第2話 銘を穿つ

 叫びながらその光を掌握すると、眩い光に包まれた。ボクは気付くと真っ白い無限に地平線が続く空間にいた。


「うさま……おうさま……王様!!」


「え?」


 そこにはボクに向かって、王様と叫んでいる、白銀の長髪を揺らしている女の子がいた。

 胸に手を当てて、切ない表情から、目を丸くしてこちらを見ている。

 年はボクと同じ16歳くらいに見える。肌もまつ毛も白く、アルビノで人形のような綺麗な顔をしている。服といえるかもわからない絹を纏う姿は、まるで天使のようだった。


「え、王様? 私の声、聞こえてる?」


「ボクに言ってるんだよね? 君は誰? ボクは王様じゃなくて、キラだけど」


 この真っ白な世界よりも白い女の子に声をかける。すると、号泣しながら抱き着いてきた。 


「やっと届いた……」


 その女の子の背はボクより10cmくらい低かった。160cmくらいだろうか。小さすぎず、大きすぎない弾力のある胸と、柔らかい頬が押し当てられて、ボクはなんとも言えない気持ちになった。


 ただ、彼女の悲しみは、ボクの悲しみであるように何故か感じた。それと共に、ボクの存在が彼女の悲しみを癒せていることを嬉しく思った。

 彼女の頭を撫でてやると、子猫のように甘えて来た。懐かしい気持ちが溢れてくる。


「王様、会えて嬉しい。触れる。嬉しい」


「ねえ、王様ってなんのこと?」 


「王様は王様。全の王である、あなたの為にある言葉。皆の声、聞こえる?」


「え? 他にも誰かいるの?」


 女の子は抱きついていた体を離し、当たりを見渡して何やら頷いた。 


「いずれわかる。私の声、届いたんだもん」 


 言っている意味がよくわからない。ボクは家族のもとに戻らなくてはいけないことを思い出した。


「そうだ、ボク戻って戦わなきゃ」


「なら私を使って」


「もしかして君が、ご先祖様?」


「違う。私は元々王様の力の一部」


 その子はボクの前に突如跪き、瞳を閉じた。

 白い太ももと、胸の谷間が無防備に露わになる。


「全の王よ。今一度忠誠を誓う為に、私は永劫を彷徨いこの一瞬を恋焦がれておりました」


 子供のような話し方から打って変わり、スラスラと女の子が語り出す。

 すると、真っ白な床に魔法陣が何重にも重なり、この空間を埋め尽くした。


 目のやり場に困っていたボクに目線を向け、慈愛に満ちた笑顔を向けてくる。


「王の唇で、神銘を御刻み下さい」


 彼女はそう告げると、目を閉じ、唇を軽く尖らせ、絹の服をスルスルと落とし、上裸になった。


 すると、ボクの体が勝手に動き出した。その子の耳から髪をかきあげ、顎を上げさせる。 

 ボクは軽く膝を曲げた。


「名もなき無垢なる破滅の剣に銘ずる。【アリーシア】」


 ボクから言葉が勝手に溢れて来た。まるで夢の中で自分を傍観しているようだ。

 彼女は静かに涙を流した。ボクは彼女の唇にキスをした。そのまま顎、首、鎖骨と徐々に体を降りて行く。

 彼女はそのたびに体を少しずつ晒して、甘い声を上げた。

 ボクは舌を突き出して、彼女の胸にゆっくりと文字を描いていく。彼女はボクの舌が動く度に嬌声を上げ、体を痙攣させる。

 描き終わり、もう一度彼女の唇にキスをすると、ボクは体の自由を取り戻した。


「ご、ごめん! 体が勝手に」


 慌ててボクが謝ると、彼女の胸を舐めた部分が発光した。


「無垢なる破滅の剣【アリーシア】。全の王へ身も心も捧げることを誓い、拝名を魂に刻み神銘とします」 


 アリシーアとボクが名付けた女の子の体と魔法陣が、一層と輝いていく。


「王様。アリーシアは王様の一部に戻れた。新しい名前、嬉しい。呼んでね、いつまでも、まってるから」 


 光の中で声だけがこだましたと思うと、ボクは元いた世界に戻っていた。

 光は手から胸に移り、アキの体に溶け込んで行くように見えた。

 しかし、さっき見た朧げな夢が、嘘だったとは思えない。


「お兄ちゃん?」


 アキは黙っているボクを不思議そうに見つめていた。

 ミルルの方を見ると、既に限界を越えて気力だけで守ってくれているようだった。


「アキ。にいちゃんは、まだアキのにいちゃんか?」


「……うん」


 アキは全てを察して涙を流した。ずっと我慢していたんだろう。ボクはアキを抱きしめ、頭を撫でてから母さんに預けた。


