第4話 協力イベント②
五筒は昼休み前の途中の作業を終えて、及川の下へ向かっていた。
庶務課は1人しか居ない為、及川の作業スペースとなっていて、及川の私物工具や、広い作業台があり、下には木くずが集めて置かれている。カッター版もいつも五筒が使うA3用紙程の大きさの2倍近くあるものがある。
初めて入った時は庶務とは、と思ってしまったが、及川さんは楽しそうに作業していたので言わない事にした。その及川は、庶務課で作業していると思ったがいなかった。
何処にいるのか聞いておけば良かったと思ったが、他にいそうな候補が無いわけではない。とりあえず候補の場所に向かう事にした。もしそれでもわからなければ、他の人に聞けば良い。
1番居そうなのは会社の隣りある、みなと店舗裏の事務所だ。あそこには、絶対切らさないように消耗品を管理してくれている優秀な人がいる。
その為、何か作業する場合やりやすいのだ。
私が移動した営業管理課は、消耗品は営業と庶務課と併用している。とは言え、消耗品の使う量は営業の方が圧倒的に多い。でもそれは必要なのだから気にしていない。だが、必要な物だから、少なくなったら発注しなくてはいけないし、期日が迫っていてそれどころじゃないなら、こちらに言えばいい。いくら事務でほぼデスクワークで消耗品をしまっている場所から近いといえど、毎日チェックするほど暇ではないのだ。他部署から突発的で期日がほぼないような依頼も来ることが多い。その為、消耗品発注は無くなりそうになったら、見つけた者がすぐ発注するか、庶務課に言う決まりなのだが、営業は半分がそれをしない。及川が週一に見ていてもたまに補充が間に合わない時がある。
それを聞き、及川と曜日をずらして五筒も見ていたが、何も言わずにごっそり持って行くのを見て納得がいった。目が合えば、教えてくれるが、そのまま行ってしまう事の方が多い。もちろん使わなかった分は戻しに来るが、まあまあ遅い。その為、他の人が使えず困るタイミングが多いのだ。おそらく、及川は作業であれがない、これがない、となり、時間を削られてしまうくらいなら、店舗裏の事務所にお願いして作業し、使った分を後から戻す方が効率が良いと思ったのだろう。作成するものにもよるが、確かにこの方がよい場合もある。五筒はすぐに向かった。
みなと店舗裏は、店が小さいのもあり、事務所兼消耗品置き場になっている。そこを綺麗に欠品無きよう管理してくれる麻優さんはパートとは言え、いなくなると店が回らなくなるのでは、というほどの気配りと他の人の仕事を見て先読み出来る優秀な方だ。何より優しい。
営業管理課の状況も理解をしてくれていて、快く備品や消耗品を貸してくれる。本当にありがたい。
「真優さん、お久しぶりです。」
店舗裏には、真優さんが消耗品のチェックをしていた。
「あ、五筒さんお久しぶりです。そちらの仕事は慣れましたか?」
ニコリと笑って応えてくれる姿に、癒され、ホッと安心してしまう。年齢はそこまで変わらないのに年の離れた精神的に自立している大人のお姉さんのような雰囲気と、実家に行った時のようになんでも用意されている感のあるお母さんのような暖かさが滲み出ていて、ついつい話にきてしまう。でも仕事はプロ意識を持ってしていてくれるので、邪魔にならないように気をつけなくては。
「はい。お陰様で。及川さんってこっちにいました?一緒に作業する予定だったんですけど。」
奥を見ると、作業台に作りかけの何かが固めて置いてある。及川さんが作業しているものかと思ったのだが、いない。店舗で使用するために店舗のスタッフが作成していた物だろうか。
「あ、多分戻ってきますよ。トイレ行ってくるって言ってたので。」
及川さんは多方面から呼ばれることが多い。その為、居た痕跡のある所にはほぼ言伝をしている。例えば、作業終わったから戻る。とか、専務に呼ばれたから行ってくる等だ。そうしないと、及川さんが電話で全く作業が進まない日があったようで、この方法をとることにより、急用ではない人は電話をしてこなくなり、作業の時間を捻出しているようだった。
