お風呂と家族

 町のはずれ、大きな川にて。

 姉妹はボロボロの持ち手がついたブラシを持つ。

 両足を川に突っ込んで腰掛ける体長一七〇センチの喋る熊をブラシで洗う。


「かゆいところありますか?」

『いや、問題ない』


 渋く光る声を漏らす。


「ははっパパの毛すっごい泡立つ!」


 もこもこと熊の体毛を覆う泡に、ロットは笑った。


『俺の体で遊ぶなよ。終わったらエーリヒのところでお風呂借りてくるんだぞ』

「はい」

「はーい!」


 最後に川の水を汲んだバケツをひっくり返し、泡を流す。

 濡れた体を三、四回ほどブルブル振る。


「うーわっパパ! 水飛ばすなよぉ」

「べちゃべちゃ……です」

『あぁすまん、つい癖で』


 服が水浸しになった姉妹に、熊は鋭い爪で顔を掻きながら謝る。

 ワイスは、クスッと笑い、ロットに耳打ち。

 ふんふん、と聞いたあと口角を上げて軽く涎を垂らした。


『なんだ?』


 嫌な予感がする熊は身構えてしまう。






 町の小さな本屋に、姉妹は仲良く手を繋いで入った。

 入り口すぐのカウンターにエーリヒが古い本を手に持って座っている。

 店内には町の住民が数名、本を買いに来ていた。


「こんばんはー」

「こんばんはエーリヒさん」


 エーリヒは声量を抑えて姉妹に話しかける。


「いらっしゃいワイス、ロット。もう沸かしてあるよ」


 頷いた姉妹は早足で奥の部屋へ。

 湯けむりが舞う浴室のなか、一人分の浴槽を見るなりロットはエメラルドグリーンの瞳を輝かせた。


「久しぶりの温かい水じゃーん」

「いつも川で洗ってましたからね。ロット、ちゃんと体を洗ってから入るんですよ」


 姉妹仲良く狭い浴槽に浸かり、取り留めのない会話を続ける。


「晩飯楽しみー」

「そうですね」


 久し振りのお風呂を終えた姉妹は、こっそり扉を開けて店内を覗く。


「エーリヒさん、あんなよそ者を受け入れていると町長に目をつけられますよ」

「熊に育てられた子供が町に来てるなんて、恐ろしくてたまらないわよ。何かあったら責任とれるわけ?」


 町の住民が数名、カウンターに詰め寄っているのが見えた。

 エーリヒは丸メガネを指先で摘まみ、軽く上げる。


「もちろん町に招き入れたのは私だからね、何かあれば私が対処しよう。だがね、町を小人から守ってくれているのはあの子達だ。家族と暮らす為に戦っている子達を労うことの何がいけないんだね?」

「何がって、得体が知れないんだぞ」

「知ろうとしない奴が何を言う、無知ほど愚かなことはない。そういうことはあの子達と交流してから考えるんだな。さぁもう暗くなる、小人に喰われる前に帰りなさい」


 苦く険しい表情を浮かべる住民達。

 ゆっくり扉が開いた。


『失礼する』


 渋く光る声が漏れる。

 住民達は一気に顔を引き攣らせ、空気で喉を詰まらせた。

 体長一七〇センチの熊が辺りを見下ろす。

 カゴを背負い、少々草が毛にくっついている。

 熊は静かに頷いた後、


『話し中にすまない、ワイスとロットが来ていないか? なかなか帰ってこないんで心配でな』


 エーリヒに話しかけた。


「おぉ来ているよ。そろそろお風呂から上がってくると……」


 扉を勢いよく開けて飛び出した姉妹。


「「パパ!」」


 熊のお腹に突撃する。


『ぐっ、なんていうパワー……ってなんだなんだ?』

「なんでもない、それよりお腹空いた!」

「同じく」

『はぁ、夕食ならちゃんと獲ってきたぞ。エーリヒいつもすまないな」


 エーリヒはニコニコと頷く。


「構わないよ。それじゃあ二人とも、明日は勉強会だからね」


 ワイスはエメラルドグリーンの瞳を輝かせてお淑やかに返事をした。

 ロットはエメラルドグリーンの瞳を曇らせて拗ねるように渋った。






 町のはずれ、森近くの小屋に戻ってきた一頭と姉妹。

 カゴを下ろし、熊はたくさんの薬草と動物を見せる。


『頼まれた一番美味い山菜と肉だ。これで文句ないだろう?』


 姉妹はエメラルドグリーンの瞳をいつも以上に輝かせた。

 熊にくっつき、しがみつくように凭れる。


「文句ない! これなら毎日でもパパの体を洗ってあげる!」

「美味しそう、さすがパパです。私もロットと同じく」

『いや、毎日は遠慮する……というかなんだ、やけに近いような』


 両脇から姉妹に挟まれ、身動きがうまくとれない熊。

 ワイスとロットはお互いを見つめ合い、それからクスクスと微笑んだ……――。

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