第3話 協力イベント①
「どうですか?調子のほうは。」
この声かけの正解は話しかけてきた人によって大きく変わるのが面倒と思ってしまう。普通に自分の思ったまま言えたら良いのだけど、この会話も仕事のうちだと割り切ろう。
「及川さんのおかげで何とか。」
でも嘘は言いたくない。部分的に答えると、ニコニコ頷く役員。この人が今の人事を管理している長で、五筒の移動もこの人が決めた。前に一緒に販売で働いたことはあったが、その時は誰よりもピリピリしていて色んな意味で分かりやすく、近づきたくない人だった。今はピリピリしていないのだが、何を考えているのか分からない気持ち悪さが出ている時があり、なるべく関わりたくないうちの1人として、五筒は警戒している。
「それは良かった。実は今日来たのは、五筒さんにお話しがありまして。」
「はい。」
あまり関わりたくないのだが、仕方ない。仕事だ。
「及川さんと一緒にイベントに入って欲しいんですよ。」
ん?もしかして折角慣れたが仕事自体が変わるのだろうか。やっと覚えたのに?だからニヤニヤしているのかこの人は。とあまり好きではない上司なので、どうしてもマイナスの考えに行ってしまう。
「移動、ですか?」
「いえ、今の仕事の併用になります。」
及川さん忙しなく動いているのにまだ増えるのか。私はまぁ、ルーティーン作業メインだから負担はそこまでないとは思うが。でも、ああ、私も仕事が増えるのですね。
「イベントで、何をするんですか?」
「メイン部隊の補助で入っていただきます。」
メイン部隊とは何をするのだろう。その補助とは何をするのだろう。
「分かりました。」
とりあえず、補助に入ると言うことは理解した。
「じゃあ、おいおい打ち合わせ等のスケジュール送っておきますね。」
「はい。よろしくお願いします。」
終始お互にニコニコして会話は終了した。五筒が相手を苦手な様に、相手も私のことを苦手なのに違いない。距離はお互い広く取っておき、ぶつからない様に過ごすのが平和なのだ。
とは言え、今の業務とサポート。サポートの量によってはイベント前まで落ち着かないだろう。唯一イベントと呼ばれる外販には行ったことが無いため、何をするか分からない。
「うーん。及川さーん。」
対策がねれないため、困って及川さんに聞こうとしたが、デスクにいない。あまり呼ばなくても引き継ぎのため殆ど見える所にいてくれたので、呼ぶことが殆ど無かったせいか、大ききめの声量を使って呼ぶことはなかった。どうやら聴こえる範囲にいたらしい及川さんは早足でこちらに向かってきてくれた。
「どうした。なんかあった?」
あ、申し訳ない。そんなに五筒はピンチではない。以後呼ぶときは注意しよう。
「大したことではないのだけど。」
「ああ、そうなの。」
「うん。」
呼ぶほどでもなかったか。タイミングを見て聞けば良かったか、及川さん忙しいのに私は相手の都合を考えずに何をしているんだろう。もっと視野を広げていかないとだめじゃないか。と呼んだことに反省をしていると、及川さんは呼ばれた用件をずっと待っていてくれた。五筒のその反省顔が考え込んでいるように見えたらしい。わぁ、もうすごく申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「あ。すみません。今大丈夫ですか?来月のことで分かる範囲で聞きたかったのですが。」
「あー。それか。じゃあ、今作っているものが完成してからでいい?昼過ぎにには出来るから。」
「はい。もちろんです。」
「したら、終わったら呼ぶね。」
それまで待つ間気になるものの、今している業務も自分がしなくてはいけない。出来る限り先に終わらせておけるものや、先送りしていたものに取り組んでおき、困らない様にしておこう。
いざ取り組み出すと、いろいろ溜め込んでいた事に気づく。すぐ済むと思っていた事も、他の人が触った時に分かりやすいようにあれこれ考えていると、目標の半分強しか終っていない。
「五筒ー。おーい。」
「あい、及川さんなんでしょう。」
終わらない仕事にげんなりしてしまい、気の抜けた炭酸のような返事が出てしまう。
「ご飯、食べた方がいいと思う。」
少し言葉を選んでいるような間が及川の話し方にでていた。