「そうでしたか。したら、ここで待たせてもらいますねぇ。」
どーぞ。と真優さんは言って備品の残数を数え始めた。みなと店に移動した時に、細かいルールや雑務系で分からない事は、真優さんに教えてもらった。店舗にいる歴も自分より長いが、全く鼻にかけず、丁寧に応えてくれる人で尊敬しか湧かない。店舗スタッフも真優さんには感謝し、新人スタッフは頼りにしている。
数分後、及川さんが来た。
「あ、手伝ってもらえるってこと?」
「はい、ひと段落ついたのでこちらの仕事は問題なしです。」
「おけ。したら、チケットを作って。これは裁断するやつと、B案の印刷、裁断と、これの青のパターン作って印刷と裁断。私はポスターまだデザイン終わってないのと、最終確認のがあるから終わったら合流するね。デザインしたのは共有ファイルに入れたからよろしく。」
どっさりと印刷されたポケットティッシュサイズに切り取り線があるA3用紙の束を手渡された。
とりあえず、裁断機は営業管理課にはない。営業の1人が数日前に持って行き、戻ってきていない。仕方ないから、みなと店のを借りることにし、印刷していないデザインの印刷をしながら裁断を始めた。裁断機は手動の物で、紙が少なすぎると切りづらいし、多すぎると切れなくて破れたような切り口になってしまい、印刷した物の多くが無駄になってしまう。適量じゃないと切れない昔からあるものだ。人によっては不便と言う人もいるが、五筒はこういうクセのある道具は結構好きだった。適量がきちんとあって分かることは人にとっては必要な事だ。それがこの道具にはある。と言うのが理由だった。おそらく、理解をしてもらえないだろうと分かっているので、誰にも言った事はない。
裁断機で数回分切ると、印刷していたチケットが刷り終わり、プリンターからピーピー音がした。刷りたてで少し暖かかい紙の束を取りにいく最中、ふと思った。なぜチケットを業者に頼まなかったのだろう。
コストも考えられるが、恐らく業者に期日まで間に合わないから断られた可能性が高い。うちの会社は、イベント数日前に使うものの変更や、追加がよくある。イベントは大体が祝日や土日。祝日土日は稼働していない会社も多い。仮にやっている会社を見つけたとして、そこに他の会社が依頼が殺到して断られる。となるのが目に浮かんだ。状況を考えると、このチケットは私が参加するイベントではなく、直近の週末イベントの物の可能性が高い。他イベントと併用して及川さんは動いていたって事だろうか。とりあえず、チケットは少なくとも今日中に完成している方がいい気がしてきた。他のことを頼まれた時に及川さんにどちら優先か相談しよう。
黙々と裁断し、とりあえず50枚ずつ束にまとめて輪ゴムで括っていく。3種類頼まれた物のうち、1つが終わり2つ目の裁断が終わったので輪ゴムを手掴みで備品の棚から取ろうと動くと、及川さんの電話が鳴った。
「わぁぁ、今日中のものが増えるのはきついなぁ。」
と電話の相手の名前を見てつぶやく及川さん。でも電話に出ると、いつもの及川さんの話し方で、全くその素振りを見せない。
「大人だぁ。」
五筒が呟くと、それを見ていた真優さんが吹き出して笑う。
「そうだね。五筒さんも、大人だよ。」
え、まぁ成人はしていますけど。五筒がそう返すと、真優さんはニコニコしながらうんうん。と頷き退勤の時間の時間なので挨拶をして帰った。
五筒はついつい言葉に出てしまいがちだから、よく他の人に指摘される。だから気をつけてはいるのだが、及川さんのそういう場面は殆ど見ないので本当にすごいと思っている。
及川さんの電話が終わったようだ。
「良かった。唯の進捗確認だった。」
「そうなんですね。あ、そういえば聞こうと思っていたのですが。」
