第9話 イベ当日②
今回のイベントは、たくさん動いてたくさん食べよう。というスポーツや健康をテーマにしているイベントで、主に幼児から小学生くらいの子どもがいるファミリーがメインのイベントになっていた。会場は大きな公園になっており、芝生のゾーンと、広い駐車場スペースを一部使い行われている。参加している会社は、健康食品を扱う会社や、無農薬野菜の扱う農家さん、子どもの肌でも安心して使う事の出来る敏感肌用の化粧品会社もいれば、スポーツ用品店や福祉施設にレクリエーション協会、地域のボランティアなど様々集まっているかなり大きなイベントだ。食べ物を取り扱う所や、体を動かすゲームだったり、その他商品の販売ブースがある。
「かなり広い会場なんですね。」
数メートル先を歩いている及川に追いつくよう駆け足しして近づく。五筒は店舗以外での販売は行った事も見に行った事もなかったので、今回の仕事は不安も大きいが、新鮮で好奇心も少しあった。
「ここまでの大きなイベントに参加するのは私も初めて。というか、会社が大きいイベントに参加するのが初めてかな。」
辺りを見まわし、及川はいろいろな施設の配置を確認しながら五筒に返事を返して進んでいる。
「駐車場から近いけど、トイレからは遠いんよなあ。今回のブース。」
「まあ、荷物の搬入は他より短い距離でいけますし、お客さんの目に留まりやすい所なので、いい場所ではありますけどね。」
「トイレ近くに喫煙所あるんよなあ。」
「それは仕方ないですねぇ。あれ、そんなに及川さん沢山吸うイメージないですが…。」
「ん?あ、私はね。今日、営業部長とチーフ来るんだ。」
営業部長とチーフは我が社では知らない人はいない程、ヘビースモーカーで有名だ。吸わない人が多い現代社会において、うちの会社の喫煙者の比率は圧倒的に多い。群を抜いてこの二人はかなりの頻度で吸いに行く。もちろん吸っている時間があっても仕事が他社員より出来るから役職が付いている。それはわかるのだが、五筒は2人が得意ではない。いつも見かけると2人の周りにピリピリしている空気が漂っていて、タバコではない煙が出ているのが嫌で、近づくことはなかった。時々そのタバコではない煙で顔が覆われてしまい、表情すら見えない時があったくらいだ。
「ああ。会議にそういえばいましたねえ。」
声のニュアンスで及川は五筒が苦手なのが分かったようだった。
「まぁ、あの二人のサポートは私たちじゃないから。」
「ですねえ。犠牲者にいい事ありますように。」
「犠牲者って。」
五筒の言い方を笑う及川に、あれ、違いましたか。と問うと、及川は笑いながらノーコメントと返した。
「あの人たちもね、意外とお茶目なんだよ。」
「ぅおぉぉおちゃめ!!」
二人の見た目からしてもそんな言葉は似合わないので、五筒はついつい大きな声が出てしまった。
「うん。知らないの?」
「はい。その、出来るだけ関わらないよう生きてきましたから。」
「なるほどそうかぁ。まぁ、関わる時間が増えれば分かるよ。今教えてあげてもいいけど、自分で見つけた方が面白いでしょ?」
にこりと爽やかに笑う及川に、ため息を着いてから少し考えてみた。
「え、見つかりますかねぇ…鞄の中も、机の中も探したけれど見つからないってなりそうですけど。」
やはり及川さんに言われても、いつも思っていた事が覆るようなことはなかった。そもそも、中年男性にお茶目と感じる状態って、もの凄く確率的に低いのではないだろうか。
「いやあるって。私も見つけたぐらいだから。まぁ、もし見つからなかったら一緒に踊るといいよ。」
なんとかボケにした会話に及川が反応してくれたはいいが、本当に踊ることを考えてしまうととても嫌だった。渋い表情をした五筒は、そんなに嫌がるのか、と笑いながら歩く及川に少しモヤモヤしたが、嘘を言っている様子はないので自分の見ていない側面がもしかしたらあるのかもしれないということを心の隅に置いておくことにした。
自分たちが出店するスペースは分かりやすく、すぐに探せた。近くまで行くとそこにはもう荷物は搬入出来ていて、机、今日使う為に用意したものを段ボールに入れた物、大きい物をしまう事の出来る簡易的な棚があった。しかし、せっかく使う場所により色分けしている段ボールが関係なく混ざって積み重なっており、そのうちのいくつかの段ボールが数個は開いているが、物が中途半端に乱雑に置かれていて、段ボールの中も殆ど入っている状態だった。その光景を見て二人は少し沈黙し、五筒が話を切り出した。
「あの…ここであってますよね?」
「え、うん。会社の備品あるし。間違いないよ。」
「えーっと。人居ませんね。」
「みたいねえ。あ、ほら、喫煙所遠いから。」
「なるほど、みんなで喫煙所…仲良く行ったって事でしょうか。」
駐車場には、備品類を運んだ社用車以外にも、社員の車を数台見かけたのだが、誰も見当たらない。
「みたいね。」
「これ…2人で準備出来る量ではない気が…。」
設置しやすく片付けしやすく色分けして詰め込んだのだが、この乱雑な状態を見ると、予定時刻に始める事が出来るのかも不安になってくる。
「あー。いや、とりあえず準備しよ。2人で。」
「な、なるほどぅ。わかりました。」
喫煙所が遠い弊害がこんな所に出るとは。朝早くに備品を運んだ人も一服したい気持ちもわからなくもないが、まさか全員で行くことは五筒も及川も考えていなかった。いくら今の時間は一般の人が立ち入り禁止で入って来れないとしても、数人は残っていてほしかった。そんな気持ちで自分の荷物を陰に置こうと、立てているテントの端に行くとそこの部分だけ綺麗に物が整頓されて、使いやすい様に分別されていた。その奥にイベントメインで動いている藤後さんが居た。藤後さんは大きなクリアケースに、必要書類や、屋外用の延長コードを出して居た。よかった人がいた。と安心して挨拶をした。