「でもー。終わりませーん。」
ここから離れたい気持ちはもちろんある。なんだったら集中力が少しずつ削れてきている感覚もある。でも誰かにこの仕事をそのまま投げるわけにもいかないし、やらなくてはいけない。
「いや、気づいてないと思うから言うけど、15分くらいの間に、お腹空いたって4.5回言ってたよ。」
選んでいた言葉をやめて、スパッと及川は言った。今二人しかいないし、たぶん大丈夫だろう。
「ぇまじすか!」
五筒はお腹が空くと、一気に集中力が下がり、イライラしたり、眠くなる事は自分でも気づいていた。だが、まさか気付かずに呟いていたとは驚いた。どうりで他の人より飲み物よりも食べ物をもらう機会が多いなと思ったのだ。なんだったら、不意に千伍区に食いしん坊なの?と聞かれた事があったが、脈絡なく千伍区が聞くのは珍しいなと思っていたが、あれは今回と同じく五筒が呟いていたのかもしれないと思ったら勘違いしていた事が恥ずかしく思えた。
「そうかぁ。お腹空いてイライラするのも嫌だし、食べてからにしますぅ。」
驚いた後に恥ずかしそうに言う五筒を見て、及川はまさか本当に気付いてなかったのか、と思いつつ、面白いけど笑っちゃいけないな、と堪えるため、一緒に昼を取るため財布をカバンから出す行動で誤魔化した。
お昼は、及川はお弁当まで作るのは面倒でいつも買うか、何処かで食べて済ます。五筒は、自炊して持って来る時と半々だ。今日は2人とも用意していない為、買いに出かけるこのにした。
ご飯を食べて良かった。
五筒は今の作業の順番整理が頭の中で再度組み込む事が出来た。見通しも立てれた。そもそも、今日中に終えれる量では無いものを今日終わらないと慌てていた。今日終わらせるものはもう終わっていた事にも気付けた。本当、お腹が空いていたとは言えどれだけ周りが見えなくなってしまっていたのだろう。及川さんのおかげだ。
「私後2時間位で終わるんだけど、そっちは終わりそう?」
五筒がご飯を食べて落ち着いたように見えたので、及川は話しかけた。終わりの目処が立たないようなら、その後手伝う事もできる。五筒が他の人に仕事を回すのが嫌で無ければ。というのも、短い期間だが販売に一緒にいた頃、五筒は人の手伝いは率先して行うものの、自分の仕事をお願いしているところを見る事がなかったのだ。あの苦手な電球も誰かに頼めばいいものを頼まず自分で取り替えていたのだから。
「あ、あの実はー。今日の分終わってたみたいでした。」
「は?」
いや、さっき終わらないから飯食べれない言ってたよね。と、言葉に出なくても表情とひと言で分かる。
「お腹空いていて、判断というか、全体像が見えてなかったようでして。全部は片付いてないのですが、今日やらなきゃ行けない事はもう終わりました。他は今週中で大丈夫でして、急な仕事が無ければ半日で終わりそうです。なんか、すいません。」
いや、終わったならいいけど。及川は特に気にしている様子はなく、もぐもぐしながら話す。及川は細身だが、一口が大きく、口に頬張りながら食べる。リスなのかと思うが、本人には言えない。でも五筒はかわいいと思い、つい微笑んでしまう。
「ん?じゃあ私の仕事手伝って貰えるって事か?」
良いことを思い着いたような表情になり、及川は五筒を見る。
「今触っている途中のを終わらせてからなら大丈夫ですよ。たぶん、3、40分で終わると思いますよ。」
「私達が入るイベントの道具だから、まぁ、全く関係ないものでもないから、見ておいて損ないと思うし。したら、終わったらこっちに来て。」
「はい。」
及川は五筒の1.5倍は食べている。本当はもっと入るらしいが、噛むのが面倒になり食べるのを止めるらしい。食いしん坊の五筒にとって、食べ止める理由が共感出来ないが、動くとは言え自分よりもたくさん食べている及川がかなりな細身なのにも驚いていた。
「及川さん。」
「ん?」
「何食べたらそんなに細くなるんです?」
「んー。食べ物で細くはならないのでは?」
「たーしかにぃ。」
そんな不毛な会話をして、お昼を終えてお互い作業に戻った。
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