第14話 覚悟
私は気持ちが落ち着くと、今日起こった出来事をゆっくりと語り始めた。
話している間、感情が昂ぶってしまう場面もあったが、エルネストは最後まで静かに聞いていてくれた。
言葉に出して伝えると、少しだけすっきりして心が軽くなった気がする。
「思い出すのも辛かっただろうに、よく話してくれたね」
「も、申し訳ありませんっ! 私、エルネスト様にはいつも助けて貰ってるのに、勝手にあんな依頼を受けてしまって」
私は罪悪感を覚えて勢いよく謝った後、続けて頭を下げた。
するとすぐに「頭を上げて」とエルネストの優しい声が響く。
その言葉を聞いて、私は恐る恐る顔を上げた。
そしてエルネストの表情を窺うように、ドキドキしながら視線を向けた。
視線が合うとエルネストは何故か微笑んでいて、怒っている気配は一切感じ取れなかった。
(怒って、ない? よ、良かった……)
私は安堵から、思わずへらっと気の抜けた笑顔を見せてしまう。
その様子を見ていたエルネストはクスクスと楽しそうに笑っていた。
「どうしました?」
「いや、君って本当に素直な反応をするなと思ってね」
「ははっ……、昔から良く言われます」
「そうだろうな。こんなにも分かりやすい反応をするのに、どうして君の婚約者は何も気付かないんだろうな」
エルネストは呆れたように呟いた。
その言葉に私は表情を曇らせた。
「まあ、その原因の大元も姉上にあるのだろう。他の人間を使って頼むなどと、反省していないと言っている様なものなのに。それにすら気が付かない姉上は本当に愚かだ」
エルネストは盛大にため息を付いた。
それに対しては私も激しく同意する。
今の言葉から察するに、エルネストはこの依頼を断るつもりなのだろう。
私はどうやってその事をロジェに伝えるかを悩んでいた。
判断するのはエルネストであると事前に伝えておいたが、簡単に納得してもらえるのだろうか。
「お断りの連絡は私の方から伝えておきます」
「その必要は無い」
意外な返答を聞いて、私はきょとんとしてしまう。
「姉上のことだ。きっと簡単には引き下がるつもりは無いだろう。また君にしつこく頼んで来る可能性もある。だから直接私が姉上と話してみようと思ってる。丁度いい機会だし、君も同席しないか? 恐らくフェリシア嬢の婚約者も一緒に付いてくるはずだ。彼を使って君に頼んで来たくらいだからな」
「たしかに……。エルネスト様が傍に付いていてくれたら、私も安心出来ます」
一人で行けば、また今日みたいに私の気持ちを無視する発言をされるかもしれない。
ミレーユのことだから、ロジェを使って私に精神的ダメージを与えてこようと企んでいる可能性もある。
私の中ではミレーユとは、非道な人間のイメージしかない。
その為、心を入れ替えたと言っていたロジェの言葉は全く信用していなかった。
(エルネスト様が一緒なら、王女殿下もあまり酷い事は言えないはずだよね)
この学園内で唯一、ミレーユに意見する事が許されている存在だ。
「それじゃあ、この件は決まりだな。今姉上は王宮にある自室に軟禁されているから、君には後日王宮に出向いて貰うことになるが構わないか?」
「それは大丈夫です。軟禁って、また何かされたんですか?」
「君の周りで起こった一連の出来事を父上に告げ口したんだ。そうしたら「あんな恥晒しをこれ以上人目に見せるな!」と激怒して、即刻部屋に軟禁させたってわけだ。さすがに私の力で姉上の行動を押さえつけることまでは出来ないからな。少し強引な手段を使ったが、結果的に喜んでいる者も多いと聞いたし、姉上に直接灸を据えることも出来て良かったと思ってる」
エルネストは淡々とした口調で話していた。
(やっぱり、王女殿下を押さえつけることが出来るのは陛下だけなのね)
「今回、姉上が君の婚約者を使って頼んできた目的は恐らくこれだ。軟禁を解いて欲しいという依頼だろうな。少しは反省していると思っていたが、全くその様子はなさそうだけどな」
「…………」
私は内情を聞いて呆れ果ててしまった。
全く反省していない。
その言葉に尽きるのだが、ロジェは本気でミレーユが変わろうとしていると信じている様子だった。
(もしかして、ロジェは王女殿下に騙されているのかな。そうだとしても、私に出来ることは何もないのかも)
ロジェの気持ちがミレーユに向いている以上、私がいくら言っても分かって貰えないだろう。
現に今日のロジェの態度を見ていれば一目瞭然だ。
「……悔しいな」
私はぽつりと本音を漏らしてしまった。
「結局私は王女殿下の意のままに動いていたって事ですよね。婚約者を奪われた挙げ句、こんな依頼まで受けてしまって……」
私は悔しさを滲ませ、掌をぎゅっと握りしめた。
結局私は何をしてもミレーユには敵わないと言われているようで、悔しくて堪らなかった。
「君の無念も一緒に晴らしてやらないとな」
「え?そんなこと、出来るんですか?」
「君にその気があるのなら、手伝いをしよう。君はどうしたい?」
「……私は」
突然のエルネストの提案に、私は俯いて自分が何を望んでいるのかを考え始めた。
「もし可能なら……」
私はエルネストの反応を窺うように見つめた。
「言って。君の考えを私に聞かせてくれないか」
「……はい。出来るなら同じ事をしてやりたい。私と同じ気持ちを思い知って欲しい」
これは復讐なのかもしれない。
私が味わったこの悔しさを、同じだけ返してやりたい。
「同じ事、か。それは姉上では無く、婚約者に向けてと言うことか?」
「え? あ……」
今の私の答え方からだと、そう聞こえてしまうかもしれない。
(ロジェに私と同じ悔しさを……)
その時、私の心には悪魔が住み着いた。
婚約者である私の気持ちを無視して裏切ったロジェに復讐したい。
そう、強く望んでしまった。
「出来ますか?」
「後悔はしないか? 君が行動を起こせば、最悪婚約が破談になる可能性もある。その覚悟はフェリシア嬢、君にあるのか?」
(婚約が破談……)
私はその言葉を聞いて唾をゴクリと飲み込んだ。
私がしようとしていることは、そうされても仕方が無いことだと思う。
今まで何よりも大切にしていたロジェを裏切る行為だ。
そんなことをしていいのかと、私の良心が訴えかけてくる。
(だけど、先に裏切ったのはロジェの方だし……)
ロジェの心が私に向いていない以上、例えこのまま一緒にいても上手く行くとは到底思えない。
私が思い描いていた、幸せな未来を迎えることはないだろう。
私が行動してもしなくても、きっとそれは大した差にはならないはずだ。
それならば――。
「覚悟はあります」
私は真っ直ぐにエルネストを見つめて、静かに答えた。
「そうか。分かった。君にはその権利はあるし、私は巻き込んだ責任があるからな。君のその依頼、受け取るよ」
「エルネスト様には助けて貰ってばかりです。全てが終わったら、私がやれる範囲のことにはなってしまいますが、何かお礼を……」
咄嗟にそんなことを口にしてしまったが、立場が明らかに上のエルネストに対して、お礼出来ることなどあるのだろうか。
言った後に気付いて、私は苦笑した。
(どうしよう……。勢いで言っちゃったけど、私にお礼出来ることなんて無いのに……)
「君からのお礼、楽しみに待ってるよ」
私が戸惑っていると、エルネストは柔らかく微笑んでいた。
そして私は「ま、任せてくださいっ!」と思わず答えてしまい、その後笑われてしまった。
「日取りが決まったら、改めて連絡させてもうよ」
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