前世も今世も引きこもりのボクに、世界の王は荷が重い

君のためなら生きられる。

王の目覚め

第1話 覚醒

 16年住んだ我が家は半壊し、室内から外が見えていた。

『アバベル』という名の2m以上の体躯を持つエイリアンのような化け物が、嘲笑いながら僕たちを捕食しに来たからだ。


 ボクはそれの前に立っているだけで、ただ何も出来ず震えている。

 ボクが戦わないと、家族が死んでしまうのに。


「キラ! よかった、間に合った! 【聖なる守護を アトパライズ】」


 対峙するだけで精一杯、むしろ足がすくんで動けずにいたボクの前に、幼馴染のミルルがアバベルとの間に割って入った。

 英霊の力を解放し、巨大な盾を構えて守ってくれている。


「逃げて!!」


 訓練校へ行けなくなり、引きこもっていたボクの元へ、ミルルは襲撃の知らせを聞いて一目散に来てくれたんだろう。

 息を切らし、制服のスカートはところどころ破け出血し、シャツは戦闘で引き裂かれたせいで下着が見えてしまっている。

 ボクは力を解放出来ていない。その力は確実に備わっているはずなのに、顕現させることが出来なかった。  


「う、うわああああ!!」


 ボクはミルルにお礼も言わずに逃げ出した。


「キラ」


「母さん、ごめんなさい。ボク、怖いんだ」


 14歳になる妹のアキを抱きしめて、家の隅で丸くなっている母の元に、ミルルを囮にして戻ったボクは情けなく言った。

 逃げてと言われても、逃げる場所なんてどこにもないのだ。家の外でもアバベルは捕食対象を探してうろついている。


 転生しても何も変わらないどころか、より無力さを味わうだけだった。

 ボクは力を発揮することもなく、ただ震えて、泣いて、親に甘えた。


「いいのよ。ほら、こっちにいらっしゃい」


 母さんは優しかった。父、兄が死に、次はボクの番なのに。戦うことを諦めたボクを責めることもなく、アキと一緒に抱きしめてくれた。


「ごめんなさい。ごめんなさい」


「母さんこそ、何もしてあげられなくてごめんね。父さんとキルトのところに皆で行きましょう」


 母さんは言い聞かせるように、謝り続けるボクに言った。謝るくらいなら戦えよと、心の中で自分で自分を責めても、どうしてもそれができなかった。 


「私、戦いたい」


「え?」


 アバベルと戦うミルルをジッと見つめていたアキが言った。 


「お兄ちゃん、私に力を渡して」


 アキは母とボクを守るように立ち上がった。英霊の力の生前継承は、双方が望めば可能だ。だけどそれは、通常戦闘が行えないほどの身体損傷を受けた時以外では基本的に行われない。弟、妹にすすんで責務を負わせることなど、恥だからだ。


