第3話 名前は……
「おはよーキラ! いこっ」
「うん、おはよー」
「ミルルちゃん、ありがとねえ。行ってらっしゃい」
「とんでもないです! あ、これお借りしたお召し物です。ありがとうございました」
ミルルが紙袋にいれた借りていた服を丁寧に返した。
「いってきま〜す」
ボクも母さんに告げ、歩き出す。ミルルがボクの腕を組んだ。制服はすぐに新しいものが支給されたらしく、新品になっている。
「嫌だなあ、学校」
「いじめられたら私が助けてあげるから」
それはそれで恥ずかしいんだが、贅沢な悩みなのかもしれない。前世でこんなに味方してくれる人は居なかった。せっかく力も使えるようになったし、頑張ってみよう。
「うん、助けて」
「キラ素直で可愛い〜! 昨日はあんなにかっこよかったのにね」
「そう?」
ボクとしてはガクブルしながら鉤爪を振り回してるだけだったが。
「うん! 私もうダメかと思ったもん。王子様みたいだったよ」
満面の笑顔を向けてくれて、ボクの自己肯定感が上昇した。学校、頑張れる気がしてきた。
そうはいいつつ、ボクの足取りが重かったせいで、教室に着くのは始業ギリギリだった。
久しぶりに登校したボクをみんながジロジロと見てくる。
「おいおい、キラが来たぞ。今日も見学でもしに来たのか?」
「冷やかしなら帰ってくれよな〜」
ジャンとマルスから半笑いのヤジが飛んだ。まだこうして文句を言ってくれるヤツはありがたい。何も言わずに、睨みつけてくるやつの方がよっぽど怖かった。ダリルだ。
「お、おはよ。今日からボクも頑張るよ」
「あ?! 声が小さくて聞こえねーよ、なんて言ったんだよ」
ジャンがそういうと、ミルルがジャンの元までズンズンと近づいた。
「なんだよ」
ジャンが頬を染めてのけぞると、ミルルはジャンの耳をひっぱり、耳元で叫んだ。
「今日から頑張るから宜しくって言ったんだよ!! 聞こえた?!」
「は、はい! 聞こえました!」
耳を抑えてジャンが答えた。あの距離で叫ばれたら相当うるさかっただろうに。
ボクはミルルに手を引かれ、席についた。ミルルが隣に座ってくれる。ダリルに愛想笑いをして手を振ると、プイとそっぽをむかれてしまった。
「はーい、授業始めるぞ〜。お!? キラが来てるじゃないか、心配したぞ」
シャチ先生が入ってきた。シャチ先生は父さんと友人だったらしく、何かとボクのことを気にかけてくれている。キルト兄さんの担任になっていなかったことを後悔し、ボクが入学すると決まると、進んで担任になってくれたらしい。
「き、きました。へへ」
「よしよし、じゃあキラのためにも、復習から始めるぞ」
シャチ先生は黒板に板書を始める。
「英雄の力は先祖代々引き継がれる人類の希望だ。もし一族が亡くなった場合、親戚の子供へ受け継がれる。ここまではいいな」
ボクをシャチ先生が見たので、コクコクと頷いた。
「そして、この力を受け継いだ場合、覚醒時に夢を見る。そこで先祖の英霊から名前を聞くことができる。その名は何故か受け継ぐものによって変わっていく。なので、親から聞いた名前を覚醒前に唱えても無駄だ。そしてその武具は、訓練やアバベルとの戦闘で経験を得て、武具の形状が進化していく。まず初めに、解放のキーとなる祝詞と名前を賜る。それを発音すると、武具が顕現する。武具を天に還す時も、祝詞をあげる。これは共通の祝詞だ」
ざっくりと聞いてはいたが、ここまで深く説明はされていなかったためボクは驚いた。なぜなら、ボクは祝詞を上げずとも発動出来るし、なんなら名前は忘れているからだ。
「キラ、なにか質問はあるか?」
「えーと。あ、もし名前を忘れたら、どうしたらいいですか?」
一瞬空気が凍りついたあと、教室中がゲラゲラと湧いた。
「静かに! 大丈夫だ、名前を忘れることはない。魂にその名を刻むからだ。キラは名を発音したことはなかったな」
「はい。でも武具は出せます」
先生は驚いた。嘘つくなよ!とヤジが次々に飛んだ。
「静かに! 学園長クラスになると、発音なしで武具を顕現できる方もザラだ。不可能ではない。けど、まだみんなには早いかもな」
「そ、そうなんですね」
ボクはミルルの方をみる。ミルルはボクが名前を発音しなくても武具を顕現したのを見ていた。ミルルは驚いていたが、黙ってくれていた。
「ああ。いつかキラもきっと出来るようになるぞ。じゃあ、皆外に出よう。発現訓練と戦闘訓練に移る」
ザワザワと立ち上がり、訓練所へミルルと共に移動する。ミルルはボクの耳に手を当てて小声で話し出す。ボクの肩に胸があたり、ドキドキしてしまう。
「みんなの前では、無詠唱召喚はせずに、名前を言ったほうがいいかもね」
「わかったよ」
ボクもそう思うが、まずいぞ。
彼女の名前がどうしても思い出せない。顔とか胸の感触は思い出せるのに。
いやいや、良くないぞ、そこに気を取られたすぎて思い出せないのかもしれない。
アイ……アイなんとかだった気がする。
そうこうしている間に、訓練場についてしまった。
「じゃあ皆、武具を召喚してくれ」
皆一斉に祝詞と英雄の名を発音し、それぞれの武具を顕現させた。
「えーと、アイーダ! 違うか、アイリス! んーアイリリス!」
とりあえず名前をたくさん呼んでみたが、やはり違うようだ。特にこれと言って反応が起きない。
するとダリルがボクの胸ぐらを掴んだ。
「覚醒時に幻想を見れば、英霊の名は魂に刻まれる。自分の名前を忘れたとしても、英霊の名は忘れないんだよ。お前、まだ覚醒してないんだろ」
「い、いや本当に忘れてしまって」
「ふざけんなよ!!」
掴まれた胸ぐらをそのまま強く押し出され、ボクは後ろ手をついて転んでしまう。
「覚醒は、継承後に戦う意志を英霊に示せば誰にでも起きるんだよ。バカにしてんのか? 帰れよ、お前見てるとイライラする」
ボクは何も言い返せずにいた。他の学生たちもヤジを飛ばし出した。ミルルがボクを庇おうとすると、シャチ先生が声を上げた。
「はい、そこまで! 英雄の力を扱える者は貴重なんだ。協力が出来ない者は訓練生から先に進めないぞ」
「オレは誰ともつるまない。アバベルはオレ一人で全滅してやる」
訓練用の人形にダリルが右手を向けた。
「【嘶け アルルキャリオン】」
右腕の肘から先が大砲なり、エネルギーが濃縮されたかと思うと、一気に放出された。訓練用の人形は一撃で爆散する。他の生徒達から称賛の声が上がった。
「シャチ先生、トレーニング室に行ってきます。いいですよね?」
「あ、ああ。無理せずな」
ダリルはこの段階で学ぶことはないと言わんばかりにトレーニング室に向かった。他の生徒達も順調に訓練人形に攻撃、もしくは防御やエンチャントや回復技を使った。
ボクはまた見学で終わってしまった。
教室に戻ると、招集命令が入った。アバベルがまた出現したらしい。
同行希望者をシャチ先生募り、ボクが手を挙げると皆がまたクスクスと笑った。
でも行かなくちゃ。ミルルが行くなら、ボクがミルルを守らないと。
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