第18話 私は一人じゃない
「エルネスト殿下、シアに触らないでください」
ロジェはエルネストを真っ直ぐに捉え、睨むようにして言った。
私は今の発言を驚いた顔で聞いていた。
(なんでそんな事を言うの? 自分は平気で触らせている癖に……)
「理由を聞かせてもらってもいいか?」
「はい。彼女は私の婚約者だからです」
エルネストが静かに問いかけると、ロジェは当然の様に答える。
今まで散々私の事を無視して来たくせに。
こんな時だけ平然とした顔で、婚約者だなんて答えてしまうロジェに吐き気がする。
「随分とおかしなことを言うんだな。そんな状態をいつまでも見せつけておいて、婚約者だなんて堂々と語れる君には呆れてしまうな」
「そ、それは……」
エルネストに指摘されても尚、ロジェはミレーユの腕を一切振り払おうとはしない。
ただ表情を曇らせ、困っているフリをしているように見える。
ロジェの考えていることは私には理解出来ない。
これが本来のロジェの姿なのだろうか。
「恥じることも無く、姉上を拒絶することもしない。今の言葉で十分過ぎる程、君の気持ちはフェリシアにも伝わったはずだ」
「……最低ね」
私はロジェを瞳に映すと、軽蔑するような冷めた声で呟いた。
その言葉を聞いていたロジェの顔色が一気に青ざめていく。
「君はフェリシアの気持ちを考えた事があるのか?間違いなく無いだろうな。いつだって姉上の言葉しか興味がないのだろう」
「……ち、違う! それはそうするように言われて、それで仕方なく……」
「ロジェ! 黙りなさい」
ミレーユの怒号が響くが、エルネストは更に無視して続ける。
先程からエルネストの言葉は厳しく聞こえるが、その声は至って冷静で淡々としていた。
(もしかして、わざとロジェを煽ってる?)
「確かに命令だったかもしれない。立場的に君が断れない事情も十分に理解出来る。だけど、素直に姉上の言葉だけを聞こうとした行為は愚かとしか思えない。本当にフェリシアのことを大切に思うのであれば、もっと他にやれる事はあったはずだ」
「……っ」
エルネストの言葉はロジェに向けられているものだと分かっているが、事実を口に出されると胸の奥が痛くなる。
ロジェにとっての私は、その程度の存在だと言われている気がしたからだ。
(もう、ロジェとは一緒にはいられないかも。婚約も解消してもらっていい……)
私は一人、投げやりな気持ちになっていた。
この気持ちを引きずった所で先には何もない。
ただ虚しい思いをするだけだ。
それならば、こんな気持ちは自らの手で断ち切ってしまった方が楽になれるのかもしれない。
(婚約が破談になったら、お父様驚くだろうな……)
私がそんな事を考えている間も、エルネストはロジェを責め続ける。
「フェリシアを守るためにしていた行為が、結果的に彼女を不安にさせ追い詰めることになってしまっては本末転倒じゃないのか? それどころかフェリシアが苦しんでいるのに、姉上の頼みを押しつけるなんて。結局君は自分のことしか考えてない。君自身が一番フェリシアを追い込んでいることに、いい加減気付いたらどうだ?」
エルネストは私が思っていたことを全て伝えてくれた。
それを聞いていたロジェは漸く理解出来たようで、かなり狼狽えている様子だった。
「君がどこまでフェリシアを追い詰めたいのかは知らないが、私は全力で彼女のことを守るつもりだ」
エルネストははっきりとした口調で宣言すると、再び私の方に視線を向けた。
先程まで泣きそうな顔をしていたのに、エルネストの顔を見ていると不思議と微笑んでいた。
私はエルネストの婚約者でもないし、恋人でもない。
ただの友人の一人だ。
だけど、彼なら本気で守ってくれそうな気がして、一人じゃないんだと思えたことが嬉しかった。
きっとこの笑顔は安心感から出て来たものなのかもしれない。
「……それに、姉上が反省しているとは到底思えない。今日のことだってそうだ。単にフェリシアを傷付ける目的でこの部屋に呼んだのだろう?」
「ち、違うわっ! 本当に私は反省しているの」
エルネストが目を細めると、ミレーユは慌てるように答えた。
「本当に反省しているのであれば、フェリシアに頭を下げて謝ってください」
「はっ!? なんで私がこの女に頭を下げないと行けないのよ。私は王女よ?」
ミレーユは私を睨み付けると、当然のように答えた。
突然鋭い視線を向けられ、私はビクッと体を震わせてしまう。
「姉上は謝る気はないと、そういうことですか。反省は全くしていないと受け取って構わないということだな」
「ち、違うわ……」
「謝る気になったのか?」
「……っ」
ミレーユは答えを渋っていた。
私に謝ることは、ミレーユにとってはかなり苦痛なことなのだろう。
「……わ、分かったわ。謝ればいいんでしょ? 悪かったわね」
ミレーユは面倒くさそうに、そっぽを向いてぼそっと呟いた。
「ふざけているのか? そんなの謝った事にはならない」
直ぐさまエルネストは返す。
「……っ、ごめんなさい。貴女には本当に酷いことをしたと思ってる……」
「全然足りないな」
「なっ! どうしたらいいのよっ!」
「そうだな。ここはフェリシアの言葉を直接聞く事にしようか。今から彼女が発する言葉は全て私が許可する。姉上は彼女の言葉を静かに聞いているんだな。勿論、途中で妨害なんてしたら私達はすぐにこの部屋から出る。当然姉上の願いを聞くことも無い」
(え? いきなり!?)
「分かったわ。聞くわ……」
そして、ここにいる全員の視線が私に向けられた。
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