「で、でも」


「私は生きたい! 何も出来ずに只死を待つだけなんて、嫌!」


 母に縋り泣いているボクの肩を引っ張り、無理やり目を合わせられる。アキは涙を流すことなく、ミルルの姿をみて覚悟を決めたようだった。


「アキ、本当にいいの?」


 母が驚き、アキに問う。


「うん。お兄ちゃん、お願い」


 ボクの両手をアキが掴むと、体の中心から熱い何かが集まりだし、光玉の形を成していく。

 ボクのくだらない羞恥心と、妹を戦地に向かわせたくないという気持ちは、あっけなく本心にへし折られ、力はアキの元へ移ろうとしている。 


「あ……! ああ!!」


「これでいいんだよ。大丈夫、私がお兄ちゃんとお母さんを守ってみせる」


 アキの表情は言葉と裏腹に恐怖に怯え、手は震えていた。それでもボクに笑顔を向けていた。

 母さんは目を閉じて、ボクを抱きしめながら父さんと兄さんに、どうかアキを守ってくださいと繰り返し呟いていた。


 世界が酷く乾いて見える。なんだかまるで、他人事のようだ。

 胸の中央で輝く力が、アキに繋がれた両手の方へ伝っていくのを見ながら、ボクは走馬灯を見る。


 ○


「いってくる」


「行ってらっしゃい父さん!」


「ああ。母さんとキラとアキを頼んだぞ」


「うん、オレに任せて」


 ボクが物心着く頃には、既にアバベルの侵略は始まっていた。それらと争うのは、英雄の血統を持つ人々だ。人類を守り続けて来たご先祖様の力を引き継ぎ、家族を守っていく。 

 父さんを4人で見送り、数日が経った夜。兄のキルトと、アキと母さんとボクで、食事を取りながら父の帰りを祈っていると、キルトの胸が光り輝いた。 


「いやぁぁああああ!!!!」


 母さんは兄の姿を見ると、泣き叫んだ。

 それは、父が死んだことを意味するからだ。兄は机を叩き、涙を流した。しかしすぐにそれを拭い、母の元へ駆け寄り背中をさすった。 


「母さん、心配しないで。オレが皆を守るから。父さんの意思は、オレが継ぐから」


 ボクは幼いアキと抱き合い、ただ泣くことしか出来なかった。ボクは父が死んで悲しくて泣いていたわけじゃない。勿論それもあったが、自分の番が回ってくるのが怖かったんだ。そんな自分が大嫌いだった。


 前世で27歳の時に引きこもったまま不衛生で病気を拗らせ死んだボクは、この世界に英雄の子孫として転生した。

 それに気付いた時、好きだったゲームやアニメの主人公のように自分も戦い、人を守るんだと張り切った。

 だけど、いざ現実が目の前に広がると、ころっと手のひらを返してしまった。 


「キラ、母さんとアキを頼むぞ」


「うん。気をつけてね」


「ああ。すぐ帰ってくる」


「いってらっしゃい」


 アバベルの強襲報告が入り、訓練生も戦闘に駆り出された。

 アバベルは突然空が発光し、落ちてくるため予測ができない。

 その戦いで、戦闘訓練の成績で常にトップをとっていた兄が、ボクの16歳の誕生日を祝ってくれた三日後に戦死した。


 ボクに力が移った時のことは、今でもよく思い出せない。アキ曰く、気絶して泡を吹いていたという。


 この世界の家族は優しく、愛に溢れていた。前世の家族とは違い、思い合い、助け合っていた。

 それはきっと、いつ死んでしまうかわからないからだ。どんな時でも、家族が一緒にいれる喜びを噛み締めていたいからだ。

 前世の家族も今ならわかるが、きっとボクは愛されていた。それに気づけなかっただけで。


 訓練校では、キルトを亡くした襲撃で幼馴染のミルルは両親を亡くしてしまったため、同期の訓練生としていつも一緒に登下校をしていた。力を解放出来ないボクのことをバカにすることは一切なく、いつでも励ましてくれていた。最近不登校かつ引きこもっていたボクの所へ毎日顔を出してくれていた。


 ○


 そして今。 

 父と兄が家族のために命を賭して戦いボクに託した英雄の力とその責務を、恐怖に怯える妹のアキに譲渡しようとしている。 


 胸の中心にあった光は肘を伝い、丁度アキの手のひらのあたりで輝きを強めていた。

 アキの顔を見ると、生きるために戦いたいと願っている人の表情では全くなかった。

 ただ、こうするしかないから犠牲になろうとする、怯えた顔だった。それでも、情けない兄であるボクを責める様子は一切ない。


 ボクは。


 ボクは一体何をしているんだろう。


 訓練校で力を解放出来ないボクに叫んだ、ダリルの言葉がフラッシュバックする。


「なぜ戦わない! なぜ逃げる!! お前の母と妹はまだ生きているんだろうが!!」


 ダリルは1歳年下の15歳だった。家族の全員を目の前でアバベルに殺されて、力を継承し、その場でアバベルを殲滅した男だ。

 ボクはよく力を解放しないことを訓練校の同期達に怒鳴られ、ミルルに庇われていた。


 父と兄の顔が浮かんだ。

 2人はボクを責めることなく、優しく微笑んでいた。 


 力は解放出来ないんじゃない。解放するのが怖いだけなんだ。解放すれば、戦わなくちゃいけなくなる。そう思っているから、発動できないだけだ。自分でもそれは、わかっていた。


「ボクは……ボクは!!」


 体の震えが止まった。過去世を含む、人生の全てが今この瞬間につながった感覚。 


 幼馴染を囮にし、父と兄の死を無駄にし、母を盾にし、妹を身代わりに戦地に向かわせ、今世でも何も変われないことが、自分が死ぬより怖く感じた。   


「ボクは変わるんだ!!」


 ボクはアキの掌に移動していた光の玉を、恐れていた力の象徴を、自らの意思で強く、強く握りしめた。


         ⭐︎⭐︎⭐︎

 ご愛読ありがとうございます、君のためなら生きられる。と申します。

 もし少しでも楽しんで頂けた方は、しおりと星を頂けると幸いです。

 宜しくお願いします!

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