「ん?どうした?」
「このチケット、もしかして今週使うヤツです?」
「うん、ごめん。そうなの。今日中に作って、イベントの人に渡さなきゃいけない。店舗の閉店時間後に、他の物も取りにくるから、ボーダーは閉店時間。」
ボーダーとはボーダーラインの略で、締切の時間の事を言っている。
「本当は私たちの補助するイベント用で作成していたんだけど、場所違うから今週のイベントでも使いたいって急遽変わって。ポスターも何枚か差し替えきているんだけど、修正が抽象的なイメージ内容しか言ってくれないから手こずってしまって、ちょい積んだかなって思ってたんよ。」
「そうだったのですか。あ、チケットの青色は、刷る前に見せた方がいいですか?」
「うん?あ、それはこっちに一任されたから大丈夫。文字が見にくくならないかだけ、試し刷りしたの見せてほしい。」
「わかりました。ここのチケットまとめてから取り掛かるので、40分後くらいに試し刷り持っていくと思います。その時は確認お願いします。」
「あいよー。」
そういいながらも及川さんの手は随時動いている。多分、五筒が知らない他の仕事もあるから、聞きながら作業を続けなくては間に合わなくなってしまうのだろう。大変だなぁと思いつつ、やはり今日中だったチケットを早めに終わらせなくては行けない。と輪ゴムを手に取り、チケットの数を数え始めた。
「及川さーん。〇〇っていう会社さんの方が来ているのですが、どうしましょう。」
店舗のスタッフが及川さんを呼んでいる。
「え、今日って聞いてないんだがぁ行くね。ありがとう。」
慌てて及川さんは手を止めて向かった。作業のみ出来た時間は十数分。及川さんのやりたい仕事は終わるのだろうか。五筒は少し心配していた。チケットをまとめ終えた頃に及川さんが戻って来た。
「お疲れ様です。」
ん。と言ってそのまま作業を再開した。途端に電話が鳴る。が、及川さんのではない。
「あれ、私のか。」
五筒に電話が来たので、電話を取った。どうやら今取り扱いしていない商品が、取り寄せできるかの確認だった。
「先月と先週届いた取り寄せ終了リストにはないですが、それより過去の情報は私も記憶していないので、調べて折り返します。因みに、幾つ必要なのと、折り返しのご連絡予定は先方に確認されておりますでしょうか?あ、本日。わかりました。失礼いたします。」
まぁ、これだけなら大きなロスではない。すぐ確認しよう。取り寄せ出来る業者リストと過去半年の終了リストを確認する。4ヶ月前のリストにあった気がしていた。やはりそこに載っていた。見たような気がしていたが、確信のあるものではないと話す事はできない。確認できて良かった。しかしみなと店に数個残っているのはわかっている。予約が入っていないか確認のをすると、どうやらなかなか無くならなくて困っていたようだった。店舗間での移動の可能性がある為、準備をしてもらい折り返しを掛けた。
「お疲れさまです。先程の在庫についてですが、お時間よろしいでしょうか。再発注不可でした。みなと店で使用しない在庫が3個ありますが、なかなか売れないので全て送る事も可能です。はい。では、先方と確認取れたら、みなと店には伝えてありますので、発送の依頼を直接お願いします。早くて3日後着です。よろしくお願いします。失礼いたします。」
いつもは五筒に依頼が来たら、1人完結で発送まで全て行うのだが、今日は優先すべきものがある。そもそも、このやり取りも終了リストは各店にメールで行っているし、店舗間で電話すれば全て済む話なのだが、どこにどの在庫があるか記憶している五筒に聞く方が相手にとっては早く済むので連絡がくることが多い。
