及川さんが好きすぎて困っています
月終
第1話 及川さんの仕事
庶務課所属。とは言えうちの会社は庶務課は最近出来たので1人しかいない。そんな中小企業なので大きい会社と比べて、他の課の人との接点は非常に多い。多いし、うちの庶務課は一般雑用、それ以上を求められる事もある。いや、他の会社に勤めた事はないのでこれが普通なのだろうか。会社で使う棚が丁度いい寸法のが見つからないから作るとか、ポスターを外注しようとしたら、期日に間に合わなくて断られたから庶務課に作る依頼が来るとか。私は会社勤めは此処しか経験ないので、よく分からないが、平然と頼んでくる所を見ると通常運行なのだろう。経験不足は知識や情報で補わなければ。次は何の依頼が来るだろう。周りの仕事がどう動いているかを把握しておかないと一手が遅れて仕事が詰んでしまう。
「おつー。」
「あ、及川さん。聞きたい事あったの。」
元々、庶務課所属ではなく、営業、販売、在庫管理など様々な場所にいた為、聞かれた事は私がいた時と変わって無ければ答える事は可能だし、庶務課所属とはいえ、他の課から人員ほしいと言われれば一時的に手伝っている為、新しい事も自然と入ってくる。もちろんわからない事もあるので、一緒に調べたり、再確認は必ずしてもらう。時間のかかる案件はどの課からもどうやらまわってこなさそうだ。何件か質問に答えて、自分の机に戻る。
今日は元々配属の時に言われた事務仕事に手をつけれそうだ。経理系も小さい会社なので、全てではないが私がやる事になっている。PCを開きExcelファイルを開くと、声をかけられた。
「おいかわさぁん。この電球何処にありますぅ?」
五筒さんか。彼女は販売から移動でうちに来た。販売店舗は3店舗あり、3店舗とも経験した人は数少ない。店舗によって、売れるもの、規模によりする仕事の数と種類は変わる。彼女は始めマイペースなので、どこも上手くいかなかったのかと思ったが、何処の店舗の仕事もそつなくこなしていた。そして殆どの店舗の動きや細かいルール、商品の動きを覚えている。何より、そこに勤めている人が、店を運営するにあたって大事にしているものと、変えた方がいい改善点を察知する力が鋭い。ただ、人との衝突が嫌いだからあまり発言しないようだが。
今彼女は販売側の一般事務。その前は、数ヶ月だが同じ店舗の販売で一緒に勤めていた。特段必要な話をする事態少なくて、話すことはない。
「あー、それ入り口の?」
はい、とうなづく五筒。入り口とは、在庫室の入り口の事だ。あそこは他と比べてすぐ電球が切れる。流石に配線関係は見るのに限界があるので、これを取り替えてもすぐに切れるようなら、配線見れる人を呼んで貰おう。
「これ。」
場所を教えた。おそらく彼女は切れたら此処から自分で探して取り替えるようになる。人に頼む事を彼女は避けるから。だから、記憶が良いのだろう。
「ここよく切れるから、今度切れたら教えて。電気配線系見れる人呼ぶかもだから。」
「はい。」
お礼を言い、そのまま電球を持って行く彼女を呼び止めた。
「で。」
「で?」
「誰取り替えるの。」
「今手が空いてるの私だけだから。」
「脚立は?」
「取りに行くよ。」
取りに行く、という事は脚立ないのか。庶務課は他と比べ体力仕事が多い為、本来制服なのだが、私は常時作業着が許可されている。制服は落ち着かないので、特別制服勤務を言われない限り作業着だ。脚立を運ぶとなると、汚れるだろう。制服なら、汚れを取るのが面倒だったり、下手したら引っ掛けて破れてしまう可能性がある。
「したら、取りに行くから。電球持って行って待ってな。」
返事を聞く前に脚立を取りに行く。返事が後ろから聞こえたので軽く手を挙げて返事をした。
作業着の太もものポケットから作業用手袋を取り出してはめる。脚立を肩にかけて五筒の所に向かう。五筒の頭上を指差し、
「ありがとうございます。私取り替えられますので…。」
彼女がいい終わる前に脚立を組み立てのぼり片手を彼女に出す。
「いや、もう登ったから。」
少し戸惑ったようだが、そのまま電球を差し出してくれた。
五筒は微妙に高い所が苦手なのだ。タワーの上や山の頂上などは大丈夫なのだが、足場の悪い50センチ〜2メートルの高さが怖い。学生時代に掃除で机の上に登って黒板の上を拭き掃除していた時に同じく掃除に一生懸命だった同級生が登っていた机にぶつかり、大きく揺れた。落ちる事はなく、ぶつかった子も五筒も怪我はなかったが、恐怖がずっと残ってしまった。
登る事は出来るが、産まれたての子鹿の様にプルプルしている様子を及川は見た事がある。たぶん、本人は相当怖いに違いないが、それを見ていた同僚が笑ってツッコミを入れてる事にもしっかり反応して返していた。人にぶつかる様な発言をすることなく、変わってほしいとも泣き事も言わずに。結果、その時五筒は無事机の上に登り、蛍光灯の取り替えを終えることが出来た。
とは言え、今私が仕事が期日迫り詰んでるわけでもないし、これは庶務課の仕事だ。何より恐怖で震えが出る人よりかは取り替えは早く終わるだろう。
ついていた電球を取り外し、熱がない事を確認し、五筒に渡す。新しい電球を取り付けすぐ 着いた事を確認し、脚立から降りて畳んだ。数分で全て終わり、脚立を片付けに行こうとするとお礼を言われた。
「実は脚立登ったくらいの高さが1番苦手なんだぁ。ありがとう。」
「うん、知ってる。産まれたての子鹿みたいに前ぷるぷるしていたよね。」
聞いて少し驚いていた様だが、すぐいつもの顔に戻った。
「いたんですか?あの時。」
あの時とは、私が見た机の上に登っていた場面の事だろう。
「必死すぎて、私が声掛けても気づいてなかったもんなぁ。」
「え、そうだったんですか?」
「うん、代わるって言っても返事来なかった。隣に登ったらしい慌てて落ちそうだし、とりあえず怪我ないように見てたよ。」
少し離れたところで見ていて、大丈夫そうだと判断してから離れたので、ずっといたわけではないが、と伝えると、気づかなかったことに謝られてしまった。
「いや、謝ってほしかったわけじゃないのよ。もちろん茶化して見ていたやつと一緒にはされたくないけれど。」
すると、数秒止まりハッとした顔をして私を見た。どうらや、他の社員が茶化して見ていた事に気づいて居なかったようだ。
「どっちかなぁとは思っていたんですよ。でも心配して話しかけてきている人を茶化してるって言っちゃうのはなぁって思って言わなかったんです。」
「いや、うん。そうか。まぁ、私の主観だから、」
どう見ても、だったが、言わなくてもいいか。
「とりあえず、今の私の仕事がこれだから、いつでも声かけて。」
「したら、今度またあったらお願いしますね。」
ほわほわ笑い、五筒は自分の机に戻った。
私も脚立を畳んで肩にかけ、片付けに行く。
私の仕事は多様だが、五筒とはそこまでの深い接点はない関係だった。
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