狙われる器

第4話 壁に耳あり、障子に目あり

 シャチ先生の引率に、ダリル、ボク、ミルル、ジャン、そしてエンチャント系の武具が使えるミラが同行した。

 兄はこの流れで亡くなってしまったのだ。優しく強いキルトを思い出し、ボクは悲しくなった。 


「大丈夫?」


 ミルルが移動中にボクの気落ちに気づいて声をかけてくれた。 


「うん。ちょっとお兄ちゃんのこと思い出しちゃって。でも大丈夫、ボクも戦うよ」


「武具が出せないのに何故参加したんだ。危ないからお前は来るな。足手纏いだ」


 ダリルが苛立ちながらボクに告げた。


「ダリルの言う通りだ、帰れ帰れ」


 ジャンもダリルに賛同した。


「い、いくよ。ボクも戦いたいんだ」


「キラのことは私が守るから。一緒に戦おう」


「ありがとう。それに、ボクがミルルの剣にならないとね」


 ミルルは嬉しそうに笑った。ダリルは構ってられるかと、シャチ先生のそばに寄った。ジャンは舌打ちすると、ダリルの背中を追った。戦闘で最前になる場所へ自ら進む2人は、着いていくだけで勇気が必要なボクと違って勇敢に見えた。


「シャチ 作戦指定箇所に到着しました。訓練生5名も同行しています」


 無線で伝える。今回はアバベルに既に荒らされて、廃墟になってしまっていた街、バルドルが舞台だ。無線から指示が届き、シャチ先生は皆にそれを共有する。


「ミラは俺とダリルとジャンに肉体強化をエンチャントしてくれ。ダリルとジャンは俺に帯同し、アバベルを最前線で殲滅。ミルルとキラは、退路の確保だ。ここと、ミラを守っていてくれ」


 シャチ先生が作戦を告げ、ミラが武具を解放した。紫色の髪色をしたボブで、目元が隠れている。他者に肉体強化できる能力は貴重で、重宝されている。第一線での活躍も既に約束されているだろう。 


「はい。【夢を揺らして マリナ】」


 ミラが魔法杖を顕現させ、肉体強化を三人にエンチャントした。 


「よし! それでは、作戦開始!」


 シャチ先生とダリルとジャンは、一瞬にして見えなくなった。暫くすると、戦闘の音が聞こえてきた。 

 訓練生が帯同できるということは、出現してもレベル3までのアバベルということだろう。そこまで怯える必要はなかったが、兄の件があったため油断はできなかった。突如現れたレベル5のアバベルと、兄は訓練生にして勇敢にも仲間を救うために差し違えたらしい。


