第19話 自分勝手な王女

「あ、あの……」


 張り詰めた空気の中、私の震えた声が小さく響く。

 ミレーユに視線を合わせると冷酷な瞳で睨まれ、恐怖で言葉が止まってしまう。


(やっぱり、怖い……)


「フェリシア、大丈夫。ここで言った事は、誰も咎めたりはしない。フェリシアが溜め込んでいた気持ちを素直に口に出せばいい」

「……エルネスト様」


 エルネストは後押しする様に穏やかな声で呟く。

 一度は怯んでしまったが、再び決意するとミレーユに視線を向けた。


(大丈夫。今の私は一人じゃない。それに、これ以上我慢なんてしたくないっ!)


「王女殿下」

「なによ」


 私がミレーユに話しかけると、直ぐに冷たい声が返ってきた。


「私は、もう王女殿下の命令に従うつもりはありません」

「それはどういう意味? 私に刃向かうと言うの?王女の私に盾突くなんて、随分といいご身分なのね」


 私がはっきり答えると、ミレーユは不満げに眉を顰めた。

 その態度に今度はエルネストが口を開く。


「姉上。先程の私の言葉をもうお忘れですか? フェリシアが話し終えるまで静かに聞くようにと言ったのですが」

「……っ、そうだったわね。まあ、いいわ。続けなさい」


「王女殿下が私の事を嫌っているのは知っています。だけど、何が原因でその様に思われたのか理由が分かりません。もし、私が失礼なことをしていたというのなら謝ります。もうこれ以上、私に関わるのは止めてください。お願いします」


 自分の胸の音がうるさい程にバクバクと鳴っている。

 今までこれ程緊張したことは無い気がする。

 その中で言葉を選びながら慎重に声を出す。

 エルネストは発言を許可してくれたが、はやり相手は王女だ。

 ここで気分を逆なでする言葉を使って、更に因縁を付けられたらたまったものじゃない。


 私が最後に小さく頭を下げると、暫くしてからミレーユの声が響いた。


「発言しても?」

「……はい」


 私は恐る恐る顔を上げて、再びミレーユに視線を向ける。

 その瞳はしっかりと私を見捉えているが、怒っている様子は見受けられずひとまず安心した。


「私がどうして貴女を嫌っているか、知りたいのね」

「はい……」


「貴女は私が落ち込んでいる時に、幸せそうに笑っていたの」

「……?」


 ミレーユは思い出す様に話すと、忌々しい物を見るような瞳で私を睨みつけた。

 だけど私にはそんなことをした記憶などない。

 こんなことにならなければミレーユと関わる事すらなかった。


(私、王女殿下の事を笑った事なんてない。近づいたことすらないのだから、そんなこと絶対にありえない)


「あの、それって誰かと勘違いされているのでは……」

「勘違いではないわ。貴女とロジェって周りからは仲の良い恋人だと評判のようね。あの時も私の前で戯れていて、すごく不快な気分になったわ」


(は……? それが原因なの? そんなことで、今まであんなに嫌がらせをしてきたの?)


 余りにも突飛な理由過ぎて、私は驚いた顔を隠すことが出来なかった。


「呆れたな……。そんな馬鹿げた理由で今まで散々フェリシアに嫌がらせを続けて来たのか」

「当然じゃない。私の気持ちを害した事には変わりないのだから。しかも貴女、失礼なことをしておいて一度も私に謝って来ないんだもの」


「そんなの、分かるはずない!」


 私は思わず声を張り上げて答えてしまう。


「だから、貴女には何度も謝る機会をあたえようとしていたのに。貴女は無視するばかり。時にはすごい剣幕で睨んでいたわね。不敬に問われても仕方が無い事をしたのに、私は優しいから目を瞑ってあげたのよ。感謝しなさい」

「…………」


 ミレーユは自分の行いを正当化する様に、勝手な言葉を次々に並べていく。

 ここまで来ると呆れて何の言葉も出て来ない。

 それは隣にいるエルネストも同じようだ。


「そこまで言うのなら、貴女の行いを全て水に流してあげるわ。そして学園では貴女には近づかない。だけどロジェは私のものだから返さないけど、ね」


 ミレーユはチラッと視線の端にロジェを捉え、クスッと不敵に笑った。

 いつの間にかミレーユ主体で話が進められている。


(自分勝手なことばかり言って。謝る気なんて最初からなかったんだ)


 我に返ると、ミレーユに対しての怒りで感情が昂っていく。


(こんなの許せない!全て自分が行ったことが原因なのに、私の所為にしないで欲しい)


「いい加減に……」

「ふざけないでくださいっ!」


 エルネストの声と重なるように私は叫んでいた。

 今まで我慢し続けたこともあり、今回のミレーユの発言でその限界値を超えてしまった様だ。

 私の中で何かがぷつんと切れた。


「何が……感謝しなさい、よ。どれだけ自分勝手なの。そんな下らない理由で言いがかりを付けて、それを全部人のせいにするとか。王族であれば何をしても許されるんですか?」

「許されるわ。私は何をしても許される存在なの」


 私の言葉に一切動じることなく、ミレーユは当然の様に答える。


「……っ」

「許されるわけがない」


 私が言葉に詰まり困っていると、すぐ隣から冷めた声が響いた。


「姉上のことは王家が責任を持って裁く。軟禁程度では全く反省して無いと父上に報告させてもらうよ。それから北の塔に幽閉してもらえる様に頼んでおこう」


 エルネストは心底軽蔑した視線をミレーユに向けると、冷え切った声で伝えた。

 するとミレーユの表情が見る見るうちに焦りの色へと変わっていく。


「じょ、冗談じゃないわっ!! 私は罪人じゃないのよ! エルネスト、罰せられるのは私ではない筈よ。隣にいる女こそ不敬罪で捕らえるべきだわっ!」

「罪人は姉上だ。王家に泥を塗ったのだからな。いくら言っても人の話は聞かない。やりたい放題するのであれば、こちらとしても手を打つしかなくなる」


「酷い。酷いわっ!! 実の姉に向かって良くそんな事が言えるわね!」

「害悪な姉など必要ない。そう思ってる人間は私だけではないはずだ」


 ミレーユは取り乱す様に叫んでいたが、エルネストはそんな姿を前にしても落ち着いた態度を保っていた。

 こういうことは過去に何度もあったのだろう。

 この状態を何度も見て来たから、エルネストは冷静なのかもしれない。


「フェリシア、まだ言いたい事は残っているか?」

「いえ……」


「まあ、こんな状態になってしまえば言えないか」


 エルネストの言葉に私は苦笑した。

 するとエルネストは席を立ちあがった。


「フェリシア、戻ろうか。ここにいても気分を害すだけだ」


 私は小さく頷くと、エルネストに続く様に席を立った。


「ちょっと待ちなさいよっ! まだ話は終わって無いわ!」

「続きは隣にいる彼にでも聞いてもらってくれ。私達は姉上の下らない戯言に付き合う気はないからな」


 ロジェを一人残して行くのが少し気の毒に思えてしまった。

 だけど、私がここにいても状況は更に悪化するだけだろう。

 この王女には何を言っても通じないのだから。

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