食料
喋る熊は体長一七〇センチの体で静かに歩く。
カゴを背負い、ブラウンの毛はボサボサに跳ね、土埃や緑の液体が付着している。
廃坑に繋がる寂れた線路の上に放置されたトロッコには大きな布が覆いかぶさっている。
熊は息を吐き出す。
チラッと覗いたあと、町へ戻って行く。
町の小さな本屋。
エーリヒは古い本を閉ざす。
「戻ってきたかね」
『あぁ』
渋く光る声が大きな口から漏れる。
出発の時に見た容姿が変わり果てた熊に、エーリヒは訝し気な顔で見上げた。
「廃坑の様子は?」
『かなりの数がいた。廃坑は小人の巣になっている。人か牛かも分からない肉の塊を運ぶ姿もあった』
「かなり深刻だねぇ、それで、どんな目に?」
『木陰に隠れていたんだが、見つかった。外にいた複数の小人に襲われてしまってな』
「全く、廃坑を汚すなという話だろうに」
『外は廃坑じゃないさ。さ、報酬を』
エーリヒはカウンターの下にある金庫からゴールドを出す。
『ゴールドか……』
「誰も熊とは思ってないだろうからね。けどゴールドがあればまともな食料を買えるじゃないか」
『俺達に物を売ってくれる奴はいないさ』
ふぅ、と呆れた息を吐くエーリヒはカウンターから離れ、奥の部屋に入っていく。
鋭く長い爪でゴールドをつつきながら待つ。
しばらくして戻ってきたエーリヒは、小さな箱をカウンターに置いた。
『これは?』
「調味料と粉物、別の依頼人から貰った物だよ。好みの調味料じゃなかったのでね、君と姉妹にやるよ。ゴールドも持って行きなさい」
『すまないなエーリヒ』
「報酬に、謝罪や感謝なんか必要ないさ」
調味料が入った箱とゴールドをカゴに入れて、熊は町のはずれにある森近くの小屋に帰った。
「ワイス、見てよこの魚! それと変な草と虫ゲット!」
「ロット、美味しそうなリスを捕まえました。それから、肉食の鳥も」
収穫した物を見せ合う姉妹の声。
明るいブロンドヘアにエメラルドグリーンの瞳でややつり目のワイス。
赤茶の髪にエメラルドグリーンの瞳と垂れ目のロット。
「えぇーリス食べんの? なんか可哀想だし、食べる部分少ないじゃん」
「魚はともかく、気味の悪いヌメヌメした虫と、毒々しい色の草を食べる気にはなれませんね」
熊は優しく笑みを漏らす。
土を踏む重い足音が聞こえ、姉妹は振り返る。
ワイスとロットは明るい笑顔で駆け寄っていく。
「おかえりなさい、パパ」
「おかえりーパパ! 見てよこの変な虫と草、食べられるよね?」
『そいつは毒性の強い毛虫と喰ったら炎症を起こすホムラ草だ。そのリスは町の保護動物だから放してやれ』
姉妹は残念そうに眉を下げた。
「「えぇーこんなに美味しそうなのに」」
揃えた声に熊はやれやれ、と腕を組んで鼻で優しく笑った……――。
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