第17話 王女の部屋で

 目の前には大きな扉があり、これを開いた奥にミレーユとロジェがいる。

 そう思うと、落ち着いていた鼓動が再燃するかのように加速する。


「エルネスト殿下、そしてお連れのフェリシア様、お待ちしておりました。中でミレーユ様がお待ちです」


 扉の前に立っているメイドが私達の存在に気付くと、声をかけてきた。


「フェリシア、落ち着いたら声をかけて。それまではこの扉を勝手に開けたりはしないから」

「はい……」


 エルネストの優しさに感謝した。

 この奥に二人がいるのだと思うと、緊張と恐怖から逃げ出してしまいたくなる。

 だけど私は惨めなまま終わりたくなくて、エルネストを巻き込み今その計画が動き出している。

 もう後戻りは出来ない。


 それにこれ以上ミレーユに従うつもりもない。

 そう決意したのは私自身だ。


 覚悟を決めると私はエルネストの方を向いた。


「心の準備は出来ました。前回は逃げ出してしまったけど、今日こそは絶対に負けません!」

「ああ、そうだな。今のフェリシアはとてもいい顔をしている。きっと上手く行くはずだ。扉はフェリシアが開けて」


 私は小さく頷くと扉に手をかけた。

 エルネストは私に扉を開けるように指示をした。

 扉を開く行為が、まるで自分自身の背中を押している様な感覚だった。

 それが力強く感じ、私に勇気を与えてくれる。


(もう我慢するのはやめる!)


 扉が開かれて行くと、視界の先にはいかにもミレーユが好みそうな派手で豪華な家具が目に飛び込んでくる。

 真っ赤な絨毯に、真っ赤な壁紙。

 そして壁の所々に、ミレーユの肖像画が飾られている。


(すごい迫力……。なんか凄まじい部屋ね)


 四方八方に飾られている、ミレーユの肖像画に見られている気がして落ち着かない。

 この部屋の異様な風景に圧倒されて、なんとも言えない表情をしていると、隣にいたエルネストは「何度見ても不快な部屋だ」と呟いた。

 私はそれを聞いて思わず苦笑してしまう。


(きっと王女殿下は自分が大好きなんだろうな)


「姉上、失礼する」

「……失礼しますっ」


 私はエルネストの挨拶に続けるようにして答えると、深々と頭を下げた。

 出来ることならば、ミレーユの前ではもう頭を下げたくはなかった。

 しかし相手は王族なので、礼儀を厳守しなくてはならない。

 ここは王宮なのだから尚更だ。


「あら、いらしたのね。そちらにどうぞ」


 ミレーユは私達の存在を確認すると、対面するソファーに座るよう促した。


 それにしても今ミレーユが来ているドレスは、女の私でも目のやり場に困る大胆なものだった。

 胸元が大きく開いていて、半分胸が飛び出ているようなものだ。

 普段からこのようなドレスを好んでいるのだろうか。


 そしてすぐ隣にはロジェが姿がある。

 ロジェと会うのは、あの日以来だった。

 私の姿を見て、ロジェはとても驚いた顔をしていた。


「どうして、彼女がここに……」

「エルネストが同席させるように呼んだらしいわ」


「なんで教えてくれなかったんですか?」

「別に言う必要は無いと判断したからよ。何か不満でもあるの?」


「……いえ」


 今のやり取りを見ている限り、ロジェは私が来ることを知らなかったようだ。

 そして私の顔を見るなり困惑した顔を浮かべ、直ぐに視線を逸らした。

 その様子は明らかにおかしかった。


「失礼する。フェリシア、私の隣においで」

「は、はいっ……」


 エルネストは私の前に手を差し出してくれて、その手を取り隣へと腰掛けた。


「失礼します……」


 その様子を見ていたミレーユとロジェはとても驚いた顔をしていた。


「貴方たち、いつの間にそんなに仲良くなったの? まさか、貴女……。婚約者がいる身のくせに、エルネストに色目でも使ったの?」

「……ち、違いますっ!」


 ミレーユは目を細めて軽蔑するような視線を私に向けてくる。

 私は咄嗟に否定した。


「彼女はそんなことはしない!」

「ロジェ、貴方に発言を許可した覚えは無いわよ」


「……っ」


 何故か直ぐにロジェが否定した。

 そしてミレーユは鋭い視線をロジェに向け、牽制する様に発言を封じた。


(本当に嫌な人……)


「どう見ても、色目を使っているのは姉上の方だ。そんなあからさまに男を誘惑するような服を着て、彼を誑かすつもりだったのですか? いや、この場合彼女に仲の良さを見せつけるため、と行った方が正しいのか。姉上が自室を選んだ時から、大体の考えは読めていたが」

「……っ、そう。でもその通りよ。ロジェはこの部屋に来るのは初めてではないの。私が学園を休む様になってから、毎日足を運んでくれているのよ。そうよね、ロジェ?」


 ミレーユは私に視線を向けると勝ち誇った様に微笑み、ロジェの腕に抱き着き胸を押し付けた。

 それを見て私は困惑した顔を浮かべてしまう。


「……ミレーユ、それは今は言わないでください」

「どうして? 事実じゃない」


「そうですが……」

「だったら問題は無いわね」


 ロジェは困惑した表情を浮かべていた。

 ミレーユに逆らう事が出来ずにそうしているのかもしれないが、婚約者である私が目の前にいるのに離れようともしない。


(毎日って……。やっぱり、そういうことなんだ)


 ロジェに復讐をすることを誓ったが、気持ちが全て消えた訳では無い。

 現実を目の前に突き付けられると胸が痛む。


 私が悲しをうな顔を浮かべていると、不意に手の甲が温かくなった。

 視線を手の方に向けると、重ねる様にしてエルネストの掌が被さっていた。

 今度はエルネストの方へと視線を移動させる。


 私が見ている事に気付いたのか、エルネストと目が合う。

 口はしなかったが、その瞳は『大丈夫』と言ってくれているように思えた。


(エルネスト様、ありがとう。今は王女殿下に流されてはダメよね。しっかりしなきゃっ!)


「そろそろ本題に入らせてもらえないか? 私達は、二人がじゃれ合っている姿を見に来たわけでは無いからね」

「そうだったわね。だけどエルネストの方こそどうなの。手なんて握って、人の事言えるの?」


「私はフェリシアのことを気に入っていますから。二人が仲良くしてくれたら、こちらとしても好都合だ」


 エルネストは再び私の方へと視線を向けて、優しく微笑んだ。

 その姿を見て私はドキドキして、次第に顔が赤く染まっていく。


「……っ!! 待ってください。シアは私の婚約者です!」


 そんな時、突然ロジェが会話に割って入って来る。

 エルネストはロジェに向けて冷たい視線を向けた。


「口だけの婚約者なんてフェリシアには必要ないよな?」

「……はい。必要ないです」


 エルネストは再び私の顔をじっと見つめて問いかけて来た。

 私は突然の展開に戸惑っていたが、不意に先程のことを思い出した。


 真っ直ぐ見つめるエルネストの瞳を覗いていると、本当に吸い込まれてしまいそうになる。

 私は少し声を震わせてしまったが、静かに答えた。


(……落ち着こう。だけど、一体いつまで見つめていればいいの?恥ずかしいっ……)


 次第に恥ずかしさを感じ私の頬は熱を帯び始めていく。

 するとエルネストはクスッと小さく笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る