仕事前の負い目

 町で小さな本屋を営むエーリヒは長々と口を動かす。

 カゴを背負い、仁王立ちした体長一七〇センチの熊は黙々と丸い耳を傾ける。

 

「つまり簡潔に言えば呪いというのは本来存在しないもの。本の世界、おとぎ話そのもの」


 エーリヒは古い本のパタン、とページを閉ざした。

 熊は鼻息を出し、渋く光る声を漏らす。


『じゃあ俺は、おとぎ話から飛び出した王子様ってところか』

「全く似つかわしくない容姿と声だがね。実際目の前にいる熊は普通に喋るし、人間と同じ感情と理性を持ち合わせている。また同業者にも古本があるか声をかけてみよう、ワタシにできることはそれだけだね」

『ありがとうエーリヒ。ワイスとロットの勉強も見てくれているのに、面倒なことまで……すまない』

「気にするんじゃないよ、こっちは面倒な仕事を押し付けてるんだ。君にはもちろん、姉妹にも」


 皺くちゃの笑顔を浮かべたエーリヒ。


『あぁ、それで仕事は?』

「山ほどある。町のはずれにある廃坑があるんだが、そこに最近小人が出入りしているらしい。依頼人は確かめてほしいそうだよ」

『駆除は?』

「廃坑を汚すのはやめてくれ」


 熊は小さく息をつき、分かった、と頷く。

 重い足音を残して本屋から出ようとしたところ、エーリヒに呼び止められた。


「おーっとお前さん、支払いが残ってるよ。ワイスに請求書渡したはずだが?」

『……これを』


 熊は渋々、カゴから狩猟用のリボルバーを取り出した。

 カウンターにそっと置くと、エーリヒは目を大きくさせる。


「ほぉーこりゃ申し分ない得物じゃないか。あんな玩具みたいな銃より価値がある」

『それはどうも』


 熊はようやく本屋を出た。


「うわ、しゃべるクマだっ、くわれるぞ!」


 教科書を抱えた子供達は通ったついでと揶揄うようなことを吐く。

 熊は鼻で笑いつつ、教科書とカバンを目で追いかけてしまう。

 学校へ駆けていく小さな背中を見送ったあと、熊は仕事に向かった。

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