町のお掃除

「ちっちゃ、これっておもちゃ? 本当に撃てるの?」


 シーツに座り、掌サイズの拳銃を摘まんでいろんな角度で見るロット。

 隣で読書に耽るワイス。


「聞いてんの?」

「はい、聞いてますよ。本物です、危険ですから元に戻してください」


 お淑やかな声が返ってきた。

 細い指先と紙とが擦れる音が聞こえる。


「こんな危ない物持たなくてもいいじゃん、パパが追い払ってくれるし」

「どうせまた戻ってきます。被害が出る前に片付ける、パパなら容赦なく踏み殺します」


 お互いパパについて相反することを言う。

 本を閉ざして立ち上がる。


「ロット、エーリヒさんのところに行きましょう」

「うぇ、今度にしない?」


 渋るロットに、クスリ、と笑う。


「今日はお掃除の日ですよ」







 町の小さな本屋に、手を繋いで仲良く向かう。

 入ってすぐにカウンターがあり、エーリヒが古びた本を読みながら出迎える。


「おぉワイス、ロット、こんにちは」

「こんちはー」

「こんにちは、エーリヒさん」


 古びた本をカウンターに置き、コルクボードに貼った紙を剥がす。


「連日牧場で牛が数頭亡くなったんだと。病気じゃなく、怪我でね。何が起きているのか夜の間、見張ってほしい」

「見張るだけですか?」

「正体が分かれば対処をしてもらっていい」





 晩のこと、牧場の外でこっそり納屋に隠れる姉妹。

 すぐ隣には牛舎がある。


「すっごいくさい……」

「でも、美味そうって思いません?」


 ワイスは窓から牛舎を眺めて呟く。

 ロットは隣で微妙に口角を下げて、首を振った。


「ワイスってたまにずれてる」

「小人の死体が持ってた草を食べたロットに言われたくありません」


 しばらくお互いの価値観について話し合っていると、真っ暗闇の外をうろつく黒い影に気付く。

 小さい、鳴き声はなく、真っ直ぐに牛舎へ向かっている。


「牛舎に入ったのを確認したら追いかけて仕留めましょう」

「オッケー」


 ワイスは掌サイズの拳銃を持ち、銃弾二発を装填。

 ロットは干し草などを運ぶのに使うピッチフォークを掴んだ。

 薄暗い牛舎の窓から侵入していくのを目視で見たあと、姉妹はこっそり納屋から出た。

 牛の鳴き声が、いつもよりも大きく高めな声が牛舎から響く。

 ワイスは扉から、ロットは窓から。

 マッチで火をつけたランタンを腰に下げ、牛舎に突入。

 小人特有の金切り声がいくつも重なって聞こえた。

 横に倒れもがく一頭に三匹がまとわり、牛に噛みついてる。


『!?』


 エメラルドグリーンの釣り目は微笑んだ。


「牛って美味しそうですね」


 白い髭をたくわえ、スキンヘッドに尖った耳と鋭い牙、白目、ワイスの膝ほどしかない身長。

 ワイスは一匹小人を掴むと、床に叩きつけブーツで力いっぱい後頭部から背中部分を踏みつけた。

 金切り声を出しながらもう一匹が口をあけて噛みつこうと襲い掛かる。


「おらっ!」


 ロットは先端のいくつもある歯で掬い投げた。

 逆さまになって小人は壁に激突、そのまま気を失う。

 戦意を喪失してしまったのか、残された小人は背中を向けて逃げていく。


「よっしゃ、あとは」


 ロットが言いかけたところで、叩くような破裂音が響いた。

 背中から撃ち抜き、小人が倒れる。

 ワイスの手元から硝煙が微かに舞う。


「ロープをください」

「えーと、牧場主に突き出すの?」


 訊ねながらも牛舎の壁に掛けられたロープを渡す。

 まずは、と踏みつけていた小人を縛る。

 それから気絶した小人も続けて縛る。


「ロット、牧場主さんに報告してもらえますか? 私は先に帰ります」

「分かったけど……」


 嫌な予感を持ちながらもロットは牧場主のもとへ、報告に向かった。



 牧場主から大袈裟なほどの感謝を言われ、お礼にと受け取る畜産物。

 チーズやらミルクやら、そして少しばかりの牛肉が入っていた。

 ロットは満面の笑顔で喜び、森近くの小屋へと帰る……――。




 木のなかの水分が弾ける音が聴こえた。

 月の明かりしかないのに、やけに赤い。

 ロットの嫌な予感は的中した。

 焚火をジッと見つめるワイスと、焚火の真上に縛られた金切り声で泣きわめく小人二匹。


「な、なにしてるの? ワイス」


 表情を引き攣らせながら訊ねる。

 ワイスは少し上品に微笑んだ。


「薪の節約です」


 苦い汁でも飲んだように顔を歪めたロットは、報酬を抱き寄せる。


「やっぱりワイスってズレてるよねぇ……うぇ、夢に出そう」

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