「はあ。私達だけで大丈夫かしら」


 ミラがこちらをみてつぶやいた。明らかな嫌味だが、仕方ない。命に関わる事なのだ。 


「退路ってことは、ここに出現する可能性は低いってことだし、私がいるから大丈夫よ。それに、いざとなればキラもいるし」


「ミルルが居てくれるのは心強いけど、キラは英霊の名前すら知らないのよ。一般人と変わらないじゃない。一方的にやられなきゃいいけど」


「えーと」


 ボクがドギマギしていると、ミルルが耐えられなくなり言った。 


「キラ、出しちゃえば? ミラはびっくりするだろうけど」


「え、いいの?」


「もしかして、私が出さない方がいいかもって言ったから何もしなかった?」


「うん」


「ごめんなさい、私のせいで皆にまたバカにされて」


「ねえちょっと待って。キラは本当に名前を知らないのに武具が出せるの? ……やってみせてよ」


「うん、いいよ。えい」


 ボクは鉤爪が出てきてくれないかなーと思うと、胸の辺りが輝き、その光が右手で形を成した。 


「はあああああ?!?! えい、で出るの?! なんで授業中出さなかったのよ!!」


 いや、だからそれはミルルが大事になるかもだからやめとけって言ったからさ。名前を思い出せないボクも悪いんだけど。


「キラかっこいいー!」


 ミルルが拍手している。ミラはまだ信じられないと言った様子だ。そうだよね、シャチ先生でも無詠唱顕現は出来ないみたいだもんね。


「ね、出てくるでしょ。ミルルとミラはボクが守るから、安心して」


「ちょ、調子にのるんじゃないわよ!」


 ミラは頬を染めて腕を組んだ。ツンデレなのかもしれない。


「キラ、頼りにしてる!」


 ミルルは目を輝かせた。実績と信頼があるからね。ボク、頑張るよ。膝は戦いを考えるだけで笑っちゃうけど、覚悟はあるよ。

 解除の祝詞なしに武具を光に変えて体内に戻すと、ミラはまた驚いていた。


 いつ襲われるかと緊張の糸を張り巡らせていたが、ボク達の出番はなくあっさりと初任務は終わった。


 ミラはボクが無詠唱で武具を出したことを皆に伝えたが、到底信じていない様子だった。

 ミラまで嘘つき呼ばわりされそうだったので、何も言わなくなった。

 今出すことも出来るが、見せびらかすようなことでもない気がして、辞めておいた。


 放課後、ボクとミルルは帰りに寄り道をして、初任務を終えたお祝いに二人でアイスを買いに露店に向かっていた。

 アイス、楽しみ。


 ○


「なんですか、シャチ先生。私だけ呼び出して。もしかしてエッチなことしようとしてます?」


 ミラは制服のスカートを下着が見えるギリギリまでたくし上げた。


「バカ言うなよ。まあ座ってくれ」


「触ってくれ?」


「す わ っ て く れ」


「先生真面目〜」


「はあ……」


 夕暮れの教室に、シャチはミラを居残らせていた。促されるとふざけていたミラは最前の講義席についた。シャチは教卓ではなく、ミラの目の前に立つ。 


「今日話していたことは、本当か?」


「ん? なんのことです?」


「キラが英霊の名前を知らないのに、武具を顕現したって話だ」


 シャチはミラの耳元により、小声で聞いた。


「あ! それそれ、そうなんです! 私もびっくりしました、学園長クラスにしか出来ないとシャチ先生が仰っていたので」


「……名前を覚えていない状態で武具を出すことは、学園長でも出来ない」


 あまりに真剣な面持ちでシャチが言ったため、ミラは息をのんだ。


「え?」


「目の前で見たんだよな? 本当に名前も、祝詞も上げずに武具を顕現したんだな?」


「は、はい」


「わかった。この件は誰にも言わないでくれ。俺の方で色々動いてみる」


「その話、詳しく聞かせていただけますか?」


 シャチが驚き教室と廊下へ続く扉を見ると、学園長が不適な笑みを浮かべていた。


「学園長、いつから」


「目の前で見たんだよな? あたりからですね。詳しくは学園長室で」


 促されるまま、シャチとミラは学園長室に移動した。黒い回転式のいかにも高級そうな椅子に学園長は腰をかけた。いつの間に呼び出したのか、ゾロゾロと教頭含む教員が集まってきた。


「で、英霊の名を覚えていないにも関わらず、祝詞を上げずに武具を発現した、というのは誰のことかね」


「い、いや」


 ミラが口ごもり、シャチの方を見る。学園長の言葉をうけて、全教員はざわめき出した。 


「正直に答えなさい。でなければ君ら2名は拘束対象とさせて頂きます」


「学園長、お待ちください!」


「シャチ先生は黙っていなさい!! これがどれほどの事態なのか、お分かりない貴方じゃないでしょう!」


 学園長の怒号で、室内が静まり返った。学園長の視線と圧に耐えきれず、ミラは口を開いた。


「同期のキラです」


「そうですか……。残念ですが各員、戦闘準備を。事実確認が取れ次第、完全に目覚める前に、器を破壊します。シャチ先生も責任を持って作戦に参加するように。自分のクラスの生徒なんだ、最後に引導を渡してやりなさい」


 学園長は立ち尽くすシャチの肩を叩き、教員を引き連れて移動を始める。 


「先生、どうしよう私のせいで」


 ミラは責任を感じて今にも泣き出しそうだ。シャチはミラの頬を撫でた。


「ミラのせいじゃない。我々も行こう」


「でも」


「何かの間違いかもしれない。それを祈りながら向かおう」


「うん……」


 ミラは一体なんのことなのか分からなかったが、キラが殺されようとしていることだけはわかっていた。

 ミラはキラを疎ましく思っていた。しかし、それは死んで欲しいとまでは到底言えない、些細な感情だった。後悔に胸が苛まれる。

 すると、シャチはミラに小さなメモを渡した。それを見ると、ミラは小さく頷き、破ってスカートのポケットにしまった。

 二人は学園長達の背中を追った。


         ⭐︎⭐︎⭐︎

 ご愛読ありがとうございます、君のためなら生きられる。と申します。

 ここまでで12000文字になります。沢山読んで頂けて大感謝です!

 もし少しでも楽しんで頂けた方は、しおりと星を頂けると幸いです。

 宜しくお願いします!

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