第5話 裏切り
「アッイスー、アッイスー」
ミルルは上機嫌に先を行く。山と山の間、田舎のバス停のような所にポツンとあるアイス専門店が、少し高いがとても美味しいのだ。
ボクはミルルのヒラヒラと揺れるスカートに気を取られながら背中を追った。
「あれ? シャチ先生とミラだ。他にも8人も先生がいる。アイス帰りかな?」
「んー? 本当だ、先生達も御用達の店なんだね」
「シャチ先生ー! ミラー!」
ミルルが声を上げて手を振るが、反応がない。何やら神妙な面持ちでこちらに向かってくる。ボクたちから10mほど距離をとったところで立ち止まり、先頭にいた人に声をかけられる。あの人はたしか、入学する時に挨拶した、学園長のムスブ先生だ。
「キラ君、だね。あ、場所はそこで良いですよ」
少し遠いのでボクから歩み寄ろうとしたが、なぜか手を伸ばし、それ以上近づくなと言わんばかりに制止された。
「ミラ君から、君が英霊の名前を思い出せないのに武具を召喚したと聞いたんだが、本当かね?」
「あ、そうなんです! 夢の中でボクが女の子に名前を付けたんですけど」
一斉に先生方がざわめき出した。シャチ先生はより一層眉をひそめてしまう。
「ほう、名前を教わったのではなく、付けたんですね。それで?」
緊張感のある空気だ。まるで尋問を受けているようだった。
「はい。それで、名前は思い出せないんですけど、武具は出せてて。それが変だってみんなが言うので、困ってて。ほら」
ボクは右手に意識を集中させると、刀が三つついている鉤爪が召喚された。
「バカな……神具じゃないか」
「それも無詠唱だ、あり得ない」
「災禍の王の器……我らの英霊の仇」
他の先生方が何やらボクに向かって悪意を向けて来ている気がする。
「決まりですね。残念ですが、キラ君。君は犠牲に__」
「お待ち下さい。俺に責任を取らせて下さい」
シャチ先生が学園長を制した。責任? 一体何のことなんだ。
「……いいでしょう。くれぐれも油断せぬように」
「はい。ミラ、頼む」
学園長の前に出たシャチ先生の隣にミラが移動した。
「【夢を揺らして マリナ】」
ミラが武具を召喚し、シャチ先生にエンチャントをかけた。一体何が起きているんだ。
「【盃の誓い 宵闇を照らす 覇王の栄光を ジャミニクス】」
シャチ先生は三段階の祝詞を上げた。つまりきっと、めちゃくちゃ本気ということだ。
シャチ先生の両腕が金色のアーマーで覆われた。右手を握ると、そこにエネルギーが集まっていく。
「シャチ先生、ボク何か悪いことしたんですか?」
「すまないキラ。世界のためなんだ」
「やめてよ先生! 【聖なる守護を アトパライズ】」
ミルルは思わず盾を召喚した。しかし、祝詞を三段階まで詠唱した先生の攻撃は、おそらく防げない。
シャチ先生は踏み込み、右手を振りかぶった。そして__踏み込んだ足を軸足に回転し、学園長をぶん殴った。
学園長はとっさに無詠唱で出した武具で身を庇ったが、後方まで吹き飛ばされていく。
「お、おい! 【鼓動を ぐああ!」
シャチ先生は他の先生方6名も詠唱される前に高速で動き、殴って気絶させていった。ミラがミルルの盾の後ろに入った。
「もー! あんた責任とんなさいよ!」
「なんの責任?!」
ミラに何かの責任を取らされそうになっていることと、シャチ先生がボクのために学校を裏切ったことだけはわかったけど、後は何もわからなかった。
「キラ、2人を頼む!」
「頼むって、何をですか?!」
何から何までわけがわからない。すると、目の前に突然ロングソードを持った男が現れて、ボクたちに切り掛かった。
ミラは戦えない。ミルルの盾の裏側からの攻撃なので防げない。死んだ……と思ったが、右手の鉤爪が勝手に動き、ロングソードと襲いかかってきた男ごと吹っ飛ばした。
「化け物が……!」
倒れた男はボクに向かって言った。ひどい、傷つく。
シャチ先生を見ると、巨大なハンマーを振り回す学園長と既に戦いあっていた。
「取り逃した教頭先生だ! 大丈夫、キラなら勝てる! 俺は学園長を抑えるから、早く倒して加勢してくれー!」
え? シャチ先生がこちらに加勢するのではなくて?
この戦い、もしかしてボク頼りなの?!
「あんた強いんでしょ? なんとかしてよ!」
ミラに肩を掴まれてガコガコと揺らされる。
「私は何があってもキラの味方だから」
ミルルは盾を構えて、学園長からの強襲に備えている。教頭先生は立ち上がり、武具を構え直した。
ええい、もうどうにでもなれだ!
立ち上がり襲ってくる教頭先生の前に右手の鉤爪を向けると、また勝手に体が動き出した。
ボクは手を向けながら距離を詰めるだけで、どんどんと教頭を追い込んでいった。
このまま行くと勝手に鉤爪が教頭を殺してしまいそうだったので、完全に右手に気を取られてる教頭の顔面を左手でぶん殴った。
吹っ飛ばされた教頭の両足を、自らの意思で鉤刀で突き刺した。
「ぐあああああああ!!」
「ご、ごめんなさい! だって殺そうとするから」
ひとまずはこれで襲って来れないだろう。シャチ先生の方を見ると、劣勢でおされていた。
「キラー! 早く助けてくれ、負けそうだー!!」
「シャチ先生、あなた自分が何をしているか分かっているんですか?」
振り下ろされた巨大なハンマーをシャチ先生は両腕をクロスさせて受け止める。
「戦死した親友の倅の面倒をみてます。それだけです」
シャチ先生はハンマーにアッパーをして抜け出し、もう一度エネルギーをこめたパンチを繰り出した。学園長はハンマーで身を守る。
シャチ先生はその隙にボクたちのそばに移動した。
「はぁっ……はぁ……! 教頭先生は倒したのか、凄いな災禍の王の力は」
「災禍の王ってなんですか?」
「説明は後だ。まずは学園長を……」
学園長の方を見ると、いつの間にか現れていた男に深々とお辞儀をしていた。
白いロングコートのような服を着て、背は高く、30代前半くらいに見える男は学園長に何かを伝えると、ボクの方を見て笑った。
シャチ先生は青ざめた顔でボクに告げる。
「いいか、キラ。死にたくなければ英霊の名前を思い出せ」
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