第13話 傍にいてくれる人

 私は屋敷に帰ると、すぐに自分の部屋へと閉じ籠った。

 そして布団の中に潜り込み、今まで我慢していた感情を一気に吐き出すように泣き出した。

 今私の心を埋め尽くしているのは、悲しみなんかでは無い。

 ずっと我慢していたことが何の意味も無かったのだと知り、それが虚しくて泣いているのだと思う。


「一番間抜けなのは私だったんだ……」


 考えてみれば、気付く機会は何度もあった気がする。

 二人の関係が親しくなっていくことに、私は気付いていた。

 だけどそれを認めたくなくて、現実から目を背けた。


 たった一ヶ月の間に、ロジェの心は私から離れていった。

 私はミレーユに簡単に婚約者を奪われたのだ。

 そんな自分が惨めで、虚しくて堪らない。


 それだけではない。


(どうしよう……。ロジェからの依頼を引き受けちゃったけど、なんて伝えたらいいんだろう)


 私は断りにくいという安易な理由だけで、安請け合いしてしまった。

 その事を今になって後悔するが、もう遅い。

 今まで私の為に何度もエルネストは動いてくれた。

 それなのに、私はエルネストが嫌っているミレーユの頼みを話さなくてはならない。


(幻滅されるかな……)


 新たな悩みに翻弄され、全てを投げ出したい気持ちになってしまう。



「フェリシア嬢、そこにいるのか?」


 不意にエルネストの声が聞こえたような気がした。

 しかしここは私の部屋であるので、空耳に違いない。


「…………。ここにいるのは分かるのだが、勝手に触るのもな。フェリシア嬢、出てきてくれないか?」


 再び声が響き、私は不思議に思って布団を少し捲り上げた。

 すると目の前には困った顔をしたエルネストが立っていた。


「え? ……っ!? な、なっ、なんでここにエルネスト様がいらっしゃるのですかっ!? ここ、私の部屋ですよっ!?」


 私は慌てて布団から飛び出ると、ベッドの上で何故か正座をし始めた。

 そして慌てるようにエルネストに向けて声をかけた。


(一体何がどうなってるの!? なんでエルネスト様が私の部屋にいるの!?)


 思いがけない事態に私の頭は混乱していた。


「伯爵にフェリシア嬢とは友人だと告げたら、簡単に部屋まで通してくれたんだ」

「…………」


(お父様、なんてことをっ! せめて応接間に通すとかにして欲しかったわ……)


「泣いていたのか?」


 目元を真っ赤に腫らしている私の顔を見て、エルネストは心配そうに訪ねて来た。

 私はその言葉を聞いて、慌てて目元を指でごしごしとなぞっていると腕を掴まれる。


「そんなに強く擦ったら、余計に悪化するぞ」


 エルネストは困ったように返すと、優しく指で涙を拭ってくれた。

 突然エルネストとの距離が縮まり、ドキドキしてしまう。


(エルネスト様の指が私の目元に触れてる……! ど、どうしようっ)


 私があたふたと焦っていると、エルネストはベッドに視線を向けた。


「その隣、座ってもいいか?」

「は、はい……」


 私は緊張しながら小さく頷いた。

 エルネストは「ありがとう」と言って私の隣に腰掛けた。


「まず私がここに来た理由からだな。急に来て驚かせてしまったよな」

「驚きました。いきなりいるから……」


 私の言葉を聞いてエルネストは苦笑した。


「驚かせて悪かった。今日君が婚約者と話すと言っていたから、少し気になっていたんだ。この前の事もあったからな」

「私のこと、気にしてわざわざ来てくださったんですか? なんで……」


「なんでって。それは友人だからな。心配するのは当然だろう?」

「……っ」


 当然の様にサラリと答えるエルネストに、再びドキドキしてしまう。


「だけどここに来てみれば、君は目を真っ赤に腫らしていた。来て正解だったのかは分からないが……。言いたくなければ無理強いはしない。だけど、話す気があるのなら聞かせてくれ」

「……っ、うっ……」


 エルネストの優しさが胸に染みて感情が昂り、目の奥が再び熱くなる。

 唇を噛み締めて必死に耐えていたが、私の目からは大粒の涙が勝手に零れ落ちていく。


「ずっと我慢していたんだよな。辛かったな」

「わた、しっ……」


 感情が昂っているせいで、声が思うように出ない。

 するとエルネストは優しく微笑みながら言った。


「今は無理に話さなくていいよ。フェリシア嬢が泣き止むまで待っているから。辛い気持ちは全て涙と共に吐き出してしまうといい。その方がきっと楽になれるはずだ」

「ううっ、ありがと、うっ、ござっ……ますっ……」


 今の私は相当に酷い顔を晒しているのだと思う。

 だけど不思議なくらい安心感に包まれていて、私は夢中で泣き続けた。


 それから暫くして、泣き疲れた頃に漸く涙は止まった。

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