第2話 五筒さんの仕事

よく名前の読み方を聞かれるのが、私の会話の始めになる。同じ名前の他人と出会うことがない。名前の由来を小学生の頃、社会の授業で調べなくてはならず、その旨を伝えると、家族が困った顔をした事がある。なんでも、筒を作っている家だった事に間違いはないのだが、あまりにも特殊な筒だった為、名前を他の筒屋さんと変えるように偉い人からの御達しが有り、この名前になったとの事だった。その特殊な筒は、神事に使われるものらしいが、何の道具になるのかは決まり事で、言えないらしい。ただ、使う人には分かるいわば業界用語や、屋号に近い意味合いも含んでいる苗字なのだそうだ。どうりで身内以外見かけないわけだ。

今その仕事をしているしていないに関わらず口外出来ないので、家族、親戚、本家含めその宿題について話し合いをするためにお正月でもお盆でもないのに集まる事になった。そんな家の中では少し大事になった苗字の家に私は生まれた。


しかし、特別何か不思議な力があるわけでもなければ、その謎の筒を創れるわけでもない。私は至って平凡という言葉が似合う。自分の身の丈をよく分かっていたので、就職も才能や技能が必要になる物は向いていないと感じ、事務になりたくて就職活動をしていた。なんとか就職できたものの、中小企業の為販売と事務兼任という事で、販売をするのも私の仕事。PCで在庫管理、勤怠整理、経費の管理も私の仕事という説明だった。入社時は販売の仕事ばかりで、顧客とのやり取りが多く、軽く騙されたのではと思ったが、一緒に働いている人たちで嫌な人はいないし、転職はお金貯まってから考えても良いか、とのほほんと働いていた。だが、仲良くなった頃に他店舗への転勤が重なる。少しずつ販売から事務の仕事が増えてはいたが、販売がメインで勤務をしていた。でも流石に会社は事務メインで自分を使うことは無いのだろう。と思っていた頃に、移動で業務管理課へ移動になった。


つまり、お客さんに自分で販売する仕事から事務メインの仕事に移り、販売から離れる事になった。


正直、ホッとした。販売員は私の入社時から比べ、勝気のある人が増え、空気が吸い辛くなっていたからだ。数年一緒だった及川さんは吸い辛い空気を一掃するのが上手く、私はこっそり、邪魔にならないように、なるべく近くで仕事をしていたが、及川さんが数ヶ月前に庶務課に移動になり、仕方なく当たり障りないように販売勤務をしていた。だが、辛くないわけではなかった。その為、この移動の話が来た時は、やっと自分の仕事に集中出来るとさえ思ってしまったくらいだった。

でも販売で動いていた為、今から教えてくれる人なんているのだろうか、という不安はかなりあった。しかし、半分以上販売にいた時に触っていた事務仕事だった為、問題なかった。何より、部署は違えど、及川さんと絡む仕事が増えたのもありがたかった。



「あのう、及川さん、この在庫ってもう入ってこないですか?」

ため息混じりで入ってくる社員。私は、業務管理課に入ったばかりで、業務管理の仕事は庶務の及川さんが担っていた。引き継ぎ含め仕事を教えてもらっていたところだった。それを他の社員も知っていた為、及川さんに確認に来たのだ。


「はい。それは入荷一時停止になってますよ。どうして?」

お客さんからの取り置き商品を他の社員が販売したようだ。会社の中で個人販売数のコンテスト中の為、在庫に関しては余計ピリピリしていて、在庫もいつ入ってくるか何度も聞きにくる社員がいるくらいだった。及川さんに相談に来た社員は、どうしよう、という不安と、取り置きしていたのに使われていた怒りや憤りが混ざっている。


「もらえるかは分かりませんが、さくら店に、数個あるので問い合わせしてみましょうか。貰えたとして、お客様が来る御日にちに間に合いますか?」


私が答えると来ていた社員も、及川さんも驚いていた。社員さんの表情が少し明るくなったなぁ。とポケェと観察していると、先ほどのため息混じりの抜けた声からきちんとした発声なった。