「藤後さんおはようございます。お久しぶりですね。」
「あ、おはよう五筒さん。及川さんもおはようございます。」
「おーはぁよう。みんなは喫煙所?」
「はい。」
「おけ。じゃあ私たちが使う所からでいいね。」
「あ、いいと思います。間に合うと思って行っているんだろうし。」
ニコニコしながら藤後さんは及川さんに言った。ほんわかした優しいイメージのある藤後さんだが、怒ると誰よりも濃い濃度の煙が出る。そんなモノがでるなんて全くイメージ出来ないくらい、普段は穏やかで、新人等に教えるのも根気をもって丁寧に対応している。ただ、煙が出る時は、相手が理不尽で悪いと第三者から見ても明らかな時だった。だからまぁ、仕方のない事だと五筒は思うのだが。もっとすごいのは、藤後さんはきちんと相手に理不尽だった分を返している所だった。それが1カ月前の出来事であってもしっかり返している。そう決めているからなのか、きちんとやり返ししているからなのか理由は分からないが、藤後さんは物凄い濃い煙が出るものの、出した後は直ぐに煙は出なくなり、落ち着く。以前五筒が、嫌な事あってもあまり後に引きずらない事をそれとなく聞くと、自分の機嫌は自分で取らなきゃね。といっていた。確かに、小さな細かい、やられたら嫌な内容については、表情にも変えず、煙も表に出ていない。理不尽な事も、引きずらないのは本当に尊敬する。
自分の荷物を置いて、一息つく。何から手を付けて行こうか、自分が使うスペースの物が入っているダンボールを開けようとするが、乱雑している所に目がどうしてもいってしまう。お客さん使用のスペースを先に作った方がいいのでは。とは思ったが、自分は初めての参加なので、今いる二人の言うとおりに動いておこう。何より、お客さん使用のスペースは、作った所で、戻ってきた人たちに使いにくい、と言われるのも癪だ。もし手伝うなら、使う人がいる時に作業したほうが効率的にも良いだろう。
「藤後さん今回は何処に入るんですか?」
藤後さんは接客も出来るし、フォローもピカイチで、早いし、知識も持ち合わせている。何処の担当になっても出来る人の一人だ。
「今日は基本フォロー側だけど、昼交代の時間は表に立つよ。」
延長コードをほどきながら答える藤後さんは、動きに無駄がない。手慣れているのもあるが、自分の使うスペースをあっという間に作り上げてしまった。その後に、及川と五筒の使うスペースも手伝ってもらい、裏方の人が主に使うスペースは完成した。一応色分けしている段ボールごとにグループ分けして置き、空いた段ボールは片付けの際に使うので丁寧に畳んでいると、喫煙していた人たちが戻ってきた。
「お帰りー。」
藤後は戻ってきた人に向けて言う。五筒と及川も挨拶を済ませてイベントで使わない物を搬入で使ったライトバンに3人で終いに行く。
「トイレ遠いし、行ってくるけど2人は行く?」
ライトバンの鍵をかけ藤後は振り返り二人に尋ねた。トイレは済ませてきたものの、他のブースを見たい気持ちもあり、五筒は行きたいと思っていた。
「おたば行っとこうかな。五筒は?どうする?」
及川はタバコを吸いにトイレ側に行くようだ。先ほど戻って来た人員は、6人。先に準備していた自分たちよりも多いし、皆イベント経験者だ。何よりも自分が使うスペースも出来ていて準備は整っているし、他部分は他の人が使いやすい様に持ってきた物を設置していく為あまり手伝える部分はない。
「私も行きます。他のブースの様子も少し見ておきたいですし。」
確かに。と藤後は頷き、鍵を他の人に預けて一緒に向かった。広い芝生が広がる公園。普段は此処でボールなど持ってきて遊べるスペースのようだ。トイレのある所は、喫煙所の他に、大きなホールがあり、講演会や演奏会、美術展示などに使われるようだ。その為、建物はかなり大きい。建物と出店するスペースの間あたりで、五筒は向かう方向から、後ろをちらりと見て自分たちの使うスペースを見ると、他の店も準備ができ始め、来た時の何もないがらんとした所に物が積んで置いてあるから風景から、出店がずらっと並び、変わっている。どこにあるのか少し探してしまうほど他店と同化して見えた。
「初め物の量を見て、準備間に合うか心配だったんですが、皆さんやはり慣れていて手際がよいですね。」
歩きながら五筒は二人に話しかける。
「まあね。及川さんが使うものをきちんと振り分けして置いてある箱も配置し直しして分けて置いたからね。」
藤後さんは、五筒が自分のスペースを整えている間に、接客スペースに乱雑になっていた段ボールを手際よく全て仕分けていた。
「ああしないと、電話で呼ばれるからねぇ。あれない、これない。どこーって。」
「まぁ、そうだよね。次もどうせ全部使うからって雑に片付けたり、あんま考えていないんよな。」
「分かるわぁ。帰ってから備品整理中に、テントの部品が一個無くて次使えないからどうしようか慌ててたら、全く違う物入れているダンボールから出てきたりするんよ。」
どうやら藤後も及川も苦労しているようだったがこの会話の雰囲気は、もはや小学生の子どもを持つお母さん同士の会話にしか聞こえず五筒はほんわかしてきいていた。
及川さんが好きすぎて困っています 月終 @tukisima-oto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。及川さんが好きすぎて困っていますの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます