第12話 変わってしまった婚約者
放課後の教室には私とロジェの姿があった。
久しぶりということもあり、なんだか緊張してしまう。
「シア、久しぶりだね」
「……うん」
会話はどことなくぎこちなさを感じ、そこで止まってしまう。
他の生徒達はとっくに教室を出て行ってしまったので、室内も廊下もガランと静まり返っていて、この沈黙が余計に重く感じる。
「あのっ」
私は我慢出来なくなり、口を開いた。
ロジェはその声に反応する様に、視線をこちらへと向ける。
「私はいつまで我慢したらいいのかな。今の王女殿下に力が無いのなら、もうこんなふざけた命令には従わなくても大丈夫、だよね?」
私ははっきりとした口調で伝えた。
そこには怒りの感情が篭もっていたのかもしれない。
ミレーユさえいなければ、私達はこんな状態にはならなかったのだから。
恨んでしまうのは当然のことだ。
「シア、そのことなんだけど……」
「うん……」
私はロジェの回答をドキドキしながら待っていた。
『もう我慢しなくてもいいよ』という言葉を期待しながら。
「シアって最近エルネスト殿下と良く一緒にいるみたいだけど、仲がいいの?」
「え?」
私の期待とは裏腹に、全く関係の無い言葉が返って来て、きょとんとしてしまう。
そして突然そんなことを言われ、なんて答えて良いのか悩んでいた。
エルネストと友人になった事を素直に伝えたら、きっとロジェは驚きそうだ。
それに自分の口から、エルネストと友人だなんて言ってしまってもいいのだろうかという思いもあった。
「それを踏まえた上で、シアに頼みたいことがあるんだ」
「……?」
ロジェは真剣な顔で私のことをじっと見つめていた。
(私に頼みたいことって何だろう……)
「ミレーユ……。いや、彼女は今まで数々の非道な行いをしてきた。それは絶対に許されないことだというのも分かってる。だけど、今彼女は本気で反省しているようなんだ。家族から見放されることが何よりも辛いのだと話していたよ」
ロジェは一体何の話をし始めるつもりなのだろう。
ミレーユを擁護している様な発言に聞こえるが、その意図が分からず私は眉を顰めた。
(そんなの、自業自得じゃない……)
「だから、シアからエルネスト殿下に頼んで貰えないか?」
「え?」
「彼女の父親である皇帝陛下に、謝る機会を与えて欲しいと……」
「なにを、言ってるの?」
「シアだって酷いことをされたのだから、許せない気持ちがあるのは分かってる。だけど彼女は変わりたいと言っていた。学園を卒業すれば嫌でも嫁ぎ先の国へと送られることになるだろう。話す機会を与えて貰えれば、彼女も新たな気持ちで前に進めると思うんだ」
ロジェの口から信じられない言葉を次々に聞かされ、私は固まっていた。
何故そんな事を話すのか理解出来なかったからだ。
(ロジェにとっても、王女殿下は敵では無かったの? あんなに酷いことをしているのに、なんで肩入れしようとするの?)
理解出来ないし、したくもない。
私がミレイユのせいでどれだけ辛い立場に追いやられていたのか、ロジェは分かった上で言っているのだろうか。
学園内で孤立して、私に近付いて来る生徒なんていなかった。
相談する相手もいなくて、ずっと一人で我慢してきた。
それらは全て、今までの生活を取り戻すためだ。
ロジェとの楽しい学園生活を送りたかったから、私はずっと耐えて来た。
それなのに私の気持ちを無視して、酷いことをしてきたミレーユを助けるために手を貸せだなんてあんまりだ。
(ロジェは私の婚約者じゃなかったの? 大事にしてくれるって言ったのは、嘘だったのかな)
急に胸の奥が締め付けられるように苦しくなり、目の奥が熱くなった。
やっぱり、あの時に見た光景は間違いでは無かったのだと気付いた。
もうロジェにとっての一番は私ではないのかもしれない。
「……シア?」
私が俯いていると、ロジェは心配そうな声で名前を呼んだ。
「ロジェはあんなに酷いことをされたのに、なんで助けようとするの?」
「……彼女は可哀そうな人なんだ。王族であった為に、幼い頃から彼女に逆らう者はいなかった。その所為で善悪の判断が付かないまま成長してしまった。皆彼女を恐れ、近づこうとする者はいない。そんなこともあって、彼女の性格はねじ曲がってしまったんだと思う」
「だからって誰かを傷付けていい理由になんてならないよ。しかも王女殿下はそれを一切悪いなんて思ってない。最悪じゃない……」
「そうだね。最悪だな。だけど、彼女はそんな自分はもう辞めたいと話していた。今回の事で目が覚めたのかもしれないな。僕達が関わったのもきっと何かの縁だ。だから僕は彼女の力になりたいと思ってる。シア、頼むよ。力を貸してくれないか?」
ロジェは苦しそうな声で呟くと、突然私に向けて深々と頭を下げてきた。
その姿を見て、私の心はざわざわと揺れ始める。
ロジェに対して再び不信感を抱いてしまう。
だけど頭を下げられてしまえば、断るのは気まずく感じてしまうのも事実だ。
卑怯だと思った。
私が断れない状況を作って、無理矢理従わせようとするやり方に、初めてロジェに対して憎らしいと思ってしまった。
「決めるのは私では無く、エルネスト殿下だから。一応話はしてみるけど、断られても文句は言わないでね」
「……ああ、シア! ありがとう!」
ロジェは私の言葉を聞くと、顔を上げて安堵したように笑顔を見せた。
そして私の事を抱き寄せようとしてきたので、私は咄嗟に胸を押しやってそれを拒絶した。
「シア?」
「……話はもう終わり。今日は話せて良かった」
私は俯きながら一方的に話を終えると、教室から出て行った。
背後から『シア!』と叫ぶ声が響いてきたが、私は無視して走って逃げた。
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