「今日発送してもらえれば間に合います。」

「あちらも予約の取り置きでは無いことを祈りましょう。すぐ確認しますので、分かり次第お伝えします。」

受話器に手を掛けながら答えると社員さんから、嫌な湯気みたいなものが消えた。あの嫌な湯気みたいなのが、今の販売部門にいる社員は出している人が多くて、呼吸がし辛かった。小学生の頃、湯気の事を友達に話すと首を傾げられたが、おそらく表現の仕方の違いだろう。本家にお正月遊びに行った時に、従兄弟や兄にその話をしたら、しっかり分かってくれて、話も通じた。友達は湯気よりも、きっと表情を重視しているに違いない。

そわそわしながら社員さんは離れず、ただ私とさくら店のやり取りを待っていた。見られてもあちらの都合もあるので、無理矢理取り寄せる事はできないのに。私が困っていると及川さんが、わかったらすぐ行く。仕事戻んな。と社員さんにスパッと切れ味よく言った。社員さんも他に仕事があったようで、すぐ教えてくださいね。と言い残して去っていった。


「さくら店でも売れ行きいい物だったの。昨日もお客さん少なかったけど、売れていたし、もしかしたら本当に予約の品かもしれない。」

及川さんに話しかけている最中にさくら店に電話が繋がった。在庫がさくら店も少ないことは承知の上でお願いした所、今回だけと言って送ってもらえる事になった。電話を切ると、及川さんは話を断片的に聞き理解していたようで、行っておいで。と促してくれた。返事をしてすぐに先程の社員さんに伝える為、探していると、その社員は、また湯気みたなものを出していた。近づきたくない。だが、仕事だ。

「明日発送してもらえるそうです。今回だけですと先方がおっしゃってました。」

「あ。ありがとうございます。」

一応これで戻ってもいいのだが。

「どうかたの?」

戻らず声をかけてしまった。

「え?」

「いや、なんとなく。」

少し前まではこの店、みなと店の販売に私もいた。彼は後輩にあたる。

「いや、僕も悪いんですけど。」

「うん。」

「使われた在庫。取置き用の棚に入れていたんですよ。」

「え、うん。」

「メモつけていたんですよ。使う日付、顧客ファイル番号。」

「うん。」

「顧客ファイルの番号間違えていたみたいで。」

「あーね。」

「でも、数日後に使うってメモついていて、取置き担当者の名前もついていて確認しないで使います?」

「うーん。使い方が法の抜け道を探すせこい犯罪者のやり方だねー。」

それを聞いて吹き出す後輩。少し湯気が少なくなった。

「例えやばいな。」

違う声が聞こえた。歳が近くて仲良くなった同僚の千伍区だった。

「えーもしかして使ったの千だったの?後輩の取るなんてえ山賊やん。」

本人も自分の事を千と言うので、呼び名がすぐ千に定着して呼んでいた。千は物凄く慎重で、自分がされたら嫌なことは絶対にしないと言う古風な面がある。もし間違えて誰かの取置きを使ってしまったとしたら、平謝りをして、自分で各所に謝り調達するはずだ。千が今回の在庫を使用してない事は、私も後輩もわかっている。わざとヘラヘラ笑いながら言うと、ぷぅっと頬を少し膨らませて少し不貞腐れた声で参戦してきた。

「違うし。」

「知ってるしー。」

顎を上にあげて歯を見えるようにニッとし、ニコニコしながら私が言うと、千は数秒無言ののち両手で私の両頬を顔の中心部に集まるように押しつぶしてきた。

「ぬぉぉぅ。ブサイクが更にブサイクになるぅよぉお。」

ニコニコしながら千が私に知ってるー。と言う。

「とりあえず在庫は確保できたから、今度は他の人が使わないように各社員に周知メール送るねぇ。さくら店にも、届く在庫に予約取置き用と使用担当者の名前も書いて送ってくれるって言ってたからぁ。」

頬が中心部に集められた不細工な顔のまま、私は話を続けた。

「そうしてもらえるとありがたいです。」

千の後ろにいる後輩は笑いを堪えながら答えた。後輩の湯気は気にならない程になった。

「それで使ったらほんと山賊だよ。」

メールも送るし、千も聞いていたので、流石に誰も使いはしないだろう。これで使う人はエビデンスが残る為、他部署からも他店からも総スカンを喰らうはずだ。

「うん。言い訳の逃げ道塞いだー。」

私がそのまま話を続けているのを見て、千は笑いを堪えられずに少し吹き出し手を下ろした。頬の圧が緩み解放された。そろそろもどらねば。及川さんの仕事が立て込む前に引き継ぎを済ませたい。

