第5話 恐れていた事態-5日目-

 1月13日。

 発症5日目。

 発症してからひたすら寝ていたこともあり、このあたりから毎日決まって午前7時に目が覚めるようになりました。睡眠時間だけでいけば22時~7時の9時間睡眠です。わーお、超健康的。


 ともいかず、起き出すとともにやってくるあいつ。

 「こほん」のつもりが「う゛え゛え゛ぇ゛ーっ゛ほ!!」みたいな咳が出る。これ絶対お隣さんに聴こえてるだろうなぁ。ちなみに、振り返るとこの5日目が咳のピークでした。痰も合わせて出まくるので、常に枕元にティッシュと開封厳禁のジップロックが欠かせません。ジップロックというのは、痰や鼻水を吹いたティッシュをゴミ袋に入れて、さらにジップロックに入れて"封印"するためです。ゴミ収集の方にうつしたら申し訳なさすぎるので、さらに黒い厚手のビニールに入れて捨ててました。


 さっそくベッドに寝そべった状態でスマホを取り出し、朝の体調報告です。

 熱は38.2℃と、じりじり下がってきていますが、水を飲みに階段を上り下りするだけで寒気が襲ってくるので、この時点では体温は安定してないようでした。血中飽和酸素濃度は94%。低いな。このまま戻らんのと……いや、朝から悲観的な考えはやめよう。粛々と療養生活を送るのみです。


 一晩経つと自己暗示をかける必要もなく、結構前向きに物事を捉えられるようになっていたので、やはり睡眠は大事ですね。


 このあたりでMy HER-SYS(新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム)がいよいよ活躍し始めます。体温、諸症状をチェック記入式で申告するのですが、自分の体調の変化や推移がよくわかります。


 何よりも、この日の午前9時頃には保健所からついに電話がかかってきました。といっても、ざっくりとした体調の把握と発症までの行動経路を聴かれたくらいであんまり役に立ったとは言えなかったです。お役所も忙しいとはいえ、機械的に色々質問された挙句数分で電話を切られたので、ちょっとしょんぼり。


 とはいえ、この期に及んで不平不満を言ったところでどうしようもないので、朝食をとるべく起き上がってみました。


 おや。頭痛がしない。


 首を回してみたりしましたが、眩暈にも似た頭痛が消えていました。感染以降で出ていた症状としては最初の消失です。よしよし、このままどんどん良くなってくれ!


 寝室からリビングに降りてから、昨晩で冷蔵庫の中身を喰い尽くしたことを思い出しました。救援物資は配送業者の問い合わせ番号によると、やっと四国を出たばかり。年始の配送遅延で一日遅れになるそうなので、今日は何かあるものを食べて栄養なりカロリーを摂取する必要があります。


 となると。そうだ。


 発症前のイベントでお得意様からチョコレート(板チョコ)をいただいていました。鞄の中に入れっぱなしだったのを思い出し、それを取り出して三分の一くらいを折り取って口に放り込みました。


 言い忘れましたが、INGENの好物のひとつがチョコレートです。

 にこにこで口の中に放り込んで、朝からその甘さを……。あれ?



 もぐ。



 もぐもぐ。



 もぐもぐもぐ。



 ……違う、味がしない!!!


 まずい!!!!(煉獄さんばりの雄叫び)



 感染から5日目。ついに味覚が消失です。

 実はINGENが最も恐れていたのがこの症状です。新型コロナウイルス感染症において最も著名な症状のひとつにして、後遺症としても続く可能性がある"味覚異常"。これにだけはとにかくかかりたくなかった……。もうどうにもなりません。

 こうなると大好物のチョコレートもまるで牛脂か練り消しゴムを食べているようなもの。べそをかきながら水で流し込み、泣きながらベッドで寝ていました。


 家に引きこもって咳に耐えているだけでも地獄なのに、食事の楽しみがなくなるなんて地獄や……。


 その日はこれで特に動きもなく、咳をやり過ごすべく欝々と寝てました。起きていると本当に窒息するか肋骨が折れるかってくらい咳をして消耗してしまうのです。

 特筆することも特になし。味覚がなくなってげんなりしたんで、するつもりだった映画鑑賞もラジオ視聴もやめて就寝です。

 フォロワーさんから亜鉛がいいと言われたので、サプリを飲んだくらいかなぁ。


 午後3時、午後10時ごろに中途覚醒したものの、とにかく寝てました。

 病気の時ってどれだけ寝ても再び入眠できるのは人体の神秘です。


 はやく良くなってくれー。


 発症5日目

 体温:38.2℃。

 血中飽和酸素濃度:94%。

 体調:頭痛消失(+)。味覚も消失(-)。

 等価交換にしては失ったものでかすぎませんかね?


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