夜の学校
「学校に小人?」
姉妹はカウンターにいるエーリヒに聞き返した。
「校長先生から依頼が来てね。今朝のこと、校内に入ると本がバラバラに散り、黒板には絵とも文字とも思えん落書き、さらに給食室の食料が食い荒らされていた、と」
コルクボードから剥した依頼内容を目で追う。
「えー学校、入っていいの?」
妹のロットはカウンターに両手と顎を乗せる。
姉のワイスは黙って話を聞いている。
「熊だと疑いをかけられて終わりだからね。君達はこれから夜の学校に入り荒らした犯人を見つけて適切な対処をお願いする」
月の明かりと町の至る所に点けられた松明だけが辺りを照らす。
姉妹は手を繋ぎ、小さな平屋の学校に入った。
屋根は丸みがあり、外壁の中央に時計台が設置されている。
正面から入ると右側の通路が教室、左側の通路に校長室と給食室。
ランタンに火を灯し、ロットが持つ。
ワイスは分厚い本と腰にナイフを携える。
「ねぇーワイス」
「なんです、ロット」
右側の通路を歩く。
「学校って楽しいのかな?」
「毎日勉強ができて、おまけに運動もできる、友達とも遊べて楽しい場所だと思いますよ。それがどうしました?」
教室に入り、窓の下に屈む。
ロットは髪を掻き、少々唸る。
「なんも……ない。勉強したくないなぁって思っただけ」
妹の横顔を見たワイスは微笑む。
「私も、勝手に決められた勉強は嫌いです」
「なんだそれ、エーリヒさんとこで勉強してんのに」
「エーリヒさんは選ばせてくれるからいいんです。ロットも勉強会に来れば好きなことが学べますよ」
ロットは苦い表情を浮かべてそっぽを向いた。
くすくす、と微笑ましく漏らすワイス。
「パパが色々教えてくれるからいい」
ボソリと呟かれた言葉に、ワイスの表情筋が固まる。
分厚い本を床に置き、横から覆うように抱き着いた。
「うぁっ、なにすんの!」
驚いたロットの脇に手を入れ、擽るように撫でまわす。
「パパに色々と? 聞き捨てならないことをよくもまぁ平然と言いますね、ロット。パパの仕事を邪魔しちゃダメじゃなかったですか?」
「あは、はわぅはははっふぅあ、ごめんごめんってば!」
「私だってパパに教わりたいですよ。動物の美味しい部位とか、どこを狙えばいいとか色々、手取り足取り!」
「わ、分かったから、やめてぇ!」
ふざけ合うにつれ大きくなる甲高い声。
同時に小人特有の金切り声が聞こえた。
ピタリ、と止まった姉妹。
堂々と教室に入ってきた複数の小人は姉妹を狙って迫ってくる。
ロットは姉の腰ベルトからナイフを抜き、ワイスは分厚い本から掌サイズの拳銃を取り出す。
飛びかかる小人と真正面から向かってくる小人。
ワイスは銃口を上に向けて発砲した。
ロットは刃で横に振り払った。
緑の液体を散らし、倒れた小人二匹。
怯んだ他の小人は一斉に逃げ出していく。
追いかけようとするワイスの前に、
「ちょっと待ったワイス」
ロットは両手を翳して止める。
「何の真似です?」
「深追いしなくてもいいじゃん、追い払ったんだから依頼達成。小人は知能低いけど、一度危険な目に遭ったら近づかないってパパが言ってたろ」
「それはそうですが、確実に仕留めた方が安全でしょう?」
「だぁからぁ、ワイスのことが心配だって言ってんの! 小人だろうがなんだろうが痛めつけてるワイスを見たくないし、追いかけて危ないことになっても嫌なんだ!」
心配を声に出して訴えるロット。
同じエメラルドグリーンの瞳で見つめ合い、ワイスは力を抜いたように、ふぅ、と吐く。
指先を絡めるように手を握る。
「何よりも大切な妹の言葉を無視するなんてできません。せっかくの機会です、ついでに学校見学してから帰りましょう?」
握り返したロットは無邪気に笑う。
「ホントかなぁ、まぁいいけどさ」
姉妹は仲良く手を繋ぎ、初めて見る校内を夜明けが来るまで歩き回った……――。
町の小さな本屋にて。
『学校に行かせたのか?』
渋く光る声が漏れる。
「君だと別の噂が立つからね。二人にとってまたとない機会だろう? いい経験だと思うんだ」
『だといいが……』
「心配せずとも、あの姉妹が学校に通いたいと思うことはないさ」
『そうだろうか?』
「もちろん、君の娘だからね」
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