「したっけぇ、戻るねー。」

と2人に伝えた。

少し歩くと、千が声をかけてきた。

「いづつ。いづつ。」

「なした?」

近くに他の人はいない。

「ごめんね。」

「なにが?」

「こっちのミスで時間とらせちゃった。」

「してないっしょ。むしろ私が後輩の時間と千の時間使っちゃったんじゃないかな。すまん。」

ニコッと笑うと千は何か悩んでいるようだった。

「え、どしたん。」

きいても千は答えてくれない。

「まさか、本当に千が使ったん…」

「違わい!」

「ですよねぇ。」

2人で笑い合い、手を振り私は自分のデスクに戻った。及川さんはいたのだが、どうやらいない数分に自分の仕事をしていたようだ。私が近づくとすぐに気づいて声をかけてくれた。

「どうだった?」

「問題はなさそうです。」

「ん。それにしても他店の在庫の動きまで見てたの?」

「え?入荷した物と出ていった物は今の仕事上毎日見ますので、計算すれば自ずと出ます。で、発注タイミングは、各店勤めてましたから予測つきますし。」

「え、計算してるの?」

「在庫は数回見れば覚えれるじゃないですか。計算は足し算引き算だから、暗算でできますよ。」

「因みに、全部覚えてんの?」

「んー。全部ではないです。よく使う備品と、在庫よく出るものと、店舗ごと、というか社員さんが使いたがる在庫くらいですかねー。商品の概要見て、さくら店の店長こういうの好きで良く売りそうだなーとかみなと店の客層的にこれ売れるなぁとかですかね。あと、前の年の同じ月にどれ位出ているか比較したり。」

「え、まさか全部それ記憶してるの?」

「え?まあ、その方がある程度出るものの予測が頭の中で立てられるのでらくできますし。電話でたまにお客さんの商品概要の問い合わせにでた時も調べるの面倒だけどそれも覚えている分短縮できますよー。」

「じゃあ、商品全部把握しているってこと?てか、資料の場所も覚えて居るよね?あれも全部?」

「まさかぁ!調べてみて、会社の人使わなそうなものは覚えません。名前くらいは記憶の片隅にあるかもですけど。私覚えるの時間かかるので。容量もフロッピー並みだし。あ、フロッピーの方が多いかもだし。」

えぇぇフロッピィ…てかあの分厚い資料類片っ端から全部読んでるじゃん。とつぶやく及川さん。何か変な事言ってしまっただろうか。

「とりあえず、各店の現在在庫はここで見れるの知ってる?」

「はい。えと…面倒で。」

「え。開くのが?」

「毎回はそうですね。はい。」

「いや毎回計算している方が面倒でしょ。記憶しなくてもいいし。」

「うーん、聞かれた時に私遅いからパッと調べれないんです。だから覚えちゃった方がすぐ答える事ができてらくなんですけど。」

「記憶量限界あるっしょ。」

「まぁ、そうなんですよねえ。」

でも早く答えられないと仕事にならない。物の動きを管理し、次の動きを沢山の情報から予測して手を撃ち続ける。私の仕事はそういう所だと思っている。物の動きは人で決まる。人が何を考えているのかを予想できれば、物の動きの先を予測して配置できる。だから人への配慮も私の仕事だと思っている。現に社員の湯気が少しでも出ないように私が動ければ、売り上げも上がり易いし、私も過ごしやすい。良いことずくめだ。

「うーん、まぁ、上手く使いな?」

フロッピーよりか記憶の容量はあるだろうし、やり方は、人それぞれだし。という及川さん。

及川さんのように言われた事に対してすぐに反応出来るならいいのだが。私は凡人なのだ。湯気の一掃も出来ないし。それに、及川さんとは引き継ぎが終われば、別の仕事を任される事になるので、おそらく関わりは少なくなる。自分のやり方で進めても及川さんを困らせることはないだろうとこの頃思っていた。

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