「あなた、まさか」


「母さん、アキを宜しく」


「キラ!!」


 ボクはミルルのもとに駆け出した。転びそうになったが、なんとか両手を強く振って堪えた。体の中央から熱いものが沸騰するように込み上げていく。

 ボクはそのエネルギーを右手に集めていく。何かがボクの中で暴れているようだ。アキに力が継承されてしまったか不安だったが、問題なさそうだ。


「ミルル! 今行く!」


 ミルルがボクに気付き振り向いた。

 すると右手がさらに強く発光し、それが濃縮していくように、三本の刀で構成された両刃の鉤爪が召喚され、右手にセットされた。 

 これがボクのご先祖さまの力なのだろうか?

 彼女は違うと言っていたが、どういう意味なのかわからない。

 英霊の力は、その名を呼ぶことで武具を一時的に召喚できるもの。

 ボクはまだ名前を呼ばずに、ただ戦う意思を示しただけだった。

 父や兄から聞いていた武具とは大きく形状が異なっていた。

 彼女の名前は……名前が思い出せない。夢を見ていたように記憶がボヤけている。

 でもボクはもう走り出している。武具は右手に顕現した。やるしかない。

 近づくほどに大きく見えるアバベルに向かい、そのまま全力疾走する。


 ミルルはボクの右手を見て驚いた。


「その右手……!」


「あああああああ!!!」


 振りかぶり、前突きの要領で鉤爪を突き刺した。焼きたてのパンのように、なんの抵抗もなくサクサクと鉤爪は突き刺さる。アバベルの体内で手首を返すと、液体の中かと思うほど簡単に回った。

そのままアッパーをすると、なんの抵抗もなく引き裂かれ、アバベルは消滅した。 

 戦闘が終わると鉤爪も消滅し、ボクの中に還っていった。


「ミ、ミルルゥ」


 戦闘を終えると膝がガクガクと笑い出し、全身に伝播した。


「【英霊に終わりなき栄光を アトパライズ】」


 ミルルはそう呟くと、全身より巨大な盾が消滅し、天に戻って行くようだった。


「よしよし、怖かったね。かっこよかったよ、キラ」


 ミルルはボクを抱きしめてくれた。ミルルの手も震えていた。恐怖からか、アバベルの攻撃を防ぎ続けたからか、あるいはその両方か。

 柔らかい全身に包まれ、ボクは安堵した。


「へへ。ミルルもすっごいカッコよかったよ。あ、服が沢山破けてる。母さんかアキの服、貸そうか?」


 ミルルは自分の姿をみると、両手で胸を抑えた。いつしか豊満に育っていたミルルの胸が、半分近くあらわになっている。 


「うん、お願い」


 母さんとアキの元に向かおうとすると、既に2人はこちらに向かって走り出していた。 

 2人に強く抱きしめられる。ボクはミルルの目の前でされることがなんだか恥ずかしくもあり、初めて家族と友人を守れたことが誇らしくもあり、どうしていいかわからなくなった。


 やがてアバベルを市内から殲滅した知らせのサイレンが鳴り、家の修復に係の人がやってきた。いつ襲われるかわからないため、家の作りは簡単なものになっている。修復も寝ている間に終わるだろう。


「キラママ、服ありがとうございます」


「気にしないで。ミルルちゃん、いつでもウチに住んでいいんだからね」


「い、いやそれはちょっと恥ずかしい……です。ほら、アローラもいるし」


 アローラはミルルの妹だ。アキの同い年である。両親を亡くしてからは、妹と二人暮らしをしている。2人の家は今回の襲撃にあった地区ではないため安心だが、すぐにでも帰って顔を見たいのかもしれない。


「無理にとは言わないけど、遠慮はしないでね」


「はい、でもお気持ち嬉しいです。またお邪魔します」


「うん、アローラちゃんと一緒にいつでも来て頂戴。ご馳走作って待ってるから」 


「ミルル、明日ボク、学校行くよ」


 今約束しないときっと、ボクはまた学校に行けない。勇気を振り絞って伝えた。


「本当に?! 迎えに行くね。約束だからね!」


「うん」


 ミルルは何より嬉しそうに手を振りながら帰っていった。

 夜ご飯は父さんとキルト兄さんも好きだった料理と、ボクの好物の唐揚げが振る舞われた。


 翌朝。

 やっぱり学校に行くのやめようかなと、準備万端な状態になってから思っていると、家の呼び鈴が鳴った。ミルルが到着したようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る