電話を切ると及川さんがいないことに気づいた。まさかもう終わったのか。と思ったが、流石にまだ作業台に、及川さんが使っていた備品が置きっぱだったため、違うようだ。及川さんの事を考えている場合ではなかった。まだ終わっていない。次は、そうだ、色変更して、試し刷りし、確認してもらう。この世の中に青は何種類あるのか知らないが、白は200種類を超える、と綺麗なモデルのお姉さんが言っていた気がする。青はじゃあ何色なのだろう。とは言え任されているし、文字がはっきり見えれば良いのだから、あまりこだわらなくても良さそうだ。文字は薄い色が多いので、濃いめの青、暗い色の青ならなんとかなるだろう。
紺色よりも少し明るめの青にして試しに印刷をした。その間に及川さんは戻ってくるだろうと思っていたが戻ってこない。もしかして、何かあったのだろうか。色々確認や当日に頼まれる仕事が多い人だから、過労とか貧血で倒れていないだろうか。急に心配になって探しに行こうとすると走って戻ってくる及川さんがいた。
「え、あ、お疲れです。」
「うん、疲れた。なんかめっちゃ今日呼び止められる事多くて面倒だからみんなにもう用事ないかしらみ潰しに聞いてから来た。今日ボーダーのがあるから、後からは今日無理よって言いながら来たから多分もう大丈夫。」
「そう、だったんですね。あの、そんな中申し訳ないんですけど、青のチケットこれで良いですか。」
「あ、それは私の仕事やって貰ってんだから申し訳なくないっしょ。うん。おけ。よろ。」
確認が取れたので、すぐ印刷を始めた。始めてすぐまた五筒に電話が来た。どうやらお得意様にうちで扱っていた少し前の商品の使い方を聞かれたが、分からないらしい。商品のカスタマーセンターや、お客様相談室の専用ダイヤルは、もう終了していて、明日以降にしか繋がらない。ここの会社は出来ないの一辺倒で顧客を返すと、次の注文を受けれない可能性を考え、出来るだけ対応するようにしている。その為新人スタッフから電話が来た。
「型番はわかりますか?現物ありますか?あ、では使用は最近出た〇〇とほぼ同じです。同じように動かしてもダメですか?あーはい。あの、ボタンあると思うんですが。そうです。そこを押してから、同じ動作をしてください。あ、良かったですー。一応やり方メモして先方にお渡ししてください。はい、失礼いたします。」
という電話が、急いでいる今日に限って何故多いのだろう。昨日は電話鳴らなかったのに、今日は作業して、電話がきて、作業して、を何度かやっている。どこからするのか確認してから作業の再開の為、意外にロスが多い。もしかして示し合わせているのか?パーマンのように集合しなくても良いのだよ。解散しておくれよ。リアルタイムでも再放送でも観た事ないけど。
心の中で訴えつつ、作業も電話対応もなんとか間に合わせることが出来た。その間も、別依頼が及川さんの所に来ていたようでスケジュールの話やら、経理の話やらでパソコン前と作業台前を行ったり来たりしていた。動きが早くてどこまでがイベント準備で、どこまでが別の作業なのか分からないが、及川さんも、今日終わらせたい作業はなんとか終わらせたようだった。
「今日、忙しい日でしたね。」
片付けながら五筒は及川さんに話しかけた。
「え?そう?」
及川さんは強がるという事をする人ではない。本気で言っている声のトーンだ。
「うーん。いつもこんな感じよ。」
あ、でも今日は少し今日締め切りが多かったかぁ。と言いながら借りた備品と使用した分をメモしている。備品がなくなると店舗も困るので、補充のためのメモのようだ。
「いつもが、これなんですね。」
「うん、まぁ。慣れると楽しいよ。」
本気で笑っている。及川さんを見て怖いと思ったのは初めてだった。
「ほら、ゲームもハードモードが面白いでしょ。」
「えっと。及川さんに言うとは思っていなかった言葉ですけど。違う意味ではありますが、仕事はゲームとは違うのですよ?」
「えー?」
「えぇ。」
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