聞くと五筒は、はい。と答えた。及川は、それなら出発しても問題ないな、と思い、シートベルトをして買ったおにぎりの包みを開け食べ始めた。それを見て、五筒も先ほど買ったサンドイッチを開けて食べ始めた。

 「今日って、自分の食べるものとお財布くらいしか必要ないって言われたんですけど。それ以外は特段必要になりそうなものとかありますかね。」

 「いや?ないんじゃない?筆記具も全部会社の持っていくし。会場からちょいトイレが離れているから、会場近くのコンビニには一応寄ってから会場に行こうかと思っているけど。」

 「あ、ありがたいです。」

 「それから、これから1時間くらい車の中だけど、トイレ大丈夫?」

及川は五筒に聞きつつエンジンを付け、後ろと運転席の窓を順番に見みてドア付近のボダンで少し下げていく。五筒は先ほどコンビニに入った際に行った事を伝えた。

 「おけ。行きたくなったらギリギリはキツイからすぐ言って。寄れるとこ探すから。」

 「はい。そうします。」

 おにぎりを銜え後方を確認し、駐車場から出た。車の鍵が、駐車場と車道の僅かな段差で揺れた。五筒がふと見ると、そこには昨晩したゲームのキャラクターのラバーキーホルダーが付いている。やはり及川さんはあのゲームやっているのだろうなあ。と思いつつその話題には触れることなくたまごサンドを食べていた。

 「あれ、おにぎりじゃないんだ。」

及川が五筒が食べているのを見て意外だ、という雰囲気で言った。

 「え、おにぎりはこの後食べますよ。」

 「あ、しゃけ?」

 「はい。あれ、袋から見えていましたか?」

 「いや、お昼一緒に食べる時、大体しゃけだから。」

 「なるほど。」

 「パンはこの前あんまり食べないって言ってたし、お昼にほとんど食べていなかったから意外だなって。思って。」

 「パンは味好きなんですけど、食べるの遅いんです。口の中の水分もっていかれるので。たまごサンドはしっとりしているからまだ大丈夫なんですけど、メロンパンとか、チョココロネとかは飲み物あっても遅くて。」

 「ほう。でもフランスパンは好きだからお昼に食べていたのか。」

 「はい。」

 「無言で1本ずーっともぐもぐしていたんでしょ。千がさ、五筒にお昼断られたって言われたから何事かと思ったわ。」

 「え、いや、その。なんかそれ、絶対勘違いされてる気がするんですが。」

及川がおにぎりを食べ終えてニヤニヤしながら、タバコに火を付ける。煙は及川の後ろの窓から出て行った。

 「聞いてた人爆笑よ。」

 「あー。いや、ですよねぇ。フランスパン食べる時は丸ごとかじるし、ずっともぐもぐしていて話せないのですよ。何度か千ともその状態でごはん食べていたんですけど、相槌しかできないじゃんって笑っていたんです。で、たまたま。たまたまですよ?千が、私が前回受けた資格試験を今回受けるってなって、その事をご飯食べた後に聞きたいって言われたから、ごめん、お昼フランスパンだから、聞ける時間ないから、今日の方がいいなら、他のご飯買ってくるって言ったんですよ。そしたら千が、及川さんもその試験受かっているし、及川さんに聞くから大丈夫って言うから。心置きなく食べましたよ。」

 「丸かじりで?」

 「はい。」

 「ええと。1本?」

 「はい。」

 及川は笑いをこらえながら運転している。別に千と喧嘩したわけでも、嫌だったわけでもないし、フランスパンを優先したわけでもないのにな。と五筒は言っている。

 「いや、丸かじりあんましなくね?」

 笑いながら言う及川に、五筒は少し拗ねたように、そんなことないですよ。反論しだした。

 「フランス人は、パン屋さんから焼き立て買ったら丸かじりって聞きましたよ。」

及川も流石にフランスの人がどうしているのかは細かいことはよく知らない。

 「いや、まぁ確かに焼き立てのパンが好きだとは聞いたことあるよ?でもほとんどが三食で1本なんよ。だからカットして食べる人がおそらく殆どよ。」

 「え、そうなんですか。」

 五筒の声は静かだが、表情はものすごく意外そうに驚いている。

 「あのさ五筒。フランスパン1本食べてどうだった。」

 「焼き立てでおいしかったけど、お腹いっぱいで眠くなりました。」

 「じゃあ、量はいつものご飯より?」

 「はい。えっと、多いかなって。」

 「だよね?1本多いんよ。普通に。」

 おそらく五筒は、フランスパンを無言で1本丸かじりしている状況にみんな爆笑していたことに今まで気付いていなかったようだ。

 「そっか。てっきり、一緒に食べなかった理由がフランスパンだったからって事でみんなおかしかったのかと思っていましたぁ。」

 「あ、うん。もちろんそれもだよ。」

 ほわほわした五筒の話方に、ツッコミをついつい入れてしまう及川だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る